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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
59/84

夏美と動物界 ② キバ組織の休憩室

夏美がまごころ荘にやってきた。伝輝は久々の母と再会する・・・

 伝輝と夏美がカレイ宅へ向かうと、既に食事が始まっており、メンバーの雰囲気はすっかり温まっていた。


 そこに主役の夏美が現れ、一層盛り上がった。


「さ、夏美さん、足元に気をつけて、こちらへどうぞ」

 カレイは夏美の為に、テーブルへ上るための簡易階段を用意していた。

 優しく手を取り、夏美をテーブルの上へ連れて行った。


「夏美さんと伝輝君の席はここよ」

 カレイは二人を小さな丸テーブルへ案内した。

 夏美が腰掛けやすいようなソファも用意されていた。


「すぐにお料理温めるわね!」

 カレイは台所とテーブルの上をパッパッパと動き始めた。


「今日のカレイさんは一段とはりきっていますね」

 ゴンザレスが言った。


「そりゃあ、夏美さんが来たんだもの。

 それだけじゃなく、今日は他にもお客様が来る予定なんだ。

 もともとカレイは動物を家でもてなすのが、大好きなんだが、管理人という立場上、まごころ荘に住んでいる動物以外は中々家に呼ぶことが無いからね」

 アナゴさんが言った。


「しゃべってないで、あなたも手伝って!

 マグロもね!」

 カレイさんが台所から二人を呼んだ。

 夏美も立ち上がって手伝おうとしたので、伝輝がそれを止め、代わりに台所に向かった。


    ◇◆◇


 伝輝と夏美がカレイ宅へ向かった時間とほぼ同じ頃、まごころカンパニー本社敷地内では、退社時刻を告げる鐘の音が響いていた。


 ゾロゾロと建物から動物達が帰宅の為に出てきた。


 まごころカンパニー本社は、それと知らない人間界の人間が見れば、歴史ある大学キャンパスと勘違いするであろう姿をしていた。

 広大な敷地内には、レンガ造りの厳粛な外観の建物がいくつも並び、様々なスポーツ競技に対応できる運動場や施設も整っていた。

 その建物をつなぐ石畳の道や庭は、丁寧に手入れされた木々や花や芝生で彩られている。


 その中の一つであるキバ組織本部棟からも、同様に動物達(そのほとんどが肉食獣)が、出てきて各々の家路に向かった。


 しかし、キバ組織の一人であるジャガーのワイヤーは、他のメンバーが帰ろうとしている足音を聞きながら、カプチーノをすすりため息をついた。


 彼女がいるのは、キバ組織のリーダー格メンバー専用の休憩室だった。

 会社なので、厳粛な外観とは裏腹に、本社の各建物の内部はごく普通の事務所のような殺風景なものだったが、この休憩室は歴代のメンバーの好みが反映されていた。


 落ち着いた照明に照らされた室内の中央には、柔らかなラグが敷かれ、木目が美しいテーブルと椅子が置かれている。

 窓は他の部屋と異なり大きめに作られており、日が暮れ始めると本社敷地内を染める夕焼けが楽しめる。

 それを眺められるように、窓際には一人用・二人掛け用ソファが並んでいる。


 壁側には無料のドリンクバーが設置されており、そこの自動コーヒーマシンで淹れるカプチーノをワイヤーは気に入っていた。

 中央のテーブルに座り、タブレットを撫でながら、これから残業して行う仕事の為の資料に目を通していた。


 斜め向かいにはキンイロジャッカルのクッキーが眉間にしわを寄せながらケータイメールを打っている。


 窓際のソファには、ヒトの姿をした動物がピコピコと携帯ゲームをいじっていた。

 ヒトを姿をしているが、パーカーのフードをかぶり、サングラスにマスク、手袋、マフラー、長袖長ズボンとほぼ皮膚が出ていない状態になっていた。


「クッキー」

 ワイヤーがカプチーノが入ったマグカップをテーブルに置き、クッキーに話しかけた。


「どうしたの? そんな険しい顔をして。

 クライアントから面倒くさいメールでも来たの?

 だから、むやみにプライベートの連絡先を教えない方が良いって言ったでしょ」


「ん、あ、俺、そんなやばい顔してた?」


 ワイヤーの声掛けに遅れて反応したクッキーは、慌てて左手で自分の眉間を撫でた。


「とっても。

 ねぇ、疲れているんじゃない?

 最近、ちゃんと帰ってる?」

 ワイヤーは肘をつき、重ねた手の甲の上に顎を乗せ、クッキーに話しかけた。


「うーん、まぁ、確かにこないだの人間狩り以外、まともに帰れていないかも」


「本当に!?

