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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
29/84

伝輝の特訓 ⑥ 休日のお出かけ

化け能力をコントロール出来るようにする為に、タカシから出された課題は、「自分の髪の毛を伸ばす」ことだった・・・

 勉強机の上の置時計の針がチクタク休まず動いている。


 伝輝は勉強机に両肘をついて、ひたすら髪の毛をいじった。

 上下に指を動かして髪の毛の表面を撫で続けていると、ツルツルの感触の方向が上と下で違う気がしてきた。

 だが、一ミリも伸びた気がしない。

 逆に何回も何十回も撫でているせいか、先っぽがボロボロと縮れてきて、伸びるどころか短くなってしまう。

 仕方ないので、新しい髪の毛をプチンと自分の頭から引っ張る。

 このままでは本当に全部抜けてしまうのではないかと、伝輝は心配になってきた。


「遅くなったな。腹減っただろ」

 ノック音がして、伝輝が返事をする前にタカシが入ってきた。

 片手でドアを開け、もう一方の手にどんぶりが載ったお盆を持っていた。


「カレイさんに伝輝の飯いらないって言いに行ったら、どんぶりだから持ってけって言われたよ」

 タカシは勉強机にお盆ごと置いた。

 蓋の代わりに張られたラップが白く曇っている。

 カツ丼だ。


「髪の毛は伸びたか? それとも減ったか?」

 タカシは床にあぐらをかいて座った。

「全然」

 伝輝はさっきまで触っていた髪の毛をポトッと落とした。

「うん、確かに何にも反応してないな」

 タカシがそれを拾って、まじまじと髪の毛を見た。


「コツとかないの?

 触っているだけで本当に伸びる訳?」

 伝輝はカツ丼を口にかき込みながら言った。

「そんなすぐにできるようになったら、誰も苦労しないよ」

 タカシはそう言うと、立ち上がりドアに向かった。


「カレイさんには、伝輝はしばらく自分の部屋で食べるって言ったから、明日からは飯を自分で取りに行きな。

 食べ終わった食器は、ちゃんと洗って明日の朝飯食いに行くときに返すんだぞ」

「分かった」

「ここで、何かしてるってのは、言うなよ」

 タカシは念を押した。




 それから毎日、伝輝は午前中に団助先生と特訓をし、放課後にドリスと源次郎相手に特訓をし、更に夜寝るまでは髪の毛をひたすら撫で続けた。

 今日は内太もも、今日は背中、今日は二の腕と、毎日身体のどこかが筋肉痛になった。

 筋肉痛は辛いが、身体を動かすことは楽しかった。

 今までよりもはるかに身軽に動けるようになるのが嬉しかった。


 しかし、化けの特訓だけはどうも気が乗らなかった。

 とりあえず1号室の勉強部屋には行き、ボーっと髪の毛を触るのだが、日中の疲れのせいで、ウトウト寝ていることの方が多かった。


 タカシが仕事でいない夜は、ゴンザレスか樺が代わりに1号室の居間にいるようにした。

 たまにこっそり勉強部屋のドアを開けてのぞくと、大抵寝ているので、ゴンザレスか樺がいる時は、そっと6号室に戻すこともあった。

「タカシさん、これじゃあ意味ないんじゃない?」

 ゴンザレスが伝輝をおぶって階段を上る時、丁度合流したタカシに言った。

「まぁ、こればかりは、教えるってものじゃないからなぁ」

 仕事終わりのタカシはあくびをしながら言った。




 ある日の終礼で、団助先生が「それじゃあ、皆また来週。良い休日を」と言って、教室を出た。

 生徒達はいつも以上に、何かから解放されたように浮き立った雰囲気になり、意気揚々と教室を出て行った。

 伝輝は今日マグロと晴と掃除当番だったため、席に座ったまま、皆が一通り帰るのを待っていた。

 チラッと前黒板の横にかけてあるカレンダーを見て、明日が土曜日であることを再認識した。


 まごころ町と人間界は同じ暦で時間が流れている。

 しかし、伝輝は、昇平が土日関係ない仕事であること、自分自身が休まないといけなかったことなどで、まだ、まごころ町での休日をまともに実感したことがなかった。


「よう、伝輝。この土日、暇?」

 ドリスと源次郎は伝輝の机を取り囲むようにして、話しかけてきた。

 もちろん、伝輝に予定などはない。

 いちいち聞いてほしくなかった。

「うん・・・」

 こう答えるしかなかった。

「じゃあ、明日昼飯食って一時にまごころ学校前駅に集合な」

 ドリスが二カッと笑って言った。

「予算は五百円くらいだけど、パパからもらえるか?」

 源次郎もニヤニヤしながら言った。

「大丈夫だよ」

「よーし、決まり! じゃあ、明日! 遅刻するなよ!」

 ドリスと源次郎は、そう言って、バタバタと教室を出て行った。


 様子を見ていたマグロが心配そうに話しかけてきた。

「行かない方が良いんじゃない?

