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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と人間7号
58/84

夏美と動物界 ① 母は妊婦

母・夏美と離れて暮らすことになってから数ヶ月が経ったある日、父・昇平があることを伝輝に伝える・・・

 母がやって来る。

 

 伝輝はいつも通りにカレイさん宅で登校前の朝食を食べている時に、ふと、昇平が言った。


「は?」


「何だ、嬉しくないのか?」

 昇平が残念そうに言った。


「い、いや、お母さん、動物界に来るの?」


「当たり前だろ。

 ようやく体調も落ち着いたからさ。

 盆明けの明日に帰って来るってさ」

 そう言って、昇平はズズーッと味噌汁を飲み干した。


「盆明け・・・」

 伝輝は壁にかかっているカレンダー(本来のアジア象向けサイズ)を見た。


 動物界のまごころ町には、人間界の日本のような祝日や休暇制度が無い。

 土曜日・日曜日が休み以外、基本的に毎日登校し、通勤する。

 休暇をとって旅行に行きたければ、本人の好きなタイミングで行けば良いのだ。


 住民達はそれぞれ寿命が異なる。

 誰かの一週間は、別の誰かの一年分に該当する動物界では、同じタイミング・日数で休暇をとる感覚がないのだ。

 そのため、伝輝は今日が八月中旬で、人間界ならとっくに夏休みでお盆の時期だったのに、気づかなかったのだ。


「明日俺、仕事休みだから、なっちゃん迎えに行ってくるわ」

「俺は・・・?」

 伝輝は尋ねた。

「お前は学校だろ?」

 あっさり言われて、伝輝は少しふてくされた。

 卵かけご飯を口にかき入れ、その後何も話さずに後片付けをして学校に行った。


     ◇◆◇


 次の日、朝から伝輝はそわそわしていた。


 無理やり昇平を叩き起こし、朝食を食べさせ、人間界へ出発させた。


「伝輝君、夏美さんの好きな食べ物は何かしら?

 妊婦さん向けの料理も考えるけど、少しでも喜んでもらいたいから」

 カレイさんが言った。


「今日は、お父さんも、ゴンザレスさんも樺さんもタカシさんも、皆仕事早く終わらせて帰って来るってさ!」

 マグロも嬉しそうに言った。

 伝輝は上手く笑えず引きつったような笑顔を見せた。


 その日の学校は、何をしたのか全く覚えられなかった。

 ボーっと身体を動かし、ぽけーとした頭で学習時間を過ごした。

 団助先生の怒りの眼力も全く通用しなかった。


 今日に限って、午後授業もしっかりあり、掃除当番もあった。

 ようやく学校が終わり、伝輝はドリスと源次郎の誘惑を無視し、走って家に帰った。


 まごころ荘の敷地に着くと、ゴンザレスと樺がスーパーの袋と紙袋を抱えて、カレイさん宅に入ろうとしていた。


「お帰り、伝輝君」


「た、ただいま・・・」


「夏美さん、6号室で昇平さんと一緒にいるよ。

 もう少ししたら夏美さんの歓迎会を始めるよ」

 ゴンザレスさんが言った。


「分かった・・・」


 伝輝はカンカンカンッと階段を上り、6号室のドアを開けた。

 玄関には、昇平のスニーカーと別に、今までなかったが見覚えのあるフラットシューズが並んでいた。


「伝輝か? おかえりー」

 廊下の先の居間のドア越しに、昇平の声が聞こえた。

 伝輝はポイポイと靴を脱ぎ捨て、早歩きで居間に向かった。


     ◇◆◇


 テレビのついた居間の真ん中のちゃぶ台に、昇平があぐらをかいて座っている。


 その隣には、ピンクの裾丈の長いワンピースを着た夏美が座っていた。

 お腹がはっきり膨らんでいるのが分かる。


「伝輝!?」


「あ、うん・・・」

 数ヶ月ぶりに会う母を前にして、伝輝はまともに目を合わせることができなかった。


「髪の毛、黒染めしたの!?」


 そこからか・・・・


 伝輝の顔は引きつった。

 昇平は夏美と会う時に、自分のことを話していないのだろうか。


「まぁ・・・。そんなところ」


「そっちの方が良いわ!

 前よりイケメンになったわ!

 しょーちゃんが染め直したの?」


「まぁな」

 昇平はヘラヘラしながら言った。


 伝輝は「違うだろ!」と思ったが、昇平に噛みつく余裕が無かった。


「つっ立ってねぇで、なっちゃんのお腹触ってみ?

 動いてるの分かるぜ」


 昇平が夏美の膨らんだ腹を指差して言った。

 伝輝は黙ったまま、リュックを下ろし、そぉーっと夏美に近づいてしゃがんだ。


「ほら、ここよ」


 夏美が伝輝の手をとり、腹を撫でさせた。

 温かい、夏美の体温だけじゃない何かの温かさを感じた。

 内側からかすかに振動が伝わってくる。

 自然と伝輝の表情がほころぶ。


「男の子? 女の子?」

 伝輝が尋ねた。


「それはね、私も知らないの。

 生まれた時のお楽しみにしたいなって思ってさ」


「なっちゃんのお母さんは、女の子って断言しているな」

 昇平が言った。


「それはお母さんが、勝手に決めつけてるだけよ。

 女の子向けのリボンやレースフリフリの服ばっかり買うのよ。

 男の子だったらどうするのかしら?

