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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
32/84

人間狩り ① お披露目

二回目の狩りの日の夜、伝輝は遂に化けの力で、髪の毛を伸ばすことに成功した・・・

 その夜、伝輝はほとんど眠れなかった。


 毛布にくるまって横になっていたら、外が明るくなっていた。

 目覚まし時計を見ると、いつも起きている時間よりも早いが、狩りの日の時間は既に終わっていた。


 伝輝は玄関から外に出た。

 外の空気を吸いたかった。

 しかし、朝の空気はかすかに血と獣の匂いを漂わせていた。


 外廊下から見下ろすと、敷地の中央で、タカシ、樺、ゴンザレス、エミリーが、飲み物や食べ物が置かれた、机代わりの段ボールを囲っていた。

 タカシはヒトの姿をしていて、腰を下ろしている樺の額を撫でていた。


 伝輝は下に降りた。

 ゴンザレスが缶ジュースを片手に声をかけた。

「おはよう、伝輝君」

「おはよう・・・」

 伝輝はなぜ、皆が朝から集まっているのか分からなかった。

「一応、生きているみたいね」

 エミリーが伝輝に冷たく言った。

「樺さん、怪我したの?」

 伝輝が話しかけると、樺は苦笑いしながら言った。

「ああ、ちょっとね」

「樺さんは、いつも無理をし過ぎるんだよ」

 そう言いながら、タカシは樺の額をスルスルと横に撫でた。

 よく見ると、樺の額は横一文字に血がにじんでいた。

 しかし、タカシが撫でると、元の状態に戻った。


「樺さんも狩りの日に参加してたの?」

「まぁ、そんなところだね」

 曖昧な返事から、深く聞かれたくないのだろうと、伝輝は判断し、自分から話題を変えた。


「あのさ、タカシさん。

 俺、髪の毛伸ばせるようになったよ」

 伝輝の言葉に、タカシよりも、他の動物達が大きく反応した。

 樺がいきなり立ち上がったので、タカシは尻もちをついた。


「本当か!? 凄いな!」

「最近、サボってたくせに。人間のくせに」

「だ、大丈夫なのか・・・」

 樺、エミリー、ゴンザレスが各々返答した。

 その後、タカシが冷静に、

「そうか、おめでとう。

 早速披露してほしいところだけど、学校が終わってからだな」

 と言った。


「俺達は、ゴンザレスさん以外は休みだから、学校終わったらすぐ1号室に集まろう」

「うん、分かった・・・」

 伝輝は本当は今すぐ見てほしかった。

 時間が経つと、あの感覚が忘れてしまいそうな気がしたからだ。


 そんな時、ガチャリとマグロとカレイとアナゴが家から出てきた。

 マグロとカレイは涙をにじませている。

「おはよう、皆」

 アナゴが挨拶をした。

 他の二人はそれどころではないようだ。


「おはようございます。

 マグロ君とカレイさん、どうされたんですか?」

 ゴンザレスが尋ねた。

「クラスメイトの晴って犬の弟さんが亡くなられたんだ。

 狩りの訓練で昨晩参加したらしいのだが、失敗したらしい。

 マグロとカレイは、これから晴君のご自宅に行って、お別れ会の手伝いに行くんだ。

 今日の十二時にお別れ会をするそうだ」

「伝輝君は、十二時のお別れ会に顔を出すと良いわ。

 マグロに迎えに来させるから」

 カレイさんが言った。

「じゃあ、学校は?」

「今日は休みましょう。

 きっと、他のクラスメイトも休むでしょうし。

 まごころ荘で待っていてね」


 知り合いが亡くなったと言うのに、伝輝は「やった!」と思った。

 不謹慎であることは分かっているが。




 アナゴが出勤し、カレイとマグロは晴の家に向かった。

 ゴンザレスも朝支度をするため部屋に戻り、エミリーは気が付いたらどこかに行ってしまった。

 伝輝とタカシと樺は、三人で1号室のリビングに向かった。


「さて、特訓の成果を見せてもらおうかな」

 タカシ(犬の姿)はポンッとリビングの二人掛けソファに座った。