 あいつら、何しでかすか分からないよ」

「どうせ暇だし。ヤバかったら逃げるし。マグロ君も来る?」

「行かない」

 プイッとマグロは顔を背けた。

 箒を持った鼻だけは伝輝の方に向けていた。

 単純にマグロとドリス達は気が合わないのだろうと、伝輝は思った。




 次の日。

 カレイさんの家で、マグロと伝輝は朝食後一緒にテレビを見ているのを横目に、昇平が仕事の為に家を出た。

 直前まで「いいなぁ、俺も休みて~」とぼやいていたのが、非常にうざかった。

 テレビでは、ウサギがテンション高く、もぎたての果物にほおばり、美味しさをアピールしている。

 テレビを見ていると、一応ここまごころ町以外にも、北海道、東北、本州、四国、九州、沖縄。

 日本には動物界が存在するのだと、伝輝は感じた。

 マグロは眼をキラキラさせ、時折、カレイに「あれが食べたい」とリクエストしていた。


 伝輝がカレイに昼飯の時間について確認した時、マグロは顔をしかめて、カレイに「伝輝はドリスと源次郎と出かける」と言った。

 すると、カレイさんも一瞬で表情を変え、「本当に行くのか?」と尋ねてきた。

 伝輝はうんざりしたが、「ヤバそうだったら、逃げるから」と念を押した。


 昼食をサッと済ませ、カレイとマグロの冷ややかな視線を浴びる中、逃げるように伝輝は家を出て、学校の方に向かった。

 伝輝の背中には少し大きめのボディバッグの接続部分をカチャッと胸の前で留め、そこに財布だけ入れた。

 思えば、友達と出かけること自体、伝輝にとってほとんど初めてだった。

 クラスメイト達が持っていた携帯ゲーム機とゲームソフトを、伝輝は欲しかったが言い出すことができず、昇平がプレイしていたゲームの経験値上げだけやってきた。

 放課後遊ぶ約束しても、ゲームを持たない伝輝は何もすることがなく、話題に入ることができないため、次第に声をかけられることも、自分から誘うこともなくなった。

 昇平に髪の毛を染められてからは、更にクラスメイトとの距離が遠くなっていった。




「おーい、伝輝!」

 源次郎が手を振って、伝輝を呼んだ。

 伝輝は学校前駅の場所を何となく知っていたが、実際に行くのは初めてだった。

 改札とホームだけの小さな駅だった。

「ドリスは?」

「あいつは時間通りに来たことがない」

 二本電車が止まって出発してから、ようやくドリスが現れた。

「あれ、家を出る時間が一時じゃなかったっけ?」

 ドリスは謝ることなくヘラヘラ笑った。


 「まごころショッピングセンター前」までの切符を買い、ホームに向かった。

 源次郎の話いわく、まごころ荘前から動物園前は、無料なのだが、それ以外の区間は普通に切符を買う必要があるそうだ。

 電車が来るまでの間、伝輝はホームの壁にかかっていた路線図を見た。

 路線は都心部のような複雑さはないが、東西南北を網羅するために、三本の路線が巡られていた。

 「病院前」「警察前」「役所前」「公園前」など、実に分かりやすい駅名をしていた。

 どの路線も終着駅は「まごころカンパニー本社」になっており、「本社東」「本社中央」「本社西」と路線ごとに本社前駅も三つに分かれていた。


 「ショッピングセンター前」は「学校前」から五駅だった。

 二駅過ぎて三駅目に向かって電車が走ると、車窓からの景色がそれまでの住宅街ではなく、背の高いにビルや大きな建物が目立つようになってきた。

 電車内の乗客もどんどん増えてきた。

 ウサギ、犬、猫、キツネ、タヌキ、猿、ゴリラ、肉食獣、草食獣。

