第百二話:波乱の実技試験Ⅰ(攻略メンバーは契約者カルテット)
キソラはどうしたものか、と思う。
筆記試験が終われば実技試験があり、その試験内容が『四人一組』であることと『一泊二日』であること以外が伏せられたまま、野宿も可能な二日分の荷物を用意するように教師たちから通達された。
そして、実技試験当日。
「それじゃあ、私は今日試験で帰らないから、そっちも部屋に戻ってくるようなら、よろしくね」
キソラがアークにそう告げれば、彼からは「ああ、気を付けて行ってこい」と見送られる。
何一つ変わらない、今まで通りのやり取りだ。
「何やるんだろうね、実技試験。お泊まり道具が必要とかさ」
「分かっているのは、ただ一つ。一日じゃ終わらない内容ってこと」
ちなみに、こんな試験内容なのは、キソラたち高等部二学年生のみらしく、同じように登校中である三年生たちらしき人たちから苦笑を向けられていることから、去年も同じ試験内容だったらしい。
「毎年、似たような内容みたいね」
周囲からそう判断したらしいノエルが、そう言う。
「ま、組み合わせを決めるのは先生たちだけど、もし一緒になったら、よろしくね。二人とも」
「こっちこそ」
「頼りにさせてもらいますよ、空間魔導師様?」
そう話ながら、集合場所に向かう。
「はいはい、空間魔法は使えないんだから、頼られても困りますが、精一杯頑張らさせてもらいますよー」
そのまま三人で笑い合う。
「ま、バラバラだとは思うけどね」
ノエルの言葉に、ユーキリーファが頷く。
「バラバラでも、合格が目的なら大丈夫。二人も強いんだから」
キソラという空間魔導師が居るせいもあるだろうが、ノエルとユーキリーファだって、それなりの実力者ではある。
「キソラにそう言われてもねぇ」
「でも、ありがとう」
ジト目を向けるノエルに、笑みを向けるユーキリーファ。
そんな二人に、キソラも微笑み返せば、チャイムが鳴り響く。
「まずは、おはよう」
一人の教師が前に出て挨拶をする。
恐らく、今から説明に入るのだろう。
「さて、君たちも気になっているであろう実技試験の内容だがーーその内容は、四人一組によるとある場所の探索だ」
「探索?」「探索だって」とざわつく生徒たちに、教師が手を叩き、注目を集める。
「探索と言っても、ただの探索ではない。チームメイトとの連携に関する試験だ。危機が訪れたら、どのように対処するのか。寝食する際にも、どのような役割分担をするのか等々……他にもあるが、組むメンバーはこちらでランダムに決めさせてもらったから、文句は受け付けない」
つまり、友人以外と組むことになるかもしれない。
「なお、同じクラスの奴とは組ませてないことだけは先に言っておく」
悲鳴と声が上がる。悲鳴が上がったのは、おそらく生徒会役員である二人(フィールとナツキ)と風紀委員の二人(アオイとマーシャ)が在籍しているクラスの人たちだろうなぁ、とキソラは思う。
「そして、君たちの居場所を把握するために、こんなものを用意させてもらった」
そこでガシャン、と腕にブレスレットのような宝飾品が生徒全員の腕に嵌まる。
(特定のものを特定の場所に転移させる魔法、か。これだけの数をまぁ……)
さすがだと内心感心するキソラを余所に、ブレスレットの説明は続いていく。
「ちなみに、そのブレスレットは君たちの意志では取ることはできない。取れるのは我々教師だけだ」
盗まれないための対策もばっちりらしい。
「目的の場所には転移魔法で向かう。向こうに着いたときにはもう班分けされていることだろうから、四人集まったところから、各自探索を始めてもらって構わない」
それじゃあ、行ってこいーーそんな声に見送られる形で、生徒たちの足下に魔法陣が表れる。
どうやら、これが試験開始の合図らしい。
眩い光が収まったことで目をそっと開けば、キソラが居たのは、どこかへと通じている通路らしい場所。
「……」
「キソラ?」
名前を呼ばれたので振り返れば、アリシアが「よ」と言いたげに軽く手を上げていた。
「とりあえず、あんたが一緒で良かったわ。知らない人とよりは知っている人との方が、やっぱり安心できるし」
「知らない人同士で組まされた人たちに聞かれたら、文句言われるよ?」
そう言いながら、キソラは周囲を見渡す。
「何。何か気になるものでもあった?」
「いや、そうじゃなくて、さ。何か見覚えがあるんだよね」
「迷宮かダンジョンってこと?」
「うーん、私の管理下ではない、な、ら……」
そこで、キソラは思い至った一つの可能性に顔を引きつらせる。
そして、とある迷宮について、同時に思い出す。
(なるほどね。兄さんたちが何も言ってこないわけだ)
ノークだけではなく、イアンやレオンまで試験について何も言ってこなかったのは、この試験のための提供場所に関してノークが関わっていたのだから。
もし、彼らが少しでも話していれば、妹であり知り合いであるキソラはカンニング容疑が掛けられただろうから、話されなくて良かったと言えば良かったのだが、今居るこの場所がノークの管理下である迷宮であると分かった以上、キソラとしては何とも言えないし、判断に困る。しかも、一番の問題はーー
