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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
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動物界での生活 ① まごころ荘の朝

 動物界のまごころ町に引っ越してきた伝輝と昇平。少々一悶着あったが、何とか初日を終え、動物界での生活二日目を迎える・・・

 カーテンをかけていない窓から、朝日が差し込み、伝輝の閉じた瞼の隙間に入り込んだ。

「ん・・・」

 何度か瞬きを繰り返すと、次第に視界がはっきりとしてきた。

 い草の青色と匂いが、ここが今までのアパートのフローリングと違うことを教えた。


 伝輝は天井を見上げ、昨日の出来事を頭の中で再生した。

 ゴミ箱の中が地下鉄の入口になっていて、駅のすぐ近くのまごころ荘にやってきて、喋る二本立ちの象に会って、スーパーに行って、芋虫を落として・・・


 ウッと、伝輝は軽くえずき、身体を横に向けた。

 その時、サラリと自分の額にかかる髪の質感が違うことに気付いた。

 毛先を触った。真っ黒な髪の毛が自分に生えていた。

 昨晩、伝輝の髪の毛は、傷みきった金髪から、今まで染めたことのないような自然な色の黒髪に、一瞬で変化した。


 その後、喋る猫やら馬やらカバやらと一緒に晩飯を食べた。

 それぞれ机が分かれていて、食べ物もバラバラで、でもなぜか発泡酒の缶は皆同じやつを飲んで。

 楽しそうにしている様子を傍目に、予想以上に美味しいごはんを食べた。

 

 伝輝は徐々に、自分が喋る動物達と一緒に暮らすことになったことを思い出してきた。

 夕食の後、象のカレイが伝輝と昇平に言った言葉が蘇った。

「明日は7時半にマグロが呼びに行くから、支度していてね。

 朝ごはんを用意しているわね」

 伝輝は目ざまし時計を見た。

 アラーム設定は七時にしていたが、それよりも十分以上早く目覚めてしまった。 隣で昇平がだらしない恰好で熟睡していた。

 酒を飲んだ昇平は朝起きられないのを伝輝は知っている。

 声をかける気もしないので、伝輝は自分一人だけ布団を畳み、顔を洗い、パジャマから服に着替えた。


 七時半きっかりにドアのチャイムが鳴った。

 伝輝は支度を終え、引っ越しの荷物の整理をしていた。

 ドアを開けると、子どもの象のマグロが昨日と違うTシャツとズボン姿で立っていた。

「おはよう、伝輝君」

「おはよう・・・」

 一晩明けて、もう慣れたかと思っていたが、やはりバッと目の前に立たれると、ドキッとした。

「準備できた? 朝ごはん食べよ」

「ごめん、まだあいつが起きてなくて・・・」

「あいつって、昇平さん?」

 マグロがぬっと玄関に体を入れるので、伝輝は横によけるようにマグロを家の中に入れた。

「お邪魔しまーす」

 遠慮なく入るんだな。と伝輝は少し迷惑そうにマグロの後について行った。


「にゅーあ・・・・」

 涎をクチャクチャ鳴らしながら、昇平は相変わらず熟睡していた。

 マグロと一緒に見ていたが、改めて情けない姿だと伝輝は思った。

「これは、簡単には起きそうにないね」

 マグロはそう言うと、にゅうっと自分の鼻を伸ばし、昇平の鼻の上にかぶせた。

「何するの?」

 伝輝が恐る恐る尋ねた。

「これで起きない動物は見たことがない」

 マグロは自分の鼻先を繊細に動かした。

 すると・・・

「いだだだだだだだだ! 鼻! 鼻!」

 昇平は全身ごと持ち上げられた。

 マグロがスッと鼻を外すと、ドスッと昇平は布団の上に落ちた。

 昇平の鼻は真っ赤になっていた。

「良かった、すぐ起きてくれて。

 これで起きなかったら、お母さんを呼ばなきゃいけなかったよ。

 お母さんがやると、多分鼻がとれちゃうところだったよ。

 さ、僕の家に行こう」

 昇平はなぜ、自分の鼻が痛いのかよく分からないまま、マグロの家に向かった。




 カレイの用意した朝ごはんは、炊き立ての白ごはん、わかめと豆腐の味噌汁、梅干し、味付け海苔、生卵と、普段家でも食べないような素朴できちんとした内容だった。

「昇平さん、八時になったら前田さんが迎えに来るから、それまでに支度しておいてね」

 カレイが少し心配そうに言った。

 起きたばかりの昇平は、髪もベタベタボサボサで、無精ひげが生えていた。

 服も昨日から変わっていなかった。

「大丈夫っすよー!

 前田さんから、何も用意しなくていいって言われてますから!」

 昇平の返事に、カレイは少し苦笑いをして、今度は伝輝に話しかけた。


「伝輝君はマグロと一緒に学校に行ってね。

 今まで使っていた教科書とか全部持っていけばいいから。

 マグロ手伝ってあげてね」

「うん、分かった」

 学校。

 伝輝は、教室の中で色んな動物達が黒板に向かって座っている姿を想像した。

 不安しかなかったが、もうどうにでもなれと、伝輝は少し開き直るようになっていた。




 やがて、前田さんが迎えに来た。

 パリッと清潔感のある作業着姿だ。

「おはよう、前田さん」

「おはようございます。カレイさん」

「また、動物園から来たの?

 最近、ちゃんと帰ってきてるの?」

「いや、ハハハ」

 前田さんは少し困ったように笑った。

「たまにはまごころ荘に帰ってきなさいよ。

 部屋もずっと空けっ放しじゃ、良くないわよ」

「分かってますよ」

「前田さんもまごころ荘に住んでいるの?」

 伝輝はマグロに尋ねた。

「うん、でも、ほどんど部屋に戻ってきてないみたい」

「きっと、あれだな」

 昇平はニヤつきながら、伝輝とマグロに言った。

「彼女の家に泊まり込んでいるんだな。

 おとなしそうな顔して・・・」

 お前と一緒にするな、と思いながら、伝輝は昇平の初出勤を見送った。

 結局、顔すら洗わずに行ってしまったが、着替えもシャワールームも動物園にあるらしい。




「さ、僕達も学校に行こう!」

 マグロが元気よく言った。

 二人で伝輝の荷物を分担して持ち、(マグロが半分以上持ってくれた。)まごころ荘を出発した。

「そう言えば、他の部屋のその・・・いなかったね」

「他の動物達は皆、生活時間がバラバラだからね。

 普段は一緒にご飯を食べることはないよ。

 伝輝君達は、しばらくは準備するのも大変だろうから、ウチで食べると良いよ」

 そう言われて伝輝は安心した。

 少なくとも母親が来るまでは、お願いしたかった。

 専業主夫と自称していたくせに、昇平はロクに料理も作れなかったからだ。


「伝輝君が学校に来るの、きっと皆、楽しみにしてるよ!」

「そうなの?」

「だって、本物の『人間』が来るんだもん!」

「本物の人間?」

 町を歩いていても、すれ違う動物達は、自分をじろじろ見てはいない。

 自分の存在は大して珍しくないのだと思っていたが、学校に行くと違うのだろうか?

 伝輝は不思議に思いながら、歩き続けた。

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