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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
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ようこそ動物界へ ⑤ 帰りたい!

まごころスーパーマーケットに行った伝輝は、動物界の洗礼を受けることになる・・・

 買い物から戻ると、辺りは日が大分落ち、薄暗くなっていた。

 

 伝輝達がまごころ荘の入口に到着したとほぼ同時に、トラックがまごころ荘から出て行った。

「あ、おかえりー」

 タオルで顔を拭きながら、昇平が伝輝達に声をかけた。

「伝輝、聞いてくれよー。樺さん、チョー力持ちでさ!

 全部運んで、荷物の片付けするのに、一時間もかからなかったぜ!」

「ちゃんと、どこに何をしまったか、分かるように紙に書いておきましたので、後で確認してくださいね。」

 樺さんは、落ち着いた声色で言いながら、伝輝にその紙を渡した。

 丁寧な字で、どの部屋にどの家具があり、何をしまったのかが、分かりやすく書かれていた。

 伝輝は何も言わず、うつむいたままその紙を受け取り、そのままポケットに突っ込もうとした。


 その様子を見ていたエミリーがすかさず伝輝の肩に飛び乗り、叫ぶように言った。

「ちょっと、あんた!

 樺さんに何の礼も言わずに、しかも、折角書いてくれた紙をそんなグッシャグシャにする訳!?

 あんた、何考えてんの!?」

 伝輝は、ビクッとエミリーを見た。

 そして、確かにそれはないなと思い、グシャグシャにしまいかけた紙を一度広げて、きちんと八つ折にしてポケットにしまった。

「ありがとうございます・・・・」

 伝輝はうつむいたまま、ぼそぼそとつぶやいた。

「はぁ? 聞こえないんですけど!

 あんたね。あんたらが馬鹿だから、樺さんがわざわざここまでやってくれたってのに、まともな礼も言えないわけ?

 本当に、人間って最低よね!よく、こんな生物が何十億もはびこっていられるわ!」

 伝輝は下唇を噛みしめ、拳を握りしめた。

 エミリーの言葉は非常に腹が立ったが、自分の態度が良くなかったことも分かるので、反論できずにいた。

「エミリーちゃん、ちょっと言い過ぎだよ・・・。」

 見かねたゴンザレスが声をかけた。

「はん! 私たちのことをナメくさっている人間を招くのよ。

 これでも足りないくらいだわ。

 まぁ、第一印象はそこそこ成功できたから良いけどね。こいつらの情けないところしっかり撮れたから。」

「撮れた?」

 ゴンザレスが尋ねた。

「駅員やカレイさんに協力してもらって、こいつらを驚かせてやったのよ。

 駅員さんに四足型に戻っていてもらったり、まごころ荘の前の道を車以外通らないように規制したり、カレイさんに頼んで最初は元の大きさで会ってもらったりね」

「あーそうだったんだー」と、昇平ののんきな声が伝輝の耳に入ってきた。

「ご飯の時に、皆で観ようねー。」

 エミリーは楽しそうに笑った。

 伝輝は手の平に自分の爪が食い込むくらい拳を握りしめた。

 爪が食い込む痛みがだんだん麻痺してきたようだ。

「あんたもさ、父親だったら、何か言いなさいよ。

 自分の子どもがまともな礼もできないのに、注意もしないわけ?」

「あ、うん。おい、伝輝、樺さんにちゃんと礼を言えよ。」

 エミリーの売り言葉に、昇平は何も考えずに買い言葉で、伝輝に注意にもならない声をかけた。


 その言葉に、伝輝の中で、何かが破裂したようだった。

「ふざけんなよ!」

 突然、伝輝が大声を出したので、周囲の者たちは驚いたようだった。

 伝輝は、自分の肩によじ登っていたエミリーを振りほどくように、上半身を大きく揺らした。

 エミリーはひらりとジャンプし、軽やかに地面に着地した。

「いい加減にしろよ。俺は来たくてここに来たんじゃないんだ!

 あんたのせいで、ここに無理やり連れて来られたんだよ。

 なのに、何で俺ばっか、馬鹿にされたり注意されなきゃなんねぇーんだよ」

 ずっと下を向いて話していた伝輝が顔を上げて昇平を睨んだ。

 昇平は困っているか、状況をよく分かっていないという顔をしていた。

 伝輝はおそらく後者の方だろと思った。


「家に帰りたい・・・」

 目から涙が溢れてくるのを、伝輝は感じた。

 でも、今回はそれをこらえる余裕はなかった。

「家に帰りたい! もう、こんなところは嫌だ!