(絶対、私に対して、罠を仕掛けてくるよなぁ)
エターナル兄妹が管理する迷宮やダンジョンの守護者たちの中でも、それぞれの管理下に於いて、キソラ至上主義者みたいなのが居るように、ノーク至上主義者も居るのだが、教師たちにより転移させられた現在地であるこの迷宮を守護する守護者は後者に当たる。
つまり、キソラのことは認識していても、嫉妬対象に入るらしく、キソラがこの迷宮に来る度に、容赦ない罠の数々で出迎えてくるのだ。
今回は他の子の存在やノークの指示もあるだろうから、キソラとしてもそんなに酷くはならないと思いたいところだが、はっきり言って、嫌われまくっていると思える程に罠を食らわせられた身としては、警戒心はMAXレベルでないと、身が持たないし不安でしかない。
「あ、他の二人も来たみたいだねーーって、うげ」
転移させられてきた残り二名の顔を見たアリシアが、明らかに嫌そうな声を洩らす。
「えー、うげ、って何さ。うげ、て」
「あ、いや、気にしないで。というか、貴方たちなのね……」
以前のやり取りがやり取りだっために、どうにもアリシアには彼らに関して、良い印象が無いらしい。
そんな彼らことーーフィールとアオイの二人は、アリシアが言ったことに関して、特に気にした様子もなく、先程から付かず離れずの位置をうろうろしているキソラに目を向ける。
「……よりによって、この四人か」
「俺たちに対して、第一声がそれってどうなの?」
「大して親しくもないんだから、別に良いでしょ」
あまりの反応の薄さから苦笑いするフィールに、キソラは素っ気なく返す。
「で、何してたんだ?」
「マップの状態確認。保有者が歩いた場所は、他の三人が一緒じゃなくても反応はするみたい」
キソラが歩いたことでキソラのブレスレットの地図では通路の長さは長くなっているが、他の三人の地図では変化がない。
「それと、もう一つ残念なお知らせ。この迷宮、兄さんの管理下の迷宮だけど、私はここの守護者に嫌われているようだから、罠やモンスターとの遭遇率が跳ね上がっていると思うので、先に言っておきます」
「何で嫌われてるの?」
「さあ? 私が兄さんの妹だからじゃない? 兄さん至上主義者だから」
とりあえず、了解の意を示した三人に、キソラは「ごめんなさい」と言っておく。
「それで、どっちから向かえば良いの?」
「さあね。どっちに進もうが、どこかには出られるだろうけど、どちらに向かえば目的の場所に出られるのかは分からない。方角も怪しいし」
誰かが正面を東だと言っても、正面が必ずしも東なのかどうかは分からない。
「だから、まずは進んでみるしかないよ」
「休憩場所はその後に考えなきゃならないってことか」
「まあ、それなりに相応しい場所ならあるけど、私が一緒だからね。あいつが素直に向かわせてくれるはずがない」
思案しながらも確認してきたアオイに、キソラはそう返す。
「ま、私としては、ちゃんと休めればどこだって構わないけど」
一度そこで切って、アリシアはキソラに顔を近づける。
「あんたが無茶しないか、そっちの方が心配よ」
「えー……」
その面に関しては、本当に信頼がないらしい。
「ま、確かに、俺たちと戦っていたときも、かなりの魔力を使ってたよね」
「元の魔力量が多いから、あの程度で空っぽになることは無いよ」
「でも、無茶するのは本当でしょ」
「怪我してない状態で、自分で出来ることがあるのに、しないってことがなぁ」
キソラの場合、『生と死』という空間魔法の能力のお陰で、怪我をしても、瞬時に治ることから、負傷していないことになるため、風邪とかではない限り、医院などに行ったことはない。
「あ、そういえば、自己紹介まだだね」
「自己紹介、いる?」
フィールの言葉に、アリシアが面倒くさそうに返す。
「でもさ、一日は絶対にこのメンバーで拘束されるじゃん。それに、どうせなら仲良くしたいし」
「じゃあ、言い出した人どうぞ」
「え、俺から!? えー、俺はフィール・ノルディーク。生徒会書記をやってる、後は……」
フィールの言葉にキソラが振れば、少しばかり戸惑いながらもフィールは自己紹介を始める。
「ーーつーわけで、よろしく」
「アオイ・フィオーレ。風紀委員会所属。以上」
さっさと済ませたいオーラを放ちながら、アオイがそう名乗る。
「アリシア・ガーランドよ。好きなように呼んでちょうだい」
「じゃあ、最後に私か。キソラ・エターナルです。空間魔導師と迷宮管理者の一人です」
全員、契約者であることを省いた自己紹介を済ませ、「それじゃ行くか」と歩き出す。
「戦闘時の役割はどうする?」
「男二人が前で良くない? 以前もそんな感じだったでしょ。というか、ここに居るメンバー、誰でも前衛は出来そうだし」
キソラの問いにアリシアが答えながら、以前の様子を思い出す。
「じゃあ、中衛と後衛は私が引き受ける」
「なら、前衛補佐は俺か」
「じゃ、私も中衛ね」
キソラ、アオイ、アリシアの順に意見を言えば、一人会話に加われなかったフィールが不思議そうな顔をして尋ねる。
「あれ? 俺、もしかして前衛?」
「もしかしなくても、前衛」
三人に頷かれ、フィールは肩を落とすのだった。




