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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
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エミリーの災難 ④ 走るゴンザレス

まごころ町最大の農場「こまち農場」に異形の巨大動物が出現した。その正体はエミリー・・・?

 タカシと伝輝は、まごころ荘駅を通過し、電車でこまち農場の最寄駅まで向かった。

 駅を出ると、ゴンザレスが待っていた。


「タカシさん、来てくれてありがとう。

 今、農場の従業員達には、カンパニーや警察に報告するのを待ってもらっているんだ。

 お客さんにもばれないように、裏山に行かせないようにしてくれている。

 でも、それも時間の問題だから、早く現場に向かわなくちゃ」


「適切な手配だ。

 流石、ゴンザレスさん。

 もし、本当にその大型動物がエミリーちゃんなら、カンパニーに知られちゃまずいからな。

 ゴンザレスさん、現場まで連れて行ってくれないか?」


「もちろん!」

 そう言うと、ゴンザレスはタカシに革製の紐を束ねたようなものを渡した。

 そして、ポンと姿を変え、四足歩行、本来の馬の大きさ・体型になった。

 服は着たままなので、伝輝は改めて動物界の服の生地の丈夫さに驚いた。


「タカシさん、伝輝君、乗って!」

 ゴンザレスは頭を下げて身体を低くした。


 タカシは飛び乗り、ゴンザレスの首の後ろから、ハミ(馬の口に装着する馬具)をつけ、ハミから伸びる革紐をグッと引っ張った。


「伝輝も早く!」

 タカシが言った。


「俺、馬に乗ったことない・・・」

「大丈夫。

 僕が君達を落とさないように気をつけて走るから」

 ゴンザレスが言った。


 伝輝は恐る恐るゴンザレスの背中にまたがった。

 伝輝の前に座っているタカシが伝輝に手綱とムチを持たせた。

 二人がちゃんと乗ったことを確認し、ゴンザレスが身体をグインッと起こした。


「うわっ」

 馬体が揺れた為、伝輝は思わずゴンザレスの首にしがみついた。

 ゴンザレスと伝輝の体がタカシを挟み、タカシを圧迫した。


「伝輝、苦しいって!

 首につかまらないで、手綱をしっかり持つんだ。

 尻を背中に乗せるんじゃなくって、両太ももでゴンザレスさんの体を挟んで、自分の体を固定させろ!」


 初心者の伝輝にとって、かなり無茶な要求であったが、伝輝は何とか手綱を持って背筋を伸ばし、両足に力を入れた。


「よし、僕が走り始めたら、そのムチで僕を叩いてくれないか?」


「は?」


 伝輝が承諾する前に、ゴンザレスは走り出した。

 歩道と車道を巧みに移り、都合よく信号をかわし、ノンストップで走った。


「ひぃぃ!」

 今まで感じたことの無い、揺れとスピードだった。


 遊園地のアトラクションで、これよりも大きな揺れやスピードを体感したことはある。

 だが、不安定な状態でのそれは、かなり恐怖を感じさせるものだった。


「怖いって!

