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人間6号  作者: 腹田 貝
伝輝と動物界
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動物界での生活 ⑤ 屋上での談話

 ドリスとの寄り道は、結婚式、出産祝い、葬式と大忙しだった。そして、最後にありさという美少女に出会い・・・

 ドリスは約束通り、伝輝をまごころ荘まで送り、二人は伝輝が階段を上る前で別れた。

 ドリスは部屋に入りたそうな雰囲気を醸し出していたが、伝輝は気づきながらもきちんと礼を述べてさっさと部屋に入った。


「おかえりー」

 昇平が既に帰ってきており、発泡酒片手にテレビを見ていた。

 ちゃぶ台にはポテトチップスや柿の種の袋が散乱していた。

 チャンネル数は限られているが、人間界のテレビ番組を動物界でも見ることができるのだ。


「今日は初日だったから、早く終わったんだ。

 あと三十分位したら、マグロ君が晩御飯出来たって呼びに来てくれるから」

 昇平は伝輝の反応が無くともベラベラ話した。

 伝輝は聞き流しながら、カバンを部屋に戻し、手洗い・うがいをした。

「あ、そうだ。伝輝」

 昇平の向かいに文庫本と台布巾を持って座った伝輝に昇平は発泡酒の缶をちゃぶ台に置いて話しかけた。

「何?」

 散乱したポテトチップスのカスを台布巾で拭きながら、伝輝はようやく返事した。

「さっき、なっちゃんとケータイで話してたんだけど、H市で小中学生が何人か行方不明になった事件があったんだってな。

 伝輝は知ってたか?」

「ああ」


 数ヶ月前に起きたH市の行方不明事件。

 H市は伝輝が住んでいた町の隣だったため、当時は集団登下校を伝輝が通っていた学校でも行われていた。

 知らないはずがなかった。

 伝輝はそんなことよりも、動物界でも人間界とケータイで話ができることに驚いた。

 ケータイを持たない、パソコンも家にない伝輝にとって、動物界にいる限り、人間界と交流することは難しかった。


「バラバラ死体で発見されたって、今日のニュースでやってたんだってよ!

 こえーよな! しかも、まだ一部しか発見されてないんだってよ!