 こんな変なところで暮らしたくない!

 何でいつもあんたの都合で俺は振り回されなくちゃいけないんだよ!」

 伝輝は時々荒く呼吸しながら話した。

 涙と鼻水が呼吸を邪魔しているようで、上手く話せなかった。

 でも、言葉が停まらなかった。

「仕事なんか、普通その気になりゃあ、もっとまともなのに就けるだろ?

 ここに住むのが条件の仕事? ふざけんなよ。

 そんな仕事辞めちまえよ。どうせ今までじいちゃん達に金出してもらっていたんだからよ。

 お母さんが仕事復帰するまで、そうすりゃいいじゃねぇか。

 あんたが働くより、よっぽどマシだ・・・」


「いや、ちょっと待ってくれ。」

 ようやく、初めて、昇平が声を上げた。

「俺は・・・この仕事を辞めたくない。」

 昇平の言葉に、伝輝は愕然とした。

 自分の子どもが、ここまで訴えているのに。

「伝輝にはちゃんと言っていなかったけど、俺は動物園で働くのが夢だったんだ。

 でも、高校途中でやめた俺を、どこも雇ってくれなくて。

 なっちゃんは、専門学校を勧めてくれたけど、結局入学試験みたいなのにも、受からなかった。

 まぁ、俺は日にち間違えてすっぽかしちゃったんだけど・・・」

 昇平は伝輝の前に近づいた。

 そして、目線を伝輝に合わせて、肩に手を添えた。

「やっと、夢がかなうんだ。

 頼むよ。協力してくれよ。一生のお願いだよ。

 これから、伝輝の言うこと何でも聞くようにするからさぁ。

 俺、これから金を稼ぐんだ。伝輝の欲しいものも買ってやれるぞ。」

 伝輝は、これほどまでに、目の前にいる男が、自分の父親であることをみじめに思ったことはないと思った。

 こいつは、自分のことしか考えていない。しかも、あまりにも幼稚過ぎる。

「じゃあさ・・・」

 伝輝は完全に昇平を見下した目で、冷ややかにつぶやいた。

「俺の髪、元に戻せよ。」

「え? ああ、黒染めか?

 分かった。すぐにやってやるよ。」

「あんた、何言ってんの?

