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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
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準備期間 ① 決意

エミリーから、招集の指示を受けた伝輝は・・・

 咲の歓迎会がお開きになった。

 風呂の沸かし方を教えるために、夏美は咲と一緒にカレイ宅を出て1号室に行った。


 昇平は、自分が食事した机の上の食器だけは、一応流し台に運び、そそくさと6号室に戻って行った。

 夏美が戻って来る前に、一本だけでも酒を飲むつもりなのだろう。

 伝輝はやれやれと思った。


 片付けが終わり、マグロとアナゴが風呂に行った。

 カレイは一息つくための一人分の紅茶を用意し始めたので、残りの動物達は挨拶を交わして外に出た。


 昼間は心地よい涼しさでも、夜になると少しヒンヤリした。

 伝輝は両腕をぎゅっと抱いた。ノースリーブのナイロンパーカーの下に長袖のコットンTシャツ一枚だけでは、風が吹くとちょっと寒く感じた。


「伝輝君、寒いのかい?」

 ゴンザレスが尋ねた。

 彼らも伝輝とさほど変わらぬ薄着だったが、全くもって平気そうだった。

 元々年がら年中毛皮を着ている彼らだ。

 寒さは気にならないのだろう。


「皆、いるわね。

 ちょっと移動するわよ」

 エミリーがヒョイッとどこからか現れ、伝輝達の先頭になってまごころ荘敷地内を出て行った。


     ◇◆◇


 エミリー、伝輝、タカシ、樺、そしてゴンザレス。

 ほろ酔いの男達と共に、伝輝はノソノソとまごころ町内を歩いた。

 皆、静かに歩いていた。


「夏美さんを別の病院に移すなんて、随分まごころカンパニーに喧嘩売ったわね」


 先頭を歩いていたエミリーが立ち止まって発言した。

 そして、パッと軽やかにジャンプし、伝輝の肩に到着した。


「ま、なかなか面白いけど」

 エミリーは伝輝の耳を自分の鼻でこすった。


「別にそんなつもりじゃあ・・・」

 伝輝は首をエミリーの顔と反対側に斜め下にかしげた。


「だけど、これでカンパニーも簡単には人間7号を回収できなくなった。

 俺達が阻止するチャンスも増えた」

 タカシが後ろ向きで歩きながら、伝輝や樺達に向かって言った。


「そうだけど、同時にキバ組織が動かざるをえなくなったよね」

 ゴンザレスが暗い口調で言った。


「キバ組織が!?」

 伝輝が見上げてゴンザレスの方を見た。


「だって、よその病院に侵入して、産まれたての赤ん坊を攫うんだよ。

 一般動物にできる訳ないでしょ」

「キバ組織は化けのスペシャリストであり、いざという時の事態にも対応する。

 まごころカンパニーの切り札みたいなものだからね」

 樺もゴンザレスに続いて言った。


「キバ組織・・・」

 伝輝はつぶやいた。


「スペシャリストかなんか知らないけど、あいつらの企みなんか事前に暴いて、先回りして潰してやれば良いのよ!」

 エミリーは鼻息をフンっと出しながら言った。

 彼女はキバ組織を嫌っているようだが、別に怖がってもいないようだった。


「エミリーちゃんは頼もしいなぁ」

 タカシがニコニコしながら言った。

 エミリーは嬉しそうに尻尾をくねくね動かした。


「それより、ゴンザレス!

 早く皆に報告しなさいよ!」

 エミリーがパッと態度を変えてゴンザレスに言った。


「あ、うん。そうだね。

 実は今日皆に話さないといけない事があったんだ」

 ゴンザレスが歩きながら話し始めた。

 皆、互いの距離を縮めつつ聞いた。


「今回の人間7号回収の件だけど、調べていく内に厄介な事が分かった。

 伝輝君がまごころカンパニーの注意動物リストに登録されているんだ」


「何だって!?」

 タカシは声をあげた。

 すかさずエミリーが「静かにしてね」とたしなめた。


「クッキーは、美食会や人間7号回収については、何も教えてくれないんだけど、この件については話してくれたんだ。

 猫吠山キャンプ場の事件では、クッキーは僕や樺さん達の事は、いつも通り隠してくれたんだけど、伝輝君の事は報告せざるを得なかった。

 ツアー参加者が人間6号と接触しているからね。

 そして、まごころカンパニーは人間6号が、狩りと化けの技術の習得を試みていることを知った。

 人間として観察・実験する為の存在が、逆に動物界独自の技術を身に付けようとしている。

 カンパニーにとっては一層注意すべき動物になったって訳だ」


「伝輝が化けを使えることを、カンパニーは知ってしまったんだな。

 クソッ!

 バレないようにする為に、伝輝にコントロールを学ばせたのに」

 タカシは悔しそうに歯を食い縛った。


「あのさ、注意動物リストに登録されると何か問題あるの?

