第百十七話:校内大会・開会式
閉じられているカーテンの隙間から部屋の中にへと日差しが射し込み、ぼんやりとしたままベッドから降り、部屋を見渡す。
「ああ、そうか。アークは居なかったんだった」
いつもなら朝は居る率が高いアークだが、彼はとある調査のために長期依頼に出掛けることとなり、キソラも同行者たちの元へと向かう彼を見送ったのは昨日のことだ。
「大丈夫。少しの間、また以前みたいに戻るだけだ」
口ではそう言いながらも、『彼』という存在に慣れ、長期不在というものを理解してしまったキソラにとって、やはりこの空間は寂しさを感じさせるものにもなって。
「本当、早いよ。三ヶ月」
それでも、登校準備で彼女が手を止めるはずもなく、その呟きは誰にも聞かれることなく、部屋の中で消えていった。
☆★☆
「そういや、予選があるんだった」
そう、忘れていたことを今思い出したと言わんばかりの声色でキソラが言えば、そんな彼女に対して、友人たちは呆れたような目を向ける。
「お前なぁ……」
「大丈夫かしら、こんなリーダーで……」
何やら酷い言われようではあるが、いざとなればしっかりと対応してくれることは、面々も理解しているので、この程度で済んでいるとも言えたりする。
「いや、ここ最近がここ最近だったから、本気で忘れてた」
アークが居なくなったからって、キソラのやることが減ったわけではないので、こういうことが起きても不思議ではないし、仕方ないとも言えるのだが……
(ヤバいな。この程度のことが抜け落ちてると、帝国行きの日程を間違えかねない)
自分だけならともかく、誰かと協力したりするとなると、この欠落は褒められたものではない。
「そこまで、思い詰めなくてもいいじゃありませんか」
「いや、駄目だよ。忘れたらみんなに迷惑掛ける」
そう言って、キソラは通路に設置されているモニターに目を向ける。
そこには、出場しない面々が観客として、客席を少しずつ埋めている様子が映し出されていた。
「たとえ、こっちが大丈夫でも、気にするのよ。この子は」
「それに、この子は自分から負担を増やしにいくようなところがあるから、自業自得な分もあるし」
よく分かっているじゃん、と言いたくなるほどに、アリシアとノエルが容赦なく告げる。
「少なくとも、貴女が連日忙しそうにしていたのを私たちは知っているから、無理する理由が分からないんですが、分担することは不可能だったんだすか?」
「出来たら良かったんだけどねぇ……」
そもそも、国内大会の会場となる施設にフィールドを使おうとしたのは、会場を作る必要が無くなれば、そのための資材等も必要なくなり、他に回すことが出来るからである。
それに、利用もしくは代用できる施設があるというのに使わなければ、ただ朽ちて崩壊するのを待つだけになってしまう。だったら、そうなる前に一度でも使ってやれば、少なくともそこの守護者からの不服は出ないはずである。
(正直、帝国行きに関しても、『ゲーム』関係は分担できないし)
そもそも、帝国行きに関して、負担を増やしてきたのは王族側である。
キソラの性格を分かっているからこそだったのだろうが、キソラとて断ろうと思えば断れたはずなのだ。
でも、断らなかったのは、彼女が持つ『能力』ゆえ。
だからといって、キソラはこの判断が間違っているとは思っていない。だって、これから向かうことになるのは友好国ではなく、数日前まで敵対し、争っていた国なのだから。
「まあ、温存できるなら温存しておいた方がいいし、私にはまだ多くの魔力も残ってるしね」
キソラの魔力量は多い。制限装置だけではなく、『封印と解除』の空間魔導師であるリックスを始め、何人かがその手綱を握らなければならないほどに。
だから、制限装置を外し、リックスたちが持つ手綱全ても離された場合、それはそうしなければならないほどの緊急事態とも言えたりする。
もちろん、そこまでしないといけないとなると存亡に関わるレベルになることが予想できるため、キソラとしてはそれと暴走目的以外で、いつも通りの生活を送るために制限装置を持ち、リックスたちにも手綱を握ってもらうことに、異議を唱えることはしていなかったりする。
もっとも、一番制限装置として働いているのは、両親の形見の一つであり、彼女がいつも身につけている宝石の付いたペンダントなのだが。
「さて、それじゃあ、私たちはそろそろ行くよ」
「フィクシア。ジスのこと、頼むな」
「はい、お任せください」
時間を確認したキソラに促されたこともあり、そんなアキトの言葉に、テレスが了承の意を示す。
だが、ここから彼女がやることなんて、基本的に一緒に観戦して、キソラたちを応援することぐらいである。
一応、元・王子であるジャスパーが狙われないこともないとは言い切れないが、そんなことを許さないのがキソラである。そういうのも予想して、元より対策済みだったりする。
「テレスさん、テレスさん」
「何かしら?」
出場者たちの集合場所に進もうとしたところで何か思い出したらしいキソラが、テレスを呼ぶ。
「何もないとは思うけど、何かあったら呼びなよ?」
「……それ、貴女の負担を増やすことになりませんか?」
先程も似たような話をしていたというのに、なぜ彼女は自分から負担を増やしにいっているのだろうか、とテレスは疑問と呆れた目を向けることしかできない。
「あ、それは大丈夫。代役回すから」
「代役……?」
「国内に居るなら、効果絶大だから」
キソラは笑顔でそう言って去っていくのだが、テレスには疑問しか残らない。
「で、何だって?」
