伝輝の特訓 ② 狩りのお手本
学校で、団助先生から、狩りの動きの特訓を受けた伝輝。その様子を見ていたドリスと源次郎は、ある企みを考えて・・・
午前中の特訓が終わり、伝輝はフラフラになりながら教室に戻った。
昼休みは自分で握ったおにぎりを食べたら、すぐに図書室に向かって爆睡した。
午後の授業は課題レポート作成と発表だったが、疲れと眠気で、伝輝はほとんど進められなかった。
特訓の終わりに団助先生から、「これから毎日これ位の時間を使って特訓しよう」と言われていた。
正直、やっていける自信が伝輝にはなかった。
運動には、それなりに自信があったはずなのだが・・・
「でーんき!」
帰りのホームルームが終わり、そそくさと教室を出ようとしていたところを、一番絡みたくない奴に声かけられてしまった。
「何? ドリス?」
いい加減、席替えしてほしいと伝輝は思った。
「放課後、暇?」
「・・・」
伝輝に予定は無い。だが、そう答えたくはなかった。
「伝輝、今日は掃除当番じゃないってさー!
晩飯はマグロの母ちゃんが用意するってさ!」
源次郎が大げさに言いながら近づいてきた。
「そっかぁ、良かったなぁ! それじゃ、行こうぜ!」
ドリスは伝輝の腕を掴み、強引に引っ張っていった。
「ちょっと、待て! まだ、行くとは・・・」
「行こう! 行こう!」
抵抗したかったが、背後から絶妙な力加減で源次郎が背中を押すので、伝輝はドリスに連れられるまま、歩くしかなかった。
「じゃあなー! ありさ!」
教室を出るとき、ドリスが大声で手を振りながら、教室に残っていたありさに言った。
ありさは一瞥もせずに、カバンに教科書などを入れていた。
「何、企んでいるのかしら? あの、馬鹿共」
ありさといつも一緒にいるトラネコの一人が言った。
「知らないわ。ほっとく以外に、することはないわ。」
ありさは、スッと立ち上がり、トラネコ達と一緒に教室を出た。
ドリス・源次郎・伝輝は、川に架かっている橋の下にやってきた。
川べりの上の方は、のどかな散歩道として、動物達が通っているが、橋の下に来ると、誰かが不法に捨てたごみが流れ着いて溜まり、決してきれいな雰囲気はなかった。
「よーっし! それじゃあ源次郎、準備頼むぜ」
ドリスと源次郎は乱暴に隅っこにカバンを放り出し、源次郎は長袖Tシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。
そして、源次郎はスッと二本足立ちから、四足歩行姿に変わった。
「何をするの?」
伝輝は嫌そうに聞いてみた。
ドリスは腕を大きく振り回し、何やら準備体操のような動きをしている。
「伝輝に、本物の避ける動きを見せてやろうと思ってな」
伝輝はドキッとした。
午前中の特訓を見られていたのだろうか・・・?
「避ける練習は、今日から団助先生と一緒にやっているよ」
「何の練習だよ、あれは?
団助と二人でドッジボール大会にでも出場するのか?」
「・・・」
伝輝は何も言えなかった。
仮にも伝輝自身、一度肉食獣に襲われている。
今日の午前中にやったことは、何の参考にもならないことは薄々感じていた。
「ただ物理的に動いているだけのボールと、自分を襲おうと思っている動物、同じように自分に近づいてくると思うか?」
そう言うと、ドリスは着ていた薄手のパーカーとその下のTシャツも脱ぎ、源次郎同様に上半身裸になった。
日焼けした肌とは色味が異なる、うっすら褐色の色がムラなくドリス全体の肌を覆っている。
何より、伝輝が驚いたのは、ドリスの肩回りと二の腕にかけての筋肉だった。
目立って盛り上がっている訳ではないが、ちょっと腕を曲げるだけで、常日頃鍛えているような筋肉が浮かび上がる。
ドリスはその腕で、カバンから袋を取り出した。
袋の中身は、数本の棒と一本の尖った石だったが、ドリスは慣れた手つきでそれを組み立て、一本の長い槍にした。
「ヒトも狩りをする動物だ。
他の動物と異なるのは、武器を使う点だな」
ドリスはスニーカーと靴下も脱ぎ、裸足になった。
気付くと、源次郎の靴と靴下もいつも間にかカバンの傍にあった。
「何で、脱ぐの?」
「脱いだ方が、お互い野生の本能が出やすくなるからな。
源次郎、準備はいいかー?」
源次郎は答えなかった。
ただ、四足歩行でのろのろとうろついているだけだ。
だが、その姿はいつもの源次郎ではなく、背中の瓜模様がうっすら残る、一頭の猪だった。
「準備万端だな。
よし、伝輝、もう少し下がってな」
ドリスに言われるまま、伝輝はドリスの背後に周り、二人の様子全体が分かる程度の、十分な距離を置いた。
伝輝が安全な位置についたことを確認するかのように、ドリスは伝輝の方を振り向いた。
「俺は七歳のころから狩りの日に、狩る側として参加している」
ドリスはニッと笑った。
「お前に見せてやるよ。
ヒトも人間も、逃げ回る動物じゃあないってことをな!」
そう言って、ドリスは槍を振りかざし、源次郎に向かって走っていった。
のろのろと弧を描くように歩いていた源次郎だったが、ドリスが自分に向かって走ってくるのに気付き、さっと体勢をドリスの方に向け、やや頭を落とし腰を上げた。
ドリスは槍の刃の部分でない方の先端で、源次郎を突こうとした。
