キャンプ場での攻防 ① 事前準備
人間狩りを妨害する為、伝輝・タカシ・ゴンザレス・樺・エミリーは、各自のスケジュールで、キャンプ場に向かう・・・
タカシと伝輝は電車とバスを乗り継ぎ、目的地である「猫吠山キャンプ場」に向かった。
猫吠山は、ふもとは住宅街だが、登っていくと、温泉施設があり、旅館・ホテル・民宿が連なっている。
更に登ると、キャンプ施設になっている。
伝輝も四年生の遠足で、猫吠山に日帰りで行き、飯ごう炊さんと遊具ゾーンで遊んだことがあった。
「伝輝、直前で申し訳ないのだが、ゴンザレスさんから資料を預かっている。
目を通しておいてくれ。」
移動中に、タカシから手渡された資料は、今回キャンプ場に宿泊する人間のリストと、そのキャンプ場の配置図だった。
伝輝は一つずつ読んでいった。
【捕食対象人間リスト 顔写真付き】
○社会人アウトドアサークル「ライジング・グリーン」
SNS内で作られたサークル。
今回はそのオフ会。
人間の氏名は、幹事以外の本名は不明。
SNS内でのハンドルネームで互いに呼び合う可能性が高い。
同伴者はサークルメンバーではないが、サークルメンバーの紹介でオフ会のみ参加できる。
1、ハンドルネーム:モリ
32歳男性 幹事
森下義則の氏名で、猫吠山キャンプ場のバーベキューゾーンとテントゾーンの利用予約を入れている。
(伝輝は、普通のメガネのサラリーマンっぽいと思った。)
2、ハンドルネーム:ハブラシ
35歳男性 オフ会初参加
(アウトドアに参加するイメージがしない、でっぷりしたおっさんだなと、伝輝は思った。)
3、ハンドルネーム:ユースケ
21歳男性
(大学生かな? 爽やかなちょっとイケメンタイプだと、伝輝は思った。)
4、ハンドルネーム:わたる
24歳男性 ユースケの同伴者
(写真を見て、伝輝はあいつ(昇平)と同じ類だと思った。つまり、チャラ男)
5、ハンドルネーム:ミホ
28歳女性 副幹事 各自の準備品の案内・連絡を、SNS内で行った。
(伝輝は、パッと見オバサンと判断したが、実際会う時は「お姉さん」と呼ばないといけないのだろうなと思った。)
6、ハンドルネーム:しずか
19歳女性 初参加
(ほとんど化粧もしていない、地味な女の人だと、伝輝は思った。)
7、ハンドルネーム:ゆゆ
20歳女性 しずかの同伴者 初参加
(この中では一番可愛いが、こんなにケバイ化粧しなくても良いのに、と、伝輝は思った。)
【猫吠山キャンプ場 施設案内】
猫吠山キャンプ場は三段階に施設が分けられている。
段階が上がることは山を登ることである。
一段目は駐車場、管理棟、飯ごう炊さんゾーン、バーベキューゾーン、遊具ゾーンがある。
キャンプ場内では最も広いエリアだ。
二段目はバンガローゾーン。
大小様々なバンガローがあり、宿泊できるようになっている。
一段目より小規模だが、飯ごう炊さん場もある。
そして三段目がテントゾーン。
バンガローゾーンと同じく飯ごう炊さん場もある。
ここは最も小さいエリアで、そこから先はキャンプ場施設ではなくなるため、基本的に立ち入り禁止である。
しかし、しばしば侵入する人間が後を絶たない。
「読んだか?
