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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
15/84

メルとの出会い ③ 約束

 怪我をした伝輝は図書室で休むことになった。そこで、羊の男の子メルと出会う・・・

 次の日の昼休み、伝輝はドリスやマグロ達が勢いよく校庭へ向かったことを確認してから、そっと教室を出た。

 今朝のホームルームで、団助先生が

「伝輝に運動をさせないように、誘わないように。」

と生徒全員に重い声で注意したので、流石に誰も伝輝に声をかけることはなかった。


 伝輝は図書室に向かった。

 昨日同様、カウンターでゆり子さんがカタカタとパソコンのキーボードを叩いていた。

 伝輝が図書室に入るのをギロリと視認した後、再びパソコンのディスプレイに視線を戻した。


 図書室内は他の生徒も数名いた。

 伝輝が図書室に入ると、一瞬だけ生徒達の目が伝輝に向けられたが、すぐに元に戻った。


 伝輝は図書室内を見渡した。

 昨日と同じ場所で、レモンイエローのタオルケットを膝にかけて、読書しているメルの姿が見えた。


「メル」と伝輝が声をかける前に、本に目を向けたままのメルが「伝輝。」と呼んだ。

 ほとんどメルの背後で靴を脱いでいたのに、どうして分かったのだろうと伝輝は思った。

「最新刊、読み終わったの?」

 メルは伝輝が手に持っている文庫本を指差して言った。

「うん、昨日読み終わったよ」

 伝輝はメルに文庫本を差し出した。

「急がなくて良いから、読んだら返してね」

「ありがとう、伝輝! すぐ読むからね!」

「いや、だから急がなくて良いって。今、何巻を読んでたの?」

「第三巻。今、三往復目だよ」

「俺も三往復したよ! この巻も三回読んだ!」

「本当!?

 でもこの本って、初め読んだときは分かりにくいけど、読めば読むほど面白くなるよね!

 あー、ここ、こういうことを言っていたのか! って」

「分かる分かる!

 だから俺もこの巻読んで、やっぱもう一回初めから読み直そうって思ってさ。

 でも、他の巻売っちゃったから、ここの図書室にあって、本当に良かったよ」

「伝輝はさ、スパイダーのことどう思う?

 僕はやっぱ味方なんじゃないかなぁって思うんだけど・・・」

「あ、それはさ。この巻読んだら、分かるから」

「え、本当・・・・・」


「うるさくするなら、出て行きなさい!」

 メルの会話を遮って、ゆり子さんの怒声が図書室内に響いた。

 室内にいた生徒全員がゆり子さんの方を向いた。

「そこのヒトと羊! そこは居間ではありません。

 おしゃべりするなら、よそでやりなさい。

 今すぐ出て行かないなら、二度と図書室には入れません!」

 ちょっと話に夢中になったくらいで、かなり極端に厳しいことを言うなぁと伝輝は思ったが、メルが素直に立ち上がり靴を履き始めた。

「伝輝、行こう。他のところで話そうよ」

「あ、うん」

 メルがそう言うので、伝輝も渋々一緒に靴を履き、図書室のドアに向かった。

 図書室を出るとき、メルは丁寧にゆり子さんに頭を下げ、すみませんと謝った。

 ゆり子さんはこちらに一瞥もしなかった。

 伝輝はムカムカした。


「なんだよ、あの猿。

 図書室でもちょっと話すことぐらいあるだろうに。

 それにメルがちゃんと謝っているのに、あの態度は何だよ。

 俺たちのことナメ過ぎてるよ」

「でも、本当に出入り禁止になったら、伝輝が困るでしょ」

 メルは穏やかに言った。

「出来るもんなら、やってみろって言うんだよ。

 今時あの程度のことで出禁なんかしたら、普通の親なら絶対学校に文句言うな」

「注意した方が怒られるって、人間界って面白いね」

 メルはクスクスと笑った。

「校長先生が言っていたけど、ゆり子さんは強いらしいよ。

 刃向っても、多分、人間の子どもと仔羊相手なら、ゆり子さんが勝つよ」

 伝輝は昨日の源次郎のことを思い出し、何も言うことができなかった。




 二人は校庭に出て、昨日伝輝が見つけた木陰で腰を下ろした。

 そして、文庫本のキャラクターについて、お互い自由に感想を述べ合った。

 メルは本当に文庫本をよく読んでいて、伝輝がうろ覚えになっているエピソードも詳しく補足してくれた。

 伝輝は今まで、こんな風に好きな本について、人と話したことがなかった。

 本を読むのは楽しいけど、こうやって誰かと一緒に好きな話について語れるのは、もっと楽しいことなんだと、伝輝は初めて知った。


 あっという間に時間が過ぎ、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 伝輝が教室に戻ろうとすると、メルが

