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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
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夏美と動物界 ③ 訪問客

キバ組織のワイヤーとバラは、ある場所へとクライアントを案内する・・・

 カレイ宅では、食事も会話も酒も(大人男性陣のみ)進み、アナゴが持ってきた家庭用カラオケで、カラオケ大会も始まった。


 夏美は、ケラケラと絶えることなく笑い続けた。

 過呼吸にならないか、お腹の赤ちゃんが苦しいんじゃないかと、伝輝は心配に思うほどであった。


 夏美が楽しそうにしているのはとても嬉しいのだが、初めてこの世界にやって来たにも関わらず、ここまで溶け込めるのは、不気味に思えた。

 そう言えば、昇平も初日からあっさり溶け込んでいたように感じる。

 伝輝は改めて自分の両親を不思議に思った。


「そう言えば、カレイさん。

 他にも客が来るって言ってたけど、まだ、来ないの?」

 昇平が一曲歌い終えて、缶ビールを片手にカレイさんの隣に座った際に尋ねた。


「そうねぇ、ちょっと遅れているのかもしれないわね」

 カレイさんは、リンゴをシャリシャリ食べながら答えた。


 ピンポーン


 玄関チャイムが鳴り、一同がドアの方を向いた。


「はーい」

 カレイが玄関に向かった。


「こんばんは・・・」


 カレイと一緒にダイニングテーブルに上ってきたのは、前田さんだった。

 普段の飼育員姿ではなく、ポロシャツとくるぶしが見えるスリムパンツを着ていた。


「前田さん!」

「久しぶりですね!」


 ゴンザレスや樺は意外そうな声を上げた。


「お客様って、前田さんのことだったんだ」

 昇平は、拍子抜けたようだった。

 他の動物達にとっては久々でも、昇平からすれば、他の誰よりも一番見ている顔だった。


「はじめまして、夏美さん。

 昇平さんからはお話はよく聞いています。

 ようこそ、まごころ荘へ」

 カレイに手土産を渡し、前田さんは夏美のところへ行き、丁寧に挨拶をした。


 あまりにもきちんとした態度に、夏美も伝輝も思わず姿勢を正し、挨拶を返した。


「前田さんも飲もうぜ!」

「え、いや、お構いなく・・・」


 前田さんの言葉は無視され、昇平とゴンザレスが強引に前田さんを引っ張っていった。


「あの人がしょーちゃんの先輩の前田さんね。

 爽やかな文系眼鏡男子って感じね。

 ちょっと大村豊に似ているかも・・・」

 夏美が嬉しそうに言った。


 伝輝も、前田さんは夏美の好きなタイプだろうなぁと思った。

 そうなると、なぜ昇平と付き合うことになったのかと思えてくる。


     ◇◆◇


 前田さんが持ってきたフルーツゼリーを、夏美と伝輝とカレイは美味しく食べた。

 「明日が早いから」と、前田さんは適当な時間で帰った。

 結局一曲も歌うことはなかった。


 ピンポーン


 前田さんが帰った後、しばらくして、再び玄関チャイムが鳴った。

 カレイは玄関に向かった。


「おお!」


 ダイニングテーブルの上に現れた動物の姿を見て、まごころカンパニー社員であるアナゴ・ゴンザレス・樺が思わず唸った。


 紙袋を持った紺色のスーツ姿の雌のジャガーと、ワインレッドのビロード生地のスーツを着た雄のホルスタインが、背筋をピンと伸ばし、宴会状態になっている周囲を見渡した。

 どちらも180センチ以上ありそうな背丈だったので、ほとんど見下ろす状態だった。


 二人とも、作り物かと思う程美しい毛並みをしていた。

 汚れも乱れもない整った毛皮と、服の色合わせが良く、とても高級でオシャレに見えた。

 人間が大金を出して毛皮のコートを欲しがる気持ちも納得できると、伝輝は思った。


「到着が遅れて申し訳ございません。

 この度は、四月にまごころ動物園に入社された昇平さんの奥様がまごころ町に来られたと聞き、歓迎のご挨拶に参りました。

 本日、会長が急な出張のため、代理として伺いました」


 雌のジャガーが、落ち着いた口調で淡々と話した。

 とてもしっかりした印象だが、「あくまでも仕事として」という雰囲気が伝わってきた。


「私はワイヤーと申します。

 そして、こちらの方はメル牧場最高責任者のマスカルポーネ氏です」


 マスカルポーネ氏は、紳士的な作法でお辞儀をした。


「はじめまして。

 私は北海道で牧場を運営しております、マスカルポーネと申します。

 人間のご家族が、まごころ町に引っ越されたと聞き、是非ともご挨拶させていただきたいと思い、参りました。

 えー、そちらのご婦人が夏美さんで?」


 マスカルポーネ氏は夏美の方を見た。

 夏美がスクッと立ち上がると、氏は大きな体を軽やかに動かし、夏美に近づいた。


「お会いできて光栄です。

 ようこそ、動物界へ」


 マスカルポーネ氏が手を差し出した。

 夏美も手を出すと、氏は両手でそれを包み込んだ。


「人間と、このように堂々と向かい合うことができるとは、何とも貴重な経験ですな。

 それに・・・」


 氏は、視線を落とし、夏美の膨らんだお腹を見た。


「人間の、新しい命が宿っている。

 実に神秘的な瞬間だ」


「いえ、そんな・・・」

 マスカルポーネ氏の美辞麗句に、夏美は戸惑いながらも微笑んだ。


「どうか、元気な赤ちゃんが産まれますよう、心から願っております。

 ワイヤーさん」


「はい」