別に丸暗記する必要はないからな」
タカシが言った。
伝輝がうなづくとタカシは伝輝から資料を受け取った。
「よし、じゃあ次はこれを両肘・膝・足首につけな」
タカシはバッグから半透明のシリコンのような素材の筒を幾つか取り出した。
伝輝は、これがプロテクターだと気付いた。
「これをつけてるのが肉食獣にばれたら、動物界のヒトだと思われて、色々面倒だから、目立たないようにしろよ」
だから、ゴンザレスの指示に肘・膝が隠れるようにと書かれていたのか、と、伝輝は思った。
プロテクターは、ドリス達との特訓の時に使用しているものよりも、伸びがよく、フィット感が良かった。
何となく、こっちの方がモノが良いのだろうと思った。
「それから、これを持っていてくれ」
タカシが次に差し出したのは、小ぶりで薄い二つ折り携帯電話だった。
鮮やかなスカイブルーをしている。
伝輝は、初めて自分用のケータイを持てるので、少し興奮した。
「ゴンザレスさんが契約してくれた、人間界の子ども用ケータイだよ。
ゴンザレスさん、樺さん、エミリーちゃん、俺も持ってる」
タカシは、サッとポケットから同じ機種で黒色のケータイを取り出した。
「使えるのは、メールと電話だけ。
インターネット等は使えない。
更に、メールと電話がかけられるのは、このケータイを持っている者同士だけ。
既にアドレス帳に皆の連絡先が登録されているから、何かあったらこれで連絡するんだよ」
「これって、他の皆のケータイの色は違うの?」
「ああ。
樺さんが赤色で、ゴンザレスさんは黄色、エミリーちゃんは白色だったかな」
「ふーん」
「分かりやすいだろ」
タカシはニッと笑った。
ガタンゴトンと電車に揺られながら、伝輝は、車窓を眺めた。
景色はどんどん山深くなってくる。
駅に停まるごとに、乗降する人間達をついつい伝輝は見てしまう。
先程資料で見た大人達は、今晩肉食獣達に全員殺されるかもしれない。
だが、それを自分達が防げるかもしれないのだ。
恐怖とワクワクが入り混じった不思議な感情になる。
そんな時、ふと、伝輝はタカシに質問をした。
「タカシさん」
「何だ?」
「タカシさんは、今回、襲われた人間達を治療するんだよね?
そうしたら、その人達は助かるけど、タカシさんが化け治療しちゃったら、化けの存在を知られちゃうんじゃない?」
「良い質問だ」
タカシは言った。
「伝輝の言う通り、治療してそのまま帰してしまうと、ばれてしまう。
だから、俺は最後に秘密の化け技術を使う」
「秘密の化け技術?」
タカシはスッと伝輝の額に触れた。
「記憶操作さ」
「記憶・・・!?」
反射的に伝輝はタカシの手を振り払った。
「察しが良いな。
化けで脳細胞や脳電気信号に働きかけ、記憶を部分的に消すなどしてしまう技術だ。
まぁ、俺は正直そこまで得意じゃないから、ぼんやり忘れさせる程度なんだが、それでも十分使えるよ」
タカシは右手をグーパーと動かした。
「この化け技術は、変身するより、更に規制が厳しいんだ。
誰でも使えるようになったら、秩序も統制もなくなってしまうかもしれないからな。
だから俺はこっそり裏ワザで身に付けたし、記憶操作ができることはもちろん内緒にしている。
ちなみに、まごころカンパニー公認で記憶操作ができるのは、まごころカンパニーのキバ組織の中でも、本っ当に一部の組員だけなんだ。
キバ組織は、ただ単に狩りの日推進だけしているだけではないんだ。
実は、まごころカンパニーの運営を陰で支える化け能力者軍団だ。
最も、表向きは狩りの日推進のみ、としているけどな。
この人間狩りを取り仕切っているのもキバ組織だ」
キバ組織・・・。
伝輝は初めて狩りの日を出来事を思い出した。
自分を襲ったのも、バラという名の、キバ組織のハイエナだった。
あんな不気味な奴も、化けが使えるのだろう。
タカシと伝輝は、電車を降りて、バス停に向かった。
あとは公共バスに乗って、キャンプ場最寄りバス停まで行くだけだ。
伝輝の心臓の鼓動が徐々に早くなってきた。
「緊張しているか?」
バスに乗り、タカシが声かけた。
「当たり前だろ。
人間の命がかかっているんだぞ」
「そうだな。
でも、ここまでゴンザレスさんとエミリーちゃんが下調べしていても、想定外のことが起きてしまうことがある。
何が起きても対応できるように、なるべく肩の力を抜いていた方が良いぞ」
タカシはそう言って、座席に身をゆだねるように座っている姿勢を崩した。
そんな時に、タカシのケータイが振動でメール受信を知らせた。
タカシはパカッとケータイを開き、メールを見た。
その瞬間、バッと背を起こした。
「どうしたの・・・?」
伝輝は尋ねた。
「エミリーちゃんから、皆にメールが来た・・・」
伝輝は自分のケータイを確認してみた。
「俺のケータイには来てないんだけど・・・」
伝輝のぼやきに、タカシは反応する余裕が無いようだった。
「早速、想定外の事態だぞ」
「何?」
「今晩宿泊する人間が、リストにあった団体と別にもう一組いる」
タカシと伝輝と運転手しか乗っていないバスは、止まることなく山を登り続けた。