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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
41/84

キャンプ場での攻防 ④ 浜田家

 伝輝はキャンプ場で、浜田家と合流することに成功した・・・

 バーベキューゾーンに到着すると、穏やかな顔つきの眼鏡の中年男性が、作業着姿の男性と一緒にバーベキュー用の網を囲っていた。


「二郎さん」


 陽菜のママは声をかけた。

 眼鏡の男性は母娘の姿を見て、駆け寄ってきた。


和子かずこ

 あ、陽菜!見つかったんだね!」

「パパ―!」

 陽菜は二郎に飛びついた。


「すぐに見つかって良かったね。

 奥さんの後ろにいるのは、育君かい?」

 作業着姿の男性が言った。

 胸元のワッペンには「猫吠山キャンプ場スタッフ」と書かれている。

 恐らくこの男性が今晩宿直する管理人で、浜田家の父親と知り合いなのだろう。


「あ、いや、違うんだ。って、君は?」

 二郎は陽菜を抱き上げて、伝輝に尋ねた。


「陽菜と一緒に遊んでくれていたの。

 ジャングルジムにいたから、この子がいなかったら、陽菜は怪我をしていたかもしれないわ」

 和子は二郎に説明した。


「まぁ、とにかく無事で良かった。

 最近、野犬が出ることもあるから、今晩のバンガロー宿泊も気をつけてくれよな」

 そう言うと、管理人はポンッとヘルメットをかぶり、原付に乗って管理棟に戻った。


「さっ、バーベキューの準備を再開しましょう。

 私達が準備している間に、そこで陽菜の相手でもしてくれないかしら?」

「ひなも手伝うー!」

「陽菜には包丁はまだ危ないわよ」

「じゃあ、陽菜はお皿とお箸の用意をしてもらおうか」

 二郎は言った。


「あの・・・」

 伝輝が少し緊張しながら声を出した。

「俺も・・・手伝います」




 二郎は網を温めるため、炭を適時くべた。

 陽菜は網のそばの木製のテーブルの上に紙皿と割り箸を人数分並べ、焼肉のたれをお皿に注いだ。

 和子と伝輝は陽菜がお皿の準備をしているテーブルの片隅にまな板を置き、肉と野菜を切り分けた。


「あなた、手際良いわね。

 家でもやっているの?」

「あ、はい、一応・・・」

 夏美が働いているので、小学校入ってからは、伝輝はよく台所に立つようになっていた。

 凝った料理は作れないが、野菜を切って、味噌汁くらいならよく作る。


「ところでさ、君、名前は?」


 トングで炭を扱いながら、二郎が尋ねた。

 伝輝はついに聞かれたか、と思った。


 ゴンザレスとタカシからは、下手に嘘をつくと、後々ごまかしがきかなくなり、かえって人間界にもまごころカンパニーからも疑われるので、なるべく嘘をつかずに、素性を隠せと言われていた。


 無茶苦茶言いすぎだろ、と伝輝は思った。


「・・・ゆたかです」


「ゆたか?」

「はい、大村豊おおむらゆたかの豊と同じ漢字です」


 大村豊とは、ベテランの男性アイドルグループの一員の名前だ。

「へぇー、もしかして、お家の人が、ファンとか?」

 和子が聞いた。

「はい、母親が大村豊のファンです」

「やっぱり!

 私の友達にもいるのよ!

