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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝とまごころ荘
25/84

伝輝の特訓 ② 狩りのお手本

 学校で、団助先生から、狩りの動きの特訓を受けた伝輝。その様子を見ていたドリスと源次郎は、ある企みを考えて・・・

 午前中の特訓が終わり、伝輝はフラフラになりながら教室に戻った。

 昼休みは自分で握ったおにぎりを食べたら、すぐに図書室に向かって爆睡した。

 午後の授業は課題レポート作成と発表だったが、疲れと眠気で、伝輝はほとんど進められなかった。

 特訓の終わりに団助先生から、「これから毎日これ位の時間を使って特訓しよう」と言われていた。

 正直、やっていける自信が伝輝にはなかった。

 運動には、それなりに自信があったはずなのだが・・・


「でーんき!」

 

 帰りのホームルームが終わり、そそくさと教室を出ようとしていたところを、一番絡みたくない奴に声かけられてしまった。

「何? ドリス?」

 いい加減、席替えしてほしいと伝輝は思った。

「放課後、暇?」

「・・・」

 伝輝に予定は無い。だが、そう答えたくはなかった。


「伝輝、今日は掃除当番じゃないってさー!

 晩飯はマグロの母ちゃんが用意するってさ!」

 源次郎が大げさに言いながら近づいてきた。

「そっかぁ、良かったなぁ! それじゃ、行こうぜ!」

 ドリスは伝輝の腕を掴み、強引に引っ張っていった。


「ちょっと、待て! まだ、行くとは・・・」

「行こう! 行こう!」

 抵抗したかったが、背後から絶妙な力加減で源次郎が背中を押すので、伝輝はドリスに連れられるまま、歩くしかなかった。


「じゃあなー! ありさ!」

 教室を出るとき、ドリスが大声で手を振りながら、教室に残っていたありさに言った。

 ありさは一瞥もせずに、カバンに教科書などを入れていた。

「何、企んでいるのかしら? あの、馬鹿共」

 ありさといつも一緒にいるトラネコの一人が言った。

「知らないわ。ほっとく以外に、することはないわ。」

 ありさは、スッと立ち上がり、トラネコ達と一緒に教室を出た。




 ドリス・源次郎・伝輝は、川に架かっている橋の下にやってきた。

 川べりの上の方は、のどかな散歩道として、動物達が通っているが、橋の下に来ると、誰かが不法に捨てたごみが流れ着いて溜まり、決してきれいな雰囲気はなかった。


「よーっし! それじゃあ源次郎、準備頼むぜ」

 ドリスと源次郎は乱暴に隅っこにカバンを放り出し、源次郎は長袖Tシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。

 そして、源次郎はスッと二本足立ちから、四足歩行姿に変わった。


「何をするの?」

 伝輝は嫌そうに聞いてみた。

 ドリスは腕を大きく振り回し、何やら準備体操のような動きをしている。

「伝輝に、本物の避ける動きを見せてやろうと思ってな」

 伝輝はドキッとした。

 午前中の特訓を見られていたのだろうか・・・?


「避ける練習は、今日から団助先生と一緒にやっているよ」

「何の練習だよ、あれは?

