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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
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キャンプ場での攻防 ⑫ 人間狩り終了

野犬に化けた肉食獣から、伝輝を救ったのは・・・

「樺さん?!」


 伝輝は開いた口がふさがらなかった。


 陸上競技の世界大会金メダリストのような風貌の男性は、ヒトに化けた樺だった。


「もう、大丈夫だよ。

 もうすぐ人間狩りが終わる。

 一緒に車に戻ろう」


 樺さんは伝輝の腕を持ち、スッと立たせた。


「浜田家は無事らしいよ。

 タカシさんとゴンザレスさんが記憶操作と野犬に襲われないよう対策を行っている。

 浜田家は伝輝のことを忘れているはずだよ」


 樺さんは歩きながら説明した。

 伝輝は樺さんを改めて見た。


 樺さんの背中に背負っている物の一つは、蛍光色が何色も使われており、よく見ると大きな水鉄砲のようだった。


「これかい?」

 樺さんは水鉄砲を指差した。


「人間界で売られている水鉄砲だよ。

 人間狩り退治用に改良しているんだ。

 他にもペット用品のプラスチックボールを改良して、さっき使った催眠剤入りボールにしてるしね」


「へぇ・・・」


 樺さんの言葉は、伝輝の耳にほとんど入ってこなかった。

 タカシとゴンザレスと違い、樺は元の姿との差が大きすぎた。


「樺さんって、細いんだね・・・」


「元々太りにくい体質でね。

 筋肉で何とか体重維持しているよ。

 僕の悩みの種だね」


 普段のカバの状態でも、カバの中では痩せている方なのか・・・。

 伝輝は動物の奥深さを感じた。


    ◇◆◇


 伝輝と樺は、オレンジ色の軽自動車のところへ戻った。


 既にタカシとゴンザレスとエミリーが車内で待っていた。


 伝輝は後部座席に座り、タカシの治療を受けた。


「今回の肉食獣の数で、よくこんな擦り傷程度で済んだね。

 手首と腕の筋はちょっと痛めているけど」


 タカシは感心した。


 ゴンザレスがエンジンをかけようとした時、革ジャンを着た二本足のキツネが車の前に現れた。

 ゴンザレスと樺とエミリーは車から出た。

 治療を終えたタカシと伝輝も続けて外に出た。


「あ、あの時のキツネ・・・」


 伝輝が声を出した。

 全員、伝輝を見た。


「伝輝君、彼はキツネじゃないよ。

 キンイロジャッカルだ」

 ゴンザレスが言った。


「ジャッカル・・・」


「あんたは、もう少し動物の名前と種類を覚えた方が良いんじゃない?

 一般常識でしょ」

 エミリーは嫌味っぽく言った。


「別に気にしていないよ」

 キンイロジャッカルは静かに言った。

 声色から、かなり不機嫌な様子だった。


「それより、クッキー。

 今回の人間狩りは一体何なんだよ。

 事前に教えてくれた情報と参加動物数も全然違うじゃないか」

 樺も怒りを混じった口調で言った。


「それはこっちの台詞だよ。

 君たちのおかげで、ツアーは久々の大失敗だよ。

 十四頭参加でターゲットは十一匹用意していたのに、たった一匹しか確保できなかった。

 おまけに十四頭の内十二頭は怪我するわ、催眠状態になるわ、眠らされているわで、こちらのフォローは大変だったよ」


「ちょっと待ってくれ。

 ターゲットに浜田家も含まれていたのか?」

 樺さんが尋ねた。


「ああ。

 今回は久々に大がかりな狩りになるから、確実に獲物数を確保できるように、浜田家については、わざと君達には伝えないでいたんだ。

 にも関わらず、思いっきり邪魔が入った上に、長男だと思った子どもは人間6号だったなんて・・・。

 ふざけるなよ!

 こんなところにサンプルを連れて来ないでよ!

 客をごまかすのに苦労したんだからな!」


 伝輝は、先程四足歩行のクッキーが、野犬と向かい合っていた場面を思い出した。

 あれは、野犬が自分を攻撃しないように、クッキーが止めていたのか。


「浜田家の長男は、来なかったのよ。

 私も後で分かったけど」

 エミリーが言った。


「今後はもう少し注意して行動してくれ。

 でなきゃ、俺も君達に情報を回せなくなる」


「分かったよ。悪かったよ」

 樺は言った。


 クッキーは樺やゴンザレス達を見た後、伝輝をじっと見た。

 その視線は、樺達を見るものと違った。


「サンプルが好き勝手に動かないでくれよ。

 サンプル人間を一体準備するのに、どれだけ苦労すると思っているんだ」


 伝輝はカチンときた。

 クッキーの冷たい口調に、不意に怒りが込み上げてきた。


「俺は人間6号なんかじゃない。

 勝手に番号を振るなよ」


 クッキーを含め、全員が伝輝の言葉に反応した。


「あんた達だって、人間にそういう扱いを受けたくないから、動物界に住んでいるんだろ?

