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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
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キャンプ場での攻防 ⑧ 涙

 人間狩りが始まり、ゆゆとわたるは、野犬に化けた肉食獣に襲われた・・・

 エミリーやゴンザレスの報告を受け、まずは樺が現場に向かう。

 樺は化け医療現場で使われる、特殊な麻酔薬や催眠薬を改良し、人間を狩ろうとする肉食獣に放つ。


 動物界の動物は、日常生活を過ごす時は、二足歩行状態に化けているが、本能が優先される時、四足歩行の状態に戻る。

 自分の命に関わる時は、本能的に自己を護る行動をとる。

 本来、動物と言うのは他種の動物に近づかれるだけでも強い警戒心を示し、抵抗する。


 動物界の医療現場では、身体の負傷により、本能が優先した行動をとる動物も多い。

 そんな動物達を鎮める必要があるため、人間界とは違う成分・効能を持つ麻酔薬・鎮静剤といったものが、使用される場合があるのだ。


 人間狩り退治によく使用するのは、肉食獣にのみ効果を示す催眠成分が含まれた薬物だ。

 それを現場に噴煙すると、煙を吸った肉食獣は意識が朦朧とし、その場に近づけなくなる。

 煙は一定の濃度でないと効果を示さない為、ある程度の範囲で濃度がとどまるように成分調整されている。

 結果、その空間は肉食獣に対してのバリア機能を果たすため、タカシが治療を施した後に記憶操作で、人間が意識を失っていても、その後襲われることはない。

 タカシが酸素マスクをつけるのも、催眠薬の噴煙が撒かれるからであった。


 ゆゆとわたるが襲われた現場に、催眠薬が入った球体を放った樺は、すぐに次の現場の為の待機に入った。

 今回はいつもよりターゲット人数も、肉食獣の数も多いのに、運悪くターゲットが散らばったタイミングで狩りが始まった。

 おかげで妨害も難しくなった。

 タカシも次の報告が来るまで、現場を離れ待機することにした。


 今回は自分の仕事も多そうだ。

 いつ動けるようにヒトの姿のままでいるが、耳と尻尾はいつも通り出したままにすることにした。

 どうせ、記憶操作するので、きちんと化ける必要もない。


 自分達が人間狩りの現場にいることを、少しでも気づかれないように、基本的に人間狩りの時間は一緒に行動しない。


 タカシはマスクを外し、暗闇に溶け込んだ木々の空気を吸い込んだ。

 ヒトに化けると、視力は犬の時より上がるのだが、逆に嗅覚が落ちてしまう。

 だが、それでもかすかに、先程の現場と違う方向から血の臭いを感じた。


「イヤァー!」


 叫び声だ。

 ゴンザレスやエミリーからの報告がない。

 二人も察知しきれていないところで、襲われたターゲットがいるのだ。


 タカシは声と血の匂いがする方向に走った。


    ◇◆◇


「うわっ!」


 タカシは地形が段差になっている部分に来たことに気付いた。

 暗がりの中、慎重に降りると、人間の血の臭いを感じ取った。

 木の根元に、隠しているかのように、人間が倒れていた。


「大丈夫か!?」

 タカシは人間の状態を確認した。

 倒れているのは、しずかだった。


 野犬に化けた肉食獣に襲われ、段差に足を滑らせ落ちたのであろう。

 あばら骨と足を骨折している。


 肉食獣に襲われたと理解したのは、彼女の右腕が食いちぎられており、その食いちぎった腕を、彼女にその切断面が見えるような位置に置かれていたからだ。

 そして極めつけは、彼女の頸動脈から血液を抜くために、管と血をためる袋が首元から繋げられていた。


 このままでは失血死してしまう。

 タカシはバッグから輸血用具を取り出した。

 しかし、すぐに手遅れだと、タカシは判断した。


 しずかの食いちぎられた腕の切断面に特殊な塗り薬が塗り込まれていた。

 これは、死体の腐敗を防ぐ効果がある。

 これを体内に取り込んでしまうと、腐敗はしなくなるが、細胞の活動が止まってしまう。結果的に生命活動が終了してしまうのだ。


 しずかは既にその状態だった。


 動物界では、化け医療を応用した様々な薬品が、市販薬として一般の動物達の間でも出回っている。

 この塗り薬も本来は、寿命を迎える動物の尊厳を守るために、使われるものだ。


 だが、今回の肉食獣は、死体を玩具にしたい連中なのだろう。

 人数が多いので、人間を素早く死体に変えて保管し、次の捕獲を行い、落ち着いたらまとめて存分に楽しむ予定だったのだろう。

 この薬を使用すれば、長い時間遊ぶことができる。


 タカシはしずかの顔を見た。


 しずかの顔は涙で濡れていた。

 恐怖と痛みと絶望の表情だ。

 自分の腕の断面を残酷なまでに見せつけられ、どれほどの苦しみを感じたのであろうか。


 その場を想像し、タカシは奥歯を噛みしめた。


 首につけられた管を外し、血の入った袋ごと回収した。

 管を抜いた後の傷はふさぎ、ちぎられた腕を化け治療でつなげた。

 表面的につなげただけで、元通りに動かせるわけではない。

 だが、別に動かす必要は既になかった。

 優しくしずかの顔に触れ、瞼を下ろし、少しでも安らかな顔立ちになるようにした。


 タカシはバッグから錠剤を取り出した。

 アルコール濃度の強いもので、後に司法解剖した時に、アルコール摂取したと判断される。


 しずかの口元に錠剤を添えた時、タカシは手を止めた。


 樺の報告で、しずかは飲酒していないとあった。この後、彼女に飲酒の痕跡が残ってしまうと、途端に責任の矛先が彼女とその家族に向かい、本来悲しみの中心にいるはずの存在なのに、責任を追及され非難される立場になってしまう。


 いつもなら、あまり考えないのだが、伝輝に「命の尊厳を優先する」と言った以上、この錠剤を使用するのは、良くないと思った。

 アルコールが原因とするのは、一番手っ取り早いのだが。


 ゴンザレスから電話がきた。

 次の現場に向かってほしいという連絡だった。


「了解。すぐ行く」

 タカシはケータイを頭の上の耳と口元に交互に沿えながら、もう片方の手で、バッグから薬剤の入った袋パックを取り出した。

 酸素マスクを装着し、先程と同じ成分の薬剤をしずかの周辺に撒いた。


「残念ながら、一人犠牲者が出た。

 遺体の調整はしたが、今置かれている場所から少し動かしてほしい。

 段差から落下したのことを死因にしたい。

 今の場所は不自然な場所になる」

 タカシは頬を伝っていた涙をグイッとぬぐった。


「アルコール錠剤は、必要ない。

 ゴンザレスさんは、遺体の移動だけ頼む」


 最後に念を押して、タカシはケータイを切った。

 そして、次の現場に向かって走った。

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