 アイドルと同じ名前を自分の子どもにつけているの!」

 和子は楽しそうだった。


「子どもにとっては、迷惑な話だよね。

 豊君」

「いえ、まぁ・・・」

 二郎の言葉に、伝輝はひとまず成功したと思った。


 伝輝という名前は少し目立つが、「豊」を苗字だと言わなければ、周りは「豊」が名前だと思ってしまう。


 でも、伝輝は一言も嘘はついていない。

 夏美が大村豊のファンであることも、事実だった。




 肉と野菜を焼き始めた。

 ジュージューと美味しそうな音と匂いが徐々に広がってきた。

 煙が熱くて目に染みるが、それも気にならないくらいに、バーベキューを楽しんだ。

 思えば、伝輝にとってはバーベキュー自体が初めてだった。

 緊張気味だった伝輝は、肉の美味しさもあって、すっかり浜田家と打ち解けるようになっていた。


「そろそろお開きの時間ね。

 ここを片付けて、バンガローゾーンに行きましょう」

 バーベキューゾーンは時間制のため、食べきれなかった焼肉・焼き野菜は、バンガローゾーンの食事スペースに持っていくことになった。

 キャンプスタッフが数人現れ、炭や網の片付けを手伝い・指示し始めた。


「デザートがあるから、バンガローゾーンで豊君も食べない?」

 和子が誘ったので、伝輝は快くうなづいた。

 そして、現在の時刻を確認した。


 調理器具などを洗いに水場に行くと、ライジング・グリーンのメンバーも二、三人程、水場を行き来していた。

 その中に、薄色ピンク色パーカーの広い背中があった。


 伝輝はさりげなく隣に立った。

 樺は、チラリとだけ伝輝を見たが、再び食器洗いを始めた。


 恐らく、樺も伝輝がなぜ、バーベキューに参加しているのかを知っているだろう。

 こちらの作戦は上手くいっていることを伝えるために、伝輝は樺の方を見た。

 樺さんは伝輝の視線を感じ、こちらに顔を向けた。

 目が合い、伝輝はニコッと笑った。


「樺さんも順調?」

 周囲の人間に聞かれない程度の音量で伝輝は話しかけた。

 すると、樺は驚いた表情に変わった。


「な・・・!」

「どうしたの?」

「か・・・カバって・・・」


 その時、伝輝は何か変だぞ? と思った。

 それとほぼ同時に、メールを受信した。

 ケータイ画面を開くと、


「伝輝君は浜田家に集中して、不必要にターゲットの人間と接触しないようにしてください」


 という内容のメールが樺から届いた。


 え? じゃあ、この人は樺さんじゃないのか?

 再び隣の男性を見ると、男性はブツブツ何かをつぶやきながらひたすら食器を洗っていた。


 男性が着ているピンクのパーカーのチャックはすべて下ろされていて、中のインナーはよく見るとグレーのTシャツだった。

 樺は確かタンクトップだった。

 つまり、この男性は樺さんではなかったのだ。


 そうなると、途端に伝輝は申し訳なくなった。

 知らない子どもに、いきなりカバと言われてしまったのだ。

 伝輝は慌てて洗い物を済まし、男性にペコッと頭を下げてそそくさとその場を離れた。


 そうなると、本物の樺さんは一体どこにいるのだろうか? と、思っている矢先に、再びメールを受信した。

 樺からの一斉メールだった。


「バーベキューが終了するので、テントゾーンに向かいます。

 今のところ順調なので、僕を探さないように」




 片付けを済ませ、バンガローゾーンに移動した浜田家と伝輝は、外に設置されている木製のテーブルセットに飲み物や食べ物を並べた。

 和子お手製のバナナケーキを食べた後に、伝輝は先程タカシから受け取っていた錠剤を一つ口に入れた。


 陽菜がトランプをやりたいと言い出したので、四人でババ抜きをした。

 夕方になり、西日が山の木々に遠慮せずに、周囲を照らした。


 伝輝は少し不安になった。

 日が落ちれば、いつ人間狩りが始まってもおかしくない。


「そうだわ。育に電話しないと」

 和子がカバンからタブレットを取り出した。

 先程から伝輝は気になっていたのだが、どう考えても、この場に長男の育がいないのだ。

 しかし、伝輝がこの家族にもう一人子どもがいると知っているのはおかしいので、聞くに聞けなかった。


「育、起きてる?」

 和子はタブレットに向かって話し始めた。

 恐らくテレビ電話アプリを利用しているのだろう。


「体調はどう?

