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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
17/84

狩りの日 ① いつもと違う日

 文庫本をきっかけに仲良くなった、伝輝とメル。伝輝はメルに文庫本の最新刊を貸すが・・・

「そうだ、伝輝」

 昇平が洗面所で髪をセットしながら、居間でテレビを見ていた伝輝に聞こえるように、声量を上げて話しかけた。

「今晩俺、家に帰らないから。

 なっちゃんの様子見るついでに、泊まるから」

「お母さん、何かあったの?」

 伝輝はテレビを消し、洗面所の方に身体を向けた。

「昨日メールで『体調良くない』ってあったんだ」

「大丈夫なの!?」

 伝輝の声が急に大きくなった。

「さぁ。単に妊娠中で仕事しながらで疲れが出ただけみたいだけど。

 ちゃんと病院で診てもらって、なっちゃんのお母さんも手伝いに来てくれてるみたいだし」

 昇平はのんきな口調で話し続けた。


 髪のセットを終えて、昇平は居間に戻ってきた。

「お前は学校あるし、飯もカレイさんが用意してくれるから、留守番でいいだろ?

 俺も仕事がいつ終わるか分かんないし」

 本当は行きたいが、「母に会いたい」とお願いすると、絶対に茶化されそうな気がしたので、伝輝はグッとこらえた。


「お母さんのところに行くなら、絶対本を買ってきてよ」

 伝輝は釘を刺すように言った。

 昨晩、昇平のケータイのインターネットで、文庫本の最新作が今日発売されることを知った。

 伝輝は他に方法がないので、昇平に頼むことにした。

「はいはい、分かってるって」

「ちゃんとメモを財布に入れているよな? 財布見せろ」

「はいはい、ちゃんと入ってますよ」

 昇平はデニムの尻ポケットから財布を取り出し、ガバッと中身を見せた。

 昨晩、伝輝がレシート類をすべて捨てたので、財布の中は現金とカード数枚と、四つ折りされた紙切れしか入っていなかった。

「絶対だからな」

 昇平はやれやれとため息をついた。


 チャイムが鳴り、マグロの声が聞こえてきた。




 いつものように、伝輝と昇平はカレイの家に行き、テーブルに上った。

「あれ?」

 テーブルの上には、ゴンザレス・樺・タカシ・エミリーそして、アナゴさんもいた。

 アナゴさん、カレイさん、マグロは、周りに合わせた大きさの身体になっている。

「皆、いる・・・」

 伝輝は思わずつぶやいた。


「はぁ?! 何か文句あ・・・・」

「皆、仕事時間がバラバラだから、朝は個々で食べるんだけど、たまにはカレイさんの朝ごはんが食べたくなる日があってね。

 僕が声をかけて、皆集まってくれたんだ」

 ゴンザレスがエミリーの口を軽くふさぎながら言った。

「このメンツが揃うなら、朝でもビール飲みたくなるな~」

 昇平が自分の席について言った。

「仕事前だから駄目よ、昇平さん」

 カレイさんが料理を並べながら言った。

 皆で朝食と言っても、全員食べるものが異なり、テーブルの上の小テーブルもそれぞれの分あるので、皆静かに黙々と食べた。

 とはいえ、静かすぎる。と伝輝は感じた。

 夜と違ってお酒が無いから、だけではないような気がした。


「タカシさん」

 隣の小テーブルで鶏肉の骨をしゃぶっていたタカシに、伝輝は小声で話しかけた。

「今日、何かあるの?」

 タカシの耳がピクピクっと小刻みに動いた。

 ゆっくりと眼球を伝輝に向けて、

「いや、別に」と、言った。

 これ以上聞くなと言われたような気がして、伝輝はその後は黙って朝食を食べ続けた。


 朝食を食べ終わり、ゴンザレスが一番に立ち上がった。

「ご馳走様でした。

 それじゃあ、僕は出かけます。

 また、一緒にご飯を食べましょうね!」

 そう言って、ゴンザレスはスーツのジャケットを肩にかけて颯爽とアナゴ宅を出た。

 横に広がりすぎた鼻の穴以外は、実に格好よく見えた。

 他の皆は、静かにぞろぞろとアナゴ宅を出て行った。

 伝輝もマグロと一緒に学校に向かった。


「今日、何かあるのかな?」

 学校に向かう途中、伝輝はマグロに聞いてみた。

「さぁ? 特に僕は何も聞いていないけど」

 マグロはあっさりと答えたが、答える前に大きな耳の付け根部分がビクビクっと動いた。

「あ! いけない!」

「どうしたの?」

「今日、朝当番だった!

