記憶
「―――よぉ、これで通算三回目だな」
主に向かって話しかける。俺は今回で主を仕留める、と決意してきた。
主の移動範囲に入り込むと同時に空気が変わるのを感じる。主からの殺気で体中の皮膚がぴりぴりしてやがる。
今までは戦い、傷を負ったら撤退を繰り返し、前回はあと少しで主の頭に叩き込める直前で防がれ、武器を壊された。だが今回は鎌を三本用意し、戦闘のシュミレーションもばっちり。何よりも覚悟をしてきたんだ。
主が武器―右手にショ-トソード、左手に盾を構え、殺気を飛ばしてくる。俺もそれに対抗し右手の剣を構え、にらみつける。そして数秒たったあと、俺から走り出した。
「セイッ!」
上から振り下ろした剣を盾でいなされ、ショートソードで突きをを繰り出してくる。俺は体を狙って繰り出された突きを捻りながら剣ではじく、不安定な体制の俺に主がシールドバッシュ繰り出してくるが、しゃがむことで避ける。
ここからが本番だ。
主の伸びきった手が元に戻る前に脚に力を込め
しゃがんだ状態から全体重をこめて上半身めがけて飛び掛り
押し倒した主に甲冑の上から馬乗りになる
主の剣の反撃をわざと左手で受け止め、主の眼に逆手持ちの剣を押し込んだ
「GURUAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
考えてみれば初めて聞く主の声、その声はバケモノどもの出す醜い声でなく、どこか切ない悲痛な叫び声だった。
俺は左手から剣を生やしながら立ち上がると、主も頭から剣を生やした状態で立ち上がる。だが、その姿に威圧も威厳も殺気も無く、それこそまさに死者のようなものだった。
やがて、俺に刺さった剣と甲冑とともに、全体が黒い砂になって崩れ落ちた。
主の心臓が有ったであろう場所に蒼に光るナニカが漂っている。やがてそれは一直線に俺に飛んできて体に吸い込まれていった。
「ガアァッ!」
頭の中で爆薬が爆発したかのような、ミキサーでかき混ぜられているような頭痛が襲ってきた。今までにも感じたことがないほどの激痛に世界は虹色に変わり、吐き気を催すほどの眩暈が襲ってくる。やがて、俺は膝から崩れ落ち、意識を失った。
―
まるで夢を見ているかのようだった。意識があるのに、体を見渡せない。ただ、そこにある映像を観ていた
「これは、記憶か」
記憶。 主―ロビン の記憶を、映画を観るかのように見ていた。
―
それなり豊かな貴族生まれの彼は剣術と魔術が優秀だった。彼は成人すると、三男坊である彼に家を継ぐ義務は無いので家を出てハンターとなった。元から堅実で臆病な性格のため、すぐにそれなりの高ランクハンターとなった彼は同じハンターで美人な彼女に手に入れたということか。
だがここで、いきなり場面、スキップした。これは…
――どこかの山賊のアジトであろうそこには
十数体の死体と犯され薬漬けにされた挙句、心を壊し虚ろの目をした彼女がいた
ロビンの彼女を手にいれられなかった貴族が逆上し、ならば奪って殺してしまおうと彼女を誘拐して山賊の元アジトに監禁した。彼女を血眼になって探したロビンは「いい女がいる」という噂から場所を割り出し突入した。だが、常に遅かった。
心を壊した彼女を見た彼は惨殺を始めた。感情に身を任せ、魔法と剣技で男供を殺しつくした。
足元がフラフラしている。元から少ない魔力を何度も使ったことによる魔力欠乏症状だ。だが、転ぶことは許されない。なぜなら背中に彼女をおぶっているからだ。今にも意識を失いそうな彼の下に、さらに理不尽がやってきた。
「なんでガルヴィアが…」
高さ4メートルはある巨体と赤黒い鱗を持つ鰐のような獣。魔物より高位の危険な存在、魔獣と呼ばれるガルヴィアがやってきたのだ。魔獣とは高ランクハンターが束になった挙句、数名の死者を出さないと殺せないほどの存在である。今の彼には戦うどころか逃げることすら間々ならない。ならばと彼は、覚悟を決めた。
このまま二人とも喰われるのなら、せめて足掻いてやる、と
彼は彼女を断層によってできた壁の下に丁寧に降ろし、ガルヴィアに向かって剣を向けた。
彼の心に残ったのは、こんなくそったれな運命への激昂だった。
―
目を覚ます。頭が混乱しているため空を見上げて落ち着く。いつの間にか夜になったのか真っ暗だ。よし、だいぶ頭の整理が出来てきた。要するに、この世界はロビンが死んだ山と瓜二つであり、俺はロビンの記憶を手に入れたということだ。どうやら記憶の中にある知識はだいぶ使えるものが多い、もう夜なんだし急いで戻ってメモを…夜?
俺は朝方から戦っていたはずだ、それなのに何故こんなところにいて襲われなかった?
まさかと思い辺りを見渡す。半径五十m範囲を見渡すことが出来る、夜なのに。
まさかと思い左手を見た。
そこには、傷ひとつない腕があった
「ここも、洞窟と同じことになっているのか?」
思考が追いつかない。とりあえず思考を放棄して、行動することにした。そして気づいた。
ひとつだけ確認していない場所がある、それは真後
バクバクと心臓が鼓動しながらもゆっくりと振り返る。そこには、主が背をかけていたであろう壁に洞窟が出来ていた。
人が二人横に並びながら入れるであろう大きさの洞窟。その中は真っ暗でここからでは確認が出来ない。石を投げ入れ、音を反響させた後、生物がいないことを確認して入り込んだ。
洞窟の中は真っ暗だが、直線になっていた。ただ、遠くのほうに光―出口があることだけが分かる。その出口に向かって歩き続ける。
約三分ほど歩き続けた出口の先には
人の心をかき混ぜるかのような黄緑色の空
数m先が分からなくなるほどに濃い霧
歩く者の体力を容赦なく奪う湿った大地
別の世界、沼地へとつながっていた。