伝輝の特訓 ④ まごころ町の秘密
伝輝は、手の平に浮かぶ6の数字を、タカシに見せた。タカシは手の平の6の数字の秘密を話すことに・・・
夕食後の片付けと、明日の朝食とお弁当の準備を済ませたカレイは、一息つくために、ミルクティーが入ったマグカップを手に、リビングに向かった。
マグロはお風呂に入っている。
アナゴはまごころ動物園の従業員同士の飲み会で遅くなる。
一番、ゆっくりできる時間だ。
カレイはリビングの窓から外を見た。
窓からは、まごころ荘が見える。
昇平と伝輝がここに来てから、ここの窓のカーテンを外した。
気が付いたときに、いつでも外が見えるように。
もう、あの時のような失敗はしてはならないと思っている。
ズズッと、カレイはミルクティーをすすった。
「本来、動物界というのは、人間界にばれてはいけないから、人間界と完全に隔離して存在している。
動物界は世界中のあちこちに存在しているんだけど、まごころ町は、それらと大きく違う特徴がある」
伝輝の右手を持ったまま、タカシは静かに淡々と話し始めた。
伝輝は正直手を離してほしかったが、それを言うと、説明が終わってしまうような気がして、仕方なく黙ることにした。
「まごころ町は、他の動物界と比べて、圧倒的に多く、人間界と接触している。
そんな危険を冒す理由は、ここが小さな列島だからだ。
他の大陸と違い、完全に人間界と離れた上で、社会を構築することができないんだ。
土地の面積の問題もあるし、資源や動物の生息数も理由にある。
この日本列島には、この土地独自の生態系も文化も存在する。
それを人間界だけに任したくはない。
そう考えたまごころ町は、人間界と関わることで、動物界としては発展途上だが、小さな列島内で最も成長した町になったんだ」
伝輝はタカシの話をじっと聞いていた。
話を聞いて、疑問に思っていたことが少しずつ解けていくような気がした。
「・・・コーヒーのお替りもらえるかな?」
タカシがフーッと大きく息を吐きながら言った。
伝輝はパッと立ち上がり、インスタントコーヒーを取り出し、やかんのお湯を沸かし直した。
数分後、自分用の麦茶も用意して居間に戻った。
「ありがとう。
人間界と接触することで、まごころ町を発展させてきたのが、まごころカンパニーという会社なんだ。
伝輝も知っているように、スーパー、病院、動物園・・・「まごころ」って名前がついているものが多いよな。
あれは全部まごころカンパニーが運営している。
そしてこの町に暮らす動物達のほとんどがまごころカンパニーの社員として働いている。
昇平さんも、ゴンザレスさんも、アナゴさんカレイさん、樺さん、俺も。
カンパニーは町が発展するための様々な取り組みを行っている。
最も力を入れているのが、住民を増やすことと、人間界での『枠』を増やすことだ」
「住民を増やす? 『枠』?」
伝輝はタカシの話の中で、初めて声を出した。
「ああ。
住民を増やすためには、どうしても外から取り込まないといけない。
カンパニーは人間界に動物園を作ることで、多様な動物達を海外から呼ぶことに成功させた。
そして、今も行われている取り込み方法が、人間界から連れてくる方法さ」
「それじゃあ、俺達は住民を増やすために、連れて来られたの?」
「もちろん、それも理由の一つだ。
でも、本当にそれが理由なら、人間界で生活している、しかも大人を連れることなんてしない。
人間界から連れて来られる動物は、人間界に存在しなくても疑われない動物だけさ。
主に野良猫、野良犬だが、たまに人間もいる。
物心つく前に棄てられたり、殺されそうになっている人間をこっそり引き取るこんだ。
実はその仕事をしているのがゴンザレスさんなんだ。
ゴンザレスさんは表向きはまごころ動物園の広報活動を人間界でしているように見せているが、本来の目的は住民になりえる動物を人間界で探すことさ」
「じゃあ、何で、俺達はここに連れて来られたんだ?」
「大きく理由は二つ。
一つは『枠』を得るためさ。
『枠』というのは、人間界の日本でいう、戸籍・公的身分のことさ。
世間から何も疑われることなく、活動をするためには、人間界での正式な身分が必要になる。
伝輝達がここに生活することになっても、人間界の家はカンパニーが費用負担することで、ずっと伝輝達が住んでいることにする。
それによって、人間界で活動する動物達が利用できる。
なぜなら、部屋の契約者がちゃんとした人間界の住民だからな。
そして、二つ目。
これが伝輝の右手の6という数字が関わってるんだが・・・」
タカシはコーヒーを一口すすり、再び伝輝の右手を持った。
6の数字は消えていた。
「まごころカンパニーが、究極の目的としているのが、人間界との共存だ。
つまり、動物界と人間界の境を無くしてしまおうってことだ。
そのための取り組みの一つとして、人間をまごころカンパニーの元で監視・観察し、人間界と接触していくために必要な情報を得ようする。
その研究体、つまりサンプルとして選ばれたのが、昇平さん・夏美さん、伝輝だ」
伝輝はドキッとした。
なぜ、タカシは夏美の名前を知っているんだ?