「何かあったら、代役を寄越すから、遠慮なく呼べと」
「代役……?」
ジャスパーの問いに、テレスは言われたことを正直に伝えてみるが、彼も彼で分からないらしい。
(これは後で、アリシアさんたちに聞くしか無さそうですね)
自分たちよりも少しだけ付き合いの長い彼女たちである。
きっと、分かりやすく説明してくれるはずだ。
☆★☆
『ただいまより、校内大会の開会式を始めます。総合司会は私、ミルキアフォーク学院・放送委員会委員長のシルビア・メルディオがお送りします!』
そんな彼女の声に、歓声が上がる。
『それでは、まず最初に大会の開催に際して、学院長からのご挨拶をいただきます』
そんなシルビアの進行により、学院長の挨拶から来賓の挨拶、選手宣誓が順に行われていく。
『選手宣誓――フェルゼナート・アストライン』
名前を呼ばれたフェルゼナートが、壇上に上がるのを見て、後ろにいたノエルがこっそり声を掛ける。
「選手宣誓、キソラじゃないんだ」
「やれって言われたって、やらないよ」
迷宮管理者や空間魔導師だからって、頼まれれば何でもやるわけではない。
そのため、上がキソラの疲労を考慮して、選手宣誓の人選をフェルゼナートに回したのかどうかは不明だが、回ってこないだけキソラとしては有り難かった。
小声で話してる間に選手宣誓は終わったが、シルビアが来賓席の隣を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。
『そして、何と我が校の卒業生、ノーク・エターナルさんを始めとする、お三方が来てくれていまーす!!』
「兄さん!?」
「先輩!?」
まさかの紹介に、予想外の歓声が上がり、キソラたちだけではなく、紹介されたノークたちがぎょっとする。
それを見たからなのか、参加者の中でキソラがノークの妹だと知る者たちは、彼女の反応から来ることを知らされていなかったことを察した。
「来ること、聞いてなかったの?」
「聞いてない……そんな素振りすら無かった」
顔を引きつらせるキソラに、それにしても、とアリシアが顔を歪ませる。
「しかも、うるさっ」
この騒ぎように、キソラは苦笑いするしかない。
成績優秀で、見た目も良い方で、性格も良い方となれば、騒がれないはずがないのだ。
「というか、イアンさんたちおまけ扱いだし……」
「きっと、来るとき散々渋ったんだなー」
三人の表情を見る限りだと、そう思えてしまう。
基本、敵対視やライバル視はしてないし、良き友人・親友なので、三人一組で扱われることも慣れたもので、名前を出されていなくても、イアンは歓声に応えるかのように軽く手を振っている。
「イアン、仕事中」
「仕方ないだろ。つか、マジでキソラちゃんに言ってなかったのか。びっくりしてるぞ」
「びっくりしてるのはこっちだ。仕事を理由にこっそり見るつもりだったのに、まさかこんな風に紹介されるとは……」
こっそり見るのなら、休みをとって見に来ればいいものを、と思わなくもないのだが、キソラの戦い方を実はまともに見たことがないノークである。
そのため、たとえ護衛の仕事であろうとキソラの戦いを見ることができるのであれば、ノークとしては構わなかったーーのだが、誰がこんなことになると思えただろうか。
「ま、俺たちはちゃんと仕事して、後輩たちの戦いっぷりを見せてもらおうぜ」
キソラのことだから変な戦いはしないと思うが、見られてると分かっていながらちゃんと戦えるのか、というのはまた別である。
「……そういえばキソラって、大体共闘パターンか場所の違いがあって、まともにノークさんに戦い方を見せたこと無かったよな」
「うぐっ……!」
「そうなの?」
会場から控え室に向かいつつ、そんなアキトの指摘に、図星なキソラが反応し、その事を知らないアリシアが不思議そうに尋ねる。
「そ。校内大会は、ノークさんが出てるときはキソラが出ることはほとんど無かったし、あってもお互い試合になってたりして、見ることが出来なくてね」
「おまけに、この前の戦いだって、ほとんど共闘だったんだろ?」
ノエルとアキトの言葉に、キソラは視線を逸らす。
だが、それだけで、面々の反応の意味をアリシアは察したし、理解した。
「ま、どんな結果になろうと、俺たちは責めないから安心しろ」
「兄さんの手前、私が安心できないよ!?」
せめて、見られて恥ずかしくない試合はしたい。
判定されるだとかは無いだろうけど、それでもそんな気がしてしまうのだから、仕方がない。
だって、学院で『天才』と言われていたノークなのだ。
その妹である自分がおかしな戦い方をして、ノークが悪く言われたりするのも嫌だが、何よりーー変な目だとか以前のような目には遭いたくはない。
「っ、」
ーー大丈夫、大丈夫。
「ねぇ、キソラ。今回はチーム戦だから、そんなに気負わなくても良いよ」
自分に言い聞かせるためか、いつの間にか拳を作っていたキソラだが、その手をユーキリーファが包み込み、そう告げる。
「そーそー。今回は私たちも一心同体なんだから、責められるなら、私たちも一緒」
「……二人とも」
友人だからなのか、過去を知ってるからなのか。
きっと、どちらでもあるんだろうけどーー
「ありがとう、落ち着いた」
たとえ、彼女たちに何が起ころうと、自分の能力であれば護ることはできるから。
だから、それまでは……
「こうなったら、行けるとこまで行こう」
「もちろん!」
「うん」
「そうね」
「ああ」
キソラの言葉に、それぞれが返す。
そして、控え室で待機する中、校内大会の第一試合がアナウンスと共に始まるのだった。