しかし、源次郎は左右に素早く避けるので当たらなかった。
ドリスは突きをかわされ、槍の先端は地面を突いたが、すぐに体勢を切り替えて、避けた源次郎に向かって再び槍を振りかざした。
だが、それもかわされてしまった。
三度目でようやく源次郎の背中の一部を擦ることはできた。
その後すぐに、ドリスはほとんどジャンプに近いステップで後方に下がった。
「何で、下がったの?」
「しっ!」
伝輝の質問をドリスは遮った。
そして、スッと源次郎の方を指差した。
伝輝もその先を見た。
「あ!」
源次郎は完全にいつもの源次郎ではなくなっていた。
体勢を低くし、ジッとドリスを睨んでいる。
自分に危害を加えようとするものに対して、攻撃の姿勢を示している。
源次郎と距離を置いていても、伝輝は怖くなってきた。
ドリスも腰を落とし、源次郎を睨んだ。
全ての集中を源次郎に向け、かつ、じりじりと歩みを縮めた。
そのかすかな動きに源次郎が反応し、ドリスとは比べ物にならない威力とスピードで一気に突進してきた。
「あぶな・・・!」
伝輝は思わず叫んでしまった。
だが、ドリスは源次郎と激突する直前で、槍を地面に突き刺し、飛び跳ねた。
槍はしなり、ドリスは数メートルも高く跳ね上がり、源次郎が通った後にストンと着地した。
伝輝は走り高跳びを連想した。
目標物がなくなり、源次郎は勢い余って、自分達が置いていたカバンの中に突っ込んでしまった。
頭を振り回し、方向転換し、再びドリスに向かって突進し始めた。
ドリスは今度は、刃のついた部分を源次郎の方に向け、思いっきり、突き出した。
だが、それは源次郎に当たらず、地面にささった槍の勢いに身を任せるように、ドリスは再び跳ね上がった。
今度は先程よりも高さはなく、すぐに着地し、槍を横に持ち替えた。
通り過ぎて勢いが落ち始めた源次郎に、ドリスは背後から飛び掛かり、槍を猿ぐつわのように口に噛ませ、源次郎の前足後ろ足を、自分の両腕両足でがっちりと抑えた。
源次郎は全身を揺さぶって抵抗したが、ドリスはそれにしがみついた。
地面に叩きつけられても、離れず、二人はしばらく地面の上を這いずり回った。
そして、源次郎の動きが先に止まった。
「ふぅ、まぁ、こんなもんよ」
源次郎の動きが止まったことを確認し、ドリスは源次郎から離れ、立ち上がった。槍も源次郎の口から離した。
「ヨダレ、べとべと。これ、もう使いたくないな~」
「だ、大丈夫?」
ドリスが伝輝のもとに近づいた。
ドリスは砂まみれになっており、ところどころ擦りむいている。
だが、本人は全く気にしていないようだ。
「おう。まぁ、ここまでガチンコでやるのは久々だったから、力加減が上手くいかなくて、源次郎には悪いことしたな」
ドリスと伝輝は、源次郎の方を見た。
源次郎ものっそりと起き上がり、スクッと二本足で立った。
「いてーよ、ドリス。ただの見本だろ。本気出し過ぎ」
「わりぃ。でも、これくらいやった方が、伝輝も分かりやすいだろ?」
ドリスは伝輝を見た。
伝輝は静かに興奮していた。
勢いよく突進する源次郎も凄かったが、それをギリギリで飛び跳ねてかわすドリスはもっと凄いと思った。
「教わる気になった?」
ドリスは尋ねた。
「・・・」
「少なくとも、団助とやってたことは何だったんだ? って思ったんじゃね?」
源次郎が水筒のお茶を飲みながら言った。
「俺にも、できるかな・・・」
「知らねぇよ。
でも、団助に教わってても絶対にできるようにならないぜ」
「あの調子だと、何カ月何年後かかるんだろうね。
それまでに何回狩りの日を迎えるんだろうな」
源次郎はクククと笑った。
「どうすれば、ドリスみたいに高跳びみたいなことができるんだ?」
「お、やる気になったか?」
ドリスは表情をパッと変えた。
「もう、痛い目に遭うのは嫌なんだ」
伝輝は脇腹をさすりながら言った。
「そりゃ、そうだ。
まぁ、団助は多分基礎体力をつけさせることに、今は重視してるだろうから、とりあえずそれはそこそこ叱られない程度にこなして、本番の練習は放課後俺らとやろうぜ!」
ドリスはバッと握った手を差し出した。
「上達したら、狩りの日に一緒に参加しようぜ。
手続きすれば、練習用の敷地や家畜も用意できるんだ!」
「うん、ちょっと自信ないけど・・・
よろしくお願いします」
伝輝も握った手を出し、コツンとドリスと拳を重ねた。
「さぁーって! 早速特訓開始だぁー!
源次郎、プロテクターを伝輝に貸してやってくれ。
あと、角カバーつけてやってくれよ」
「おう」
三人はカバンを置いてある方に行き、源次郎は上半身裸のまま、ゴソゴソとカバンの中を探った。
伝輝は源次郎の背中を見て、思ったことを言った。
「源次郎の背中、よく見るとウリ坊だね」
耳をピクンッと動かし、源次郎がジロッと首だけ動かし振り向いた。
目元をしかめながら、いそいそと服を着始めた。
「あれ? 怒った?」
伝輝が疑問を感じていると、ドリスがポンと伝輝の肩を叩き、耳元にコソッと話した。
「お年頃の男子の身体はデリケートなんだよ。
お前だったら、チン毛ボーボーと、金玉に一本チョロッとチン毛伸びてるのと、どっちが突っ込まれて恥ずかしいかだよ」
伝輝は何と答えて良いか分からなかった。