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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
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ようこそ動物界へ ② 引っ越し

今までロクに働いたことがない父・昇平は、まごころ動物園に就職することが決まった。母・夏美を残し、伝輝と昇平は先に社員寮に向かうのだが・・・。

 伝輝と昇平は、まごころ動物園に到着した。

 ほとんどの引っ越し荷物は、前日にトラックで運んでいた。


「おはようございます。豊さん」

 メガネのかけた若い飼育員姿の男性が、職員用出入り口から出てきた。


「よろしくっす、前田さん」

 昇平はペコリとおじぎをした。


「昨日の荷物は、まごころ荘に到着しています。

 行き方はこの紙に書いてありますので、その通りに進んでください。

 管理人さんがまごころ荘すぐ傍の家に住んでますから、到着したら声かけてください」


「ありがとーございますっ!」

 昇平の方が年上かもしれないのに、言葉遣いも態度も圧倒的に前田さんの方が落ち着いていて大人っぽかった。

 伝輝はこんな父親を持つ自分を情けなく思った。


「最初は戸惑うかもしれませんが、きっと慣れると思います。

 豊さんは明日から働いてもらいますし、伝輝君も新しい学校に通ってもらいます」


「何から何まで色々やってくれて、本当、助かるっす」

 伝輝は耳を疑った。

 この男、引っ越しに関わること全てを、前田という人にやってもらったのか。


「これも私の仕事の一つです。お気になさらずに。

 さ、新居を見に行ってください」

 前田さんは丁寧に頭を下げてから、動物園に戻った。


     ◇◆◇


 昇平は、前田さんからもらった紙を開いた。

「あれ?」

「なんだよ?」

「いや・・・。

 とりあえず行ってみるか」

 昇平は首をかしげながら言った。


 伝輝は昇平が紙を見ながら歩くのを、後ろからついて行った。

 駅の方に向かい、少しさびれた地元の商店街に入った。


「肉屋と靴下屋の間・・・」


 二人は足を止めた。

 向かって右の看板には「肉のサトウ コロッケもあるよ」、左の看板には「靴下とストッキングの店 まりな」とある。


 しかしその間は、どう見ても人がギリギリ通れるくらいの隙間のような通路だった。


「この先にあるらしい」

「何言ってんだよ。

 間違えてんじゃねーのか?」

「本当だって、見てみろよ」


 受け取った紙を見ると、確かにそこには文章で「肉屋と靴下屋の間の道を通ってください」と書かれてある。


「きっと近道なんだ。行こうぜ」


 昇平は、ボストンバッグを頭の上に掲げ、身体を横にして進んだ。

 伝輝は少し身体を斜めにして通路を歩いた。


 文章を読み、伝輝は何か罰ゲームをさせられているのではないかと思った。 

 次の指示は「通路にある生ごみ用と書かれたゴミバケツの蓋を開ける」た。


 これを読んで、あんたは何の疑問も抱かないのか?

 伝輝は不安な気持ちになった。


「これだな」

 少し進んだところに、生ごみ用と書かれた大きめのゴミバケツがあった。


「開けるぞ」

 昇平は何だか楽しそうに蓋をあけた。

 モワンと生ごみの臭いが辺りに広がった。


「ゲホッ、やっぱり何かの間違いじゃねーのか?

 もう一回動物園に戻ろうぜ」

「すげー!」

 伝輝の訴えをよそに、昇平は声を上げた。

 生ごみの臭いの次は、ビュンッと風がバケツから吹き出した。


「このバケツの中、どっかにつながっているぜ!」


 伝輝も覗いてみた。

 バケツには底がなく、真っ暗でその先に光っているものが見える。

 そしてバケツの内側には、しっかりとした梯子がとりつけられていた。


「なんだこりゃ・・・」

 伝輝は慌てて、紙の続きを読む。


 蓋を開けるの次は、「梯子を使って下に降りる」だった。


「おもしれー!

 行ってみようぜ!」

 伝輝が激しい不安と警戒心を感じている中、昇平はひょいっと梯子に手をかけ、さっさと下に降りて行った。

「伝輝も早く来いよ!」


 仕方なく、伝輝は恐る恐る梯子に足をかけた。

 バケツの内側の部分よりも下に降りた時、通路に立てかけていたはずのゴミバケツの蓋が勝手に閉まった。


 伝輝は足を滑らしそうになったが、蓋が閉まった途端に周りが明るくなった。


 辺りを見回すと、そこは駅のホームになっていた。

 壁には「まごころ動物園前」と書かれている。


「すげー!