 なっちゃんにさ、伝輝に気をつけろって言っといてくれって言われたから、ちゃんと話したぜ」

 昇平は一仕事終えたような表情になり、発泡酒のぐびっと飲んだ。

 伝輝は昇平の話の途中から文庫本の続きを読み始めていた。


 数分後、チャイムが鳴り、伝輝と昇平は晩御飯を食べにマグロ達の家に向かった。

 晩御飯は、途中でアナゴやゴンザレスも合流したため、昨日同様発泡酒祭りになってしまった。

 マグロは明日も学校だからと、風呂に入ってしまったので、伝輝も先に部屋に戻ることにした。

 マグロの家を出ると、すっかり真っ暗になっており、まごころ荘とマグロの家の傍に立てられている街頭ランプの明かりだけになっていた。




「よぉ、伝輝」

 階段を上り終わったとき、ふいに上から声が降ってきた。

 見上げると、黒毛の犬のタカシが伝輝を見下ろしていた。

「あ・・こんばんは」

 伝輝は少したじろいだ。

 自分の髪の毛を治してくれた犬だが、昨晩はほとんど話すことはなかった。


「頭の調子はどうだ? 痒みや痛みはあるか?」

「いえ、大丈夫です・・・」

「何で敬語なんだよ。

 自分の親に向かってはタメ口なのによ。

 まぁ、いいや。俺の部屋のドアの横に綱梯子かけてあるから上ってこいよ」


 伝輝は五号室の前に行き、ギシギシと揺れる綱梯子を上り、まごころ荘の屋上に上った。

 屋上にはキャンプ用の携帯ランプが置かれており、その傍にビーフジャーキーとペットボトルがあった。

「皆には内緒な。と言っても、皆知ってるけどな。

 俺のお気に入りのくつろぎ場所だ」

 タカシはビーフジャーキーを伝輝に勧めながら言った。


「えらく疲れた顔をしているな」

「今日一日で冠婚葬祭全部見た気がする・・・」

 タカシの隣に座り、伝輝はビーフジャーキーをしゃぶりながらつぶやいた。

「あはは、そりゃあ疲れるわな」

 タカシは伝輝の言葉の意味が分かったらしく、ケラケラと笑った。


「・・・いつもこうなの?動物界は」

「うーん、別に毎日知り合いが死んだり結婚したりしている訳じゃないよ。

 でも、人間みたいに寿命の長い動物は、必然的に周囲の寿命の短い動物の生き死にを眺めながら生きることになるよ。

 動物界は人間界みたいに、同じペースで成長して老いる動物同志だけで生活している訳ではないからな。

 様々な長さの寿命を持つ動物達が一緒に生活しているんだ。

 今日みたいな日は珍しくないよ」

 タカシはペットボトルのお茶を一口飲み、話を続けた。


「でも、寿命に量は関係ない。大切なのは、質だ」

「質?」

「量を求めたって、限界はある。

 だけど、質を上げることは、たとえたった一年さえも生きられない生物だとしても無限に可能だ」

 伝輝は静かに聴いていた。


 緩やかに風が吹き、伝輝の額を前髪が心地よく撫でていた。


「俺には好きじゃない言葉がある。『俺の分まで生きてくれ。』ってやつさ」

「何で?」

「大事なのは質なんだ。

 どんなに短くてもそいつの人生はそいつだけのものだ。

 それは、寿命が短かろうが、長かろうが同じだ。

 短いからって、そいつの人生をまるまる取り込むことはできないし。

 寿命が長いからって、いちいち他の奴らの意思ばっか引き継いでいられねぇよ。

 そいつにだってそいつだけの人生があるんだからよ」

 

 伝輝はあまりピンとこなかったが、タカシという犬が、今まで出会ってきたどの人達よりも、深いことを考えているのだなぁと思った。

「凄いなぁ・・・。難しいこと考えてるんだね」

「まぁな。犬でも十年生きていると、多少は知恵はつくんだよ」

「十年!?」

「おう、こないだ誕生日が来て、丁度十歳になったぜ。

 もしかして、伝輝も十歳なのか?」

「うん・・・。俺もこの間誕生日だったよ」

「へぇ、何日なんだ?」

「三月☆日」

「え!? じゃあ、生年月日一緒なのか!」

 伝輝とタカシは互いに見合った。


「すげーな! 俺、初めてだよ。

 生年月日全く同じ奴に会うの。ましてや、知り合いなんてさ!」

 学校の同級生に同じ誕生日の生徒がいることを知っていたので、伝輝にとっては初めてではなかったが、タカシは非常に興奮した様子で、伝輝をなぜかつついたり、服の裾を引っ張ったりした。


「でも、犬の十歳って、結構おじいさんだよね?」

「そうでもないぜ。人間でたとえたら、還暦超えるか超えないかくらいかなぁ」

 十分、ジジィだと、伝輝は思った。

「でも、俺はもっと長生きしたいんだ」

 タカシの言葉に伝輝は「ん?」と思った。

「人生は長さじゃなくて質が大事なんじゃないの?」

「うるせーよ。

 俺はもっと長く生きて、他の動物達が生きたい分だけ生かしてやりたいんだ。

 寿命や不治の病気以外の理由で寿命を終わらせないようにしたいんだ」

「何か、さっき言ったことと違うなぁー。タカシさんは、お医者さんなの?」

「ああ、まごころ総合病院で救命医をやってる」

「へぇー」


 その後しばらく、二人は話を続けた。

 伝輝は、友達と話しているような、親戚のおじさんと話しているような、不思議な気持ちになっていた。

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