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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
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キャンプ場での攻防 ⑦ 悲鳴

わたるに襲われそうになっているゆゆは、犬の遠吠えが近づいてくるのを感じていた・・・

 飲み物を買いに行ったユースケはまだ戻ってこなかった。

 散歩がてらと言っていたので、急いでいないのだろう。

 モリとミホとしずかは、すっかり暗くなったキャンプ場内で、わたるとゆゆとユースケを待った。


 モリとミホは登山の話で盛り上がっていた。

 しかし、しずかの表情は明るくならなった。


 優華の酒の強さ加減を、しずかはよく知っている。

 先程のあの態度は、ゼミのコンパでもよく使っている。

 だが、優華は酔ってフラフラになっても、意識はあって、ちゃんと寝られる状態になるまでは、歩けるはずだ。


 ところが今回はユースケ一人が先に戻ってきた。

 わたると二人きりになっているのが、何だか不安だ。

 あの男は、傍から見ても分かる位、あからさまに下心むき出しで優華に近づいていた。


「私、ちょっとテントに戻って、ゆゆの様子を見てきます」

 しずかが言った。

 とにかく、テントに居てくれれば問題ないのだ。


「分かった。

 もし、辛そうにしていら、薬とかもあるから教えてね。

 ペンライトは持ってる?」

 モリが言った。


「大丈夫です」

 しずかはポケットからペンライトを取り出し、明かりをつけて、テントに向かって歩いた。


 ポツポツと街灯はあるが、自分がもっているペンライトが無いと、道のりがはっきり見えない。

 犬の鳴き声が当たり前のように聞こえてくる。


 野良猫はよく見かけるが、野良犬は、しずかの記憶ではほとんど見たことが無い。

 飼われている犬なら、人懐っこく尻尾を振ってくるが、果たして、人に懐かない犬に近づいてしまったら、どうなってしまうのだろうか?

 しずかの不安はどうしても消えなかった。


「キャー!」

 テントからでも、バンガローゾーンでもない方向から、悲鳴が聞こえた。

 直感的にしずかは、それが優華のものだと気づいた。


「優華!」

 しずかは悲鳴が聞こえた方へ走っていった。

 その方向が、キャンプ場敷地外に向かっているということは、しずかの頭の中になかった。


    ◇◆◇


「ハァッ、ハァッ」

 ライトに照らされたゆゆを見下ろしながら、わたるは興奮した。

 小型ライトを口に咥え、ゆゆのショートパンツのチャック部分に手をかけた。


「グルルルルルルル・・・」

 獣のうめき声のような音が聞こえた。

 先程からの遠吠えとは違い、非常に近い。


「何だ?」

 わたるは咥えていたライトを手に持ち、周囲を見渡した。

 その隙に、ゆゆはバッとわたるから離れ、逃げようとした。


「こら、待て!」

 ゆゆは走り出そうとしたが、すぐにわたるにつかまってしまった。

 掴まれた両手首がしびれるくらい痛い。


「やめて!」

「てめぇ、良い加減にしろよ!

