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You are mine.  作者: 岸部碧
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約束

 小さい頃、三人の中で一番大きなクラリッサの家にダレルと一緒に泊まった事がある。クラリッサだけではない、ダレルの家でもフィオナの家でもお泊り会を催した事はあるが、やはり大きな家によく揃うのは当然だった。

 大は小を兼ねる。それは不気味さに関しても適用されるようで、やはり暗くなると大きな家の方が不気味だ。木製の床が軋む音や風が窓を叩く音、それが広い家に響くとそこは最早ホラーハウスでしかなかった。

 そうなると、一番の問題はクラリッサだ。ダレルもフィオナもほとんど怖がらない中、クラリッサが三人分驚いて三人分怯える。

 お前ここで毎日暮らしてるんだろ、という突っ込みは無意味だ。寝顔は愛らしいのに起きると泣き喚く赤ん坊よろしく、フィオナが面白がって怪談なんてした日には、ぐしょぐしょに枕を濡らして泣き続けるクラリッサを二人がかりで宥めるのに深夜までかかった。

 そんな怖がりな幼馴染なので、夜中にトイレについてきてほしいと起こされる事はまあいいとして、ダレルかフィオナがトイレに行く時もクラリッサは絶対に傍を離れようとはしなかった。言い分としては、一人で行かせておばけに会ったらどうするのか、一人残しておばけにとりつかれたらどうするのか、という事だった。

 その度にダレルが馬鹿に言い聞かせるように落ち着け大丈夫だと説得を試みるのだが、結局クラリッサが納得する前に我慢の限界が来て、三人仲良くトイレに向かう事になるが常だった。

 そうして暗い廊下を進んでいる間、クラリッサはぎゅうっと力一杯ダレルかフィオナの腰にしがみついていた。歩き辛いとダレルに怒られるほどで、怒られてからは腕にしがみついていた。

 近頃のフィオナは、その時の事をよく思い出す。

 理由は明白だ。幼いクラリッサのように、自分を抱きしめる腕があるからだろう。

「エリオット、苦しい」

「……もう少し」

 覚悟しろ宣言から一月が経ち、こないだまでソファの隣に座って一方的に抱きしめてきたエリオットは、最近では許可もなくフィオナを抱き上げては自分の膝の上に乗せ、背後からこれでもかと抱き締める。

 上半身を捩らなくてはならない以前の抱き締め方に疲れたという言い分だが、そもそも抱き締めなくてもいいだろうというフィオナの言い分は華麗に無視を決め込まれている。臆病クラリッサ並み、いやそれ以上の強引さである。

 以前よりも恥ずかしさが増すこの体勢はあまりしてほしくはないのだが、フィオナがエリオットの鳩尾に拳をぶち込めないのには理由があった。

 どうにも、最近の王子様はお疲れらしいのだ。

 同盟国のサリスフィアでの一件は次第に収まりつつあり、医師関係はまだ先になるだろうが兵士らは帰国の目処が立ってきたと言う。だからそれほど問題ではないのだろうが、何故かこの王子様の仕事は増えている。

 その理由について、いよいよ代替りかと城内では実しやかに囁かれていた。

 ほとんどの権限を譲り受けているとはいえ、エリオットはまだ王位継承者であって国王ではない。数ヶ月の間政治を取り仕切る事は出来ても、それはやはり国王であるウォルトの政治の代行にすぎない。重要な案件についての最終的な決定権を持っているのはウォルトだ。

 そして、二十三歳にしては優秀すぎるその働き振りは以前から高く評価されている。判断力、決断力、王に必要だと思われる能力が高い事は貴族にしても臣下にしても周知の事実であり、まだ若くても何ら問題ないだろうと考える者も多い。

 だからこそ広まっている噂なのだが、フィオナはそれが本当なのか嘘なのか知らない。ドストレートに本人に聞く事もできるのだが、それをすると自分の答えの期限も迫ってしまうような気がして、なんとなくできずにいた。

