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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
26/84

伝輝の特訓 ③ 経過診察

伝輝は、ヒトのドリスと、猪の源次郎に、狩りの指導を受けることになる・・・

 服を着終えた源次郎が、半透明でグニグニと柔らかい、短い筒状のものを幾つか伝輝に渡した。


「何これ?」

 伝輝は受け取りながら尋ねた。

「プロテクターだよ。

 両肘、両手足首、両膝につけな。

 良く伸びるから動きやすいぞ」


 これが、プロテクター?

 伝輝は半信半疑で腕や足にプロテクターを通した。

 薄手のシリコン素材のようなそれは、グイーンと伸び、伝輝の肘・膝・手足首にピタッと止まった。

 サラサラした肌触りで、どんなに手足を動かしても違和感を感じなかった。

 着け心地は悪くないが、大暴れする猪からちゃんと保護してくれるのかは疑問だった。


「俺は服を脱がなくて良いの?」

「脱がなくて良いよ。

 脱がなくても、生傷はできるから」

 ドリスはサラッと答えた。

「あ、そう・・・」

 伝輝は少し不安になった。


「じゃあ、今日は源次郎とじゃれ合おうか」

「それだけ?」

「それだけって言ったなぁ!

 ガチのじゃれ合いがどんだけハードが分かってないな!」

 ドリスが伝輝を指差しながら言った。

 源次郎もニヤッと笑った。




 ドシンッ

 伝輝は再び足腰が耐え切れず、尻もちをついた。


 四足歩行状態の源次郎と伝輝は、相撲のように、互いに正面を向き、身体を押し付け合った。

 正しくは、源次郎が頭から突っ込んでくる(もちろんゆっくりだが)のを、伝輝が胸からお腹全部を使って受け止めるのだ。

 そして、グッと足に力を入れて踏ん張り、両手で源次郎の肩あたりを掴む。

 だが、どれだけやっても、伝輝の踏ん張りが負けて、伝輝は後ろに押され、尻もちをつく。

 その隙を狙って、源次郎は鼻でつんっと伝輝の上体を押す。

 伝輝はバランスを崩し、寝そべる状態になる。

 そこに源次郎は更に鼻をつんつん押し付けてくる。


「うわ、やめろ・・・!」

 伝輝が抵抗すると、源次郎はスッと離れてくれた。

 ホッとため息をつきながら、伝輝が立ち上がろうとすると、すかさずドリスが

「はい! もう一回!」と、手を叩きながら大声で言った。


 それを何回も繰り返しているので、伝輝はフラフラになっていた。

 もう、二本足で立つのがやっとの状態だった。

「じゃれるって一口に言っても、子どもにとっては、そこで敵との戦い方を学んだり、互いの力の順位をつけたりするんだ。

 人間はそういうことをしないのか?」

 ドリスは上半身裸のまま腕を組み、少し偉そうに言った。


「大丈夫か、伝輝?」

 流石に、源次郎は伝輝がかなり疲弊していることに気付き、声をかけた。

「うん・・・疲れたけど、まだ頑張る・・・」

「お前、意外と根性あるな・・・」

 源次郎は少し感心したように言った。

 伝輝はとっくに疲れていて、もう身体を動かしたくないと思うのだが、四足歩行状態とは言え、自分より目線の低い動物に力負けしてしまうのは、どうしても悔しい気持ちになるのだった。

 ドリスのように、押さえつけるくらいになりたかった。


 源次郎が再び身体を押し付けてくる。

 伝輝はそれに必死に耐えようとする。

 だが、もう身体は限界だったらしく、踏ん張る前に膝がかくんと落ちて、前に倒れてしまった。


 バタ・・・バシン!


