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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
36/84

人間狩り ⑤ 出発

狩りの日、伝輝とタカシは人間界に行く前に、まごころ動物園で時間を潰すことになったが・・・

 昇平がニコニコしながら近づいてきた。

 ツナギのボタンを三つくらい外しており、中の蛍光色のTシャツがチラチラ目に入る。

 袖をまくった腕にはシリコン製のブレスレットを複数つけている。

 きちんとボタンを留め、袖元・襟元も整っていたツナギ姿の前田さんとは大違いだった。


「前田さんから聞いたよー。

 びっくりしたぜ。どうしたんだよ、伝輝。

 お前もコスプレカーニバルを観に来たのか?」

「別に・・・」

 今度は伝輝がフイッと顔をそらした。

 だが、昇平は特に気にしていないようだ。


「あれ、お前、このワンちゃんは誰のペットだ? 柴犬?」

「タカシさんだよ」

 伝輝は言った。

 ちなみに、タカシは柴犬の遺伝子が強そうな姿をしているが、タカシ曰く、一応雑種らしい。


「え?! タカシさん!?

 確かにそうかも・・・」

 昇平はしゃがんで、タカシの方を見た。

 タカシはハッハッハと舌を出して昇平を見ていた。

「へぇ~、こうやって見ると、普通の可愛い犬だな」

 昇平がタカシを撫でようと手を伸ばしたが、サッとタカシは避けた。

「ハハハ、冷たいな」

 昇平は笑いながら立ち上がった。

「タカシさんも、コスプレしたら?

 海賊とか似合いそうだ。

 あっちで、コスプレ衣装販売とレンタルしてるぜ」

 ちょっと面白そうだと、伝輝は思ってしまったが、タカシを見ると、臨戦態勢に入っているんじゃないかと言うオーラを醸し出して拒否の意思を示しているようだったので、何も言わないようにした。

 話せないと言うのは、色々大変そうだ。



「昇平さん、いたいた!」

 ふくよかな体格の、若い女性が小走りでやってきた。

 ズボンタイプのナース服に淡いグリーンのカーディガンをはおっている。

心花姫ここはなひめ号が無事出産に成功したの!

 今、前田さんが心花姫号のところに向かっているわ。

 昇平さん、手が空いていたら、前田さんの代わりに陸ガメのエサの準備お願いできるかしら?」

「マジで!? やった! 姫、やったな!」


 二人のやりとりを、伝輝は訳分からず見ていた。

 この女性は何者なのだろうか?

「あら?」

 女性が伝輝の方を見た。

「え? この子? 昇平さんの親戚?

 昇平さんにそっくりね」

 昇平に似てるという、この世で最も言われたくない言葉に、伝輝はショックを受けた。

 小さい頃から、よく言われるのだが。


「違うよ。俺の子」

 昇平がサラッと言うと、女性の元々丸っこい目が、ボトリと落ちるんじゃないかと言うくらい、見開いた。

「えー!? 昇平さん、子どもいたの!?

 しかも、こんな大きい子!

 でも、こないだ結婚してからようやく子どもができたって・・・」

「うん、だから、結婚してからは、今回が初めてなんだよ」


 伝輝はうつむいた。

 あっさりと悪気なく昇平は言うが、伝輝にしてみれば、まるで自分の子ではないと言われたような気になる。

「伝輝、この人はさきさん。

 フリーの助産師で、色んな動物の出産に立ち会っているんだよ。

 今回も紀州犬の心花姫号の妊娠から出産まで対応してくれたんだ」

「はじめまして。ちなみに、ヒトよ」

 咲はウィンクして笑った。


「はじめまして・・・

 あの、キシュウケンってなんですか?」

 伝輝は咲に尋ねたのだが、昇平が説明し始めた。

「お前、知らないのかー?

