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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
21/84

狩りの日 ⑤ 翌日

 狩りの日に、伝輝はバラに襲われるが、タカシに助けられて・・・

 夜が明け、空が白い光に包まれていった。

 夜通しどこかで響いていたうなり声や鳴き声はいつしか聞こえなくなり、代わりに鳥のさえずりや、車のエンジン音、カタカタとシャッターを開ける音など、動物達が活動を始める音が徐々に増えていった。

 いつもと違うのは、それに混じって、小さくすすり泣く声と朝もやにまだ残る血の匂いだった。




 始発電車がまごころ荘前駅に着いた。昇平が数少ない利用客として、まごころ荘駅に降り立った。

 ふぁぁ、と全身を使って大きくあくびをした後、駅員の犬(普段通りの二足歩行になっている)に軽く挨拶を交わし、まごころ荘に戻った。


「おつかれーっす」

「お疲れ」

「まだ生きてるのね、あんた達」

 まごころ荘の前で、段ボールの底をテーブル代わりにして、上に缶ビール(正しくは発泡酒)やつまみを無造作に並べて、ゴンザレス、樺、エミリーが軽い酒盛りを始めていた。

 エミリーはもう一つ用意された段ボールの上で、発泡酒をそそがれたお皿をチロチロと舐めていた。


「おはよー、早いね」

 昇平が戻ってきた。彼らの足元の段ボールにすぐ目が行った。

「うぉ! 朝早くから良いなー!」

「今日は、僕も樺さんも仕事が休みなんで。昇平さんは?」

「俺は午後出勤してもらったんだけど、一日休めば良かったなぁ。

 伝輝が怪我したらしくてさ、半分休みもらったんだよ」

「怪我?」

 フッと、ゴンザレス達の表情が強張った。

「そうらしいんだよー。

 これからカレイさんに詳しく聞いてくるよ。

 今はタカシさんが看病してくれて、部屋で寝てるってさ」

 と、昇平はのんきに答えた。

「・・・タカシさんが看ていてくれていたなら大丈夫か」

 樺さんが落ち着いた口調で言って、グビリと手にしていた缶ビールを一口飲んだ。

 その時上げた腕の袖元から、包帯が巻かれているのが見えた。

「樺さんも怪我してんの?」

 昇平が尋ねた。

「ああ、ちょっと。大したことはないですよ」

 樺さんはさらりと答えた。

「そっかぁ。樺さんもお大事にー」

 昇平はそう言って、カレイの家に向かった。

「伝輝君も、お大事にしてくださいね」

 ゴンザレスと樺とエミリーは昇平がカレイの家に入るのを確認して、改めて乾杯をした。




 い草の匂いはだいぶ薄れてきた畳の部屋で、伝輝は昨晩タカシが用意した布団に包まれて眠っていた。

 風呂には入っていないが、タカシがお湯とタオルを用意してくれたので、身体を拭き、着替えてから眠ることができた。

 まだ何も考える余力は無いほどぐっすり眠っていたが、ガチャガチャと鍵を開ける音が玄関から聞こえてきたため、伝輝はうっすらと瞳を開けた。


「ただいまーっと。おーい、伝輝、起きてるかー?」

 ドタバタと無駄に音をたてながら、昇平が伝輝が寝ている和室に入ってきた。

 小鍋が載ったお盆を両手で持っていたため、足で行儀悪くふすまを開けた。

「お、起きてたか」

 伝輝は眉間にしわを寄せて昇平を見上げた。

 お前のうるさい音で目が覚めたんだ、と思ったけど、言う気はなかった。

「何か、大変だったみたいだな。

 これ、カレイさんがお粥作ってくれたから、ゆっくりでいいからちゃんと食べろだってよ。

 あと、常温のミネラルウォーターと冷たいスポーツドリンク」

 昇平はバタタと一度風呂場に行き、洗面器を持ってきた。

「飯を食う前に、口をゆすげってさ」

 昇平はミネラルウォーターをコップに注ぎ、伝輝に渡した。

 伝輝は粘ついた口をゆすぎ、昇平が差し出した洗面器にペッと水を吐き出した。

 続けて、昇平はお茶碗にお粥をよそって伝輝に渡した。

 手渡されると一気に自分の胃袋が空腹であることを思い出した。

 伝輝はかき込むようにお粥を食べた。


「食べられるってことは大丈夫そうだな。

 今日は学校も休みだし。

 一日ゆっくり休んでいれば、晩飯は皆で食えそうだな」

 昇平はそう言うと、再び和室を離れた。

 そしてすぐ戻ってきたときには、何かが入ったビニール袋を持っていた。

「お母さんは、大丈夫だったのか?」

 伝輝は自分でお粥をよそいながら、昇平に尋ねた。

「ちょっと疲れが出ただけだから。

 お腹も結構目立ってきたし、もうすぐ退職するし、なっちゃんがこっち来れる日も近々決まりそうだ」

「お母さん、こっち来るの?」

「当たり前だろ」

 昇平はさらっと答えた。

 伝輝は、母親が動物界のことを、昇平からちゃんと聞いているのだろうかと、色々不思議に思って仕方がなかった。


「なっちゃんが、いつ来るかが決まったら、カレイさんにも知らせないとな。

 あと、これ」

 昇平はビニール袋を差し出した。

「お前に言われた通り、買ってきたぞ」

 昇平は自慢げにビニール袋から文庫本を取り出し、伝輝に見せた。

 それは、伝輝が依頼していた文庫本の最新刊だった。

「あ・・・!」

 伝輝の脳内で、昨晩の出来事が一気に蘇ってきた。


 血に染まったメルの姿・・・。

 その日の朝には最新刊を持ってくる約束をした。


 メル!


