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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
67/84

人間7号計画 ⑤ 手術

まごころ総合病院を訪れた伝輝・夏美・咲は、救命救急科で緊急出産が行われることを知る・・・

「お二人はゆっくりで良いので救命救急科に来てください。

 ちゃんと対応してもらえるように頼んでおきます!」

 咲はそう言い終えると、タプタプと二の腕を揺らしながら、雌鹿の看護師と一緒に走って行った。


「どうして救命救急科に出産直前の妊婦が?」

 移動しながら咲が尋ねた。

「観光でまごころ町に訪れたニシゴリラです。

 予定よりも早くお産が始まったらしく、対応できる場所がありませんでした」


「緊急分娩でも、お宅なら産婦人科医がいなくても対応できるんじゃ?」


「それが・・・」

 エレベーターに乗り、看護師は息を整えた。

「診断医の診断で、逆子だと分かりました」


     ◇◆◇


 咲と看護師は救命救急科に到着した。


圭三けいぞう先生!」


 手術室と書かれた扉の前で、頭頂部が禿げ上がった白髪の小柄なヒトの老人が立っていた。


「こちらのご婦人は?」

「助産師の方です」

「助産師?」

 圭三は咲を見た。


 咲は圭三が何かを言い出す前に、「手術着を貸していただけますか? サイズはLLで」と落ち着いた様子で言った。


「分かりました!」

 看護師は再び走って行った。


「申し訳ないが助産師がいても意味が無い。

 自然分娩は困難と私が診断した」

 圭三は言った。

 しかし、咲は分かっていたかのように、斜め掛けしていたポーチからカードを取り出し圭三に見せた。


「これは、動物界認定医師免許証!?」


「私は動物界のどこへ行っても、手術に立ち会うことができます。

 まごころ総合病院は、カンパニー認定が無いと治療が出来ないのですか?」


「通常ならこの病院で治療するには、カンパニー認定医になる必要がある。

 だが、今は緊急事態だ。

 すぐに準備してくれ」


 支度を済ませた咲が手術室に入った。

 中には同じ手術着姿のタカシ(ヒトの姿)と鹿(さっきとは別)の看護師がいた。

 中央の手術台には、呼吸が荒いニシゴリラの女性がいた。


「あなたは・・・」


「咲です。

 逆子だそうですね。

 私が帝王切開手術を行います」

 そう言って、咲はニシゴリラの女性に話しかけながらお腹をさすった。


「はじめまして。

 私は医者兼助産師の咲と申します。

 今からあなたのお腹を切開し、赤ちゃんを取り上げます。

 まごころ総合病院の診断医が、その方法が最も適切だと判断しました」


「切るの、嫌・・・」

 ニシゴリラの女性は、声にならない声で訴えた。


「あなたと赤ちゃんの命を守るためには、この方法しかありません」


 ニシゴリラの女性の目から大粒の涙がこぼれた。


「怖がらないで。

 傷跡はほとんど残りません。

 どうか赤ちゃんの為にご決断を」


「剃毛しても、すぐに俺が元に戻します」

 背後からタカシが言った。


「・・・お願いします」


「ありがとうございます。最善を尽くします」 咲はニコッと笑った。


     ◇◆◇


 伝輝と夏美が救命救急科に到着すると、先程の看護師がやって来て見学室に案内してくれた。

 見学室はドラマで見たことのあるような、二階からガラス窓越しに手術現場を見下ろせるようになっていた。


 ニシゴリラの男性が泣きながら、ガラス窓にへばりつき、一階を見下ろしている。

 妊婦の夫だろうと伝輝は思った。


 知らない動物がやって来たのに気付き、ニシゴリラの男性は顔をしかめた。

 だが、すぐに傍にいたヒトの老人が話しかけた。


「ジェット様、こちら夏美さんとその息子さんです。

 彼女は看護師でして、今は産休中ですがご自身の出産も控えていることもあり、今回は見学を希望されました。

 夏美さんもディアナ様のご容体を大変心配されています。

 ここで一緒に見守らせていただけないでしょうか?」


 老人が上手く理由をつけてくれたので、伝輝と夏美は見学室に居させてもらえることになった。


「初めまして。看護師から聞きました。

 タカシと同じまごころ荘にお住まいだと」

 老人が二人に近付き話しかけた。

 そして更に小声に切り替えた。


「夏美さんは人間界で看護師をされていたそうで。

 折角ですので、まごころ町の医療技術をご覧になってください」

 老人はニコッと笑った。

「自己紹介が遅れました。

 私は救命救急科の診断医をやっております。

 圭三です。

 お分かりでしょうがヒトです」


 伝輝と夏美はペコリと挨拶した。


「診断医というのは聞きなれないお言葉でしょう。

 動物界には、患者の病態を診断するだけの専門医がいるのですよ。

 診断医の判断を元に、医師を手配し治療させる。

 医師の寿命が短い動物界では、寿命の長い動物がアシストする必要があるのですよ」

 圭三はサラリと説明した。

 夏美はなる程、とうなづいた。


 伝輝は窓越しに手術現場を見た。

 犬耳と尻尾をつけたヒトの姿のタカシが真剣な眼差しで、手術台にいるニシゴリラの女性を見つめていた。

 咲と会話しているようだが、声は聞こえなかった。


     ◇◆◇


「私の指示に従って、止血、傷口の縫合をお願いします。

 出来るわよね?」


「当たり前だ。

 あなたこそ助産師なのに、手術ができるんですか?」

 咲は自信ありげな目でタカシを見た。