 その隣にドフンっと樺も座った。


「うん。ちょっと、待ってね・・・」

 いざとなると、伝輝は何だか緊張してきた。

 伝輝はその場でピョンピョン跳ねたり、手の平を擦り合わせたりして、右手の平を温めようとした。


「何やってんだ? 伝輝?」

「ちょっと、準備中・・・・」

 タカシは待っている間に、やかんでお湯を沸かし、樺の分も一緒にコーヒーを淹れた。

 二人で仲良くズズズとコーヒーをすすっていると、

「出てきた!」

 伝輝が嬉しそうに声を上げた。


 右手には6の数字が浮かんできている。

 拳をギュッと握りしめ、手の平が冷めないようにして、自分の髪の毛を一本抜いた。

 髪の毛をつまんだ右手の指を、体温を意識して動かした。

 ジリジリとした感覚が伝わってきたところで指を毛先の方に動かした。

 毛先を過ぎても、感覚がついてきた。


「見て! できたよ!」

 伝輝は自分の肩幅位まで伸びた髪の毛をピンっと横に張った状態で、二人に見せた。

 タカシと樺は近づいてその髪の毛をじっと見た。


「確かに」

「伸びているな」

 二人は納得したというように、頭を上下に動かした。

 伝輝は少し得意げな気持ちになった。


「細胞分裂促進の動力源を、熱量と捉えたんだな。

 中々、鋭い視点だ。

 訓練を重ねれば、わざわざ全身使って熱量消費しなくても、化けができるようになるぞ」

 タカシの言っていることはよく理解できなかったが、とりあえず自分のやり方は間違っていなかったのだと分かり、伝輝は安心した。




「第一段階クリアだな。次は第二段階だ」

 タカシはそう言うと、ヒトに化けて、伝輝が手にしている髪の毛を受け取った。

 伝輝同様に、両毛先をつまみ、右手の方を今度は中心に向かって滑らした。


 すると、じりじりと髪の毛が縮んでいった。

「第一段階は『分裂による増殖』。第二段階は、『消失』の練習だ」


「タカシさん、『消失』は苦手って言っていた割には、上手ですね」

 樺がソファに座ったまま、前のめりの姿勢で言った。

「これ位出来なきゃ、化け医者はやってけないよ。

 樺さんだって、できるだろ?」

 伝輝は樺の方を見た。

 そう言えば、樺は歯医者だと、前に聞いたことがある。

「一応できますけど、化け治療のスピードや正確さは、タカシさんには敵わないよ」

 樺が照れくさそうに言った。

「専門分野が違うんだから当然だよ。

 さて伝輝、俺が今やったみたいに、今度は髪の毛を縮めてみな」


 タカシによって、三分の二位まで縮んだ髪の毛を手渡され、伝輝は少し戸惑った。

 さっきと逆のことをすれば良いのだが、さっきと同じ感覚で成功するのか分からなかった。

 とは言え、やってみるしかなかった。

 再び、左腕を強めに擦って右手を温め、6の数字が浮かんでいることを確認した。


 右の指先に熱を集中させる。

 ジリジリとした感覚を、毛先から感じた。

 その状態でゆっくり右手を中心に向かって動かした。


「おおっ!」

 じーっと様子を見ていたタカシと樺が先に声を上げた。

 伝輝が撫でた後の髪の毛は、その後も残っていたが、すぐにポロポロと崩れ落ちた。


「粗削りな消失だが、ほぼ成功だな!」

「伝輝君、実はかなり素質があるんじゃないかな?」

 タカシと樺は各々自分のことのように興奮していたが、思いのほか、伝輝自身は冷静だった。

 なぜなら、この髪の毛の状態は、今まで伸ばす練習をしていた際に、何度か目にしていた。


「これも、『化け』だったのか・・・」

 伝輝は小さくつぶやいた。




「いや、本当、思っていた以上に中々やるな。

 よし、ちょっと休憩しよう。

 化け能力を抑えることはできるか?」

 タカシはピョンッとソファから立ち上がった。

 そしてそのままキッチンに向かった。

「うん、多分・・・」

 伝輝は髪の毛を手放し、そっと左手で右手を包んだ。

 右手の平と指先の熱を冷ましてあげるように、ゆっくり深呼吸を数回行った。

 しかし、中々指先は冷めてくれなかった。


