夏美と動物界 ④ 挑発
伝輝の前に現れたのは、伝輝を襲ったことのある、シマハイエナのバラだった・・・
伝輝は凍りついたように体が動かなくなった。
「それって、つまり・・・」
「カンパニーとしては、枠さえ手に入れば、本人が実際にいようがいまいが関係ない。
4号と5号は、まだ繁殖能力を持っている。
一匹位いなくても、どうってことない」
バラは、伝輝の反応を見ながら言った。
「そ、そんなことさせるか!」
伝輝は右手をギュッと握りしめた。
目の前にいる二本足で立つハイエナが、無性に憎くなった。
右手がバチバチと熱くなった。
「よせ、伝輝」
いつの間にいたのか、タカシ(犬の姿)が背後から伝輝の右腕を掴んだ。
「落ち着くんだ」
「俺は、別に構わないぜー。
俺を殴りたかったら、殴ってこいよ。
その瞬間、てめぇの首根っこを食いちぎってやるぜ!」
バラは両手を広げ、舌をベロンと出し、伝輝を挑発した。
伝輝はザッと一歩進み出た。
「よせって!」
タカシがそれ以上進ませないように、右腕を引っ張った。
身体は伝輝より小さいが、力はあった。
ガチャッ
カレイ宅の玄関ドアが開く音がした。
バラは、フッと姿勢を正し、手を振りながら歩いてまごころ荘敷地を出て行った。
◇◆◇
出てきたのは、ゴンザレスとエミリーだった。
エミリーはゴンザレスの腕の中でウトウトしている。
「どうしたの? 二人とも。
タカシさん、今帰ってきたんですか?」
ゴンザレスがタカシに尋ねた。
「いや、その・・・」
「もしかして、前田さんが来てたから入り損ねたとか?」
図星だったらしく、タカシの両耳がクニンと折れ曲がった。
「でも、正解だったと思いますよ。
その後、まさかのカンパニーのクライアントがやって来て。
本当にビビりましたよ。
まだ今なら食べるものも残っているだろうから、タカシさんもどうぞ。
僕はエミリーちゃんを部屋に寝かせに行ったら、すぐ戻りますので」
そう言って、ゴンザレスはカンカンカンと階段を上って行った。
伝輝の心臓はバクバクしていた。
恐怖と怒りで、興奮していた。
今すぐにでも暴れ出したいくらいだった。
「伝輝、落ち着け」
タカシが静かに言った。
パシッ!
握りしめた拳から小さく破裂音がし、ポタポタと血が指の間からこぼれ落ちた。
ポンッとタカシはヒトの姿に化け、優しく伝輝の右手を持ち、手を広げさせた。
6の数字が浮かんだ手の平は血で滲んでいた。
消滅の化けが、伝輝の手の平の皮膚を破壊させたのだ。
「カレイさんの家に行くタイミングを逃しちゃってさ。
お前とバラのやりとりは、実は最初から全部聞いていた。
お前が怒るのも分かる。
ただ、以前クッキーが言っていたことがある。
バラは自分の快楽を第一優先する男だ。
お前に言った言葉も、お前を挑発する為に、口から出まかせを言ったのかもしれない」
タカシは伝輝の右手の平を撫でた。
傷が跡形もなく消えた。
「だが、もしバラの言ったことが真実なら、対策を考えないといけない。
伝輝、俺は人間の味方だ。
動物界の連中が、お腹の赤ちゃんを何と思っていようが、俺は全力で赤ちゃんを護る」
タカシは伝輝の肩を握った。
伝輝はタカシを見た。
「そして、お前もだ」
◇◆◇
ゴンザレスが階段を降りてきた。
「まだ、ここにいたの?」という表情をしたので、タカシはカレイ宅に向かった。
伝輝は6号室に行き、風呂を沸かした。
風呂の準備を終え、カレイ宅に戻った時、タカシがこそっと伝輝に話しかけた。
「他の誰にもさっきの話はするな。
まずは、情報収集からだ。
クッキーに聞いて、確認させてみよう」
伝輝はコクリとうなづいた。
昇平と夏美は、お互いに手を握って立ち上がった。
昇平は夏美を気遣うようにしながら、一緒にダイニングテーブルを降りて行った。
とても楽しそうに、にこやかに笑う両親。
でも、そうやっていられるのは、まごころカンパニーが自分達を生かすという選択をしているからだ。
そう思うと、悔しくて仕方が無かった。
伝輝は手の平を見た。
タカシが傷を治すときに、化けの膜を強くしたのだろうか、気持ちや体温は高ぶっているが、数字は浮かんでこなかった。
「絶対に、カンパニーの好きにはさせない」
伝輝はつぶやいた。
その言葉は、傍にいたタカシにも聞こえていた。
「ああ、全くだ」
タカシは伝輝にも聞こえないような音量で、そう答えた。