メルとの出会い ② 図書室
伝輝は昼休みにドリスに誘われ、まごころ学校の生徒達と一緒にサッカーをする。すると、ボールを奪おうとした猪の源次郎と激突してしまい・・・
目が覚めると、視界全体に真っ白な天井が広がっていた。
ほのかに消毒液の匂いが漂っていて、ここが保健室だとすぐに分かった。
「起きたわね。団助先生を呼んでくるわ」
落ち着いた女性の声が静かに部屋の中で響いた。
伝輝が寝返りをうとうとすると、ズキッと脇腹に痛みが身体中に走った。
扉の開け閉めの音が何回かした後、団助先生の顔がヌッと伝輝の顔を覗き込んだ。
伝輝は団助先生の顔を見て、ギョッとした。
いつもの先生らしい穏やかな表情ではなく、鼻穴は広がり、目がひん剥いていた。
喰われるんじゃないかと一瞬思った。
「気分はどうだい?伝輝君」
団助先生の顔と声は怒っているのに、口調だけはいつも以上に優しかった。
「だいじょう・・・ぶ・・で・・・す」
伝輝は恐る恐る上半身を起こした。
「大丈夫じゃないでしょう!」
団助先生は一喝した。
「忘れたのかい?
先生がOKと言うまで絶対に皆とスポーツしてはいけないって、言ったよね?
命に関わるからって。源次郎が直前で力を抑えてくれたから、打撲程度で済んだけど、下手をすればあばら骨が粉砕して、内臓破裂してもおかしくなかったんだよ?!」
あれで力を抜いたのか・・・伝輝は恐ろしくなった。
顔が真っ青になった伝輝を見て、団助先生はベッドに腕を乗せ、伝輝よりも低い目線で話しかけた。
顔は元の表情に戻っていた。
「あの場にいた生徒達に聞いたよ。
ドリスが無理やり君をサッカーに誘ったんだってね。
ドリスには親御さんも呼んで、親御さんと一緒に厳しく注意しておくから。
源次郎も凄く落ち込んでいたよ。
皆、人間とヒトとの違いがよく分かっていなかったんだ。
それは伝輝もそうだよね。
身体の大きさだけではなく、筋肉量も筋力も異なる私達が一緒に生活するには、強い者・大きな者が手加減するだけではなく、弱い者・小さい者が自分の身を護る術を身に着けないといけないんだよ。
ドリスはヒトとして、小さいころから自分より大きくて力の強い動物達と一緒に遊んで暮らしてきた。
だから、自然と相手の動きに対して自分の身を護る行動がとれるんだ。
だけど、君はこれから訓練してその動きを身に着けないといけない。
まだまだこれから十分間に合うからね。
でも、手順を誤れば大怪我してしまう。
だから私達は慎重に君に指導していこうと思っていたんだよ」
団助先生の話を聞きながら、伝輝は一緒にサッカーしたウサギ達の動きを思い出していた。
「君の親御さんは仕事中だったから、まごころ荘の管理人さんに連絡したよ。
迎えに来てくれるから、今日は帰ってゆっくり休みなさい。
荷物もマグロが保健室に運んでくれているから。
明日から、学習の他に、自分の身を護る訓練もしよう。
今日のことで、もしかしたら恐怖心が芽生えているかもしれないけど、それも身を護るためには必要な感情だから、あまり気にせず取り組んでいこう」
団助先生はポンと伝輝の肩に手を乗せた。手の平に肉球の感触がした。
「団助先生」
保険医の先生が団助先生に声をかけた。
ゆり子さんよりも少しふっくらした体格のニホンザルの女性だった。
二人の会話が終え、団助先生は伝輝の方を向いた。
「カレイさんが急な用事が出来て、迎えに来るのが少し遅れるそうだ。
これからフミエ先生が外出するから保健室を閉めないといけないから、悪いけど移動してくれるかい?