 まごころ動物園では、紀州犬の繁殖活動を行っているんだぜ。

 お前も見てるはずだぜ。キツネとかのコーナーにある紀州犬の家」

「あの、白い犬のこと?」

 そう言えば、そんなことが紹介板に書かれていたような。

「前田さんが、ドッグブリーダーみたいな資格持っているみたいでさ。

 本当、前田さんって凄いよな」

「そうよね」

 咲の頬が少し赤くなった。


「今日、俺、夏美のとこに行くんだけど、一緒に咲さんも行って、夏美の様子診てもらおうと思うんだ」

 昇平が言った。

「私も、人間は初めてだし、ヒトの出産もあんまり立ち会ったことないから、是非とも勉強したいわ」

「咲さんも子作りすれば?

 前田さんとさ」

 昇平がニヤニヤしながら言った。

 伝輝はセクハラだと思った。

「やだぁ、もぉ! 昇平さんたらっ!

 変なこと言わないでよー。

 かおるとは、そんなんじゃないの・・・」

 咲は顔を真っ赤にして反論していたが、実に嬉しそうな様子だった。

 非常に分かりやすい女性だ。


 二人の様子を見ていると、タカシがリードを引っ張り始めた。

「俺、行くね」

「おう、ちゃんと夕方までには家に帰るんだぞ。

 タカシさん、伝輝のこと、よろしく頼むな」

 昇平と咲が見えなくなるくらいまで歩いたところで、タカシが鼻で伝輝の足をつついた。


「何? どうしたの?」

「俺は、伝輝がいなかったら、昇平さんは結婚できなかったと思う」

「はぁ?」

「伝輝ができたおかげで、昇平さんは夏美さんと結婚できたんだよ。

 むしろ、伝輝に感謝しないといけないくらいだよ。

 人間界の女性は、男性の収入にうるさいんだろ?

 昇平さんはラッキーだよ」

 もしかして慰めてくれているのか? と伝輝は思った。

 だが、余計なお世話に感じた。


「俺も・・・」

 タカシはピクッと顔を動かした。

「タカシさんは、高いところから落ちて死にかけたけど、無事に生きているからその名前になったんだと思うよ」

 伝輝は、余計なお世話には、同じく余計なお世話で返した。


「ああ、そうだな」

 タカシは照れくさそうに言った。

「似ているな、伝輝は。あの人間も同じことを言っていたよ」

 スッとタカシは伝輝から離れ、再びリードを引っ張って進もうとした。




 タカシはペットと一緒に入れる食堂に伝輝を連れて行った。

 伝輝はそこでホットドッグセットを頼んだ。

 タカシに何が食べたいか聞いたら、意外にもドッグフードという答えが返ってきた。

「栄養バランスが優れているんだ」

 タカシは小声でそう言った。


 食事を済ませると、二人はまごころ動物園を出た。

 人間界の、動物園最寄りの駅に向かった。

 駅の近くの公衆トイレに入る際、タカシが伝輝の足をつついた。

「俺を抱えてトイレに入ってくれ」

「何で?」

「トイレの床に手の平をつけろっていうのか?

 俺はこの両手で治療するんだぞ。

 ただでさえ、今も嫌で嫌で仕方ないのに」

 今は両手じゃなくて、肉球付きの前足のくせに。

 と、伝輝は思ったが、黙ってタカシを抱きかかえた。

 洋室トイレの個室にタカシを入れ、持っていたバッグを渡した。


 個室の中で、ガサガサと物音がした。

 伝輝は待っている間に、用を足した。

 ガチャッと個室のドアが開くと、ヒトの姿に化けたタカシさんが現れた。

 タカシさんは洗面台の鏡で自分の顔を確認した。

 いつもと違って、頭の上に三角の耳がなく、尻尾もついていなかった。


「なぁ、伝輝。

 俺の耳の形おかしくないかな?

 ちゃんと人間の形をしているか?」

 伝輝はタカシの耳を見た。

 形は普通だが、耳たぶに尋常でない量の産毛が生えている。

「形は良いけど・・・

 毛が気持ち悪い」

「うるせぇよ。

 どうせ、髪の毛で隠すんだから。

 いつも手を抜いているから、たまにちゃんと化けようとすると、雑になるんだよ」


 伝輝とタカシは駅のホームに向かった。

 これから、キャンプ場に向かうのだが、伝輝はまだ、人間狩りが起こると言われても現実味がわかなかった。

 どうしても久しぶりの人間界というのもあり、遠足気分が抜けずにいた。

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