キャンプ場での攻防 ⑪ 抵抗
人間狩りから浜田家を守る為、伝輝は野犬に化けた肉食獣に立ち向かう・・・
獲物はすぐそばの車の中にいる。
野犬に化けた肉食獣二頭は、前足後ろ足を必死でばたつかせた。
しかし、すっぽりはまった亀裂から抜け出せずにいた。
「くそぉ・・・
せめて、二本足に戻れたらなぁ。
化け薬の効果で、戻りたくても戻れねぇよ」
「これじゃあ、話が違うぜ。
折角高い金払ってるのによ」
どうすることも出来ない二頭の野犬は、ぶつくさと今回のツアーについて文句を言い合った。
「苦情を言いたい気持ちは分かるが、ここで話すなら、ちゃんと人間に化けてからにしてくれ」
二頭の野犬の頭上から、男の声がした。
野犬は声をした方を見上げた。
三角耳と尻尾をつけた人間(?)が見下ろしている。
暗がりで顔ははっきり見えない。
「何だ、お前?
人間か・・・?」
野犬の一頭が言ったが、頭上の人間は何も言わずに野犬達に向かって、手の平サイズのスプレー缶から、霧状の催眠剤を噴射した。
野犬達は、意識が朦朧し始め、やがて亀裂の隙間で眠りについた。
ゴンザレスは手袋をつけて、浜田家の車の車内を確認しようとした。
すると、運転席のドアが開いて、二郎が話しかけた。
「野犬は!?」
二郎の表情は青ざめていた。
後部座席のドアも開き、陽菜を抱いた和子が顔を車外に出した。
「あなた方は?」
浜田家は、細身で長身の男と、耳と尻尾をつけた男を見た。
二郎の質問に答えることなく、耳と尻尾をつけた方の男が無言で二郎の目の前に立ち、おもむろに二郎の額に触れた。
二郎は、一瞬で眠りについた。
「二郎さん!?
何なの? あなた達!」
和子は陽菜を抱いたまま、座席の奥へ下がった。
しかし、タカシは何も言わずに後部座席へ乗り込み、手早く和子と陽菜を眠らせた。
「ゴンザレスさん、エミリーちゃんに何分前まで記憶操作させれば良いか、聞いてくれないかな?」
「了解、タカシさん」
ゴンザレスがサッと黄色のケータイを取り出し、エミリーに電話をした。
タカシの記憶操作とは「現在から何分前の記憶をぼんやりと忘れさせる」ということだった。
ゴンザレスさんから時間を教えてもらったタカシは、二郎と和子の頭を撫でて、記憶操作を行った。
「記憶操作完了」
タカシは車から出てきて、ドアを閉めた。
ロックをかけ、割れた後部座席の窓ガラスの穴から、車のキーを車内に放り込んだ。
「ご苦労様、タカシさん。
でも、一言言わせてもらうね。
その耳と尻尾はやっぱりそのままにしない方が良いと思うよ。
野犬も人間達も皆見てた」
「どうせ、催眠剤と記憶操作でそんなこと覚えないよ」
「大人と野犬は良いけどさ。
子どもには記憶操作はできないだろ・・・。
この陽菜という女の子は、覚えているかもよ」
「覚えていても、大して問題ないさ。
この子が何言っても、大人達が信じないよ。
それに今時、キャンプ場の宴会で、犬耳と尻尾のコスプレしてる男がいてもおかしくないだろ?」
タカシはニッと笑った。
「ありがたい世の中になったものだねぇ・・・」
ゴンザレスは苦笑いしながら言った。
「ところでさ、何でこの道路だけ、こんな地割れが起きてんだろうね」
ゴンザレスは言った。
「伝輝さ」
タカシはしゃがんで、地面の亀裂に触れた。
「土に含まれてる鉱物に働きかけて、分裂を起こしたんだ」
「そんなことができるのか?
伝輝君」
ゴンザレスは戸惑いながら言った。
「みたいだな。
全く、先が思いやられるよ」
タカシは嬉しそうに言った。
「その伝輝は、今、どこにいるんだ?」
「エミリーちゃんの話によると、バーベキューゾーンから遊具ゾーンにかけての方向にいるそうだ。
僕達はそこには行かずに車に戻っていてほしいってさ」
「大丈夫なのか?」
「タカシさんは少し休んで待機しておいてって、エミリーちゃんが言ってた」
「大怪我前提ということか・・・」
タカシはバーベキューゾーンの方向を見てつぶやいた。
◇◆◇
三頭の野犬が茂みから現れ、ジリジリと伝輝を見ながら近づいてくる。
伝輝は鉄棒を持ち、三頭の動きをじっと観察しながら、頭の中で自分が取るべき行動を考えた。
三頭の野犬は互いに視線で合図しあった。
両端の野犬は足を止め、中央に位置する野犬のみが伝輝との距離を縮めてきた。
楽しいことは一人ずつ順番に楽しみましょう、ということだろうか。
伝輝は足を広げ、腰を軽く落とした。
緊張の為か、鉄棒の重みがズシリと伝輝の腕に伝わった。
一人目の野犬と伝輝は、互いに目をそらさなかった。
相手の呼吸を読み、野犬は踏み込むタイミングを見計らっていた。
一方伝輝は攻撃と逃げるタイミングを探った。
カサッ
落ち葉を踏む音が響いた。
それに反応した野犬が、伝輝に向かって飛び出した。
来た!