「焦らなくていいよ。

 焦ると心拍数が増えて、余計に抑えられなくなるかも」

 樺が優しく言った。

「そう、一度気持ちを切り替えるためにも、一休みしよう。

 プリン、食べるか?」

「ありがと・・・」

 そう言えば、まだ朝食を食べていなかった。

 タカシ(犬に戻った)はテキパキとソファの前のミニテーブルに人数分のプリンとステンレス製のスプーンを並べた。


「大分使ってないだろうから、ちゃんと洗ったよ」

 タカシはひょいっとスプーンでプリンをすくって口に入れた。

「それじゃあ、遠慮なく」

 樺も大きな指を繊細に動かしスプーンを持ち上げ、樺にとっては、米粒くらいにしかならないであろう量を口に入れた。


「いただきます」

 伝輝もプリンのフタを外し、右手でスプーンを持った。


 ポキンッ


「「「え?」」」


 三人は、今起きたことをすぐに把握できなかった。

 伝輝が右指で持った部分から、真っ二つにスプーンが折れて、上半分がテーブルの上に落ちた。


「何で? そんな、強く握ってないのに?」

 伝輝は半分になったスプーンを手放し、手の平を見た。

 6はまだ消えていなかった。


「タカシさん、これって・・・」

 樺が心配そうに言った。

 タカシはプリンとスプーンをテーブルに置き、折れたスプーンを手に取った。


「折れた箇所が『消失』している」

「え!? でも、これは無機物ですよ」

 樺が驚いた口調で言った。


「『化け』の対象は有機物だけとは限らない。

 無機物を対象にすることも可能な場合もある。

 ガラクタをお宝に変えるおとぎ話くらい、聞いたことがあるだろ?」

 タカシも冷静を装っているが、かなり驚いている様子だった。

「ただ、無機物を化けさせることのできる動物は非常に少ない。

 これは、訓練もそうだが、もって生まれたその動物の天性の素質もある。

 伝輝・・・お前は、俺や樺さんができない能力を持っているようだな。

 試しにこのスプーンを伸ばしてみろよ」


 伝輝はタカシと樺が言っている意味がほとんど分からなかったが、言われた通りに、スプーンを撫でてみた。

 6の数字は浮かんでいたが、スプーンの柄は伸びず、逆に、ジジジと更に溶けるように縮んでしまった。


「なるほど・・・これは思いのほか厄介だな」

 タカシの表情が険しくなった。

「どうして・・・?」

 不安になった伝輝が尋ねた。


「お前は、有機物・無機物問わず、物質を『消失』する化け能力に特化してしまっているようだ。

 これはちゃんとコントロールできるようにならないと、カンパニーにばれる云々より前に、伝輝含め周りに危害を及ぼすかもしれない」

「え? 何で?」

「例えば、その手で誰かの指を握ったら、その指は取れてしまうかもしれないだろ?」


 タカシの言葉に、伝輝は衝撃を受けた。

 自分の右手が、全く別物に見えて、何も触れないように宙に浮かせるような状態で腕を伸ばし、自分の身体からめいっぱい遠ざけた。


「落ち着け。

 その状態でまずはゆっくり手の平を冷ましてやれ。

 怖いだろうが、伝輝の化けの特性が分かって良かったよ」

 タカシが伝輝をなだめるように言った。


「全くです。その力は使える」

 樺は静かに言った。


「樺さん?」

 タカシは樺を見た。

 樺はクイッとプリン容器ごとを一口で飲み込んだ。


「伝輝君、ぜひその力はコントロールできるようになってください。

 そして、僕たちの活動を手伝ってくれないかな」

「活動って?」


人間狩人にんげんかりうど退治さ」


「人間・・・狩り・・・?」


「樺さん! 何言っているんだ!

 伝輝はまだ子どもだぞ!」

 伝輝がポカンとしていると、タカシが樺に向かって言った。

 だが、樺は話を続けた。


「この世界には、まだ君が知らない一面がある。

 残念なことに、とても良い面とは言えないんだけどね」

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