 しょーちゃんのお父さんとお母さんは、ちゃんと性別関係ないものを用意してくれているけど」


「あとは、何が必要かな?」


「別にすぐ必要なものは無いわよ。

 ここで生活始めてから徐々にそろえていけば良いわよ」


 昇平と夏美は、伝輝の頭上でペチャクチャと話し続けた。

 その間、伝輝はずっと静かに夏美の腹を撫でていた。


     ◇◆◇


 ピンポーン


 6号室のドアチャイムが鳴った。

 マグロが呼びに来たのだ。

 昇平は立ち上がり、カレイ宅へ行こうと言った。


「しょーちゃん、先に行っててくれる?

 伝輝に用があるの」


 夏美の思わぬ言葉に、一瞬、昇平と伝輝はきょとんとした。


「何で?

 飯の後で良いじゃん」


「ご飯食べた後だと、眠くなっちゃうし。

 この6号室のお風呂の沸かし方とか知っておきたいの」


「ふーん。

 じゃあ、マグロ君、先行こうか」

 昇平とマグロは6号室を出た。


 伝輝と夏美は、居間二人きりになった。

 沈黙が流れた。


「じゃあ、お風呂の沸かし方だけど・・・」

 沈黙を、伝輝のたどたどしい発言が破ろうとした。


「伝輝」

 夏美はそれを遮った。

 そして、伝輝の方に身体を向け、おもむろに伝輝を抱きしめた。

 膨らんだお腹が伝輝の身体を押した。




 カレイ宅では、早速発泡酒での乾杯で、宴が始まった。


「タカシさんは、まだ帰ってきてねーの?」

 昇平が樺に尋ねた。


「タカシさんは、病欠の医師が出たので、勤務を延長しているんです。

 でもそんなに遅くならないと思いますよ」

 樺は答えた。


「それにしても、先刻夏美さんがまごころ荘に来た時に、初めて挨拶させてもらいましたけど、とても可愛らしい方ですね」

 ゴンザレスが言った。


「あ、そう?

 人間の顔の良し悪しなんて分かるの、ゴンザレスさん?」


「一応、人間界で働いていますので、人間やヒトの容姿を客観的に判断はできます。

 結婚前は、競争率高かったんじゃないんですか?」


「そうなんだよー。

 合コンで初めて会ったんだけどさ。そのメンバー中でも断トツで一番可愛くてさ。

 付き合うことになってからは、地元の連れには、『巨乳のナースを落とした男』って、未だに伝説と言われているぜ」


「そりゃあ、良いですね!」

 アナゴが言った。

 既に発泡酒を何缶か飲んでおり、良い気分になっているようだ。


 マグロと一緒にテーブルで食事しているカレイの耳がピクピクっと動いたが、誰も気づいていない。


「これから、皆、一緒に暮らすわけだし、もし、産まれてくる赤ちゃんが男の子なら、三人の男で、夏美さん争奪戦ですな!」

 アナゴがわっはっはと、酔っ払い親父らしく豪快に笑った。


「はん、別にあいつらなんか、敵じゃねぇよ」

 昇平が不敵な笑みを浮かべた。


「そうですか?

 母親になると、子どもに気が回りすぎて、旦那さんが二の次になると聞いたことがありますが」

 樺が言った。


「だとしても、なっちゃんと交尾できるのは、俺しかいない・・・・」


「子どもがいる前で何言ってんのよ!」

 カレイが鼻で昇平の頭をはり倒した。




 突然、母に抱きつかれて、伝輝は戸惑った。

「お・・・おか・・・?」


「会いたかった」


「え?」


「ずっと、会いたかったのよ、伝輝に。

 ごめんね、すぐに来れなくて。

 二人目だし、全然大丈夫だと思ってたけど、甘かったわ。

 ちょっと体調崩しちゃってさ。

 お母さん(伝輝の母方の祖母)の家で休んでたら、中々来れるタイミングがなくって」


 夏美の伝輝を抱きしめる力が強くなる。

 伝輝はゆっくり、腕を上げ、夏美の背中に回した。


「皆、お腹の赤ちゃんのことは嬉しそうに話すけど、伝輝のことはほとんど触れないの。

 私、本当に嫌だったわ。

 伝輝だって、私としょーちゃんの子どもなのに」


 夏美はそう言い終え、そっと身体を離し、伝輝の肩を抱いた。

 伝輝を見つめる瞳は涙で潤んでいた。


「仕事も辞めたし、しばらくはずっと家にいるから。

 お兄ちゃんになっても、いっぱいいっぱい甘えてね」

 夏美はニコッと笑った。


「お母さん・・・」


 伝輝の目からも、涙が滲み、一筋伝って落ちた。

 夏美は伝輝を再び優しく抱きしめた。

 今度は伝輝も思いっきり夏美に抱きついた。


「それにしても・・・」

 夏美が言った。


「伝輝、何かスポーツでも始めたの?

 肩回りとか、前よりがっしりしてるんじゃない?」


「え?」


「それに、よくよく見たら、最後に会った時より、ちょっと背も伸びてるんじゃない?」


「き、気のせいだよ」

 伝輝の頬は赤くなった。

 夏美はフフフと笑った。


 母が来て、伝輝はようやく初めて、動物界で暮らしても良いかな、と少しだけ思えるようになった。

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