第百十三話:出場申請とメンバー召集Ⅱ
「で、俺のところに来たってわけか」
「非番なのに、すみません。でも、ノークさんの言葉なら、俺たち以上にこいつには効くんで」
今までの経緯の説明とアキトの言い分に、話は分かったとばかりにノークは自身の妹に目を向ける。
アキトたちが助けを求めてくるほどである。余程酷い状況なのだろうが、キソラもキソラで行く場所が分かっていながら、よくもまあ逃げずにここまで来たものである。
「キソラ」
声を掛けただけでビクリと肩を揺らす彼女に、やらかしてる自覚はあるんだな、とノークは分かりやすく溜め息を吐けば、恐る恐るという感じに、キソラが振り返る。
「やっと、こっちを見たな。愚妹」
ノークはキソラに対して、彼女への配慮もあってか、あまりこういう表現はしないのだが、今回ばかりは別らしい。
「……自覚がない状態ならどうしようかと思ったが、自覚があるみたいで俺は嬉しいよ」
「……こんな状態で、来たくはありませんでした」
未だにアキトに首根っこを引っ張られたままのキソラは、そっと目を逸らす。
ノークとしても、そのことについては同情するが、いろいろと詰め込みすぎて、自分からそんな状態になったキソラが悪い。
「アキト。離してやれ」
「え、でも……」
「大丈夫だよ。こいつは逃げないから」
逃げねぇよなぁ? とプレッシャーを掛けてる時点で、脅し以外の何物でもないのだが、壊れた玩具のようにキソラが何度も首を縦に振っているのだから大丈夫なのだろう。
それに逃げるのなら、アキトの手を振り払ってまで、とっくに逃げているはずなのだ。だが、その形跡はないし、そもそも連れてこられる途中で向かってる場所が分かるはずなので、その間に暴れた可能性もあるのだが、それでもやはりこの大人しさはおかしくて。
(服の心配をしたのか、単にこの幼馴染に甘いのか……まあ、後者なんだろうが)
もし暴れてるなら、かなり目立っているだろうし、誰か教えに来るはずなのだ。
「キソラ」
「……はい」
「久々に模擬戦でもするか」
ノークの申し出に、アキトから解放されて襟元を正していたキソラは首を傾げる。
「え、何で?」
「いいから、やるぞ」
どうやら、キソラに拒否権は無いらしい。
「分かったよ……でも、どこでやるの」
「そんなの、訓練場に決まってるだろ」
「邪魔にならない?」
「許可もらうから大丈夫」
えー、と言いたげな顔をするキソラだが、ノークが大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだろう。
それに、もし怒られるとしても、怒られるのは「大丈夫だ」と言ったノークだけだ。
「……お前、何か俺を馬鹿にしてないか?」
何かを察したであろうノークが笑顔を向ければ、キソラは目を逸らす。
まあ、その行為が彼の指摘を肯定していることを物語っているのだが、ノークもノークでキソラがらしくないことは把握したので、今回は無視して「さっさと行くぞ」と二人を促す。
「あの、ノークさん」
「どうした?」
「……本人を前にして、ものすごく言いにくいんですが、友人曰く、キソラは戦闘脳や脳筋じゃないって言ってたんですが、どう思います?」
そのアキトの問いに、ノークはキソラに目を向ける。
「それを信じてるのか?」
「俺としては脳筋は否定しますが、戦闘脳の方は否定しにくいんですよね」
アキトの言葉に、ノークは「そうか」と返すと、真顔で告げる。
「それで間違ってはないが、お前が思ってる以上の戦闘脳だぞ。あいつは」
「……」
上手く返せなかったアキトは悪くない。
「まあ、だからこそ模擬戦して、少しだけ軌道修正させるつもりなんだが……」
訓練場が近づいてきたのだろう。
様々な声や剣がぶつかり合うような音が聞こえてくる。
「多分、これで元に戻ると思うぞ」
確信があるのか、ノークはそう告げる。
ただ、それが十七年間の付き合いからくる判断なのか、それともキソラの兄としてなのかは分からないが、きっと両方なのだろう。
「そうですか」
だが、アキトとしてもどんな方法であれ、キソラの調子が戻ってくれるのならそれに越したことはないので、これと言って特に何か文句を言うつもりはない。
「ほら、隅の方貸してもらえることになったから、さっさと模擬剣出せ」
「えー、本当にやるの?」
「やる。魔法抜きな」
「うげ……魔法抜きだと、兄さん圧勝じゃん」
許可取りから戻ってきて簡単なルール説明をするノークに対し、そのルール嫌だよ、とばかりにキソラは文句を言う。
二人とも剣も魔法も使えはするが、キソラの場合はその性格面もあってか、主に魔法面に傾く。
一方で、騎士という職業柄、魔法よりも剣と触れ合っていることの方が多いノークはやはりというべきか、剣の方が得意だったりする。
つまり、このルールでは、ノークの方が圧倒的に有利なのである。
(このルールでも、『穴』は存在しているんだがな)
どうやら、キソラが気づいた様子もないので、ノークはその事を指摘するつもりもなければ、教えるつもりもない。
もちろん、アキトがその事に気づいた場合も考えて、彼には微笑みを向けるだけで牽制をしておく。たったそれだけで内訳を察するのだから、さすが幼馴染というべきか。
ただーー
(うん、これはきっと『何もするな』ってことだよな。たとえ気付いたところで、何も出来ないけど!)
