表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
28/84

伝輝の特訓 ⑤ 化けの特訓

伝輝は、自分と家族が、まごころカンパニーが人間界から連れ込んだ実験体「人間4~6号」と知る。そして、化け能力を偶然身に付けてしまった伝輝は、タカシの指導の下、化け能力のコントロールを学ぶことになる・・・

 朝、目を覚ました時、目ざまし時計のベルを止めた時、顔を洗った時、トイレに行った時、着替えた時、靴を履いた時、リュックを背負った時。


 「気にするな」と、言われるとかえって気になって仕方ない。

 伝輝は今まで以上に右手の平を見てしまうようになった。

 タカシがはがれかけていた上書きの化けを修復したので、以前よりも見える頻度は減るらしい。

 しかし、頭の中を180度変えないと、理解しきれない事実を知った伝輝にとって、手の平を見るな、と言うことに無理があった。


「はー、頭いてー」

 酒臭い息を吐きながら昇平は、伝輝と一緒に階段を降りた。

 昨晩、昇平が何時に帰宅したのかを、伝輝は知らない。

 朝起きると、隣で布団も引かずに昇平は爆睡していた。

 伝輝は眉間にしわを寄せたが、昇平も少し成長したらしく、目ざまし時計が鳴ると、とりあえず起きるようになった。


「おはよう、昇平さん、伝輝君」

「おはよう。昇平さん、二日酔いしてない?」

 マグロとカレイが朝食を机に並べながら声をかけた。

 最近、昇平が起きるようになったので、マグロが迎えに来ることはなくなった。 マグロは伝輝に「昇平さんの鼻が守られて良かったね」と言っていた。


「二日酔い、ヤバいっす・・・」

 昇平が崩れ落ちるようにいつものちゃぶ台の前に座り込んだ。

「あらあら。

 ヒト向けの薬があるから、食後に飲むと良いわ。

 アナゴもひどい二日酔いだったから、思わず怒鳴っちゃったわ」

 カレイはささっと机(実寸大象サイズ)の上に置いている小箪笥(人間のサイズ)の引き出しを開けて、薬箱を取り出した。


「カレイさんって、結構厳しいんだね」

 味噌汁をすすりながら、伝輝はマグロに言った。

 伝輝の知る限り、夏美は、昇平がどんなに酔いつぶれていても、怒鳴り散らすようなことはなかった。

「だって、動物園の象が二日酔いって、おかしいでしょ。

 もしお父さんが、うっかり仕事中にゲロ吐いちゃったら、まごころ動物園の動物飼育管理問題になっちゃうよ」

 マグロはあっさり答えた。

 伝輝は納得した。


「・・・」

 伝輝は卵かけご飯をかき込みながら、マグロとカレイさんと、昇平の右手を見た。

 昇平の右手の平には何も浮かんでいない。

 マグロとカレイはリンゴやバナナをパクパクと食べている。

 その様子を見ながら、伝輝は昨晩タカシと話した会話を思い出した。




「ねぇ、タカシさん」

「何だ?」

 タカシ(犬の姿)は丁度、自分の部屋に戻るところだった。

「俺達がサンプルだって、皆、知っているの?」

 タカシは少し顔を下に向けた。

「今さら隠しても仕方ないよな。

 ああ、少なくともこのまごころ荘では、マグロ君と昇平さん以外皆、知ってる。

 極秘だから、他の住民は知らないよ。一部を除いてな」


「そうなんだ・・・」

 今度は伝輝が下を向いた。

 皆、今まで自分たちのことを、実験体として見ていたのかと思うと、さびしい気持ちになった。

「特に、まごころ荘の管理人であるカレイさんは、この間の伝輝が狩りの日に襲われた件については、まごころカンパニーにかなり厳しく怒られている」

「え?」

 伝輝は顔を上げた。


「お前たちはとにかく慎重に扱わないといけないんだよ。

 だから、二度と狩りの日に外に出るようなことはしないでくれよ。

 あと、変な怪我をすることもな。

 学校でも一回やらかしているだろ?