 ワイヤーは紙袋から、ツヤツヤの重箱のようなものを取り出した。

「ほんの気持ちです。

 牧場で育てている無農薬の大豆を使った洋菓子の詰め合わせです。

 是非、夏美さんに召し上がっていただければと」


「あ、ありがとうございます」

 ワイヤーは重箱をカレイに渡し、丁重に挨拶をしてから、ダイニングテーブルを降りた。

 マスカルポーネ氏も続けてダイニングテーブルを去った。


     ◇◆◇


 二人が完全に外に出たことを確認し、一同は大きく息を吐いた。


「うわー、緊張したー。

 まさか、メル牧場の社長が来るとはな!」

 アナゴさんが言った。


「歓迎してくれるのは良いけど。

 この場面じゃなくて、もっと別のタイミングでしてほしかったな」

 カレイさんも意地悪だな~。

 あんな、大物が来るなら先に言っておいてくださいよ」


「私も知らなかったのよ、ゴンザレスさん。

 カンパニーから社員が代表で挨拶に来るとは聞いていたけど」


 すっかり硬くなった雰囲気の中、ヘラヘラと笑いながら、昇平が再び缶ビールを皆に配った。

 徐々に空気が先ほどまでの状態に戻っていった。


 しかし、伝輝の気持ちは落ち着かなかった。

 メル牧場と聞いて、どうしても気楽にはなれなかった。


 メル


 まごころ町に来て初めて出来た友達の仔羊。

 あの牛が狩りの日に参加するよう、メルに指示したのかと思うと、夏美に対する言葉も素直に受け取れなかった。


 再び、宴会は盛り上がりを見せた。


 マグロがアナゴと、男性アイドル二人組の歌を、振り付け付きで歌った。

 聞きなれない歌もあったが、昇平以外の動物達は人間界の曲も歌うので、伝輝はカレイになぜ知っているのかと尋ねた。

 カレイが言うには、動物界でも、ラジオやテレビを通じて、人間界の音楽が流通しているらしい。


 何度か伝輝にもマイクが向けられたが、伝輝は絶対にマイクを握らなかった。

 代わりに夏美が何曲か歌った。

 全く恥ずかしがらずにカレイとデュエットしているマグロを見て、伝輝はマグロのことを凄いと思った。


「伝輝、眠いの?」


 一曲歌い終えて戻ってきた夏美が声をかけた。

 丁度伝輝は大きなあくびをしたところだった。


「うん・・・」

 眠くはないが、退屈ではあった。

 もぞもぞと座り方を三角座りに変えた。


「私も、疲れてきたかなー。

 ねぇ、伝輝、お風呂沸かしてきてくれない?」

 夏美が伝輝に言った。


「・・・分かった」

 伝輝はスッと立ち上がり、ダイニングテーブルを降りた。

 夏美が説明してくれているのか、誰も伝輝が場を離れることに対して何も言ってこなかった。


     ◇◆◇


「んー!」


 外に出て、伝輝は大きく伸びをした。

 夏美が用事を頼んでくれてありがたかった。

 正直、あのようなにぎやかな場は苦手で、早く部屋に戻りたかった。


 駆け足で6号室に向かおうとした時、誰かに声をかけられた。

 伝輝は立ち止まり、辺りを見渡した。


「久しぶりだな」


 誰かが近づいてきた。

 暗がりから目が慣れてきて、それがハイエナだと分かった。


「あっ・・・!」

 伝輝は一歩下がった。


 そのハイエナは、以前自分を襲ったシマハイエナのバラだった。


 黒いタキシード姿だが、ネクタイは緩み、襟元も崩して、かなりだらしない着方になっている。


「そう警戒するなって。

 今日は狩りの日じゃないから、襲わないよ。

 まぁ、本心では今すぐ頭からかぶりつきたいんだけどな」


 バラはクックックと笑った。


「何の用だ」

 あの時の恐怖や痛みが蘇ってくるようだったが、伝輝は必死でこらえ、逃げ腰にならないように話した。


「メル牧場の社長さんがまごころ荘に行くって聞いたから、運転手として来たんだよ。

 まぁ、その後の接待なんかする気無いから、別の奴を呼んで、替わってもらったけどな。

 ククッ。伝輝、会いたかったぜ」


 バラは伝輝より少し背が高い。

 ズボンに手を突っ込んだ状態で、バラは首を斜めにかしげて伝輝を見た。


「あれから、食用ヒトとか食べてみたけど、味が全然違うんだよなぁ。

 なぁ、もう一回味わせてくれよ」


 バラはベロリと舌で自分の口周りを舐めまわした。

 伝輝は背筋がゾクッとした。


「ふ、ふざけるなよ。

 俺はあんたに用は無いから帰れ」


「強がってんじゃねぇよ。人間6号が。

 お前らは、俺達まごころカンパニーが生かしてやっているから、今日まで暮らしてきたってのによ。

 まぁ、それも時間の問題かもしれないけどな」


「何だって?」


 バラは冷ややかにクククと笑った。

 その笑い方は、伝輝を不安な気持ちにさせた。


「いや、4から6号までは、まだその予定は無いか。

 候補は、5号の腹の中にいるサンプルだったな」


「どういう意味だ?!」


 伝輝は嫌な予感がした。


「お前、たかがショボイ新人の平社員の嫁が引っ越してきただけで、わざわざ会長代理と大物クライアントが挨拶に来ると本当に思ってんのか?

 二人はだた下見しただけだよ。

 とーっても大切なイベントの為のな」


「イベント・・・?」


 バラはこれ以上の無いくらいに、嬉しそうに顔をニヤつかせた。


「まごころカンパニーの超上客だけが招待されるプレミアム美食会。

 その、サプライズ食材の現在の発育状態を確認しただけさ。

 おかげ様で順調で、ウチの大事なスポンサーさんは、安心して帰って行ったよ」

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