「この町でフリーでやっていくには、ね」


 咲は消毒液を両手にかけた。

 右指先をさすると、パチパチと指先から音がした。


 化け手刀か・・・


 タカシは唸った。

 細胞消失の応用で、化けの力で身体の一部を刃物ようにする技術だ。


 咲は一部麻酔を施したディアナの腹部に、右親指の側面を当てた。

 そのまま右方向に手を動かすと、ジョリジョリと腹部の毛が消失していった。


 非常に繊細な手さばきだ。

 これなら剃毛による患者のストレスは、かなり軽減できるだろう。

 タカシは仕事を忘れ、咲の手元を眺めた。


「止血!」


 咲に言われて、タカシは手術のサポートを始めた。


「お住まいは東アジア大陸なのね。

 北海道のリゾート病院で分娩予定だったんだ。

 まごころ町に来たのは、お医者さんからも大丈夫って言われたからよねー。

 折角旦那さんが会いに来てくれたのに、病院にこもりっきりじゃ嫌に決まっているわ」


 素早く的確に手を動かしつつも、部分麻酔で意識が残るディアナに対して咲は優しく話し続けた。


「あなた達も細心の注意を払ったけど、急にお産が始まったのよね。

 それは別にあなた達が悪い訳ではないわ。

 お産は本当に、何が起こるか分からないもの」


 咲の手が一層慎重に動いた。


「ま、結果良ければ、全て良しってことで」


 手術室内を、動物の赤ん坊の声が響き渡った。


◇◆◇


「伝輝、やったわ! 無事に産まれたわよ!」

 夏美が感動で涙を流しながら伝輝の肩をポンポンと強めに叩いた。


 伝輝は本格的に手術が始まる前に、窓から背を向け現場を見ないようにしていた。

 お腹を切るという行為を考えると、条件反射的に脇腹が痛むような気がして、見られなかった。


「おめでとうございます!」

 夏美がジェットに声をかけた。

 ジェットは号泣していた。

 圭三が優しく彼の背中をさすっていた。


「凄いわ、咲さん・・・」

 夏美の表情は、すっかり戻っていた。


     ◇◆◇


 伝輝と夏美は食堂で飲み物を飲んで時間を潰した。

 生命誕生の瞬間に立ち会ったため、二人とも気持ちが充満して空腹を忘れてしまった。


「遅くなってすみませんでした!」


 咲がポフポフと駆け足でやって来た。

 その後ろに私服姿のタカシ(犬の姿)もいた。


「お疲れ様でした。

 ディアナさんとジェットさんと赤ちゃんは?」


「おかげ様で、夏美さん。

 今は産婦人科の病棟に移って、ゆっくり休んでいますよ」

 咲はニコッと笑った。


「もうこんな時間なんですね!

 ご自宅まで送ります。タカシさんも」

「よろしくお願いします」

 タカシはペコリと頭を下げた。


 移動中、咲は車内でも絶えずペラペラ元気よく話し続けた。

 大半は町内の美味い店の話だった。

 話を聞いていると、伝輝はだんだん忘れていた空腹を思い出してきた。


 まごころ荘に着き、夏美は咲をお茶に誘った。

 咲は快く応じた。

 ついでにタカシも加わり、四人で6号室でお菓子をつまんだ。


「本当に今日の手術は凄かったわ!

 咲さんは医者だったんですね」

 夏美は咲に質問した。


「武者修行で日本列島を出た時期があって、そこで動物界認定医師免許をとったんですよ。

 でも、原則その免許じゃまごころ総合病院で化け医療ができないから、フリーになったんです」


「へぇー、たくましいわね。

 私よりずっと若いのに」


 そうなんだ。と、伝輝とタカシは黙って聞きながら思った。


「皆さんの前で言うのも何ですが、私、まごころカンパニーを百パーセント信用しているとは言えなくて・・・。

 社員じゃないと、生活するには結構キツイこともあるけど、独立開業している産婦人科医の師匠に仕事もらっているから、何とかやってるわ」


「え?」タカシが反応した。


「まごころ総合病院以外にも産婦人科病院があるんですか?」

 タカシよりも先に夏美が尋ねた。


「ええ。お陰様で、口コミでお客様も途切れず来院してくださっています。

 ウチは助産院と違って、緊急時の医療行為もある程度できるしね」

 夏美の表情が明るくなっていった。


「私もそこで診てもらえないかしら?」


「夏美さんも?

 でも、ウチはまごころカンパニーの補助が無いから高いわよ」


「具体的にいくらかかるんですか?」

 タカシが身を乗り出して尋ねた。


「そうねぇ・・・」

 咲は小型タブレットを取り出し、パパパと画面を叩き、タカシに見せた。

 タカシは顔をしかめた。


「高い。何とか安くなりませんか?

 せめてこれくらい・・・」


「無理よ。師匠は金額に妥協しないのよ。

 経費削減できれば、師匠に相談するけど」


「じゃあ、この検診交通費を削減しよう。

 しばらくここに住んでください」


「6号室に? それは困るわよ」


「いや、1号室に」


「え、1号室って・・・」咲の口元が少しだらしなく緩む。


「前田さんの部屋です。

 好きに使って良いって言われているので。

 でも前田さん、たまーに帰ってくるから、咲さんも困るかな?」


「香が来たって、構わないわ! 幼馴染だし!

 そうねぇ、仕方ないわね~」

 咲の頬が赤くなるのを、伝輝は気付いた。


「今から、案内します」

「よろしくお願いします!」

 咲が軽やかな足取りで居間を出て行った。

 タカシは立ち上がる際に、伝輝を見てニッと笑った。

 現実の出産や医療については、全くの素人知識です。異世界のファンタジーとして思っていただければ幸いです。

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