 俺はこんな薬剤まみれの髪が嫌だって言ってんだよ。

 言っとくけど、坊主にするなんてまっぴらだからな。」

 伝輝は昇平が次に提案しそうなことを先に言って潰した。

 昇平は目をきょろきょろさせ、下を向いた。

「できねーだろ。だったら、辞めちまえ。俺を家に帰らせろ。」

 昇平は何も言わず、下を向いたままだった。




「髪が元に戻れば、ここで暮らすんだな?」

 知らない男の声が、伝輝の耳に入ってきた。

 伝輝が顔を横に向けると、そこには二本足の、伝輝よりも小さな背丈の黒毛の犬が立っていた。

「タカシさん!」

 エミリーが、実に甘ったるい声色を発した。

「椅子と目隠し用のタオルか何か持ってきて。目隠しは二人分な。」

 ささっと、ゴンザレスとカレイが言われたものを用意した。

 伝輝は椅子に座らされ、目隠しをさせられた。昇平も同様に目隠しされた。

「な、何すんだよ。」

 伝輝は不安そうに尋ねた。

「悪いな。まだ、あんたらが知るのは早いと思ってな。

 大事な企業秘密みたいなものだから・・・」

 タカシはそう言いながら、伝輝の髪の毛先を触った。

「確かに、これは中々気の毒な状態だな」

 今度は、伝輝の頭皮を調べるように、髪の根元を探った。

 人間の指先のようなものが、自分の頭に触れるのを伝輝は感触だけで確認した。 触れられながら、痒みが増していくのが不快だった。

「頭皮も荒れているな。

 子どもの皮膚は大人よりも刺激に慣れていないから、大変だったろうな」

 伝輝の目に再び涙が滲んできたようだ。

 自分の髪を責める人がいても、現状を心配してくれる人はいなかった。

「だが、なんてことはない。すぐ治る。」

 一瞬、頭がパチンっと弾けるような、不思議な刺激が走った。

 でも、痛むほどではない、むしろほんのり温かかった。

「完了だ。目隠しを取りな。」

 伝輝と昇平は目隠しを外した。

 伝輝は昇平が目をむき出しにして驚いている顔を見た。

 恐る恐る自分の髪を撫でた。

 すると、スルンと滑らかに手の平が自分の髪の毛を滑った。

 頭皮のむず痒さも感じない。

 カレイが懐中電灯と鏡を持ってきた。

 ライトに照らされた自分の顔を見て、伝輝は驚いた。

 自分の頭には、艶やかで自然な黒色の髪が生えていた。

 長さは前よりも少し無造作に伸びていた。

「長さの微調整は、適当にやってくれ。

 樺さんにしてもらうのがおススメだ」

 そう言って、タカシはカンカンカンとまごころ荘の階段を上って行った。




「よかったね。伝輝君!」

 マグロがニッコリと笑った。

「良かったな! 良かったな!」

 昇平も大喜びしていた。

「良かったわね~。これで、動物界で暮らせるわね。」

 エミリーが厭味ったらしく言った。

 伝輝はあまり気に留めなかった。

 黒く染めたわけではなく、まるで自分の髪が一瞬で生え変わったようだ。

 その出来事に驚きと喜びが入り混じった気持ちでいっぱいだった。


「さぁ、皆、ウチに入って! 晩御飯を食べましょう!」

 カレイが明るい声で言った。


 伝輝達はカレイとマグロの家に招かれた。

 恐らくカレイ達の元の大きさに合わせたダイニングテーブルの上に、伝輝達の大きさに合わせたちゃぶ台と座布団が幾つか用意されていた。

 一つのちゃぶ台の上には、干し草は脱穀前の米の束が盛られていた。

 伝輝はやはりそうか、と思った。


「伝輝君と昇平さんはその席じゃないわよ」

 伝輝が半ば諦めた気持ちで干し草の積まれたちゃぶ台のところに座ろうとすると、カレイが止めた。

「二人はこちらよ」

 案内されたちゃぶ台には、クリームシチューやハンバーグ、サラダやケーキなどが並べられていた。

「皆、料理が違うの?」

「何言ってんの? 何で私が人間どもと同じものを食べなきゃいけないのよ」

「僕たちはそれぞれ食べるものが異なる。

 もちろん共通のものを食べることもあるけど、基本的に一緒に食べるって言ったら、こんな感じなんだよ」

 ゴンザレスが言った。

 まるでエミリーの言葉を訳してくれているようだった。


「やぁ、君たちが新しいまごころ荘の住民か!」

 ネクタイをしめた象が本来の象の大きさのままで現れた。

 伝輝はなぜか直感で、この象がまごころ動物園にいるアジア象だと分かった。

「あなた、おかえりなさい。」

「アナゴさん、お邪魔してまーす!」

「ただいま。

 君、こないだこれを落としたよね?」

 アナゴは鼻をにゅうっと伝輝の前に伸ばした。

 先端には袋が挟まれていた。

 嫌々ながら伝輝はそれを受け取った。案外、鼻水はついていないようだ。

 袋の中身を出すと、それは伝輝が以前落とした栞だった。

 プラスチック製の栞がどこも汚れておらず、丁寧に別の入れ物に入れられていた。

「あ・・・」

 正直、元のままの大きさのアナゴは怖かったが・・・

 伝輝はチラリとエミリーを見た。

 エミリーはまるで、いつでも伝輝の肩に飛び乗れるように待ち構えているようだった。

「ありがとうございます。」

「声がちいさ・・・・」

「良かったねー! 伝輝君!」

 エミリーの発言を遮るように、ゴンザレスが伝輝の肩を抱きしめて言った。

「タカシさんももうすぐ来るから、飲み物を注いで待っていましょう。」

 カレイがテキパキとコップにジュース等を注いでいった。




 タカシがドアの前まで行くと、中から、いつもの皆と、新入りの声の楽しそうな様子が聞こえてきた。

 タカシはポツリとつぶやいた。

「ようこそ、動物界へ」

まずは第一話終了です。次回はもう少し、動物界について書いていきたいと思います。読んでくださった方、ありがとうございます。

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