歩けるかい?」
「分かりました」
体は少しだるいが、伝輝はベッドから出て、保健室を出た。
荷物は団助先生が持ってくれている。
「教室に戻るわけにはいかないから、図書室で休んでおくか」
「図書室があるんですか?」
伝輝の声が少し明るくなった。
「ああ。人間界から取り寄せている本がほとんどだし。
伝輝君も楽しめるんじゃないかな」
団助先生と伝輝は図書室に向かった。
図書室のドアを開けると、入口傍のカウンターにはゆり子さんがパソコンを叩いていた。
図書室は綺麗に整理整頓されており、人間界でも話題になっている本がカウンター近くのおすすめコーナーに並んでいた。
「それじゃあ、カレイさんが来るまで待っていてくれ。
先生は教室に戻るから。
ゆり子さん、よろしくお願いします」
「静かにしないと追い出すからね!」
ゆり子さんはピシャッと言うと、再びパソコンとにらめっこを始めた。
図書室は学習教室の十倍位ありそうで、伝輝が通っていた人間界の小学校の図書室よりも広かった。
人気文庫本コーナーに、伝輝が愛読しているシリーズが並んでいて、伝輝は少し嬉しくなった。
今読んでいる最新刊は持っているが、それより前の巻は家にないため、読み返しに丁度良いと思った。
入口から少し離れたところに、「ごろ読みスペース」と札のかかったカーペットスペースがあった。
靴を脱いで入る形式で、ところどころにクッションが置かれてある。
まだ、体が少し痛むので、伝輝はここで本を読むことに決めた。
靴を脱ぎ、少し形はいびつだが、一番大きなクッションに体をまかせた。
奥は少し硬い感じもしたが、レモンイエローの生地はサラサラしていて、まぁまぁ心地よかった。
伝輝はしばらく集中して本を読んでいたが、じわじわと眠気が襲ってきた。
伝輝は眠気に戦うつもりはなく、襲われるがままに、うとうと目を閉じていった。
「ん・・・んー?」
レモンイエローのクッションがもぞもぞと動き出した。
伝輝は寝返りを同じタイミングでうったので、クッションが動いていることにまだ気づかなかった。
「重い・・・」
クッションは自分の身体に誰かが体重を乗せていることに気付いた。
動きがないので、完全に寝ているようだ。
クッションはそぉーとレモンイエローのブランケットから顔を出した。
自分の腰のあたりにヒトが横たわっていた。
「どうしようかなぁ・・・。」
クッションにされてしまった動物は、身体を動かせないまま、ヒトが目覚めるのを待った。
伝輝の意識がぼやーっと戻ってきた。
心地の良さにすっかり眠ってしまっていたようだ。
伝輝は身体の向きを今までの反対側に変えた。
すると、目線の先には、白いふわふわの毛に包まれた羊の顔があった。
「わぁ!」
「静かに!」
伝輝が驚きの声を上げた瞬間、それよりも大きな声でゆり子さんが注意した。
「な・・なに?」
「あの・・・」
羊は小声で話しかけた。
「そろそろ脚の付け根が痛くなってきたから、どいてもらえますか?」
「あ」
伝輝はすぐにクッションから離れた。
レモンイエローのクッションの正体は、ブランケットに身体を包み込んだ羊だった。
羊は前足後ろ足をぐーんと伸ばし、ブルブル首を振った。
「あー、すっきりした」
「す、すみません」
「あ、気にしないで。僕も寝てたから。あなたはヒト?」
羊の質問は、ヒトか人間か、という質問だろうと伝輝は思った。
「・・・人間だよ」
「人間?! あ、だから!」
羊は伝輝の手元に表紙を上に開いたまま置いてある文庫本を指差した。
「そのシリーズの最新刊を持っているの?!」
「これ、知っているの?」
「うん、今日ずっと読んでいたから。面白いよね、これ」
羊の男の子は伝輝が読んでいる巻の二つ前の巻を取り出した。
「今朝から夢中になって読んでて、疲れて寝ちゃってた」
羊の男の子は照れくさそうに笑った。
「最新刊読み終わったら、貸してくれないかな?
僕はメルっていうんだ。明日も図書室にずっといるから。
君の名前は?」
「伝輝」
「伝輝、よろしくね」
メルが手を差し出した。
握手をすると、フワフワの毛が優しく伝輝の手に絡みついた。
丁度その頃、カレイさんが図書室にやってきた。
伝輝はカレイさんと一緒に図書室を出た。
伝輝の表情は自然と緩んでいた。