伝輝は鉄棒を持って構え、真正面から向かってくる相手を待った。
鉄棒を野犬に向けて振り下ろしたが、野犬はそれをサラリとかわした。
鉄棒が地面に突き刺さった。
その威力を利用して、伝輝は自分を身体を持ち上げ、移動した。
野犬の背後に回り込み、素早く鉄棒を持ち替え、横に振った。
鉄棒は振り向きざまの野犬の側面に直撃し、野犬は勢いよく転がっていった。
転がった先で再び立ち上がろうとしても、立ち上がれないようだった。
伝輝は、その場を去るため、走り出した。
◇◆◇
走りながら、背後から野犬の呼吸を感じた。
一人目が失敗したので、二人目が動いたのだろう。
伝輝はギュッと右手で鉄棒を握りしめた。
少し手首に痛みを感じた。
ドリス達との特訓の成果が無事に出たが、それを喜んでいる余裕はなかった。
バウッワウッ!
野犬が吠えた。
伝輝は、これ以上走っていても意味がないと判断し、先程と同様に体勢を整えようとした。
しかし、次の野犬は、一人目と同じようにはいかなかった。
既に野犬は伝輝に追いついていた。
伝輝が足を止めようとした瞬間を狙って、野犬は伝輝が持っていた鉄棒に食らいつくように飛びついた。
「ぐっ・・・!」
鉄棒の重みが増した。
伝輝はそれに耐えられる程の力が無かった。
元々、特訓で使用している棒よりもはるかに重く、しなりの無い鉄棒は、筋肉と骨格の成長が追いついていない伝輝の体には負担が大きかった。
伝輝は鉄棒を手放さざるをえなかった。
「クソッ!」
伝輝は素早く野犬から離れ、距離をとった。
武器を失い、伝輝は右拳に力を込めた。
いざと言う時は、これを使うしかない。
野犬は長い舌で口周りの涎をベロリと舐めながら、伝輝の方を向いた。
楽しそうにニヤついているのが分かる。
伝輝は少しずつ後退した。
野犬は口を閉じ、伝輝に向かって再び飛びつこうとした。
伝輝はサッと横に転がり避けた。
しかし、相手も素人ではない。
素早く体勢を整え、伝輝が避けた方へ跳ねた。
伝輝も必死で野犬をかわした。
着地に失敗し、伝輝は一瞬尻もちをついた。
その隙を見逃さず、野犬は口を大きく開けて上から降ってきた。
伝輝は右手の平をかざした。
その時、伝輝は誰かに服を引っ張られ、強引に背後の茂みに放り投げられた。
「いってぇ!」
受け身はできたものの、突然の出来事に、流石に身体は痛かった。
伝輝は茂みから、先程自分がいたところを見た。
野犬ともう一頭の四足歩行の動物がいた。
少し大きなキツネのように見えたが、そのキツネは革ジャンを着ていた。
何をしているのか暗くてよく分からなかったが、伝輝は茂みから抜け出し、その場を離れた。
◇◆◇
「ハァッ、ハアッ!」
走る伝輝の呼吸は荒くなっていた。
これ以上一人でいるのは危険だ。
伝輝はケータイを開き、誰かに助けを求めようと思い、一旦走るのを止めた。
右手に熱がこもっているので、左手で操作しようとした。
だが、手が震えてボタンが上手く押せない。
伝輝は、自分が思っている以上に、今の状況に冷静でいられなくなっていた。
「残り物には福があるって言葉があるが、本当だな」
三人目の野犬が伝輝の目の前に現れた。
伝輝は固まった。
「好き勝手動きやがって・・・。
お遊びは終わりだ。
俺は、先の二人と違って、ルールを守るつもりはないからな」
そう言い終えると、野犬はフッと姿を変え、顔は野犬のまま、二足歩行姿になった。
身長は2メートル以上ありそうだ。
「支給された化け薬は、元に戻れないから困るんだよな。
自分で用意した薬の方が、姿をばらさずに楽しめるぜ」
フリチンに毛皮のコートをまとった姿のような大男が、のしのしと伝輝に近づいた来た。
伝輝はいよいよ恐怖で動けなくなっていた。
「怖いか? 怖いだろう?
たっぷり悲鳴を聞かせてくれよ、可愛い人間ちゃん・・・」
伝輝は恐怖を消すように、頭を振り、右拳を握りしめた。
負けるもんか。
伝輝は歯を食いしばり、野犬を睨みつけた。
右手の平がバチバチと音を立てる。
◇◆◇
バシュン! バシュン!
伝輝と野犬の傍に、二つの球体が飛んできた。
球体は地面に落ちると二つに割れ、中から煙が噴き出した。
「何だ、これ?
グワッ!?」
背中に衝撃を受けた野犬は、背中をさすりながらしゃがみこんだ。
背後には、人間らしき姿があった。
「誰だ?」
野犬が振り向くと、野犬は誰かに顔を掴まれた。
固定された顎に誰かの強力な膝が直撃した。
そして追い打ちをかけるように、そのまま野犬の顔は地面に叩きつけられた。
野犬は動かなくなった。
一瞬の出来事に、伝輝は訳が分からず、ヘナヘナと地面に座り込んだ。
ピクピク小刻みながら倒れている野犬の傍らにいた人間らしき誰かは、伝輝に近づいてきた。
徐々にその姿が伝輝の目に見えてきた。
アフリカ系人種だろうか、濃い肌色と独特の分厚い唇をした背の高い男性だった。
瞳は黒く光っている。
鍛え抜かれた肩から腕にかけての筋肉。
グレーのタンクトップからくっきりと胸筋が浮かんでいた。
立体的に浮かぶ腹筋が見える腰には薄ピンク色のパーカーを巻きつけている。 ジーンズを履いた脚は素晴らしく長い。
グレーのタンクトップ?
薄ピンク色パーカー?
「大丈夫かい? 伝輝君」
「え!?
か・・・!」
その声は、樺だった。