 おばあちゃんが作ってくれたご飯は食べた?」

 伝輝は少し驚いた。

 とても感じの良い父母のように感じたが、体調を崩した長男を置いて、この家族は宿泊するのか。

 陽菜がキャッキャッと二郎と遊んでいる様子を見て、この家族は陽菜中心になっていて、育は置いてけぼりになっているのではないかと思った。


 自分もきっとそうなるんだろうな・・・。

 最近、夏美の元へ行く頻度が増えた昇平のことを思うと、伝輝は今後、産まれてくる弟か妹に両親の気持ちを全て持って行かれるのだろうなと思った。


「育。夕日がとてもきれいよ。山の景色もとっても」

 そう言いながら、和子はタブレットをくるりとひっくり返して立ち上がり、タブレット画面を周囲に向けた。


「育も凄いって思うわよ。

 画面越しよりも実際に見た方が、もっときれいよ。

 ねぇ、来週は日帰りで育も行きましょうよ」


 和子の話を聞いていると、伝輝はさっき思ったことと、違うように感じた。

 画面の向こうにいる育は、行きたくても行けなかったんではなく、初めから行く意思がなかったのではないだろうか?


「ああ、もう寝るの?

 何かあったら、おばあちゃんに言うのよ。

 おばあちゃん、今日は家に泊まってくれるから。

 じゃあ、お休み」


 そう言うと、和子はタブレットをテーブルに置いた。

 その表情はとても寂しそうだった。


「育、何か言ってたか?」

「いいえ。でも、テレビ電話には出てくれたから、良かったわ」

「そうか・・・」


 二郎と和子はフッと暗い表情を浮かべた。

 だが、すぐに陽菜と伝輝の存在に気付き、表情を戻した。


「ごめんなさいね。

 実は、陽菜にはお兄ちゃんがいるんだけど、今日は来てないの。」

「お兄ちゃんと来たかったー」

 陽菜は言った。

「そうだな。

 また今度来ような。

 きっとその時には、育お兄ちゃんも外に出てくれるから」

 二郎は陽菜の頭を撫でながら言った。


 伝輝は触れてはいけない浜田家の事情を見てしまったようで、気まずかった。

 それを察したのか、二郎が話しかけた。


「陽菜の兄の育はね。

 君と同じ学年(さっき聞かれたので五年生と答えている)なんだけど、ほとんど学校にもどこにも外出していないんだ。

 ずっと自分の部屋に過ごしていてね」


 いわゆる、引きこもり・不登校と言うものか、と伝輝は思った。


「今日のキャンプも、出発する直前まで、行くってことになってたんだけど、土壇場で行きたくないって言い出してね。

 でも、陽菜がずっと楽しみにしていたから、おばあちゃんに家に泊まってもらって、出かけることにしたんだ」

 二郎は陽菜を抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。


「お兄ちゃんのことで、陽菜と一緒にお出かけが全然できなかったもんな。

 陽菜はいつも我慢して頑張って偉いなー」

 陽菜はフフフフと笑った。


「食材とか用意した後に、行かないって言われたから、一人分多くてね。

 今回、君と一緒にバーベキューが出来て良かったよ。

 何より、陽菜が凄く嬉しそうだ。今日だけの特別なお兄ちゃんができたみたいだもんな」

「ごめんなさいね。何だか、暗い感じになって」

 和子が言った。


「いえ。次は育君も来れると良いですね」

 伝輝の言葉に、和子と二郎は微笑んだ。


 バーベキューを一緒に楽しんでいる時から、伝輝は心の中で、自分の両親と比べていた。

 土日の仕事休みの日に車を出して、家族サービスをする父。

 美味しい手作りデザート作る母。

 雰囲気も穏やかで落ち着いていて、絵に描いたような家族だと思っていたが、どんな家族にも事情があるのだと、伝輝は感じた。




 ブーブー

 ポケットに入れていたケータイが二回振動した。

 受信メールではなく、エミリーからの着信だった。

 一気に伝輝の背中に緊張が走った。


 辺りは大分日が落ちており、いつ真っ暗になってもおかしくない。


 人間狩りが始まる。

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