彼女のコト
行動阻害魔法。魔力の縄で相手の手足を縛り動けなくする術。これを自分にかけて素振りと型の練習を行う。もう数年前から重力操作の魔法では体への負荷が掛からなくなるほど成長したため、今はこっちの術を使っている。だが、この術を使わなくなるのも時間のうちだろう。
女神との戦い。シオンを助け出したあの戦い以降また伸び代が深くなったのを感じた。秘術、丸薬を使うことで自分の数倍の身体能力を上げ、一時的にも限界を超えた体を作り出したおかげだろう。少しずつ、着実に剣筋の鋭さが増しているのが分かる。でもドーピングで限界突破は我ながらどうかとは思うもんだ。
一通りの型を終えたあとは体術の練習へと移る。その前に一息つくためにタオルを手に取り水筒を取るため後ろを振り向く。そこにはタオルを顔に掛け、白い肌を赤くしながら地面に横たわるシオンがいた。
なぜだろう、妙に艶めかしい…
「だいじょーぶか?」
俺の問いに答えるように右手を上げた。とりあえず予備のタオルを丸め、頭に血が上らないように、白髪に土が付かないように枕として頭を乗せる。
今まで、本当に心に余裕が無かったんだなと最近になって実感した。間近にいながら、シオンが美少女だと視認できないほどにだ。
無口無表情。腰のところまで伸びた真っ白な髪。蒼とも灰とも取れる絵の具などでは再現できないような、どこか透き通る瞳。小さな顔に長い睫と小さな唇。身長は165cmほど。
主達の記憶にいた女性たちも美人ぞろいだったけどシオンは化粧もしてない。それを考えるとやはり美少女という言葉しか出てこない。
…そうか、少し訂正がある。シオンが美少女だと視認できなかったのは主達の記憶から美人・美少女を何度も見てるから慣れてた所為でもあるのか。
でも、俺はシオンの外見よりも内側のナニカに惹かれている。眼の奥にある「それ」が悲しみなのか何なのか、同気相求によって惹かれているのかは分からない。でも今できることはシオンの望むことをなるべく叶えること、それぐらいしか今はやることが無い。
「どのくらいできたんだ?」
「…一万二百」
ついに一万回を超えたか。
六ヶ月前、シオンが戦いを教えてほしいと頼んできた日、あの日からまずは体力をつけることからはじめた。
そのためにやっているのは縄跳び。食人草の蔓を縄跳びにしたのだが、始めた当時は三十回と続かなかったものだ。今では縄跳びは一万回。腕立て、腹筋は三桁を超えるようになったが、シオンの体がムキムキになるようなことは無い。聖域の効果で行き過ぎた筋肉は付かないように、それでも強くなりつづけることが出来るこの効果には本当に助けられている。
「本当に…私は強くなれるのかな」
「なれるさ。すぐに、とは言わない。でも続ければ続けた分のモノってのは絶対についてくるものだよ。俺が水面を走れるのも毒ガスに抗体があるのも岩を砕けるのも700年の努力の賜物さ」
シオンの弱弱しい呟きに答える。嘘は言わない。努力というのは続けることが一番難しいが、続けたことで報われた見本がここにいる。
それに俺が指導者をやるから割と早めに強くなれるはずだ。俺のときとは違い、動きの一つ一つをすぐに修正できることは大きな力になるだろうな。
…にしても、シオンが戦うことを選んだのはびっくりしたもんだ。あの時、シオンは顔には出ていなかったが、ソワソワしていたことから何かを言い出したかったのは察していた。まぁ、それでもなかなか出てこなかったからこちらから行動してみた。そしてあの一言だった。
考えて見れば、冒険を続けたとしたら、聖域という閉鎖的な場所にシオンを一人で置いておくわけには行かない。それは、あまりにも酷ではないだろうか。だからせめて今の世界の魔物にも十分に対処できるほどの実力をつけて、せめてほかの世界も見て回れるような力を、自由を与えたい。
シオンが立ち上がり、次は体術の型を練習する。
こうしてまた、一日が過ぎていく。