 ごめん、伝輝、先に行くね!」

 マグロはタタタと走って行った。


 伝輝は歩きながら周囲を見渡した。


 同じように登校する動物の子ども達。

 仕事に向かうであろう、スーツ姿の動物達。


 すっかり見慣れた光景だが、何だかいつもと違う。

 伝輝は妙な雰囲気を感じてしまっていた。




 伝輝が到着すると、校門の前にメルが立っていた。

 手には昨日貸した文庫本があった。

「おはよう、メル」

 伝輝はメルに近づいた。

「おはよう。本、返すね」

 メルは文庫本を伝輝に差し出した。

「ありがとう、どうだった?」

「展開が凄くて・・・難しかったね。

 でも、面白かったよ」

「確かに難しかったよなぁ。

 一回読んだだけじゃ、よく分かんないよね。

 メルは何回読めた?」

「・・・一回だよ」

 メルは申し訳なさそうにポリポリと耳の内側を掻いた。

 手の動きに合わせて、耳についている飾りが揺れた。

「メル、ピアスつけてるの?」

「ああ、まぁね」

 メルは目線を逸らした。

 あまり触れてほしくない話題なのだと、伝輝は思い、話を変えた。


「今日、最新刊の発売日なんだ。

 明日、おとう・・・、明日、俺の手元に来るから、俺が読み終わるまで、その本貸しとくよ。

 何回か読んだ方が良いって」

「いいよ! 返すよ!」

 メルは即答した。

「何でだよ。遠慮しなくて良いからさ。

 俺も次の本は二回位は読むから、すぐに貸せないと思うしさ」

 伝輝の言葉に、メルは耳を下に向けて折り曲げた。

「じゃあ、今日の放課後までには返すからね。

 ありがとう、本当はもう一回読み返したかったんだ」

 少し黙ってから、メルは伝輝の方を向き、目じりを下げて笑顔を浮かべ、答えた。

「分かった。

 でも、何回も言うけど、焦らなくて良いんだからね」

 伝輝は念を押すように言った。


 下駄箱の前で伝輝は上履きに履き替えた。

 自分の下駄箱にスニーカーをしまっている時、メルがリュックから上履きを取り出し、スニーカーを袋に入れている姿が見えた。

「メルは何クラスなの?」

 伝輝はずっと気になっていたことを何気なく尋ねてみた。

「あ、僕、クラスに所属していないんだ。

 四日くらい前に、北海道からこの町に来たからさ」

「そうなんだ! 俺も同じくらいの時に入学したよ。

 じゃあ、同級生みたいな感じかな?

