人間狩り ② まごころカンパニーの秘密
樺は伝輝に「人間狩り」について説明する・・・
まごころ町は、他の動物界と大きく異なる部分がある。
それは、人間界と関わりを持つことに制限はあれど、禁止されていないことだ。
これは、海外の動物界にとってはかなり特殊な事だった。
樺も、数年前にアフリカ大陸からやって来た時には、この事実に戸惑った。
人間界との関わりを禁止しないことで、まごころ町は発展できたのだが、それを悪用する連中も出てきてしまった。
動物界では、狩りの日など、その地域で決められた時期でないと、動物を捕食目的であっても殺すことはできない。
(ここで言う「動物」は「家畜と動物」で分けた時の「動物」である)
だが、その決まりは、異世界である人間界では無効となる。
連中は欲望を満たすために、人間界に住む犬や猫や野生のキツネなどを狙うようになった。
その中で一番人気があったのは、「人間」だった。
度を過ぎた行為は、人間界に動物界の存在を知られてしまうことに繋がりかねない。
いよいよ、まごころカンパニーは規制を始めた。
「僕達がつきとめて、壊滅させた企業もあったね」
樺はポツリと言った。
だが、人間界での狩りは、止むことはなかった。
せいぜい、狩りの日限定で行われるようになった位だった。
「何で、止められないの?」
伝輝の質問に、樺は表情を暗くした。
「公には言えないが、まごころカンパニーの大きな収入源になっているからなんだ」
人間界の人間を狩れる、しかも、罰則の対象にもならないとなると、動物界中でもまごころ町しかないそうだ。
海外の動物界の動物達が噂を嗅ぎ付け、日本列島にやって来るようになった。
それをカンパニーが、ツアーとして取りまとめるようになった。
狩りの日になれば、人間界の日本列島のどこかで、人間の失踪事件が起きる。
しかし、ツアーを取り仕切る動物達の巧みな方法で、人間界では、それが事件として認識されることも少ない。
後日、偶然遺体が発見され、ようやく事件として取り扱われる頃には、狩りの痕跡は消えてしまっている。
そんな出来事が、ひそやかに行われ続けていた。
「だが近年、状況は更に悪くなってきた」
「樺さん、その話もするのか?」
「タカシさん、伝輝君はちゃんと自分なりに理解してくれると、僕は思うよ。」
樺さんは静かに言った。
伝輝はぎゅっと唇を閉めて、樺さんを見た。
「僕は、君を子どもではなく、十歳の人間として話すよ」
動物界での捕食行為は、一人一体と決まっていない。
複数の動物が協力して、一体の獲物を襲っても問題ない。
ただし、了承なく獲物を奪うのはルール違反にあたる。
複数の動物が一体を捕食することは野生の動物達の間では珍しくない出来事だ。
肉食獣が群れとなって草食動物を襲った後、ハイエナや鳥や残りをついばみ、更に微生物が亡骸の養分を取り入れ、亡骸は土に還る。
その為、動物界では少しでも口すれば、捕食行為が完了と見なされ、その後までは追及されない。
そのルールを都合良く解釈し、人間狩りを行う動物達が現れるようになった。
例えば、五人の肉食獣たちが、人間の指先を一本ずつ口にする。
これで、捕食は完了し、後は好きにしていい。
「すぐ死ぬ可能性が低いのは、伝輝も想像できるか?」
タカシの言葉に、伝輝はうなづいた。
不幸中の幸いで、自分も腹を抉られたがすぐには死ななかった。
つまり、死なない程度に人間の身体の一部を口にし、後はその人間が本当に死ぬまで弄ぶ。
そんな、残酷な行いをする連中が現れ始めたのだ。
それが、まごころカンパニーが主催するツアーとして、今も行われているのだ。
と言う内容を、樺とタカシは、言葉を選びながら、分かりやすいように説明した。
伝輝も必死で理解しようと努めた。
だが、最後の話については、自分から想像することを抑えた。
タカシの表情を見ていると、自分が想像してもしきれないような、怖ろしい状況なんだろうと思った。
「僕は、人間狩りを止めさせたいんだ」
樺は言った。
「人間狩りを繰り返していれば、人間界に動物界の存在に気付かれてしまうだろう。
僕は、それは絶対に阻止しないといけないと思っている。
何より、異世界の動物だろうが、自身勝手な快楽の為に命を弄ぶことは、許されるわけがない。
僕は、まごころ町に来てから、タカシさん、ゴンザレスさん、エミリーちゃんに協力してもらって、狩りの日に人間界に行って、人間狩りの妨害行為をしているんだ」
樺は隣に座っているタカシを見た。
「日頃から人間界にいるゴンザレスさんとエミリーちゃんが、事前にどこで人間狩りが行われるか調べる。
そして当日、僕が妨害し、人間が被害を受けたら、タカシさんが治すんだ。
そんな活動に、伝輝君にも参加してほしいんだ」
「俺も?」
「ああ、伝輝君の力はきっと僕達の活動に役立つ。
それに何より、本物の人間がいるのは心強い。
僕とタカシさんは、ゴンザレスさんと違って「枠」がない。
ヒトに化けられるが、身分を保証するものが無いから、下手に人前には出られない。
だけど、君なら問題ない」
伝輝は何だかわくわくしてきた。
悪いことに対して、この動物達は闘っているのだ。
「樺さん、俺は反対だ。伝輝には危険すぎる」
「危険なのは、お互い承知の上でしょう。
伝輝君は最近学校でも狩りの動きも身に付けているようだし。
少なくとも、前回のようなことは、伝輝君も起こさないようにするでしょう」
伝輝は下を向いて、自分の腕を見た。
最近、自分の体つきも変わってきた気がする。
力を入れれば、腕の筋肉はグッと硬くなるようになった。
もちろん、この成果は学校ではなく、ドリスと源次郎のおかげなのだが、それは言わなかった。
「僕は、この活動を、人間にも知ってもらうべきだと思うんだ。
人間界と動物界の両方を知り、かつ、人間界に秘密が漏れる可能性が低い伝輝君こそ、この活動を知るにふさわしい」
樺はソファから身を乗り出し、テーブルに腕を置いて伝輝を見た。
顔が巨大すぎて、伝輝の視野には入りきらない。
「もちろん、君の安全も考える。
危険だと思ったらすぐに避難させる。
どうだい? 次の狩りの日から、協力してくれないか?」
「・・・」
伝輝は樺と、後ろで苦い顔をしているタカシを見た。
タカシは「参加するな」と声に出さずに訴えているように、伝輝は感じた。
だが、伝輝の気持ちは決まっていた。
「俺も参加したい。
人間が殺されるなんて嫌だ」
「そうかい、ありがとう。君に話して良かったよ」
樺さんは分厚くて温かい手を、伝輝の肩に置いた。
樺さんの手の平は、伝輝の肩と二の腕を飲み込んだ。
人が殺されるのが嫌だ。
伝輝の正直な気持ちだった。
しかし、伝輝がそれ以上に協力しようと思ったのは、樺の言った言葉を聞いたからだった。
「狩りの日に人間界に行って・・・」
どんな形であれ、人間界に行ける。
それだけで、伝輝はこの先に起こる怖い出来事も乗り越えられそうな気がしてきたのだった。