 老若男女の動物達で車内がいっぱいになってきた。

 皆、休日のおでかけらしく、どこか楽しそうな表情をしていた。


 「まごころショッピングセンター前駅」に着くと、伝輝達を含めてほとんどの乗客が降りた。

 ホームは学校前やまごころ荘前駅と比べものにならないほど広く、出口もいくつもあった。

 ドリスはその中の一つの出口に向かってグイグイ進んだ。

 源次郎と伝輝は動物込の中、必死についていった。


「一体どこに行くの?」

 伝輝はドリスに尋ねた。

「ネットカフェ」

 ドリスは答えた。

「ネットカフェ?」

 意外な言葉に伝輝は驚いた。


 駅出口を出て、大きくてきれいなショッピングセンターを横目に、三人は大通りから一本中に入った狭い道を歩いた。

 ビルの裏口に面した道は、ゴミ袋が捨てられていたり、雑に荷物が置かれていたりと、あまり綺麗な雰囲気はなかった。

 伝輝は少し不安になってきた。

「ここ」

 ドリスは指差した先には、「まごころネットカフェ」とキラキラ電飾付きの看板がかかった割と綺麗なビルだった。

 入口には、子ども連れの大人や、女の子二人組が入って行く姿が見られ、それほど怪しいものでもないように思えた。

「ちゃんと会員カード持ってきたんだよな?」

「もち」

 ドリスはサッと金色のカードを取り出した。

「俺の五年分の誕生日プレゼント。

 プレミアム会員権五年分。

 三年後には会員費は俺持ちになる」

 ドリスはニヤリと笑った。


 受付は清潔感あふれるホテルのような雰囲気をしていた。

 受付の動物は揃いのポロシャツを着て、丁寧な応対をしていた。

 かえって、こんな所に子どもだけで来て良いのかと伝輝は心配になった。

「お金、大丈夫?

 俺、本当に500円位しかないんだけど」

 源次郎にこそっと伝輝は言った。

「大丈夫。あのカードがあれば同伴二人まで、時間無制限で無料で利用できるんだとさ。

 フリードリンクとフードは200円かかるけど」

 ここまでの電車代は片道150円だった。伝輝はなるほどと思った。




 三人はゆったりとしたL字型ソファのある個室に案内された。

 パソコンが二台と傍にプリンター複合機が置かれていた。

 本棚にはほとんど何も入っておらず、個室に向かう途中にあったコミックコーナーから自由に漫画をここに持ってきて読んで良いのだと、ドリスは説明した。


 案内されてすぐにドリスはパソコンを立ち上げ、慣れた手つきでパソコンを操作していった。

「個人ログインはちょっと抵抗あるから、フリー鑑賞で良いよな?」

「良いよ。それで十分見れるでしょ」

 ドリスと源次郎は同じデスクトップを見ながら言った。


 個室で何かを鑑賞・・・伝輝は家では絶対に見られないような、大人の何かを見せられるのではないかと、心がそわそわした。


「うぉっ! すげー!」

「これ、ちょっと刺激強すぎない?」


 ソファでジュースを飲み、伝輝はあえて二人が何を見ているか見ないようにした。

 しかし、二人の会話は妙に気になって仕方がない。

「おい、伝輝も見てみろよ!」

 来た! と思い、伝輝は静かに気合を入れて、パソコンの方に向かった。

 ドリスは椅子をもう一脚用意し、自分は横に移動し、伝輝にパソコン中央の席に座らせた。

 デスクトップには、動画の再生スタート画面が映っていた。


 タイトルは「ヒト対ヒグマ」とあった。


「これは・・・?」

「リアル狩り・対決動画。

 アニメルっていう無料動画投稿サイトにいっぱいアップされているんだ。

 人間界にも動画サイトあるだろ?