 あ、でも北海道にもここみたいな学校があるのかな?」

 メルとの共通点を見つけた伝輝は嬉しそうに言った。

 しかし、メルはニコニコと表情を保ったまま、特に何も言わず、図書室の方へ向かった。


「本、必ず返すからね」

 メルは一度だけ振り返ってそう言うと、もう振り返らずに図書室の方へ歩いて行った。

 伝輝もいつものように教室に向かった。




 教室に着くと、マグロが伝輝に話しかけた。

「ごめんね、伝輝。先に行っちゃって」

「ああ。気にしなくて良いよ」

 着席し、荷物を取り出しながら、教室内を見渡した。

 ドリスは源次郎達とケラケラと笑っている。

 伝輝が教室に入ったのに気付いた時、「よっ」と一言だけ言った。

 ありさはいつも一緒にいるトラネコ達とひそひそと笑いあっていた。

 マグロも晴と当番の仕事なのか、黒板を雑巾で拭いていた。


 いつもと変わらぬ様子に、さっきから感じていた不思議な感じは、単なる気にし過ぎだったのだと、伝輝は思った。


 チャイムが鳴り、団助先生が教室に入ってきた。

 黒板拭きを終え、席に戻ろうとするマグロと晴に先生は「ご苦労様」と声をかけていた。

「おはようございます。

 突然ですが、今日は午前授業に切り替わります」

 伝輝はドリスが真っ先に大声を出し、続いて源次郎が同調し歓声が上がる瞬間を想像した。


 しかし、その瞬間はやって来ず、ドリスも源次郎も誰も、特に反応もなく、団助先生の話を聞いていた。

 朝礼をが終わり、団助先生が教室を出た後、伝輝はドリスに尋ねた。

「今日の午前授業で前から予定されてたの?」

「いや、今初めて聞いたよ」

 ドリスは何てことのないような様子で、教科書等をカバンから取り出し続けた。

「こんなこと、よくあるの?」

「別に。さ、移動教室だから早く行こうぜ」

 ドリスはさっさと教室を出て行った。

 伝輝は疑問を残しながらも追いかけて教室を出た。




 あっという間に午前授業が過ぎていった。

 団助先生は手短に終礼を済ませ、「早く帰るように。」と言って、教室を出た。

 伝輝は図書室に向かおうと、荷物をさっとまとめ、教室を出た。

 すると廊下で団助先生に話しかけられた。

「伝輝君」

「はい?」

「あとで、職員室に来てください」

「図書室行ってからでも良いですか?」

「良いですよ。でも、なるべく早く来てくださいね」


 何かまずいことしたかと、少し不安な気持ちになったが、それよりもメルと話をしたかったので、図書室に向かうことにした。

 図書室に入ると、ゆり子さんが相変わらずパソコンのキーボードを叩いていた。伝輝がドアを開けた瞬間、ぎょろっと伝輝の方を向いた。

 図書室にはゆり子さん以外誰もおらず、ゆり子さんは、何で入ってきたんだ? という表情をしていた。

「あの・・・メルは?」

「え? あ? あの羊の子なら、もう帰ったわよ」

 ゆり子さんはそっけなく答えた。

「そうですか・・・」

 仕方なく、伝輝は職員室に向かうことにした。

 職員室のドアの前で、団助先生は伝輝を待っていた。


「伝輝君。ちょっとこっちに」

 団助先生は、伝輝を応接室に招いた。

 応接室内は、革製のソファーとガラス製の机が中央に置かれていた。


「もしかしたら、もう知っているかもしれないが」

 団助先生は、伝輝の方を向いて話し始めた。


「今日は『狩りの日』なんだ」


「狩りの日?」

「そうなんだ。

 本来、この話はごく近しい家族間でしか、してはいけないのだけど、君は先日人間界からやって来たばかりだから、特別に許可を得て、代表として僕が君に話すんだ。

 知らなかったなら、よく聞いてほしい」

 団助先生は一歩伝輝に歩み寄った。

「『狩りの日』とは、月に一回、肉食動物が草食動物らを食べるために襲って良い日なんだ。

 『狩りの日』の日没から夜明けまでの間、肉食動物達は外にいる草食動物達を襲っても罪にならないんだ。

 普段は違うけどね。

 つまり、君が町で会っている動物が、この日のこの時間帯になると、容赦なしに襲ってくるということさ」


 団助先生の目は、以前伝輝が怪我をして注意をした時以上に、真剣なまなざしになっていた。

「この町は、まごころ動物園に関わる動物が多いから、日本国内としては、肉食動物が多い。

 ライオンやチーターが普通に暮らしているから、捕食対象動物は一層注意しなければならない。

 だけど、『狩りの日』にはルールがいくつかあってね。

 この時間帯、建物の中にいて、ちゃんと鍵をかけていれば、襲われない。

 鍵をかけ忘れたところがあると、肉食動物がそこから中に入っても良いことになっている。

 今日は夕方までに必ず家に戻って、窓も全部鍵をかけて、朝まで絶対に外に出ないようにするんだ。

 ご家族は早く帰ってくるのかな?」

「今日、親は・・・人間界に泊まる予定です」

「そうか、なら大丈夫だな。

 君一人で不安だろうけど、マグロ君の家にお邪魔するのはやめなさい。

 なぜなら、捕食対象動物達は、いざというときの為に、肉食動物に対抗できる状態にしている。

 マグロ君たちは恐らく今晩は本来の大きさに戻っているだろう。

 そうなると、一緒にいて、肉食動物に襲われた時、暴れるマグロ君たちに巻き込まれてしまうかもしれないからね。

 分かったかい?」

「はい・・・」


 突然の話に、伝輝は戸惑っていた。

 だが、おかげで納得できた部分もあった。

 今朝から感じていた違和感は、この為だったのか。

「質問はありますか?」

 団助先生は尋ねた。

「『狩りの日』って、毎月この日にあるんですか?」

 伝輝の言葉に団助先生は首を横に振った。

「いや、事前に知ってしまうと、肉食動物に不利だからということで、毎月何日に行われるかは公表されないし、お互い言ってはならないことになっている。

 ただ、実際は皆どこからともなく今日がその日だと知るので、今日のように速やかにそれに向けて準備するんだ。

 『狩りの日』はあちこちで行われるけど、それぞれ日程が異なる。

 この町に住んでいない動物が今日やって来たら、襲われる可能性が高いね。

 だけど、それは運が悪かっただけになるんだ」

 団助先生は伝輝の肩を抱いた。

 目線がほとんど変わらないので、その黒く鋭い瞳が伝輝を映した。


「この話は誰にもしてはいけないよ。

 この『狩りの日』は日ごろ、本来の弱肉強食の在り方を封じている肉食動物が自分たちの誇りを保つために行われる。

 我々が彼らに不利なことをしたとなると、彼らもルールを破らざるをえなくなる。

 そうなると、鍵を壊して襲ってくるかもしれない。

 約束だ。

 ご家族以外にこの話をしないこと。

 そして、今晩外に出ないこと。分かったね」

 伝輝は静かにうなづいた。




 伝輝と団助先生は一緒に校門に向かった。

「先生も『狩りの日』に参加するんですか?」

「僕も捕食側として参加はできるけど。

 僕はあまり肉は食べない方だから、参加はめったにしないよ。

 まぁ、用事で外に出てて、狩りの時間が始まったら、違うかもしれないけど・・・」

 もし、この時間が夕方だったら、自分は真っ先に食い殺されているのかと思うと、伝輝は少しぞっとした。

 校門には、校長先生がいて、足早に下校する生徒達を見送っていた。

「伝輝君、また、明日学校でね」

 校長先生が朗らかに言った。

 伝輝は明日、皆全員学校で会えるのだろうかと、思った。

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