 タクシーに乗れば良いのに!」


「なるべく第三者に知られたくないんだ。

 それに、車よりゴンザレスさんの方が、早く確実に裏山の現場に連れて行ってくれる」


 タカシが言った。

 タカシは手綱を持っていなかったが、慣れた様子でゴンザレスの上に乗っていた。


「伝輝君、そろそろ僕を叩いてくれないか?」

 ゴンザレスが言った、走りながらだからだろうか、少し熱っぽい言い方だった。


「あ、うん・・・」

 直進するゴンザレスの体の揺れは少々落ちついてきたので、伝輝は左手だけで手綱を持ち、右手に持ったムチでペチンとゴンザレスの体を叩いた。


「もっと勢いよく、スナップを利かせて!」

 伝輝はヒュンッとムチを振り上げ、バチンッとゴンザレスの尻を叩いた。


「ああんっ!」


「え・・・?」

 ゴンザレスの怪しい喘ぎ声に、伝輝は一瞬右手の力が抜け、危うくムチを落としそうになった。


 だが、効果はあったらしく、揺れは一定のまま、スピードが上がった。


「伝輝」

 タカシが声をかけた。


「多くのサラブレットは自ら喜んでムチで叩かれることはしない。

 ゴンザレスさんが特別なんだ」


「・・・・」


 伝輝はもう叩きたくないと思った。


    ◇◆◇


 ゴンザレスは農場の正門ではなく、裏口から入り、グングンと山を登って行った。

 整備されていないデコボコの山道をゴンザレスは全く問題とせずに走り続けた。


 やがて三人は木々の少ない開けた場所にたどり着いた。

 ゴンザレスが立ち止まった先には高さ数メートル以上はありそうな、奇妙な姿をした動物がいた。


 ヒトの形をした巨大な足が二本あり、その足で地面を踏み立ち上がる状態になっていた。

 顔・胴体・前足・尻尾は、白猫のままだったが、大きさが尋常ではなかった。

 尻尾の付け根には、ヒト形の腕が伸びており、手の平で胴体を叩いた。

 叩かれる度に、巨大化した白猫の口からひねり出したような鳴き声が響く。


「確かに、エミリーちゃんだな」

 タカシが言った。


「可哀想に。

 化け能力が暴発して、細胞の数が一気に増えて巨大化したんだ。

 今のエミリーちゃんは全く化けをコントロールできていない。

 このままにしておくと、脳まで侵されて、自分の意思を保てなくなる」


 伝輝もエミリーを見た。

 いつもの面影は全く無い。

 だが、前足で自分の顔を覆うしぐさを見ていると、かなり苦しそうに思えた。


「ゴンザレスさん。

 エミリーちゃんに近づいてくれ。

 俺と伝輝がエミリーちゃんの体に移って、ヒト形の部分を外す」


「え、俺も!?」


「当たり前だ。

 あれだけ大きくなってしまっては、俺一人では手に負えない。

 さ、行くぞ!」


「その前に・・・」

 ゴンザレスが荒く呼吸しながら言った。


「もう一度、僕を叩いてくれないかな、伝輝君。

 やっぱり、乗馬文化を生んだ人間のムチ捌きは一味違うね・・・」


「え・・・」


「伝輝、やってやれ。」

 タカシに言われ、伝輝は嫌々ながらもバシンッとムチを振った。


「はああんっ!」

 ゴンザレスの喘ぎ声と共に、再び馬体は勢いよく走り出した。


    ◇◆◇


 エミリーは、その場で円を描くようにうろついている。


 ゴンザレスが近づくと、その大きさに圧倒されそうになった。


「まず、俺がエミリーちゃんに飛び乗る。

 刺激を与えてエミリーちゃんを四足歩行にして体高を下げる。

 そうしたら、伝輝も飛び乗ってくれ。

 ゴンザレスさんは俺達が落ちたら受け止めるように傍で並走していてくれ」


「了解」

 ゴンザレスが言った。


 タカシはヒョイっとジャンプし、ヒト形の足に飛びついた。

 タカシは身軽に足を登り、エミリーの尻尾の付け根に到着した。


「まずは、お前からだな」

 タカシはヒトの姿に化け、ポケットから消毒液スプレーを取り出し、手の平にかけた。

 そして、ヒト形の腕の付け根に抱きついた。


 ジリジリジリ・・・・


「ギィィィヤァァァ!」


 エミリーが苦しそうに叫んだ。

 身体を激しく揺らし、ヒト形の足をドスドス動かした。

 突然の動きにゴンザレスは慌てて反応し、エミリーから距離をとった。


「タカシさん!」

 伝輝はタカシの方を見上げた。


 タカシは必死でしがみついているようだった。


 ヒト形の腕は、自分の付け根にいる異物を何とかしようと、腕を曲げ、指をタカシの方に向けた。

 自分の関節が許す限り、手首や指を動かしタカシを襲った。

 タカシは指が届かない位置に身体を動かし、攻撃をかわした。


 ブチブチブチ!


 付け根の細胞を消失させ、タカシは腕をエミリーの体から一気に引きはがした。


 元々本物の腕と違い、余った細胞から生まれた腕は、見た目よりも脆く、刺激を与えれば、思った以上にちぎれやすかった。

 血管が通っていないため、出血もほとんどなかった。


「うわっ!」

 再びエミリーに近づいたゴンザレスのところに巨大な腕が落ちてきた。

 ゴンザレスが避けると、落ちた腕はたちまちシュシュシュシュと音をたてて小さくなっていった。


「ゴンザレスさん! 危ない!」

「くぅ!」


 今度はエミリーの前足と胴体が降りてきた。

 前足が地面に着地し、後ろのヒト形の足が直角に曲がり四足歩行になった。

 地面が伝わる衝撃に耐えながら、ゴンザレスは走り回った。


「伝輝!

 こっちに来れるか?!」

 腕を剥がした後の傷口を治療したタカシは、伝輝を呼んだ。


 ゴンザレスはエミリーの背後に回り、伝輝が飛び移りやすい距離まで移動した。エミリーの徘徊のスピードがさっきよりも速くなっているため、ゴンザレスは立ち止まることが出来なかった。


 タカシはエミリーの尻尾を持ち、ギリギリまでエミリーの尻の端まで近づき、もう片方の手を伸ばした。


 伝輝は手綱をしっかり持った状態で、ゴンザレスの背中の上でゆっくりと立ち上がった。

 手を伸ばし、タカシの手を掴もうとした。


「もう少しだ、頑張れ!」

 タカシが叫んだ。


 その時、エミリーのヒト形の足が今までと違う動きを見せ、ゴンザレスとぶつかりそうになった。


「わっ!」


 馬体が大きく揺れた。

 伝輝はその勢いで、ゴンザレスのたてがみに足を乗せ、駆け上げるように最後はゴンザレスの頭頂を踏みつけて、エミリーの体に飛び移った。

 飛び移る瞬間にタカシが伝輝の腕をしっかり掴んだ。


「よし、良いぞ、伝輝!」


 伝輝が自分の傍まで登りついたのを見て、タカシが言った。

 ゴンザレスは顔を振りながら、一旦エミリーから離れた。


「今の最高だったよ! 伝輝君!」


 ゴンザレスが言った。

 無事に飛び移れたことに対して、最高と言ったのだと、伝輝は思うことにした。

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