 そんなに忙しいの?」


「仕方ないよー。

 結構な大イベントだったのに、近年稀にみる大失敗だったんだもん。

 その後のツアーも全部キャンセル全額返金で、てんやわんやだよ。

 なのに、上はさ、別のイベントを準備しろっていうしさ・・・。

 もう、勘弁してほしいよ」

 クッキーは、テーブルに顔をつけた。


「でも、もうすぐ開催の美食会は、組織内でも結構期待されているのよ。

 汚名返上のチャンスじゃない」


「それもさ・・・。

 上がめちゃくちゃな要求出してくるから、本当にキツイんだよ。

 今のメールも嫁宛だよ。

 子どもの就職祝いに顔出せないことにブチ切れられた・・・」

 ため息をつきながら、クッキーはのろのろと席を立った。


「大変ね・・・。

 とにかく、手伝えることは手伝うから、何でも言ってよ」

「ふぁーい、ありがとう・・・」


 フラフラした足取りでクッキーは休憩室を出た。

 彼の少し内気で弱気な姿勢は、部下にもしっかり見抜かれており、相当ナメられていることをワイヤーは知っている。


「優秀な記憶操作スペシャリストなのに、もったいないわ・・・」


 ワイヤーは、人員配置について、度々上に申告しているが、クッキーの待遇は未だ改善されていない。


◇◆◇


クッキーが休憩室を出てから少しして、休憩室から仮眠室へつながるドアが開き、シマハイエナのバラがあくびをしながら現れた。


「ファ~。定時だ。帰ろ帰ろ」


 バラは耳の裏をポリポリ掻きながら出口に向かった。

 窓際を通る時、ソファに座っているヒトに「よっ」と声をかけた。


「お、ワイヤー。

 何だ、その恰好? 男狩りか?」

「違うわよ、馬鹿」

 ワイヤーは足を組み替えた。


 別に強制している訳ではないのだが、なぜかキバ組織のメンバーは皆、革製品を身に付ける。

 普段のワイヤーもレザー製のライダースーツをよく来ているのだが、今日は紺色の上質なタイトスカートとジャケットを着ている。

 筋肉がくっきり浮かぶひざ下は、ジャガー特有の斑点模様がボディペインティングしたかのように綺麗に映えていた。


 動物界の二足歩行になる女性の多くは、服に合う体型を意識して身体を調整して化ける。

 もちろん、元々の体格・骨格や、生活習慣における脂肪のたるみなどは、二足歩行に化けても反映してしまうが(全く反映させずに化ける技術もあるが、高度技術なので日常生活では採用されない)、人間界から誕生した服が、最もきれいに見える姿に、彼女たちは極力近づけようと意識する。

 その為、首までは本来の動物そのものなのだが、首から下は服を着ることを前提に、わざと体毛量を薄くしたり、乳房の数を減らしたりして、人間の女性の体型に近づけるのだ。

 毛皮と共に生きる彼女達にとっては中々キツイことなのだが、それもオシャレの為には仕方ない。

 彼女たちの化けは、人間界の人間の化粧に似ているのかもしれない。


「これから、接待なのよ。

 我が社にとって大切なクライアントをおもてなしするのよ」


「ふぅーん」

 バラはタブレットを持ち上げ、ワイヤーが見ていた資料に目を通した。


「ちょっと!

 勝手に見ないでよ!」

 ワイヤーが手を伸ばしたが、バラがヒョイッとかわし、ワイヤーの隣の椅子に軽やかに座った。


「面白い所に行くじゃねぇか」

 バラはニヤリと笑った。


「どこがよ。

 これから行くところには、注意動物リストに載っている奴がいるのよ」

 ワイヤーが背もたれにもたれながらぼやいた。


「優秀なお方こそ、重要な仕事を任されるもんだよ。

 お疲れさん」

 バラは、タブレットをテーブルの上で滑らし、ワイヤーに返した。


「あんたは、もう少しメンバーを気遣うってことをしたらどうなの?

 クッキーなんて、一人でいっぱいいっぱいなのよ。

 なのに、あんたはのん気に仮眠室で昼寝だなんて」


「俺は自分の仕事はちゃんとしてますよ。

 給料変わらないなら、何で余計な仕事増やす必要あるんだよ。

 早く終わったら、自由時間にした方がお得だろ。

 残業もアホくさいぜ。手当ついたってやりたくないね」


 ワイヤーは耳を折り曲げた。

 バラの言っていることは、間違っていない。だ

 が、簡単にできることではない。

 バラの仕事の評価の高さを分かっているからこそ、ワイヤーはあまり反論できなかった。


「多少は協力的な姿勢を見せた方が、自分にとっても後々有効だと思うわよ」

 そう言い、ワイヤーは席を立ち、休憩室を離れた。


 バラはニヤニヤしながら、窓からの景色を眺め、数分後、「さて、俺も行くか」と、休憩室を出た。


◇◆◇


 まごころカンパニー本社敷地内にあるゲストハウスに、ワイヤーは本日接待するクライアントを迎えに行った。


「社長、まもなく車が参りますので」

 社長と呼ばれたホルスタインの雄は、ワインレッドのビロード生地のスーツ姿で玄関から出てきた。


 ワイヤーは社長に見られないように、顔をしかめた。

 時間になっても、車が来ない。

 即座にケータイを取り出し、運転手に連絡をとろうとした。


 ケータイを鳴らしている間に、ピカピカに磨かれた黒のセダンが玄関前に現れた。


「ちょっと!

 遅いじゃないの!」


 ワイヤーが運転席に行こうとしたが、サッとその前に運転手が車から降りた。


 タキシードを身にまとったバラが白手袋をはめて、丁寧にお辞儀をした。


「は? バラ?」


「お待たせいたしました。ご案内いたします」

 呆気にとられているワイヤーを横目に、バラは社長を後部座席に乗せた。


「ワイヤーさんもどうぞ」

 バラが手招きした。


「どういうつもりよ」

 小声でワイヤーが尋ねた。


「協力的な方が、俺にとっても有効なんだろ?」

 バラがニヤリと笑った。

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