「うっ!」

 源次郎の身体でワンクッション置いて地面に倒れたので、全身を打ちつけるような痛みはなかった。

 しかし、右手だけは運悪く少し大きめの石の上に被さるように落ちてしまったようだ。

 硬い物が自分の皮膚を突き破る感覚がした。

「大丈夫か?!」

 パッと二足歩行状態に戻った源次郎が、前足だった手の平で、伝輝の肩を撫でた。

 ドリスも近寄った。

「初めてにしては、よく頑張ってたけどなー」

 ドリスはヘラヘラ笑った。

「手、結構派手に擦りむいたんじゃねーか?」

 源次郎が心配そうに言った。


「手・・・?」

 伝輝は恐る恐る右手の平を見た。

 痛みというよりも熱いという感覚がしたのだが、特に血は出ていなかった。


「あ・・・」

 代わりに、いつからか気付かなかったが、6という数字が浮かんできていた。


「擦りむいていないみたいだな。

 良かった。結構大きな石が落ちてたと思うから」

 源次郎が言った。

 伝輝は右手があった所を見た。


 そこに石はなかった。

 代わりに不揃いな大きさの小石がバラバラに落ちていた。




 まごころ荘に戻るころには、すっかり日が暮れていた。

 伝輝がまごころ荘の階段を上ろうとした時、マグロが自宅のドアから鼻を出し、

「おかえりー。

 もう、ご飯できてるよ」と、声をかけた。

「すぐ行くよー」と、伝輝も返事した。


 二階の廊下に着くと、ガチャリとドアが開き、タカシさん(犬の姿)が出てきた。


「あ、こんばんは、タカシさん。

 タカシさんもご飯?」

「こんばんは。

 いや、俺はちょっと用事で出るだけだよ」

 タカシは伝輝を上から下まで見た。

 伝輝は服も顔も手足も砂汚れでドロドロになっていた。

「随分、元気に遊んできたんだな・・・。体調はどうだ?」

「もう、大丈夫だよ」

「そうか。昇平さんは帰ってきてるのか?」

「あいつは今日、動物園の動物達との飲み会で遅くなるってさ」

「そうか。じゃあ、経過診察したいから、一時間後に、お前の部屋に行くよ。

 それまでに飯と風呂を済ましておいてくれ」

「分かった」

 そう言って、伝輝は部屋に入った。

 タカシもカンカンと階段を降りて行った。


 マグロの家では、既にカレイもマグロも夕飯を済ませてテレビを見ていた。

 伝輝はさっさと夕飯を済ませ、部屋に戻って風呂をわかした。

 夕飯前に服を着替えていたので、心配性のマグロだが、特に気づかれることはなかったようだ。

 サッカーの件があり、マグロは、ドリスと源次郎が伝輝に近づくだけでも、耳をビクビク動かすようになっていた。




 伝輝がパジャマに着替え、タオルで髪を乾かしながら、テレビを見ていると、ドアチャイムが鳴った。


「ご飯を食べた後に、お腹痛くなることはないか?」

「ないよ」

「おしっこもウンチも今まで通り出るか?」

「・・・出るよ。ちゃんと排泄・・できてるよ」


 伝輝はポリポリ頬をかきながら言った。

 診察の時、タカシは伝輝を子どもとして対応する。

 それがどうも、伝輝は気恥ずかしくもどかしかった。


 タカシ(ヒトの姿)は、伝輝を居間のちゃぶ台に座らせ(適当な椅子が無かったため)、脇腹を中心に伝輝の腹部を撫でたり、軽く押したりした。

 タカシはほとんど道具みたいなのを使わず、素手で触れて診察する。

 聴診器も持たないヒトの姿のタカシは、傍から人間が見れば怪しい行為に思われるかもしれない。


「問題なさそうだな。診察はこれで終わりにしよう。

 もし、今後お腹の痛みとかがあったら、必ず俺に言ってくれ。

 あ、パジャマを着ていいよ」

 伝輝はちゃぶ台から立ち上がり、傍に置いていたパジャマの上着を手に取った。

 

 その様子を見ていたタカシが静かな口調で言った。

「伝輝、やっぱり再治療した方がいいんじゃないか?」

「え? ああ・・・」


 伝輝は腹部をさすった。

 タカシの治療によって修復された脇腹の箇所は、もとからあった皮膚と少し色味が異なっている。

 そして、おへその上あたりには、シマハイエナのバラがつけた、爪痕のような跡が赤く残っている。


「脇腹はあざみたいなものだと思われるだろうけど、やっぱり正面にそんな傷跡が残っていたら、悪目立ちするだろ?

