狩りの日 ③ メルはどこ?
メルがまごころ荘にやってきた。伝輝はメルが今日が「狩りの日」と知らないのではないかと思い、メルを避難させる為、外に出たが・・・
まごころ荘の外階段を駆け下りる音が、外から聞こえてきた。
マグロは慌てて、窓のカーテンをめくり、外を見た。
敷地と道路境界あたりに立っている街灯の光に照らされた伝輝の背中が見えたが、すぐに曲がって道路を走って行き、見えなくなってしまった。
「お母さん、大変!
伝輝君が外に出て、どっか行っちゃった!」
「何ですって!」
いつも皆が上っている食卓に、肘をついて椅子に座っていたカレイが立ち上がった。
勢いで椅子が倒れ、ドンッと大きな音が響いた。
マグロとカレイは、現在本来の大きさになっている。
「追いかけて、連れ戻さなきゃ!」
マグロが玄関の方へ向かおうとしたが、カレイが鼻をマグロの腕に巻きつけるようにして制止した。
「駄目に決まっているでしょ!」
「でも、このままじゃ、伝輝君が襲われちゃうよ!」
既にマグロは涙目になっている。
「落ち着いて。
少し前に、タカシさんから仕事が終わったから帰るってメールがあったの。
タカシさんに連絡しましょう。
もしかしたら、上手く合流できるかもしれないわ」
カレイはマグロの両肩を掴んで説得した。
「もし・・・間に合わなかったら・・・?」
「・・・・・」
カレイは何も言えなかった。
伝輝がまごころ荘の敷地を出てすぐ右に曲がると、道路に何か布のようなものが落ちていた。
伝輝の背後に立っている街灯の光で、それが見覚えのある色をしているのが分かった。
伝輝がその布を拾って広げてみると、それはTシャツだった。
「これ、今朝メルが着ていたやつだ・・・」
なぜ、Tシャツが落ちているのか。
メルが脱いだのだろうか。
でも、一体なぜ?
伝輝はTシャツを持ったまま更に進んだ。
すると、道路の曲がり角のところに、また布が落ちているのを発見した。
拾って広げると、ハーフ丈のズボンだった。
すぐにこれもメルのものだと伝輝は分かった。
メルは毎日Tシャツは変えていたが、ズボンはずっと同じだった。
「メル・・・」
曲がった先に公園があるのを、伝輝は知っている。
メルの家がどこにあるのか、伝輝は知らないが、もし逃げるために公園に向かったのなら・・・。
よその家に逃げ込んでも、きっと鍵がかかっていて入れないはずだ。
伝輝はズボンを握りしめ、公園に向かって走った。
まごころ荘から一番近い公園は、ちょっとした遊具とベンチと公衆トイレと植え込みがある、日中小さな子ども達が親と一緒に遊ぶために集まるには丁度良い大きさの公園だった。
街灯が点々と立っているので、夜でも全体の様子や広さがぼんやりと分かる程度の明るさだった。
公園の入口に、スニーカーが一足、無造作に脱ぎ捨てられていた。
見覚えがないが、メルのものだろうとすぐに推測できた。
伝輝は公園を見渡した。
植え込みが茂っている傍で、白っぽいモフモフした動物が四本足で立っていた。
「メル!」
伝輝は駆け寄った。
メルは人間界のふれあい動物園にいそうな、普通の羊の姿をしていた。
今までと違い、何も着ておらず、振り向いたときに耳につけている四角い飾りがきらりと揺れただけだった。
「伝輝・・・!」
メルは青ざめた表情で伝輝を見上げた。
伝輝は腰を落とし、少し伝輝が見上げるような状態になり、互いに顔を見合った。
「何やってんだよ!
こんな日に外に出るなんて!」
先に言ったのは、メルだった。
伝輝は少し驚いた。
「それはこっちのセリフだよ!
メルの家はどこなんだ?
俺の家の方が近いなら、そっちに一緒に戻ろう!」
無意識に伝輝はメルの首元あたりを両手で撫でるように触れた。
「僕は・・・駄目なんだ。
ここにいなきゃ駄目なんだ。伝輝、手紙読んでないの?」
「何言ってるんだよ。ほら、早く行こう!」
伝輝は立ち上がり、メルの後頭部辺りを手で押した。
その時だ。
獣の吠える声が、幾重にも重なり聞こえてきた。
そして、その声はどんどんこちらに近づいてくるようだった。
「奴らが来た!
伝輝、早く逃げて! 君も襲われる!」
「え、どういうこと?