夏美はまだ、動物界に来たことがないのに。
「実は、これはかなり長期的に取り組まれていたプロジェクトで、まごころ動物園に来園する客から、サンプルとしてふさわしい人物を見極め、機会を狙ってこの世界に住まわせた。
それが昇平さんさ。
昇平さんは子どもの頃から何度も来園していて、性格からしても、この世界に呼びこんでも動物界のことがばれる危険性は低いと判断された。
だが、サンプルとして取り込むことが決まった際、一つトラブルが起きた。
予想以上に昇平さんが早く子どもを作って結婚してしまった。
就職どころか、学業を終える前にな。
カンパニーは一度プロジェクトを中止しようとしたんだが、調べていくと、夏美さんもサンプルとして取り込むのにふさわしいってことになって、そのまま夫婦の様子を見て、取り込む機会を作ろうとしたんだ。
それが、今回のタイミングになったって訳さ」
ポンッとタカシはヒトの姿に化け、伝輝の右手の平をスッと撫でた。
すると、6の数字が赤く浮かび上がった。
「この数字は、サンプル何体目かを示す数字だ。
伝輝、お前はまごころカンパニーにとって、重要な検体、人間6号なんだ」
伝輝の頭の中で、ハッと蘇った言葉があった。
バラに襲われ、タカシに助けられた時、タカシは伝輝の右手をバラに見せ、「こいつは人間6号だ」と言っていた。
あの時は、深く考える余裕などなかったので、ずっと忘れていたのだが・・・。
「これは、お前だけではなく、昇平さんと夏美さんの手にもある。
昇平さんは4、夏美さんは5の数字がついている。
昇平さんは検体4号、夏美さんは5号」
タカシは伝輝の手を離した。
伝輝はなんだか怖くなった。
自分が今ここにいるのは、昇平が就職したからではなく、ずっと前から仕組まれていたことだったのだ。
伝輝はタカシを見た。
目の前にいる犬耳と尻尾をつけた男が、改めて不気味に見えた。
「ここまでが、その6って数字の理由説明」
タカシが静かに言った。
「俺が、この話をしようと思ったのは、伝輝がこの数字を知ってしまったからだ。
これがかなり問題なんだ」
再び、タカシは険しい表情をした。
かすかに、自動車が走る音が響いていた。
「その数字、俺はお前に初めて会った時から見えている」
「そうなの?」
「ああ。
そもそも、その数字は、出てきたり消えたりしているんじゃなくて、お前が見えているか見えていないなんだ。
その数字は、サンプルであると識別するために、特殊な化けを使ってカンパニーが施したものだ。
サンプル本人が気づかないうちにな。
数字を施した上から更に化けにより、一般の動物には見えないようにしている。
だから、今まで昇平さんも伝輝も、マグロ君や学校で会う動物達にもそれに気付かなかった。
この数字が見える条件としては、ある程度高いレベルで化け能力や技術を持っていないといけない。
ただ単に、二足歩行に変化したり、一時的に姿を変える程度では見抜けない強力な技術だ。
俺も事前に知っていたから、意識すれば数字が施されているのが分かるだけだ・・・。
それを・・・お前は見えてしまっている」
タカシは耳の付け根辺りから髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
とても後悔している様子だった。
「どう考えても、俺が緊急施術を行ったからとしか考えられない。
化け能力を得る方法の一つに、ショック療法がある。
伝輝は今、化け能力を持っている。
まだ、使いこなせていないだけで・・・」
「俺が、化け・・・?」
「サンプルであるお前は、まごころカンパニーで非常に慎重に扱われている。
動物界のことを知られた以上、絶対に生きては人間界に渡せない。
確実に動物界のことを隠し通せるようになるまで、サンプルの行動を制限する必要があった。
しかし、お前は化け能力を持ってしまった。
化けは最も人間界に知られてはいけない技術。
これを身に付けた人間をまごころカンパニーは野放しにできない。
重要なプロジェクトのサンプルだろうと、判断の結果抹殺されてもおかしくない」
「抹殺・・・え! まさか!」
伝輝は立ち上がり、タカシから離れた。
タカシは冷静に伝輝を見上げながら言った。
「大丈夫。俺は殺さないよ。安心しろ。
俺は人間の味方だ。
動物と人間、どちらか選べと言われたら、必ず人間を選ぶよ」
先ほど違い、タカシはとても穏やかに微笑んだ。
「さて、大切なのはこれからだ。
伝輝に化け能力があることを、まごころカンパニーに知られないようにしないといけない。
知られたら何度も言うように、家族全員殺されかねないからな。
そのために、伝輝に必要なのは、俺が今話したまごころカンパニーの秘密を知っておくこと、そして・・・」
タカシは立ち上がり、伝輝に近づいた。
伝輝は後退したが、壁に追い込まれ、ズズズと腰を下ろした。
タカシはしゃがんでいる伝輝を見下ろした。
「化け技術を身に付けることだ。」
「は・・・?」
「化け能力と化け技術は、厳密に言うと違う。
能力を持っている伝輝は、自分が使う気がなくとも、無意識に発動してしまう可能性がある。
数字が見えたり見えなかったりするのは、お前が能力をコントロールできないからだ。
このまま放っておけば、確実にまごころカンパニーにばれる。
カンパニーも詳しく知られる前に何とかしようと思うだろう。
そうなると、伝輝達が危険に晒される。
これから、伝輝には化け能力をコントロールする力、化け技術を訓練して身に付けてもらう。
もちろん、周りには内緒でな」
タカシはしゃがんで、伝輝と目線を合わせた。
そして、伝輝の右手をとり、今度は自分の手の平と重ねた。
ポッと手の平が温かくなるのを伝輝は感じた。
タカシが手を離すと、6の数字は消えていた。
「これからは見えても気にしないようにしろ。
そして今後は訓練をして、意識的に化けを使えるようにしよう。
大丈夫。俺が教えてやる。
まごころカンパニーはお前達人間を騙して、この世界に連れ込んだんだ。
化けの根源は相手を騙すこと。
お前も逆にカンパニーを騙し返してやれ」
タカシはニッと笑った。