 伝輝は思い出した。

 自分がなぜ襲われたのか。

 そして、メルがどうなったのか・・・。

 文庫本を受け取った伝輝の手に力が入り、本がぐにりを歪んだ。


「そんなに嬉しいのか?

 お前、しつっこいくらい、俺に頼んでたもんな」

「うるさい!」

 伝輝は文庫本を思いっきり壁に向かって投げつけた。

 文庫本はグシャッと無造作に開いた状態で落ちた。


「あー! お前、何やってんだよ!

 折角買ってきたのによ!」

「うるせーよ! 出ていけ!」

 伝輝は布団に包まり昇平に背中を向けて寝た。

「何だよ、急によ。

 本をめちゃくちゃにしやがって、もう絶対買ってこねぇからな!」

 昇平は本を拾って、閉じた状態で伝輝の枕元に置いた。

「とにかく、今晩はカレイさんが、皆で食べるって色々準備してくれるらしいから、ちゃんと休んで、夜には顔を出せるようにしろよ」

 伝輝は返事しなかった。

 昇平は段々イライラしてきた。

「俺は昼から仕事に行くからな!

 今晩はジンギスカンだし、食えるようにしとけよ!」

「ジンギスカン・・・」

 聞いたことがある。と伝輝は思った。

「羊の肉の焼肉だとさ」


 羊の肉!

 消したかった画像が、再び伝輝の視界に蘇ってきた。

 ハイエナ達に蝕まれる動かないメルの姿・・・・


「うう・・・!」

 伝輝は急に吐き気がして、トイレに駆け込んだ。

「おい、大丈夫か?」

 昇平が伝輝の背中をさすりにトイレにやってきた。

「触るな!」

 口元をぬぐいながら、伝輝は昇平の手を払った。




 伝輝は再び布団にくるまって目をつぶっていた。

 よく考えれば、訳の分からないことだらけだ。

 あの時のメルは、狩りの日だと知らずに外を出ていたのではなく、逆に襲われるために外に出ていたように思えてきた。

 だけど、何でメルはそんなことをしたのだろうか?


 頭の中がもやもやして眠れなかった。

 ふすま越しに、昇平の足音が聞こえる。

「伝輝、俺はこれから仕事に行くからな。

 夕方には帰るけど、無理するなよ。

 しんどかったら、カレイさんに言えよ」

 昇平がふすまを開けて伝輝に声かけた。

 伝輝は返事をせずに、軽く寝返りを打った。

 昇平はそれを見てふすまを閉めた。


 昇平は玄関で靴を履いて立ち上がった後、下駄箱の上にいつもは置かれていないものが置いてあるのに気付いた。

 その内の一つを手にし、昇平はニヤリと笑ってポケットに入れて家を出た。




 昇平が出た後、静かになり、伝輝は考えるのに疲れたのか、再び眠りについた。


 起きた頃には日も落ちかけた夕方だった。

 伝輝はトイレに向かった。

 ついでに洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。

 体調はだいぶ戻っているようだ。

 むしろ身体を動かしたいくらいだ。

 居間に行くと、取り込まれた洗濯物がバサリと置かれていた。

 珍しく昇平が洗濯したのだろうか、どうせなら、畳んでしまうまでしろよと、伝輝は思った。

 何もすることもなかったので、とりあえず伝輝はその洗濯物を畳むことにした。


「あ」

 いつもの洗濯物に混じって、昨晩タカシさんから借りたチェックのシャツが出てきた。

 大きさは伝輝のサイズのままだ。

 アイロンもかけてないのに、しわがほとんどなく、パリッとしている。

「タカシさんに返さなきゃ」

 伝輝は畳んだシャツを紙袋に入れて隣のタカシの部屋に行った。

 しかし、留守らしく、チャイムを鳴らしても、タカシは出てこなかった。

 伝輝はドアノブに紙袋をかけて、戻ろうとした。

 そのとき、タカシの部屋のドアの横の縄橋子に気付いた。




 縄梯子を上ると、夕闇に溶けかかっている町の屋根たちが見えた。

 以前上ったときは既に夜だったので、周りの様子は分からなかったが、こうやってみると、山に囲まれて普通に町が広がっている。

 一体日本の限られた敷地のどこに、この町は存在しているのだろうか?