 動物界なら、周りの動物も理解できるだろうけど、人間界だと不自然に思われないか?

 皮膚の色味調整ならすぐできるんだし。

 まぁ、俺が焦りすぎて、最初の治療でそこまで治してやれなかったのが悪いんだけど」

「いいんだよ。俺はこのままでいい」

 伝輝はパジャマのボタンをとめながら言った。


 初めて明るいところで自分の身体を見たときは驚き、あの時の場面を思い出し気分が悪くなった。

 しかし、メルは自分の何倍も痛い思いをしたのだと思うと、忘れたくない、忘れてはいけないという気持ちになった。

 体力が回復した後、タカシから再治療を提案されたが、伝輝はそれを断っていた。


「そうか・・・」

 タカシは申し訳なさそうに言った。


 パジャマを着終えた伝輝は、自分の右手に6の数字が浮かび上がっているのを気付いた。

 一日に何度も浮かんだり消えたりしたいた数字は、自分以外の動物からは何も言われてこなかった。

 周りには見えないのか、それとも見えてもおかしくないものなのか、分からない。

 もしかしたら、タカシなら教えてくれるのではないかと思った。


「ねぇ、タカシさん」

「ん?」

 タカシは犬の姿に戻り、伝輝が出していたコーヒーを飲んでいた。

「これが見える?」

 伝輝は右手の平をタカシの目の前にかざした。

 予想は当たったと思った。

 手の平を見た瞬間、マグカップを口に近づけたまま、タカシが固まった。


「これ、他の動物にも見せたか?」

 タカシはマグカップをちゃぶ台に置いた。

 声色がさっきと違ってかなり重くなっている。

 伝輝は思っていたよりもマズイことなのかと思った。


「どうなんだ?」

「見せたのは、あいつとマグロ君位で・・・。

 あ、でも気付かないうちに浮かんでることもあるから、見てる動物はいるかもしれない」


 明らかにタカシの様子がいつもと違う。

 伝輝が襲われた時も、ここまで険しい様子ではなかった。

「昇平さんとマグロ君なら見えていないか・・・。

 他にも、自分から見せた動物はいるか?」

「いや、いないよ」

「そうか・・・」


 タカシはすっと立ち上がり、ちゃぶ台の周辺を迂回するように居間の中をうろついた。

 耳やひげをいじりながら、何か考えているようだった。

「昇平さんは何時ごろ帰ってくるんだ?」

「さぁ。飲み会だから、遅くはなると思うけど」


 タカシは時計をチラリと見た。

「伝輝、今から話すこと、誰にも言わないって約束できるか?」

「え、うん・・・」

「誰かに言ったら、大変なことになるぞ」

「へ、へぇ・・・」

 たかが数字が浮かぶくらいで、何をそこまで大げさに言われなくてはいけないんだと伝輝は思った。


「最悪、伝輝も昇平さんも人間界にいる伝輝の母親も死ぬかもしれないぞ」

「はぁ?」


 伝輝は訳が分からなかった。

 だが、今さら聞かないとも言いたくない。

「・・・分かったよ」


 タカシは伝輝の顔を見て、玄関の方に向かった。

 ガチャリと鍵をかける音がした。

 その後も伝輝に指示して、家中の窓の鍵をかけ、カーテンのあるところはピシャッと閉めきった。

 伝輝は狩りの日を思い出した。


「よし、閉め忘れはないな」

 タカシは何度も確認した上で、居間に戻り、テレビを消して、伝輝にも腰を下ろすよう促した。

 そして伝輝の右手を優しく持った。


「この数字の話をする前に・・・・」

 タカシはジッと伝輝の手の平を見ながら言った。

「この世界のことを改めて説明しないといけない」


 伝輝はゴクンと生唾を飲んだ。

 頭の中で色んなことを想像した。

 この数字は時限爆弾で0になったら爆発するのか。

 宇宙の謎を解明する暗号が記されているのか。


「長くなるぞ」

 伝輝は黙ってうなづいた。

 死ぬかもしれないと言われたことよりも、好奇心が勝って心臓がドキドキした。

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