 あれも多分お前の担任と校長、相当キツく言われているぞ」

 伝輝は何も言えなかった。

 ただ、団助先生が、もの凄い剣幕で怒ったことや、今の訓練が非常に生ぬるいことも、納得できるような気がした。


「分かったか?

 好き勝手遊びたい気持ちは分かるけど、お前達がそうすることで、苦労している動物がいることを忘れるな。

 お前はおとなしくサンプルのフリをしておけ」

 タカシはガチャリとドアノブをひねった。

 そこで止まり、振り返った。


「明日、俺は休みだから、学校から帰ったら屋上に来い。

 早速、化けの特訓やるぞ」

「あ、うん、分かった」

「それまでは、ちゃんと、おとなしくしとけよ」

 再びタカシはニッと笑った。




 教室に入ろうとした時、教科書が自分とマグロめがけて飛んできた。

 特訓の成果なのか、伝輝は反射的に避けたが、マグロは鼻の付け根の盛り上がった所に、教科書の角が激突したらしく、ドア前で座り込み、他の生徒の通行を妨害してしまうことになった。


「このぉ! バカリス!」

「危ないって、そんなに怒るなよー、アリ」


 伝輝が教室の中を見ると、ありさがドリスを追いかけながら、ドリスのカバンの中の物を引っ張り出しては、ドリスに投げつけていた。


「大丈夫?」

 晴が駆け寄ってきて、うずくまっているマグロをそっと立たせて、教室に入れた。

「一体、どうしたんだ?」

 マグロを着席させながら、伝輝は晴に聞いた。

「いつものことさ。

 また、ドリスがアリにちょっかいかけたんだよ。

 でも、今回はアリも随分怒っているなぁ。

 いつもなら無視するのに」


「まぁ、あれだな」

 源次郎がさりげなく会話に入ってきた。

「ブラジャーが変わったとか、女の子に言うもんじゃねぇよな。

 全く、ドリスは本当にいつまでたってもガキだな。

 俺も面倒見るの大変だよ」

「ブ・・・」

 伝輝はマグロのように顔を下に向けた。

 耳まで赤くなっていることに、気付かれたくなかった。


「良いことだろー?

 ホック式に変わったってことは成長したってことだろ?

 喜ばしいことじゃないか!」

「見てんじゃないって言ってんのよ! 変態!」

「見てないよ。

 背中タッチしたら、金具みたいな感じがしたからさぁ」

「同じよ!」

 ありさはいよいよ空になったリュックを投げつけた。

 ドリスは全て軽やかにかわしているようだ。


「あとでどんなんか見せてよ・・・」

 机が飛んできた。

 流石にかわせなかったらしく、ドリスは机と一緒に倒れ込んだ。


 その後、一分も経たないうちに、朝礼の為に教室にやってきた団助先生の大声が学校中に響いた。




 今日一日、授業もかなりキツく感じた。

 ドリス達との特訓のおかげで、全身が筋肉痛で、団助先生との特訓は満足に受けられなかった。

 幸い、団助先生は学校での特訓が原因だと思ってくれたようだ。


 やっと放課後になったと思うと、スッと源次郎が近寄ってきた。

 ドリスはありさと一緒に団助先生に呼び出されてた。


「筋肉痛の今こそ、特訓のチャンスだよ」

 源次郎がやたらめったら優しく言った。




 すっかり日も暮れ、伝輝はやっと思いでまごころ荘にたどり着いた。

 源次郎と昨日と同じくじゃれ合ったが、筋肉痛のせいでまとも力が入らなかった。

 それでも源次郎いわく、昨日よりも体重移動が良くなっているそうだった。

 