 団助と二人でドッジボール大会にでも出場するのか?」

「・・・」

 伝輝は何も言えなかった。

 仮にも伝輝自身、一度肉食獣に襲われている。

 今日の午前中にやったことは、何の参考にもならないことは薄々感じていた。


「ただ物理的に動いているだけのボールと、自分を襲おうと思っている動物、同じように自分に近づいてくると思うか?」

 そう言うと、ドリスは着ていた薄手のパーカーとその下のTシャツも脱ぎ、源次郎同様に上半身裸になった。

 日焼けした肌とは色味が異なる、うっすら褐色の色がムラなくドリス全体の肌を覆っている。

 何より、伝輝が驚いたのは、ドリスの肩回りと二の腕にかけての筋肉だった。

 目立って盛り上がっている訳ではないが、ちょっと腕を曲げるだけで、常日頃鍛えているような筋肉が浮かび上がる。

 ドリスはその腕で、カバンから袋を取り出した。

 袋の中身は、数本の棒と一本の尖った石だったが、ドリスは慣れた手つきでそれを組み立て、一本の長い槍にした。


「ヒトも狩りをする動物だ。

 他の動物と異なるのは、武器を使う点だな」

 ドリスはスニーカーと靴下も脱ぎ、裸足になった。

 気付くと、源次郎の靴と靴下もいつも間にかカバンの傍にあった。

「何で、脱ぐの?」

「脱いだ方が、お互い野生の本能が出やすくなるからな。

 源次郎、準備はいいかー?」


 源次郎は答えなかった。

 ただ、四足歩行でのろのろとうろついているだけだ。

 だが、その姿はいつもの源次郎ではなく、背中の瓜模様がうっすら残る、一頭の猪だった。


「準備万端だな。

 よし、伝輝、もう少し下がってな」

 ドリスに言われるまま、伝輝はドリスの背後に周り、二人の様子全体が分かる程度の、十分な距離を置いた。

 伝輝が安全な位置についたことを確認するかのように、ドリスは伝輝の方を振り向いた。


「俺は七歳のころから狩りの日に、狩る側として参加している」

 ドリスはニッと笑った。

「お前に見せてやるよ。

 ヒトも人間も、逃げ回る動物じゃあないってことをな!」




 そう言って、ドリスは槍を振りかざし、源次郎に向かって走っていった。


 のろのろと弧を描くように歩いていた源次郎だったが、ドリスが自分に向かって走ってくるのに気付き、さっと体勢をドリスの方に向け、やや頭を落とし腰を上げた。

 ドリスは槍の刃の部分でない方の先端で、源次郎を突こうとした。

 しかし、源次郎は左右に素早く避けるので当たらなかった。

 ドリスは突きをかわされ、槍の先端は地面を突いたが、すぐに体勢を切り替えて、避けた源次郎に向かって再び槍を振りかざした。

 だが、それもかわされてしまった。

 三度目でようやく源次郎の背中の一部を擦ることはできた。

 その後すぐに、ドリスはほとんどジャンプに近いステップで後方に下がった。


「何で、下がったの?」

「しっ!」

 伝輝の質問をドリスは遮った。

 そして、スッと源次郎の方を指差した。

 伝輝もその先を見た。


「あ!」

 源次郎は完全にいつもの源次郎ではなくなっていた。

 体勢を低くし、ジッとドリスを睨んでいる。

 自分に危害を加えようとするものに対して、攻撃の姿勢を示している。

 源次郎と距離を置いていても、伝輝は怖くなってきた。


 ドリスも腰を落とし、源次郎を睨んだ。

 全ての集中を源次郎に向け、かつ、じりじりと歩みを縮めた。

 そのかすかな動きに源次郎が反応し、ドリスとは比べ物にならない威力とスピードで一気に突進してきた。


「あぶな・・・!」

 伝輝は思わず叫んでしまった。

 だが、ドリスは源次郎と激突する直前で、槍を地面に突き刺し、飛び跳ねた。

 槍はしなり、ドリスは数メートルも高く跳ね上がり、源次郎が通った後にストンと着地した。

 伝輝は走り高跳びを連想した。


 目標物がなくなり、源次郎は勢い余って、自分達が置いていたカバンの中に突っ込んでしまった。

 頭を振り回し、方向転換し、再びドリスに向かって突進し始めた。