 殺すぞ!」

 わたるは言った。

 もう、この男に理性は消えていた。


「グルルルルル・・・」

「グルルルルル・・・」


 うめき声がすぐそばまで聞こえてきた。


 わたるとゆゆがその方向を見ると、動物の影が浮かび上がっていた。

 暗くてはっきりみえないが、複数頭いる。

 目だけが不気味に光っている。

 その動物はじりじりとこちらに近づいてきた。


 茂みから出てきた姿は、大型犬よりも大きいのでないかと思うくらいの体格をした犬だった。

 舌を出して、激しく呼吸し、ヨダレを垂らしている。


 わたるとゆゆは、狙われていると本能的に感じ取った。

 二人が一歩退くと、それを合図に犬達が一斉にこちらに向かって走り出した。


「うわぁー!」


 わたるはゆゆを突き飛ばし、走って逃げた。

 ゆゆが倒れたところに、犬二頭が囲んだ。

 もう一頭は軌道を変え、逃げるわたるを追いかけた。


「く、来るな!」

 わたるは必死で走ったが、犬の方が圧倒的に速かった。

 背後から体当たりを受け、背中と腰に激しい衝撃と痛みを受けた。


「ぐぅ・・・!」

 犬は、倒れたわたるの足元に爪を立て固定し、もう片方の前足でガリッとわたるのふくらはぎ部分のナイフで切れ目を入れるように引っ掻いた。


「ぎゃあっ!」

 血が流れるのを感じた。

 痛みよりも恐怖が上回る感覚は初めてだった。

 わたるは抵抗できなくなり、犬にされるがまま、仰向けの状態になった。


 わたるの顔に犬の呼吸がかかる。

 生ぬるい異臭のする息に吐き気がした。

 犬はペロペロとわたるの顔を舐めた。

 舌を頬から耳の方へ動かした。

 耳を舐められ、わたるは鳥肌が立った。


「お楽しみのところを邪魔して悪かったな・・・」


 わたるの目が見開いた。

 確かにそう言われた。


 ゆゆは、二頭の大型犬に囲まれ、身動きがとれなくなった。

 犬はゆっくり鑑賞するかのように、ゆゆの周りを練り歩いた。

 ゆゆは恐怖で立ち上がれなくなっていた。


「いや・・・来ないで・・・・」

 訴えも意味なく、二頭の犬はゆゆに襲いかかった。

 ゆゆは仰向けに押し倒された。

 犬はゆゆの全身の匂いを嗅ぎ、ペロペロと舐めた。

 少しでも動こうとすると、肌に触れている爪やキバがの力が強くなった。


 やがて、犬はゆゆの胸元の方にやってきた。

 二頭の犬が自分を見下ろしている。

 おびえる中で、ゆゆは、なぜ自分がこんな目に遭わないといけないのかと、悔しさと悲しさと怒りが混じった感情になっていた。


 一頭の犬が、ゆゆの胸元に前足を置いた。

 前足の爪が、突き刺さるように、肌に食い込んだ。

 そしてそのままの状態で一気に爪を下の方向へ、ゆゆの胸の曲線に沿って動かした。


「キャー!」

 激しい痛みに、ゆゆは悲鳴を上げた。

 わたるはもう逃げたのだろうか・・・

 助けを求めることができない状況に、絶望を感じた。


    ◇◆◇


 バシュンッ!


 突然、どこからかボール状の物体が、飛んできた。

 ゆゆとわたるの位置から真ん中にあたるところに、物体は着地した。

 そして、パカッと物体は二つに割れ、中から煙が噴き出した。


「うわっ、何だ!」

「くっ! うっ・・・!」


 わたるでもゆゆでもない声が飛び交った。

 煙の吹き出しが終わると、犬達はフラフラと離れていき、どこかに消えてしまった。


 わたるは、自分にまとわりついていた犬がどこかに行くのを確認し、痛む足を引きずりながら立ち上がった。


「何だったんだよ、一体・・・。

 やべぇよ、ここ・・・」


 わたるはとにかくその場を離れようと、無理やり足を動かして走った。

 立ち上がるとき、ゆゆが倒れている姿が見えたが、見なかったことにしようとした。


「おい」

 誰かがわたるの腕を掴んだ。


 振り向くと、あまり背の高くない男が立っていた。

 暗がりで顔はよく見えないが、酸素マスクのようなものをつけている。

 そして、頭の上に、髪の毛なのか何か分からないが、三角の形をしたものが二つついている。


「お前の性欲のために、あんな目に遭った女性を見捨てて、自分一人だけ逃げるのか?」


「は?」


 男はおもむろに手を伸ばし、わたるの額を掴むように触れた。

 その瞬間、額がポッと温かくなったと思うと、わたるの意識は遠のき、男のいる方に倒れ掛かった。


     ◇◆◇


 タカシはわたるを背中にしょって、ゆゆの方に歩いた。

 ゆゆの隣にわたるを寝かせ、ゆゆを見た。


 野犬に化けた肉食獣がつけた傷は、乳房まで至っていた。

 衣服は引き裂かれ、下着がむき出しになっている。


 恐怖と絶望から、彼女の表情は消えていた。

 小刻みに呼吸する音が聞こえる。

 タカシは優しくゆゆの額に手を添えた。

 ゆゆは眼球だけを動かし、自分を見下ろす男を見た。

 手の平は温かく、今までとは違うことを感じた。


「もう、大丈夫だ。

 傷も俺が治すから、安心して少し休んでください」


 ポン・・・と心地よい熱が額を覆い、ゆゆは眠りについた。


 タカシは再び、ゆゆの傷口を見た。

 大きさ・深さ・範囲を確認し、バッグから特殊なアルコールが入った瓶を取り出し、自分の手にかけた。

 そして、慎重にゆゆの胸の傷口に触れた。

 ゆっくりと両手でゆゆの胸を撫でると、傷は消えた。


 続いてタカシはバッグから別の液体瓶とハンカチを取り出した。

 液体を浸したハンカチで、ゆゆの胸元や服についた血をぬぐった。

 衣服についていたゆゆの血は簡単にとれ、初めから傷も出血も無かったような状態になった。


 これでもう大丈夫だが、一つ問題があった。


 タカシは破れた服を戻すことはできない。

 理由もなく服が破れているのはおかしい。


 タカシはわたるを見た。

 わたるもふくらはぎを引っ掻かれており、パンツの布地も傷の形に合わせて切り裂かれていた。

 だが、この破れ方は見方によっては、枝に引っかかってしまったという理由にもできそうだ。

 タカシはわたるにも治療を施したが、ワザとわたるの足の傷を少し残し、ただのひっかき傷程度にした。



 続いて、タカシはわたるとゆゆの頭を慎重に撫でた。

 犬に襲われた出来事と、わずかでも自分と接触した出来事を忘れさせるためだ。


 記憶操作を終え、最後にタカシはゆゆの上にわたるを寝かした。

 わたるの額をもう一度触り、絶対にゆゆより先に目を覚まさせないようにした。


 伝輝には知らせていないが、事前の情報で、わたるは過去に女性を妊娠させ認知しなかったことがあるのをタカシは知っていた。

 簡単に女性に手を出すものの、その対応は実に自己中心的で無責任らしい。


 この男が、キャンプ場で出会った女性を襲い、服を破ったとしても、誰も疑わないだろう。


 ゴンザレスから電話が来た。

 タカシは「こっちはもう大丈夫だ」と答え、二つに割れた物体を拾って、その場を去った。

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