「……エリオット、そろそろ定例会議だろ? 用意しなくていいのか?」

「内容はもう頭に入ってる。問題ない。それより一秒でも長くお前を堪能する方が大事だ」

「その言い方やめろ! 匂いを嗅ぐな!!」

 髪に顔を埋めてすんすんと鼻を鳴らすエリオットに、フィオナがたちまち顔を真っ赤にして喚く。

 その反応に満足そうに笑うと、エリオットは僅かに腕を緩めた。

「お前は石鹸と甘い匂いがするな。香水よりよっぽどいい」

「黙れセクハラ王子」

 満足げなエリオットとは反対に不満げなフィオナは、まだ色付いたままの頬を隠すようにそっぽを向く。それがますますエリオットを楽しませるとは薄々気付いていても、そうせずにはいられない。

 くつくつと背後で笑う声を聞きながら、なんとはなしに窓の外を見る。すると真っ青な空に不釣合いな暗い色をしたものが見え、フィオナは眉を顰めた。

「……エリオット、あれ。煙が上がってる」

「煙?」

 フィオナが指差した方を見て、エリオットも怪訝そうな顔をする。方角からすると城下町の南、比較的城からも近い位置から灰色とも黒ともつかない色をした煙が上がっていた。

 火事か、とエリオットが心中でごちるのとほぼ同時、同じ考えに至っただろうフィオナがするりと彼の腕を抜け出した。

「ちょっと見てくる!」

「はあ!? 馬鹿! お前はすぐにそうやって……いい加減治安部に任せろ!」

 咄嗟に白い腕を掴んだエリオットは、子供を叱る親のようにフィオナに言い聞かせる。

 この女がちょっと見てくると言って、本当に見るだけで終わる筈がない。野次馬をかき分けて飛び出していく様が容易に想像できる。

 だからこそこのお転婆娘は城下町の住民から愛され、そして世界中の人々から勇者と称えられる存在になったのだ。

「ろくに魔術が使えないお前が行って何になる。地道にバケツリレーでもするのか。治安部なら魔術師も少なからずいるんだ。すぐに消火される」

「治安部が優秀な事くらい知ってる! それでももし、誰かを助けられなかったら……」

「お前が行っても助けられない可能性の方が高いだろう!」

「そうだけどっ……でも、もしこのままここにいたら、私は見て見ぬふりをした事を絶対に後悔する」

 エメラルドの瞳が切なげに揺れる。懇願に近い色をしたその瞳に、エリオットは一瞬くしゃりと顔を歪めた。

 そうだ、彼女はこういう女だ。最後の最後には決して他人の意見なんて聞かない。誰かが自分を案じる気持ちも大切にする気持ちも、全てを知って理解した上で、自分の意地を貫こうとする。

 ――なんて馬鹿な女だ。

 だがそんな女を愛した俺も、笑えるくらい馬鹿だ。

 エリオットは僅かに自嘲を乗せた笑みを零し、そっと彼女の腕を掴む力を緩めた。

「……わかったよ。悔やんで落ち込むお前を慰める役も美味しいが、それよりもお前が悲しむのは見たくないからな」

「エリオット……」

「ただし、必ず無傷で帰ってこい。掠り傷一つでも作ってきたらお仕置きだからな」

 どこか申し訳なさそうに眉を下げたフィオナは、エリオットの不敵な笑みに小さく笑う。

「ああ、そんなの楽勝だ」

 くすぐったそうに、けれど力強く笑う彼女。名残惜しさを感じながらも、エリオットはフィオナの腕を放した。

 すぐに駆け出した背中を見送り、ソファに深く沈んだまま息を吐く。

 閉じた瞼の裏には、決して褪せる事のない幼い日の記憶。

 大切で愛おしいそれに胸の奥が熱くなるのを感じていると、一つの足音が近付いてくるのが聞こえた。定例会議の時間が迫り、サイラスが呼びにきたのだろう。多少うんざりするのは否めないが、仕方がない。これも仕事だ。

 目を開けて立ち上がったエリオットは、そう遠くない未来で後悔する事になる。

 どうしてこの時、何が何でも彼女を捕まえておかなかったのかと。

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