 ドリスは今度は、刃のついた部分を源次郎の方に向け、思いっきり、突き出した。

 だが、それは源次郎に当たらず、地面にささった槍の勢いに身を任せるように、ドリスは再び跳ね上がった。

 今度は先程よりも高さはなく、すぐに着地し、槍を横に持ち替えた。

 通り過ぎて勢いが落ち始めた源次郎に、ドリスは背後から飛び掛かり、槍を猿ぐつわのように口に噛ませ、源次郎の前足後ろ足を、自分の両腕両足でがっちりと抑えた。


 源次郎は全身を揺さぶって抵抗したが、ドリスはそれにしがみついた。

 地面に叩きつけられても、離れず、二人はしばらく地面の上を這いずり回った。


 そして、源次郎の動きが先に止まった。


「ふぅ、まぁ、こんなもんよ」

 源次郎の動きが止まったことを確認し、ドリスは源次郎から離れ、立ち上がった。槍も源次郎の口から離した。

「ヨダレ、べとべと。これ、もう使いたくないな~」

「だ、大丈夫?」

 ドリスが伝輝のもとに近づいた。

 ドリスは砂まみれになっており、ところどころ擦りむいている。

 だが、本人は全く気にしていないようだ。


「おう。まぁ、ここまでガチンコでやるのは久々だったから、力加減が上手くいかなくて、源次郎には悪いことしたな」

 ドリスと伝輝は、源次郎の方を見た。

 源次郎ものっそりと起き上がり、スクッと二本足で立った。

「いてーよ、ドリス。ただの見本だろ。本気出し過ぎ」

「わりぃ。でも、これくらいやった方が、伝輝も分かりやすいだろ?」

 ドリスは伝輝を見た。


 伝輝は静かに興奮していた。

 勢いよく突進する源次郎も凄かったが、それをギリギリで飛び跳ねてかわすドリスはもっと凄いと思った。

「教わる気になった?」

 ドリスは尋ねた。

「・・・」

「少なくとも、団助とやってたことは何だったんだ? って思ったんじゃね?」

 源次郎が水筒のお茶を飲みながら言った。


「俺にも、できるかな・・・」

「知らねぇよ。

 でも、団助に教わってても絶対にできるようにならないぜ」

「あの調子だと、何カ月何年後かかるんだろうね。

 それまでに何回狩りの日を迎えるんだろうな」

 源次郎はクククと笑った。


「どうすれば、ドリスみたいに高跳びみたいなことができるんだ?」

「お、やる気になったか?」

 ドリスは表情をパッと変えた。

「もう、痛い目に遭うのは嫌なんだ」

 伝輝は脇腹をさすりながら言った。

「そりゃ、そうだ。

 まぁ、団助は多分基礎体力をつけさせることに、今は重視してるだろうから、とりあえずそれはそこそこ叱られない程度にこなして、本番の練習は放課後俺らとやろうぜ!」

 ドリスはバッと握った手を差し出した。


「上達したら、狩りの日に一緒に参加しようぜ。

 手続きすれば、練習用の敷地や家畜も用意できるんだ!」

「うん、ちょっと自信ないけど・・・

 よろしくお願いします」

 伝輝も握った手を出し、コツンとドリスと拳を重ねた。




「さぁーって! 早速特訓開始だぁー!

 源次郎、プロテクターを伝輝に貸してやってくれ。

 あと、角カバーつけてやってくれよ」

「おう」

 三人はカバンを置いてある方に行き、源次郎は上半身裸のまま、ゴソゴソとカバンの中を探った。


 伝輝は源次郎の背中を見て、思ったことを言った。

「源次郎の背中、よく見るとウリ坊だね」

 耳をピクンッと動かし、源次郎がジロッと首だけ動かし振り向いた。

 目元をしかめながら、いそいそと服を着始めた。


「あれ? 怒った?」

 伝輝が疑問を感じていると、ドリスがポンと伝輝の肩を叩き、耳元にコソッと話した。


「お年頃の男子の身体はデリケートなんだよ。

 お前だったら、チン毛ボーボーと、金玉に一本チョロッとチン毛伸びてるのと、どっちが突っ込まれて恥ずかしいかだよ」

 伝輝は何と答えて良いか分からなかった。

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