その本人はというと、内心焦りまくっていたわけだが。
「先攻はやる」
「……先攻だろうと後攻だろうと、結局は兄さん勝つんだから意味無いじゃん」
「なら、後攻にするか?」
ノークの言葉に、顔を顰めたままキソラは模擬剣を取り出しつつも「先攻でいい」と返す。
「でも、文句は言わないでよ? 決めたの、そっちなんだから」
「言わねーよ。もし、この模擬戦でも府抜けてない限りはな」
そんな二人のやり取りを見ていたアキトはというと、その瞬間、カーンと鐘の音が鳴ったような音が聞こえたような気がした。
そんな彼を余所に、二人の模擬戦は始まることとなり、模擬剣を鞘に納めた剣のように持ったまま、キソラが飛び出していく。
そのまま、鞘から剣を抜くかのように、模擬剣を振り抜くーーが、そう簡単にノークが当たってくれるはずもなく、すぐさま防がれる。
「ですよねー」
もちろん、そうなるのはキソラとて予想済みなので、そのまま何度もーー時に回転して遠心力も利用しつつ、模擬剣をぶつけ合う。
その場に響く、全く途切れる様子の無い音に、同じく訓練場にいた騎士たちの目が、二人に向く。
(あーあ、注目されてら……)
今思えば、この二人は兄妹ではあるが、空間魔導師でもあるのだ。つまり、何が言いたいのかというと、こんな光景は珍しく、あまり見れるようなものじゃないということだ。
ただ、そのことを知ってか知らずか、ずっと防御姿勢だったノークはキソラのわずかに出来た隙を狙うが、それを彼女は察知したのか、当たる寸前で後方へと回避する。
「どうやら、戦闘面は府抜けて無かったらしいな」
「兄さん相手だからね。いくら模擬戦でも本気じゃないと、こっちが死ぬから」
ノークと模擬戦をするとなると、どうしても実戦想定になる。
故に、キソラとて力の出し惜しみは出来ないのだ。今回の場合は魔法禁止ルールが存在しているが、もちろん魔法が使えない場合の実戦想定だと思えば、手持ちの武器で戦うしかないわけで。
「まあ、いくら妹相手でも、手を抜く気は無いからな」
ノークに対し、いろいろといろいろと文句を言いたくなったキソラではあるが、今は仮にも戦闘中なので、再度攻撃を仕掛けに行く。
(魔法禁止じゃなければ、遠距離攻撃も出来たのに!)
剣で起こした風ーー剣風で攻撃なんてことも出来ないわけではないが、やはり魔法面を得意とするキソラに、相手に致命傷を負わせられることのできるレベルの剣風を出すことは出来ないし、そもそもそれ以前に相手がノークなので、簡単に防がれるだろう。
つまり、現状として、キソラの場合は剣風よりも、魔法の方が威力は上なのだ。
(どうする?)
