トラウマ・克服
洞窟の隅で、俺は体育座りをして体を震わせている。体の震えがとまらない。体が寒い。何度も吐き気がこみ上げてくる。
今の俺の心は恐怖で支配されていた。
どうしてこんなところに
どうしておれひとりで
なんであんなバケモノがいるんだ
ここからでたらころされる
いやだころされたくない
しにたくない
誰も助けてくれない
そんな感情が体までも支配した。動こうとしても足がすくんで立ち上がれない。足を抱えてる手が離れない。全身が自分のものでは無いような錯覚を覚えるほどだった。
この体制ですごして十五日がたった。時計も何も無いが、外が暗くなり、また明るくなるのを見て一日が終わりを知ることが出来た。このころから何かを考える余裕が少し出来た。その余裕で何故腹が空かないのか、なぜ尿意も何も無いのかを考えていた。
―
あの日から3ヶ月ほどたった。筆箱に入っていたメモ帳に日数を正の字で書き込むことを日課にしている。洞窟の中なら自由に歩ける程度に回復したが、外に一歩でも出ると足がすくみ胃液がこみ上げてくる。胃の中に吐くものすらない状態から無理やり押しでてくる酸に喉を何度も焼かれたが、いつ通り一晩で治ってしまった。この調子ならもう少し外に出られるだろう。
―
ここだ、もうすこしでここをヤツが通るんだ。来い、こい、コイッ!
心の中で何度も来いと繰り返す。この日のために用意したんだ、何度も死にそうになりながらもいろいろここまでやってきたんだ。だから、来い!
しばらくすると、のそりのそりと足音が聞こえた
ヤツ、あの日の巨大蟷螂が数m先の獣道を歩いてくる。気配を消し、祈る。ただ、祈る。そしてやつが前を横切るとき、
ヤツが落とし穴に落ちた
「ガアァッ!」
罠に掛かったのを認識すると同時に走り出す。ヤツを何ヶ月も観察して作った落とし穴は外側から内側に深くなっていく蟻地獄タイプ。落とし穴の淵がヤツの頭の位置に来るようにくるように作ったものだ。落とし穴の近くに用意したボーリング球サイズの巨大の石を持ち上げ、頭に向かって振り下げた。
ぐしゃり
まさにそんな擬音がぴったりな音とともに、石と地面に挟まれた頭がひしゃげる。
だがヤツはそれでも立ち上がり、鎌を上げ威嚇をしてきた。まぁそれも
「予想済みだよ」
独り言を合図に俺は背を向ける。でもあの時とは違う、今度の俺はしっかりと地を踏み走り出した。それにヤツが体液を振り回しながらついてくる。だがなぁ…
「ばーっか」
もうひとつの落とし穴に掛かった!
今度は深さを意識したタイプ。地道に用意し、配置しておいた石や木槍を何度も投げつける。
「死ねっ、死ねっ、死ね!」
たった数十秒のことだが数十分ほどに感じる中、ヤツは崩れ落ちるように反応をしなくなった。ヤツを木の棒でつつき、石を投げるも反応を示さない。死んだ。やつは死んだ、その実感がふつふつと心の底から湧き上がってくる。
「いよっっっしゃあああああああああ!!!」
湧き上がる衝動に身を任せ、ひとしきり叫んだ。喉が痛くなったがそんなものは気にならない。ただ、叫び続けた。
―
「とりあえず鎌をもらっておこう、役立つかもしれないしな」
落ち着いた俺は死骸を引きずり出し、鎌を関節を砕いてもぎとる。これをとったら早く帰ろう、そうしないと狼どもがきてしまう。そう思いながら作業を進めた。
ここに来てから1年と265日、あの日の因縁を断ち切った。
でも俺は知らない。これより先に比べ物にもならないほどに強いモノがいることを。