 鍵を開けて、家に入ると、下駄箱に昇平の雑な字で「先にメシ行ってる」と置手紙があった。

「でも、そうだ・・・」

 伝輝はカバンを置き、服を着替え、タカシの待っている屋上に向かった。

 縄梯子に手をかけて、身体を持ち上げようとしたとき、ズキッと全身に痛みが走った。


「登れないのか?」

 タカシ(犬)がひょこっと縄梯子の終着点から顔を出して伝輝を見下ろした。

「じゃあ、俺が降りるから受け止めてくれ」

「は?」

 伝輝が答える前に、タカシはピョンッと飛び降りた。

「うわっ!」

 とっさに伝輝は両手を差出し、落ちるタカシを受け止めた。

 (犬の姿のタカシは、伝輝よりも身体が小さい)その衝撃が、梯子を登る以上の痛みを軽々と超えた。


「どうもどうも」

 タカシはヘラヘラと笑いながら、カンカンと階段を降りて行った。

「早く降りて来いよー。」

「うるせー」

 伝輝はじりじりと立ち上がり、階段を降りた。


 タカシと伝輝は、一階の一番角にある1号室の前に立った。

「ここで、特訓する」

「タカシさんの部屋は5号室じゃあ・・・」

「そうだよ。ここは、前田さんの部屋だ」

 そう言いながら、タカシはズボンのポケットから鍵を取り出し、ガチャっと開けた。

 こもった空気がドアを開けた瞬間にもわっと伝輝の鼻をくすぐった。

 随分長く家を空けているのが分かった。


「特訓の前に、掃除した方が良いかもな」

 タカシは玄関で靴を脱ぎ、電気をつけた。

 伝輝も中に入った。

 間取りは伝輝の部屋の6号室と同じようだ。

 しかし、6号室よりもキッチンにあるコンロや新しいものだったり、リビングも埃は被っているが綺麗だったり、こっちの部屋の方が良いなぁと、伝輝は正直思った。


「勝手に入って良いの?」

「大丈夫。

 むしろ、たまに使って掃除してくれって言われているから。

 俺も医者目指してる時、ここで勉強したんだ。

 ここ、テレビがないから」

 確かに、伝輝はリビングを見渡しながら思った。

「特訓場所はこっちだ」

 タカシはリビングを出て、もう一つの部屋の方に行った。

 明かりをつけると、その部屋は壁と言う壁に本棚が並び、隙間が見当たらないほど様々な大きさや厚さの本が敷き詰められていた。

 そして、真ん中に勉強机と椅子がポツンと置かれていた。


「懐かしいな。俺の一番戻りたくない思い出」

 タカシはヒョイッと机の方に座り、伝輝を椅子に座らせた。

「正直、化けは理屈じゃなく、感覚で覚えるしかない。

 遺伝子やDNAのメカニズムをぶんぶく茶釜のタヌキが理解してる訳ないしな。

 まず、伝輝は化けが発動する感覚を覚えよう」


 タカシはそう言うと、伝輝の髪をピッと引っ張った。

「痛っ!」

 伝輝が視線をタカシに戻した時には、タカシはヒトの姿に変わっていた。

 タカシが引っこ抜いた伝輝の髪の毛数本を机に置き、一本だけを左指でつまんだ状態で、右指でその髪の毛をそっとつまんだ。

 そして、右指をスススと上に動かした。

 すると、伝輝の髪の毛は本来の長さよりもどんどん伸びていき、タカシが両腕を伸ばし切る程の長さにまで達した。


「化けは、生物の細胞・遺伝子等に働きかけ、分裂・消失・再構築を促進させ、姿かたちを変化させる。

 細胞に直接働きかけるから、見た目だけではなく、内臓も骨格も変化する。

 大きさも変えられる」

 パッと、タカシは指を広げた。

 一メートル以上に伸びた髪の毛は、ゆらゆらと床に落ちた。


「髪の毛を撫でて、細胞の変化を促し、長くするんだ。

 これが最初の課題」

「そんなの、できるの?」

「できるさ。

 伝輝にその力が宿っている。

 後は使えるか使えないかだ」

 タカシは机から立ち上がった。


「カップラーメンになるけど、今からお前の分の晩飯を用意してやるから、頑張ってみな。

 くれぐれも、自分の髪の毛を練習で使い切らないようにな」

 タカシは部屋を出た。

 埃っぽい部屋に一人残された伝輝は、勉強机に置かれた数本の髪の毛を見た。


「ただでさえ、疲れてんのに、何でこんな訳分かんないことしなきゃならねぇんだ」

 ダルそうにつぶやいた時に出た息で、机の髪の毛がどこかに飛んで行ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