そう考えながらも先程同様、ノークと模擬剣を交えるが、策は見つからない。
時に、足を引っ掛けて転倒させようとする、片方が察知しては回避もしくは引っ掛かったとしても上手いこと体勢を立て直すので、ほとんど状況に進展はない。
「何やってんだ。あの二人は」
「レオンさん」
ノークとは違い、非番ではないらしいレオンが呆れを含んだ様子で疑問を口にする。
「こうして会うのは久しぶりだな。アキト」
「あはは……あと、あれについてですが、キソラの様子がおかしかったので、とりあえずノークさんの所に連れてきたら、成り行きでこうなったとしか説明できませんので」
「なるほどな。けどまあ、イアンの奴、こんなことがあったなんて知れば、絶対悔しがるだろうな」
エターナル兄妹の模擬戦風景など、見ようと思って見れるようなものでもない。
そのことを知っているからこそ、今この場にいないもう一人の友人の悔しがる様が簡単に想像できる。
「教えてあげたらどうですか?」
「教えたところで、今すぐ来れるような場所に居るわけじゃないからなぁ。あいつ」
口は災いの元とはよく言ったもので、暇だと口にしたイアンを偶然側を通りがかった騎士団長直々の指名により、現在別の場所に駆り出されてる最中なので、そう簡単にエターナル兄妹の模擬戦見たさに戻ってこれるわけがない。
「それは残念ですね」
アキトはそう返すことしか出来ない。
そこで、レオンが思い出したかのように告げる。
「で、魔法は禁止なんだっけか」
「はい。たとえ何か気づいたとしても、口に出すなとはノークさんから言われてるので」
「そうか。けどまあ、何ともキソラに不利な条件だな。あの子は剣より魔法派だろ」
「そうですね。本人もその点に関しては、文句言ってました」
それでもキソラがそれなりに戦えているのは、彼女が今までの戦闘で得た経験からなのだろう。
「それじゃ、俺はまだ仕事があるから」
「はい、お仕事頑張ってください」
そう言って、レオンを見送れば、どうやら模擬戦の方ではいつの間にか決着がついていたらしい。
「もうやだー。ほら結局、負けたじゃーん」
「結局負けたって言っても、魔術を使っても良いことには気づけただろうが」
キソラの文句に、ノークはそう指摘する。
そう、『魔法』ではなく『魔術』。
禁止したのは魔法の行使のみなので、魔術の行使が禁止されていたわけではない。
当然、キソラも途中でそこには気づいたのだが、何せ詠唱を必要とする魔術である。そのほとんどに詠唱が必要ない魔法と比べ、魔術は使いどころなどを誤れば、自滅するのは目に見えている。
それでも遠距離攻撃が出来るとなれば、使わないわけにはいかないので、駄目元で詠唱に入ってみたものの、結局はその隙をついたノークに軍配が上がってしまったのだった。
「気づけても、やっぱり発動まで行けなきゃ意味がないよ……これが実戦だったら、確実に死んでるし、相手が兄さんだったから、この程度で済んでるんだし」
溜め息混じりにキソラはそう言うが、それを聞いていたノークはというと、驚きを見せたあとに笑みを浮かべていた。
「アキト」
「何ですか?」
ノークに呼ばれ、アキトが駆けつければ、ノークは彼の頭を大雑把に撫でる。
「まあ、これからも面倒を掛けるとは思うが、キソラと仲良くしてやってくれ」
「え? あ、はい……」
一体、何があってあんなことを言われたのかは分からないし、つい反射的に答えてしまったわけだが、一つだけ分かったことはキソラのことを任されたことぐらいだろう。
そこに含まれた意味にまで、アキトには察することは出来なかったが、ノークからも信頼されていることだけは分かる。
「アキト」
「お、おぅ」
「帰るよ」
ノークが去っていったのは分かってるので、少し驚きながらキソラに目を向ければ、そう告げられる。
「……」
「……何」
「……いや、そうだな。やることもやったことだし」
先に歩き始めたアキトを追うようにして、キソラも彼の隣に並ぶ。
「ちょっと、気になるんだけど」
「いや、ノークさんは本当に凄いなぁ、って思っただけだよ」
天才だ何だとは言われてるけど、それを横に置いておいたとしても、キソラを見ただけで状態把握が出来るのは、後にも先にもノークぐらいしかいないのでは無かろうか。
もし、そんなことをキソラに言えば、「アキトだって同じでしょ」と言われるかもしれないが、彼にその案が無かったからこそ、ノークの元に連れてきたようなものだ。きっと、彼ならどうにかできるかもしれないと思ったから。
そして、実際にやり遂げてしまったのだから、凄いとしか言いようが無いわけで。
「そりゃそうだよ。だって、私の兄さんだもん」
もしーーもし、この場にノークさんが居たら、どんな顔をしたんだろうか、とアキトは思う。
だって、こんなにキソラが嬉しそうに、彼が喜びそうな一言を言っているのだから、反応が気になるのは当たり前である。
(いつか、教えてあげよう)
これは予想だけど、彼もきっと喜ぶだろうから。