「この本、借りておくね。僕はもう少しここで読んでいるよ。」と言った。


 教室に戻らないのか?と伝輝は少し思ったが、教室に通わない生徒は人間界の学校にもいる。

 メルもそういう生徒なのだろうと思い、何も言わずに教室に戻った。


 午後の授業が、いつもより長く感じられた。

 伝輝はメルと本の話の続きがしたくてたまらなかった。

 プリントの課題を前に、中々シャーペンが進まず、伝輝は団助先生に軽く頭をこづかれた。




 ようやく放課後になり、伝輝はさっさと荷物をまとめていた。


 そこにドリスが声をかけた。


「なぁ、伝輝、一緒に帰ろうぜ」

「あ、ごめん。ちょっと寄りたいところがあるから・・・」

「図書室か?」

 間髪入れずにドリスが言った。

 知っていたのか・・・と伝輝は少し恥ずかしくなった。

「うん・・・」

 自分が図書室に行っていることを知っているなら・・・と伝輝はふと、ドリスに質問をしてみた。

「ねぇ、ドリス。メルってこのクラスの生徒?」

「メル?」

「うん、羊の男の子なんだけど。図書室登校しているみたいなんだ」

「知らねぇよ。このクラスに羊はいないし。

 他のクラスかもしれないけど、毎日入学する動物と卒業する動物がいるのに、いちいち知っている訳ないだろ。

 他クラスなら、行事とかで関わりがないと・・・。

 てか、そのメルって羊さ・・・」


「ドリス! やばい! 団助先生にあの時のことばれてた!」

 ドリスが何かを言い終える前に、源次郎の大声が教室内に響いた。

「まじで! やばい! 逃げなきゃ!」

 ドリスは大慌てで廊下に飛び出した。

「伝輝、悪いけど、また今度な!」


 伝輝は別にドリスとは一緒に帰りたいとは思わなかった。

 それより、また、何かしたのかと少し呆れた気持ちになった。


 伝輝が図書室に向かうと、メルがドアの前で立っていた。

「伝輝」

 やはりこちらを振り向かずに正面を向いたままメルは言った。

「どうしたの? 猿に追い出されたの?」

「ううん。外の方が話しやすいと思ったから」

 メルはニコッと目じりと口元を緩ませた。


「最新刊どうだった?」

 木陰に向かう途中、伝輝はメルに尋ねた。


 メルは両耳をくにんと折り曲げた。

「ごめん。まだ読み始めてなくて。

 読もうとしたんだけど、三巻から続きをもう一度読み返したくなって、午後はずっと四巻から続きを読んでいたんだ」

「そうなんだ。いや、全然いいって。

 最新刊は、一通り確認してから読んだ方が絶対面白いから。

 何かさ、面白いんだけど、もう複雑すぎてさ。

 話を整理するのに凄い苦労したよ。是非とも、じっくり読んでくれよ。

 本当、メルが読み終わったら、すげー、感想言いたいんだよ!」

 やや興奮気味に話す伝輝を見て、メルはまた両耳を折り曲げてうつむいた。

「ごめん・・・すぐ読むからね・・・」

「だから、焦んなくていいからさ!」


 木陰で二人は昼の話と続きに合わせて、他の作品の話になった。

 だが、メルは今読んでいる文庫本のシリーズ以外はほとんど読んだことがないらしく、伝輝の話を興味津々で聞いていた。

 それが伝輝には嬉しくて、自分はこんなに話せるのかというくらい、ペラペラと話し続けた。




「そろそろ、帰る時間だね」

 切り出したのはメルだった。

 伝輝は空を見上げると、オレンジ色に染まっていた。

「そうだね。あ、そういえば」

 伝輝はリュックを背負いながら言った。

「もうすぐ、本の続きが出るよ」

「え、そうなの?」

「うん、確か連続発行とからしくて、いつもは半年に一冊だったけど、今回は二ヶ月後に発売予定だったんだ。調べておくよ!」

「ありがとう。じゃあ、これも早く読み終わらないとね」

「次が完結刊だからな」


 メルは図書室に荷物を置いているということだったので、伝輝は一人で下校した。

 調べると言ったが、情報を手に入れるには、昇平のケータイのインターネットしかない。

 あの男に何かを頼むのは、たまらなく嫌なのだが、伝輝は我慢するしかないと思った。




 図書室の窓からは、正門から下校する動物達の姿が見えた。

 その中に伝輝もいた。

 メルはその後ろ姿をしばらく眺めた後、伝輝から借りた本をカバンに詰めた。

 本を入れた後に、カバンの中から、プラスチック製の四角い飾りのついた輪っかを取り出した。

 そしてそれをクニクニ動く自分の片耳につけた。

 メルは図書室にかかっているカレンダーを見た。


「明日・・・・」


 メルはゆり子さんに会釈すると、静かに図書室を出た。

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