 少しひんやりした風が心地よかった。

 屋上にはタカシさんが常備している箱があった。

 開けてみるとランプや毛布、ビーフジャーキーなどが入っていた。

 伝輝はランプに火をつけた。

 毛布は犬の毛がびっしりこびりついていたので、借りるのはやめた。


 硬い屋上で、仰向けになり、伝輝は空の色が移り変わるのを見つめていた。

 ドタバタと外階段を上る音が聞こえてきた。

 昇平だと伝輝はすぐに分かった。

 伝輝はこのままいないふりをすることに決めた。

 案の上、昇平がドアを開けた。

 「伝輝ー、どこだー? もうすぐ飯だぞー」という声が聞こえた。

 昇平の歩く音以外に、下の方からはゴンザレスさん達の話し声も聞こえてきた。


 もう、晩御飯の時間なのだろう。

 伝輝はお腹が鳴るのを感じた。

 上体を起こした時、ふわっと焼肉の匂いが漂ってきた。

「う・・・」

 伝輝は昇平の言っていた言葉を思い出した。

 途端に気分が悪くなり、再び横になった。

 昇平は伝輝の身に何があったか分かっていないのだろうか?

 分かっていて、今日と言う日に肉を食べようとするのか。

 平然としてる昇平もそうだが、昨晩が狩りの日だったのを知っているはずのカレイさんが、ジンギスカンを用意するというのが、伝輝は信じられなかった。

 胸糞悪く感じずにはいられなかった。




 カレイの家の食卓には、皆の机ごとに小さなジンギスカン鍋が置かれていた。

 そして、今日は発泡酒がたっぷり入ったクーラーボックスも用意されていた。

「うまそー!」

 昇平はクーラーボックスから早速一缶取り出し、プシッとプルトップを開けた。

「良い匂いですね。

 カレイさんの特製タレは本当最高ですよね」

 ゴンザレスも発泡酒を一口飲んだ。

「あれ? ゴンザレスさん達も、ジンギスカン食うの? 肉食うの?」

 昇平が不思議そうに尋ねた。

「いえ、僕と樺さんは野菜だけいただきます。

 エミリーちゃんとタカシさんはお肉も食べますけどね。

 カレイさんのタレは本当に美味いんですよ」

「ありがとう、ゴンザレスさん。

 ニンジンいっぱいあるからどんどん食べてね。

 あと、そろってないのは・・・」

 カレイさんが食卓からドアの方を見下ろした。

 すると、タカシが現れた。いつもの犬の姿だ。


「タカシさん、お疲れ様」

「ただいま。今日はジンギスカンなんですか?」

「ええ。羊肉が届いたからね。早いうちに食べた方が良いと思って」

 カレイさんは鼻をにゅっと伸ばし、タカシさんを食卓の上に引っ張り上げた。

「羊肉が届いた?」

「ええ、今朝、うちに届いたの。あとは、伝輝君ね」

「伝輝、どっか行ってるんすよ。先に食べちゃいましょうよ!」

 昇平が早くも二本目の缶に口をつけながら言った。

「駄目よ。羊肉は伝輝君宛てに届いたものなんだから。

 伝輝君に食べさせないと」

「伝輝なら、屋上にいますよ」

「何で、呼んでくれないのよ」

 カレイさんが言うと、タカシは少し気まずそうにひげを触った。

「いや・・・流石に、伝輝は肉食う気にならないかなと思って・・・。

 でも、呼んできますよ」


「あ、じゃあ、その前に皆でこれ読まない?」

 昇平はカレイとタカシに近づき、尻ポケットからのり付けされた封筒を取り出した。

「何ですか? それは?」

 ゴンザレス・樺・マグロ・エミリーそしてアナゴも近づいた。

「今朝みつけた伝輝宛のて・が・み。

 早くもガキらしく可愛いラブレター貰ってんだよ」

「ラブレター! もしかして・・・!」

 マグロが驚きの声を上げた。

「お、マグロ君、心当たりありそうだな。

 ぜひ、後でじっくり聞かせてくれ。まずは何書いてるか確認しなきゃな」

 ペリペリと昇平はのり付部分を破いた。

「いいんですか?

 自分の息子とは言え、勝手に手紙を読むのは」

「いいじゃん。面白そう」

 樺が心配そうに言ったが、エミリーがあっさりはね返した。

「マグロ君、メルちゃんって、どんな女の子なの?」

「え?」

「メル?」

 昇平以外の動物達の表情が一瞬固まった。

「ん? どうしたの?」

 昇平が周囲の様子の変化に気付き、手を止めた。


 その時、タカシがあることに気付いた。

「まさか・・・・」

 タカシは封筒から取り出したばかりの便箋をサッとジャンプして昇平の手から奪った。

 そして、二三歩周りから離れて、便箋を広げて読んだ。

「タカシさん!

 何、先に読んでんだよ!」

 昇平が叫ぶのも無視して、タカシは手紙を読み続けた。

「そういうことか」

 タカシは便箋を折りたたみ自分の尻ポケットに入れた。

 伝輝と昇平の机に行き、並べていたお皿などをまとめ始めた。

「何してるの? タカシさん?」

「カレイさん、携帯用カセットコンロを用意してください」

 カレイはタカシに言われた通りに、準備を始めた。

 他の動物達は状況が良く分からず、立ちすくんでいた。

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