 俺、指名手配犯になっちゃったの?」

「僕も何となくしか知らないので、詳しく知りたいです」

 伝輝と樺がゴンザレスの方を見て尋ねた。


「注意動物リストは、人間界で言う指名手配とは全く違うよ。

犯罪とか関係無く、まごころカンパニーにとって気を付けるべきという意味で登録される。

 だから、世間には公表されない。

 ただ、危険度が高いとカンパニーが判断すると、警戒動物リストにランクアップする。

 するとキバ組織が動き出し、場合によっては始末されることになる。

 警戒動物リストにランクアップするタイミングだけど、これは緊急事態であれば、キバ組織のリーダー格以上のメンバーであれば独断出来るようになる」


「なるほど。

 それで、バラは・・・」

 タカシが呟くと、ゴンザレスが深く頷いた。


「そう。

 僕はずっと何故バラが伝輝君に人間7号回収の話をしたのか気になっていた。

 伝輝君が注意動物であることが分かって、バラの企みは予想出来た。

 伝輝君が、人間7号回収を知れば、阻止する動きを見せる。

 カンパニーの計画を阻害する注意動物なら、状態次第で警戒動物にランク上げて、堂々と襲う口実を作る事が出来る。

 バラ個人の目的の為に、仕組まれていた事なんだ」


 伝輝の表情は一瞬で青ざめた。


 生まれてくる赤ちゃんだけではなく、自分までもが命を狙われているなんて・・・


「餌として、えらく気に入られちゃっているのね。

 伝輝って」

 エミリーは言った。

 伝輝はムカッとして、上半身を横に揺らした。エミリーはサラッと移動し、ゴンザレスの肩に乗った。


「どうするんだ、これから。

 このまま阻止する動きをすれば、最悪の場合、昇平さんと夏美さんは、大事な子どもを二人共失う事になるんだよ」

 樺が戸惑いながら言った。

 気が付けば、全員公園に到着していた。


「そうだね。

 伝輝君、僕はこの情報を得て、下手に動かない方が良いと思ったんだけど・・・」

 ゴンザレスは心配そうに伝輝に尋ねた。

 皆、伝輝を見た。


 伝輝は青ざめた顔を下に向けてしばらく黙っていたが、やがてスッと顔を上げた。


「絶対に阻止する。

 赤ちゃんも俺も、奴等の好きにはさせない」


「だけど相手はキバ組織だよ。

 正直、僕達では二人共守り抜く事は難しいと思う」

 ゴンザレスが言った。

 タカシと樺も同意しているのか、黙って小さく頷いた。


「自分の事は自分で守る。

 皆は赤ちゃんを助けてくれたら良い」


「でも、どうやって伝輝君はキバ組織から身を守るんだい?」


 ゴンザレスの言葉に、伝輝はスッと右手の平を見た。

 6の数字は出てきてない。

 思いの外、自分は冷静なのだ。


「キバ組織の想像を越えれば良い。

 奴等の知っている俺よりも強くなるんだ」

 伝輝の発言を、全員黙って聞いていた。


「それじゃあ予定は変えずってことね。

 皆、分かった?

 フフフ。

 案外根性あるみたいね、伝輝。

 さ、話はおしまい。

 ゴンザレス、部屋まで送って。眠くなっちゃったわ」

 エミリーが話を進め、解散を促した。


 ゴンザレスがエミリーを抱いて、歩き始めた。

 続けて樺が伝輝の方を見て言った。


「僕も、引き続き阻止に協力するよ。

 でも伝輝君、無理はしないでね。

 もしも、7号と君のどちらかしか助けられないとなった時、きっと僕は君を助けると思う。

 僕は君を死なせたくないからね。

 それじゃあお休み」

 樺もゴンザレスに続いて公園を去った。


     ◇◆◇


 夜の公園に、伝輝とタカシの二人が残った。

 タカシは伝輝に声をかけた。

「戻るか。

 あんまり遅いと夏美さん達が心配する」


 伝輝は黙ったまま頷いた。

 ポツポツと街灯が光るだけの道路を二人は横並びで歩いた。

 深夜ではないが、車は殆ど通らなかった。


「樺さんも言ってたけど、もしも二人どちらかってなった時は、俺も伝輝を助けるよ」

 タカシが静かに言った。

 伝輝はタカシを見下ろした。

 タカシの目は真っ直ぐ前を向いていた。


「皆が俺を守ってくれるなら、俺は家族を守ることに集中するよ

 その為なら、どんなことしたって構わない。

 もう化けがバレてるなら、気にしなくて良いんだし」


「伝輝・・・」

 今度はタカシが伝輝を見上げた。

 伝輝の目も静かに真っ直ぐ前を見据えていた。

 その目からは熱く強い決意が感じ取れた。


「タカシさん。

 教えてほしいんだけど、どうすればもっと化けの力を使って強くなれるのかな?」

 伝輝は尋ねた。


 タカシは「うーん」と首を傾げた。

「化けの使う目的は動物それぞれだ。

 俺では、伝輝の希望に答えられないな」

 タカシの言葉に、伝輝は少し残念な気持ちになった。


「化けで困った時は、ポンコツ先生に相談してみよう。

 俺は仕事だから、エミリーちゃんにお願いしとくよ。

 明日の放課後行ってみな」

 タカシはニコッと笑った。


 丁度、まごころ荘に到着したので、伝輝はタカシと別れて6号室に入った。


 居間には夏美が座椅子に座っていた。

 風呂上がりで髪を乾かしていた。

「お帰り、伝輝」

 夏美は火照った顔を伝輝に向けた。


「ただいま」

 昇平は風呂に入っているようだ。

 伝輝は夏美のお腹にピタリとくっついた。

 赤ちゃんは、自分が触れたことに気付いたのか、伝輝の頬が当たっている部分を蹴り返してきた。


「お散歩楽しかった?

 皆で何話したの?」

「別に。

 ゴンザレスさんが、エミリーちゃんにいじられてただけ」

 夏美はクスリと笑った。


 家族は自分しか守れない。

 化けを使えて、脳を操作されていない自分しかいない。


 伝輝は心の中で気持ちを固くした。


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