 俺だって、そんな風にされるのは、嫌だ」


「あ、うん。ごめん・・・」

 思わず、クッキーは謝ってしまっていた。


「と、とにかく、俺はもう戻るから。

 早く皆もこの場を離れてくれ」


 そう言って、クッキーはササッと走って、暗い木々の中へ消えて行った。


     ◇◆◇


 伝輝・タカシ(四足歩行犬姿)・エミリーが後部座席に乗り、樺が助手席に座った。ゴンザレスの運転で一行は猫吠山を下って行った。


「クッキーはキバ組織の組員なんだけど、こっそりと僕達に人間狩りについて情報を流してくれるんだ。

 内緒の味方ってところかな。

 でも、まさか情報操作されているとは思わなかったよ」


 運転しながらゴンザレスが説明した。


「クッキーも難しい立場だからね。

 仕方ない部分はあるよ。

 でも、今回は伝輝君もいてくれたおかげで、被害人数はかなり少なかったね」

 樺が言った。


 樺は助手席から後部座席を見た。

 気付くと三人とも眠っていた。


「樺さん」

「何? ゴンザレスさん?」


「今回、伝輝君を連れてきて良かったのかな?

 クッキーの言う通り、サンプルにしては、行動させすぎじゃないかな?」


「そうかもね。

 でも、僕は、伝輝君を参加させて正解だったと思っているよ」


「何で?

 下手をすれば死んでいたかもしれないのに」


「少なくとも今の伝輝君は、僕達動物と人間を平等の立場で見ている。

 僕はそんな気がするんだ。

 まごころカンパニーは人間界との共存を目標にしているのだろう?

 だとすれば、伝輝君は最も重要な感覚を身に付けている。

 僕達ですら、身に付けきれていない感覚さ」


 樺さんはバックミラーに映る伝輝を見た。


 サンプルとして、時が来れば人格や命までもが奪われかねない存在でありながら、この人間には大きな可能性が秘められていると、樺は思った。


    ◇◆◇


 ミホ達が呼んだ救急隊員が、浜田家の車のドアを叩いた。

 音と救急隊員が照らす照明に気付いた二郎は、ゆっくりと瞼を開け、車のドアを開けた。


「大丈夫ですか?

 怪我はありませんか?」


「あ、はい、大丈夫です・・・。

 あれ? いない・・・」


「いない?

 他にご家族がキャンプ場にいるのですか?」


「う、ん・・・」

 二郎は頭を抱えた。


 ぼんやりとした記憶の中で、フッと名前が浮かんできた。


「大村豊・・・」


「大村豊?

 あの、アイドルのですか?」

 救急隊員は首をかしげた。


    ◇◆◇


 日が昇ると同時に、伝輝達はまごころ荘の敷地に戻ってきた。

 全員で(エミリー除く)パッパと段ボールを並べて、飲み物や食べ物を上に置いた。


「おつかれー!」


「おつかれー!」


 伝輝も缶コーラを一気に飲み干した。

 まだ、眠くて体もだるいが、妙な充実感があった。

 その一方で、犠牲者が出たという事実を聞き、悔しさと悲しさの入り混じった複雑な気持ちになった。


 軽い宴会を終えた後、伝輝は6号室に戻り、居間のテレビをつけた。

 たまたま人間界の地元ニュースが流れていた。


「速報です。

 △△市にある猫吠山キャンプ場にて、昨夜、野犬が宿泊客を襲うという事件が発生しました」


 伝輝はギョッとした。

 テレビで放送される事態までに至っていたとは思わなかった。


 その後、人間界では、死者が二名であることが報じられた。

 内一名は身体の一部しかまだ発見されていないようだった。


 キバ組織の工作によるものだが、当時キャンプ場の管理人達は皆眠らされており、管理棟も全て施錠されていた。


 それを知らない人間界では、キャンプ場は管理責任を追及され、運営休止を余儀なくされた。

 また、野犬が原因ということで、様々な動物関連の団体も動き始めていた。


 伝輝の存在を発言する人間は、今のところ出てきていないということを、ゴンザレスから聞いた。


    ◇◆◇


「伝輝君」


 人間狩りから数日後、学校から帰宅した伝輝は、外廊下で樺に声をかけられた。


「おかえり。

 君に言いたいことがあってね。

 クッキーから聞いたんだけど、先日の人間狩りが、人間界でも大きく扱われてしまったから、次回の狩りの日から、人間狩りツアーは全て中止にすることにしたんだって」


「本当に!?」


「恐らく、いずれまた復活するだろうけどね。

 それでも、多少なりともカンパニーには影響を与えられたと思うよ。

 ありがとう」


 樺はポンッと伝輝の方に手を乗せた。


 伝輝の口元は自然とほころんでいた。

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