 あれの動物界版。世界中の動画が見られるからよく使うんだよ」

「人間の伝輝にはちょっとグロいかもしれないけど、狩りは立派な公式競技みたいなものだから。

 学校でも授業で見ることもあるんだぜ。

 猪狩りのところなんか、俺とドリスじゃあ感情移入するところが違うから、ある意味面白いよな」

「負けて、ヒトがボコボコにされてると、めちゃくちゃ嬉しそうに見るよな」

「うるせー」

「お前の家、パソコンが無いって、何か前に聞いたことがあるなぁと思ってさ。

 一流の狩りがどんなもんか、どんな動きをするのか、これで勉強しようぜ」

 ドリスはスッと腕を伸ばし、動画を再生した。


 狩り動画は勉強とかは関係なく、とにかくハラハラドキドキした。

 血も出るし、体の一部がちぎれてしまう場面もあったが、不思議と気持ち悪さはなく、動物の命と命をかけたやりとりによる緊張感が、画面越しに伝わってくるようだった。

 自分より力も体格も上の動物に対して、タイミング・場所を的確に捉えた攻撃。

 相手の動きを読みながら動く身のこなし。

 自分もあのようなことができるようになりたい・・・と伝輝は思った。


 一、二時間程狩り動画を見た後は、面白動画に変え、三人でゲラゲラ笑った。「会員権は良いんだけど。年齢フィルターかかるから、アダルト動画とかは見れないんだよ」とドリスはサラリとぼやいた。

 それからフリードリンクでカクテルを作ったり、フリーフードのケーキにマスタードを注入しロシアンルーレットをしたり、伝輝は時間を忘れて楽しんだ。




 日曜日、伝輝は一日中家で寝た。

 休み明けの月曜日、普段通りに学校に行くと、朝礼後、団助先生に伝輝とドリスと源次郎は呼び出された。


「土曜日にまごころネットカフェに行ったね」

 三人はドキッとした。

 ドリスは「行ってませーん」と言ったが、団助先生から来客記録らしき紙をつきつけられ、三人は黙らざるを得なかった。


「見た動画も分かっている。

 狩り動画を見たね。

 それも、伝輝君の年齢制限にひっかかるものを」

「そんなの、教科書先読みしたら、普通に出てくるレベルっすよ」

 ドリスが反論したが、結局、動物界に不慣れな伝輝に無理はさせるな、余計なことをするな、と怒鳴られた。


「放課後もコソコソ何かしていることも分かっている。

 これ以上、伝輝君に関わったら、ドリスと源次郎は停学処分になるぞ」

 ドリスと源次郎の眉間に大きくしわが出来た。

 三人は「すみませんでした。もうしません」と繰り返し言った後、ようやく解放された。

 昼休みまでは静かにしていたが、昼休みに三人で校庭に出た時、遂にドリスが叫んだ。


「あー! 団助、うぜー!

 むっつりエロストーカー野郎が!」

「いくら、教師の立場利用して、ネットカフェに問い合わせできるからって、まさか本当にやるかよな」

「え? そうなの?」

 伝輝が不思議そうに尋ねると、興奮しているドリスにかわって、源次郎が答えた。

「当たり前だろ。生徒に関わることなら、教師は色々情報を得られるんだ。

 子どもにとっては、警察よりも面倒くさい存在だよ」


 人間界ではありえないことだが、伝輝は以前タカシから聞いたことを思い出した。

 団助先生も伝輝が人間6号であることを知っている。

 自分が何をやっているかを調べたのだろうか。

 そう言えば、土曜日に行ったのは、「まごころネットカフェ」だ。

 そしてこの学校の名前は「まごころ学校」だ。

 伝輝はどこまで自分が監視されているのか、と怖くなってきた。


「狩りの練習も止めた方が良いよね。二人にも悪いし・・・」

「はぁ、何言ってんだよ。続けるに決まってるだろ」

 ドリスが呆れたように伝輝に言った。

「最近、伝輝、良い感じになってきたし。今、止めたら意味無いだろ」

「でも、どこで。今度ばれたら本当にやばいんじゃ・・・」

「俺の家の農地に使っていないところがある。

 農地って言ってもちょっとした山の中だから、すぐにはばれないよ。

 何なら、ビニールハウスで囲っても良いし」

「流石に、私有地は簡単に団助も入れないしな」

 源次郎は言った。

「まぁ、少しの間は放課後集まるの止めてさ。土日に俺の家で再開しようぜ」

「そうだな」

「それまでの間に、団助のストーカー行動を動画にしてアニメルに投稿してやろうぜ」

 ドリスと源次郎はキシシシと笑いながら言った。

「あのさ、ストーカーって?」

「団助のヤツ、ずっとアリが住んでるこども園の職員のツキノワグマに惚れているんだけど、プロポーズしてもずっと断られてるんだってさ。

 今も週何回も家庭訪問と称して、ツキノワグマに会いに行っているらしいぜ」

 何と言って良いのか分からかったが、伝輝はこの二人と関わることができて良かったと心から感じた。

 だが、団助先生盗撮計画の誘いはキッパリと断り、一応、二人には「やめたほうがよい」と忠告した。

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