 こんなところに地下鉄が通ってたのか!」

 昇平は興奮気味に叫んだ。


「改札通ってないってことは、前田さん、こっそりタダ乗りできる方法教えてくれたんだ」

 昇平はニヤニヤしながら言った。


 伝輝は続きを読んだ。

「電車に乗って、まごころ荘前駅まで行く」

 次の駅名は「まごころ荘前」だった。



 数分後、電車がやって来た。

 この駅は始発駅らしく、電車には誰も乗っていなかった。

 しかも、利用者はまごころ動物園に勤める人がほとんどなのだろう。

 既に営業が始まっているこの時間では、二人以外に乗る人はいなかった。


 一駅だけだが、五分以上電車は走り続けていた。

 ようやくまごころ荘駅前に到着し、二人はホームに降り立った。


 ホームには誰もおらず、白い野良猫がホームのど真ん中で昼寝をしていた。

 切符がなくてどうやって出るのかと思ったが、指示は「そのまま出口に進んでください」だった。


 出口に向かったが、特に切符を入れる改札口のようなものもなかった。

 途中で駅長の帽子を被った犬が、ワンっと吠えた。


「動物園に近いから、話題作りかな?

 ちゃんと制服まで着ているぜ」

 昇平はコソッとつぶやいた。


 鎖につないでおかなくて大丈夫なのかと伝輝は思ったが、会話が面倒だったので、何も言わなかった。


     ◇◆◇


 出口を抜けると、日差しがまぶしく感じた。

 

 駅出入口の目の前の道を挟んで、すぐ向かいにまごころ荘と壁にかかれた二階建てアパートが見えた。

 二人が近づくと、見た目は確かに今よりも古い感じだが、アパートの幅に対してドアが三つしかないので、広そうには見えた。


「管理人さんの家はこれかな?

 めちゃくちゃデカいな」

 伝輝と昇平はアパート傍の建物の前に立った。

 

 二人の頭の中に疑問が生じた。


 入口のドアの高さが、二階建てのアパートとほぼ同じくらいある。

 建物は四階建て位かと思ったが、そうではない。

 アパート二階分で一階、三・四階部分で二階になっているのだ。

 ドアも大きければ、窓も通常より大きかった。


「何だ、この建物?」

 昇平は建物傍の郵便ポストと表札とドアホンを見つけた。

 これらは一般的な大きさだった。


 表札には「まごころ荘管理担当 アナゴ・カレイ・マグロ」と書かれていた。


「変な名前だな」

 昇平はドアホンを押した。


「やめろよ! 怪しすぎるだろ!」

 不安が頂点に達し、伝輝の眉間のしわは川の字をくっきりと描いていた。


「管理人さんに挨拶しねーと。

 何号室かも分からねーし」

 昇平は言ったが、伝輝の不安の気持ちは収まらなかった。


 さっきから全く人の気配がしないのだ。

 道を車は通るが、後は野良猫や鳥くらいだった。


「帰ろう。ここ、変だよ・・・」

 涙声になっているのに、気づいた伝輝はぐっと口をつぐんで下を見た。

 滅多にすることのない、昇平の服の裾をつかむという行為をした。


「動物園の従業員が住んでいるっていうから、象でも飼ってんじゃねーのか?」

 昇平はお気楽に笑った。


 やがて、「はーい」と言う、軽快な女性の声が聞こえてきた。

 

 ズズズズ・・・・と大きなドアが開いた。

 ニュッと、灰色のぶっといホースのようなものがドアの隙間から現れた。


「え!?」二人は目を丸くした。


「いらっしゃい、待ってたわよ」


 ドアから現れたのは、紛れもなく象だった。

 だが、何度も何度も見ていた動物園の象と違い、ドカンとした二本足で立ち、巨大なエプロンを体に巻きつけていた。

 象が一歩進むと、ズンと地響きが鳴り、電流のように二人の身体を駆け巡った。


「ギャー!」


 昇平と伝輝は初めて一致団結したかのように、走り出した。

 だが、灰色の鼻が二人の体に巻きつき、グイーンと持ち上げられてしまった。

「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」

 生温かくて、ザラザラした触感に、伝輝は鳥肌がたった。

 二人はストンと象の腕(?)に抱きかかえられるように収まった。


「怖がらせてごめんなさい。

 こんな大きな姿だと、誰だってびっくりするわね。

 ちょっと待って、大きさを変えるから」


 象は二人を地面に降ろした。

 二人とも腰が抜けたようで、へなへなと座り込んだ。


「お部屋に案内するわ。

 ようこそ、まごころ荘へ」


 目の前には人間の大人の大きさ位になった象が立っていた。

 まるでリアルな着ぐるみを着ているようだった。


「私はカレイ。

 まごころ荘の管理人をやっているの。

 もうすぐしたら、他の住民達も帰ってくるわ。

 皆、あなた達が来るのを楽しみにしていたのよ」


「本当すか! ありがとーっす!」

 カレイが小さくなり、怖くなくなったからか、昇平は彼女について行った


 伝輝もようやく立てるようになったが、まだ現実に起きていることが理解しきれていなかった。


「カレイさん、その着ぐるみよくできていますね」

「やだ、違うわよ。フフフ」


 カレイと名乗る象と普通に会話している昇平を見て、伝輝はある意味一番怖いと思った。        

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