何で、メルは逃げないんだ・・・?」
メルはそれに答えず、突然伝輝の背中を頭突きした。
伝輝は傍の植え込み潜るように倒れこんだ。
「痛っ・・・・」
「そこに隠れて・・・・」
メルは言い切るか言い切らないか位のところで四足で走り出した。
植え込みの斜め向かいにある街灯の方に行くと、獣の鳴き声が激しく響き、メルよりも少し大きな同じく四足姿の動物が数頭、メルを一瞬にして囲んだ。
伝輝は体勢を整え、植え込みに身体が隠れるようにしゃがんだ。
植え込みの隙間から、斜め向かいの街灯がある方が見えた。
「ヴェェェェ・・・」
「ギャォン! ギャォン!」
テレビの動物番組でしか聞いてことのない、動物の鳴き声が公園全体に響いた。
伝輝の視界には、三頭の動物(何の動物かは分からないが、大きなキツネみたいに見えた。)が、下げた頭を必死で振ったり、前足を動かしたり、ピョンピョンと小刻みに移動したりするのが映った。
その隙間から、モフモフとした白い塊が覗いた。
街灯の真下で、それは残酷なまでに状況をはっきりと照らしていた。
白い塊が砂の茶色と大量の血色に染まっていった。
「・・・・・!」
伝輝は思わず悲鳴を上げたくなったが、とっさのところで手で口をふさぎ、阻止した。
メルが・・・食べられている・・・!
三頭の動物がガムシャラにメルをむさぼっていると、公園の入り口から二足歩行の動物が歩いてきた。
「ストップ!
とっくに息絶えているでしょ」
落ち着いた女性の声だった。
街灯に照らされた姿は、黄土色の毛皮に黒い斑点を持つヒョウのようだった。
レザーのノースリーブのベストとレザーパンツを履いている。
二本足立ちしているのもあるのだろうが、かなり、周囲の動物よりも大きく見えた。
「こんなグチャグチャにして!
これはカンパニーに納品しなきゃいけないやつだったのよ!
これじゃあ、ほとんど商品価値にならないじゃない!」
「両後ろ足は無傷にしているよ。
どうせ、その部位くらいだろ。こいつの商品箇所は。」
三頭の内の一頭が、ケケケと笑いながら言った。
やや高めの男性の声だった。
キツネだと思っていたが、キツネよりも顔がとがっておらず、鼻を中心に黒い顔をしていた。
灰色と黒の入り混じった毛並みをしていて、伝輝はハイエナだろうかと思った。 よく見ると、三頭とも上半身は裸だが、短パンのようなものを履いていた。
「クライアントへのイメージもあるでしょうが。
もっとスマートにしなさいよ。
このクソハイエナが!」
女性はきつい口調で言った。
ハイエナはクククと笑った。
「俺はクソじゃない、シマハイエナだ。
あんたには見えないのかい? この美しい縞模様をさ。
なぁ、ヒョーちゃん」
「ヒョウじゃない! 私はジャガーよ!」
「ククク・・・まぁ、日本じゃあ、どっちも見分けつかないさ。
さっさとそいつ持って行ってくれ。
でなきゃ、本当に商品を台無しにしちまいそうだ」
そう言って、シマハイエナの男はヒョイッとメルから離れた。
続いて他の二頭も離れた。
メルの胴体部分は真っ赤に染まっており、ピンク色の肉部分もむき出しになっていた。
「公園の入り口から少し進んだところにトラック停めているから、早く運んで」
「へーい」
四足歩行になっていた二頭の動物が、ひゅっと二足立ちに変わり、メルを囲み持ち上げて運んで行った。
ポタポタとメルの血が落ちる。
「なぁ、ワイヤー・・・」
シマハイエナはペロペロと自分の顔や前足についた血を舐めながら言った。
「何よ」
「今日のリストにヒトはいるか?」
ワイヤーと呼ばれたジャガーの女性は手にしていたボードに小型ハンドライトを照らした。
「いいえ、ないわ。
残りはシマウマくらいよ」
「てことは・・・」
シマハイエナはクククククと不気味な笑い声をもらした。
「向かいの植え込みのあたりから、ヒトの匂いと気配がするんだが。
それは俺の好きにしていいって、ことだな。」
伝輝はビクッとした。
「問題ないわ。
でも、私はあんたの趣味に付き合えないから、一人で勝手にやって。
ちゃんと片付けてよね。
あんたの悪趣味のせいで、カンパニーや組織のイメージダウンになるのは困るのよ」
「分かってるって。
骨の髄まできれいにしゃぶってやるから・・・」
シマハイエナがたれ落ちる涎をベロリと舌で舐めながら、ジリジリと伝輝が隠れている植え込みの方に近づいてきた。
伝輝の身体がガタガタを震えだした。
心臓がバクバク鳴る。
しかし、その場を動くことができなかった。
それでも何とか、植え込みの中で少しずつ後退することができた。
「動いた!」
シマハイエナが叫んだ。
「ヒト、はっけーん!」
シマハイエナはグッと後ろ足を曲げ、植え込み目がけて飛び込んだ。