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You are mine.  作者: 岸部碧
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お転婆娘と泣き虫

 決して慣れていた訳ではないけれど、クラリッサはいつも一人だった。

 父親は他に比べると成功した方の商人で、母親とは職場恋愛の末の結婚だったと聞いている。

 二人は少し遅れてできた一人娘をとても良く愛してくれたが、昼間は揃って仕事に追われ、二人の休日が重なるのも滅多になく、クラリッサは一日の大半を家の中で一人過ごす事が当たり前になった。

 それを心配した両親は、クラリッサを保育所に行かせるようになる。構ってやれない昼間の内は友達に遊んでもらいなさい、たくさんの人と関わって心を豊かにしなさい、と。

 しかしずっと一人でいたクラリッサには、それはあまりに酷な事だった。

 お世辞にも社交的とは言えない性格。話しかけられてもあたふたしてすぐに飽きられてしまう。友達なんてできる筈がなかった。

 そればかりか、元気が有り余った子供達の恰好の的。泣いたってやめてもらえない。だからといって、大人に言って機嫌を損ねる事も怖い。両親にまた心配させるのも嫌だ。

 八方塞の状態で、ただ保育所と家とを行き来するだけの日々。それを当然のものとして受け入れようと思い始めた時、クラリッサの傍に二人の子供が寄ってくるようになった。

 どうやら保育所に通っていないらしい少女と少年は、毎日クラリッサが保育所から出てくるのを待っている。さすがにずっとという訳ではないが、帰る時間になると、いつの間にか門の前にいるのだ。

 最初の頃は、クラリッサの家まで一緒に帰った。少女が好奇心に目を輝かせて尋ねてくるいろんな事をおどおどしながらもなんとか答え、時々あんまり怯えたように見えたのか少年が少女を諌めた。

 少しそれを繰り返すと、二人は手土産を持ってくるようになった。どこで見つけた花だとか、町外れで栽培されている果物を貰っただとか、毎日いろんな物を持ってきてくれた。

 更に少し経つと、家には帰らずそのままの足で様々な場所に連れて行かれた。広場やよく構ってくれる老婆の家、そして二人の家。同じ町中にある筈なのに知らなかった所ばかりで、おっかなびっくりしながらも純粋に楽しかった。

 それが当たり前になろうとした時、クラリッサは意を決して二人に尋ねた。

『どうして、わたしと一緒にいてくれるの?』

 ずっと気になっていた事だった。二人はまるで家族のように優しく、彼らの隣は居心地が良かった。

 当然のように与えられるそれに戸惑っていたのが、尋ねた途端、二人は揃って不思議そうに首をかしげた。それから顔を見合わせて、やはりきょとんとした顔でクラリッサに向き直る。

『なんでって、わたしたち友達だろ? 違うのか?』

 純粋に疑問だけを浮かべた二人に、クラリッサは瞠目するしかなかった。

 ずっと欲しかった友達。しかしその作り方もわからず、どうやってもうまくできない自分にもはや諦めていた。

 だから、気付かなかった。もうとっくに友達ができていたことに。

 ぽろり、頬を涙が伝う。それを見てぎょっとした二人が、慌ててクラリッサの顔を覗きこんだ。大丈夫か、嫌だったのか、心配そうにかけられる声にしっかりと首を振る。

『嬉しいの。二人が友達で、わたし、嬉しいの』

 拙いお礼に照れ臭そうにしながらも頭を撫でてくれた小さな手のひらを、今でもよく覚えていた。



 薄暗い研究室に閉じこもって、クラリッサは膝を抱える。呼吸すら苦しいというのに、涙が止まってくれない。

 しっかりと強く握ってくれる手のひらが大切で、いつだって握り返すのに精一杯だった。

 置いていかれないように、迷惑をかけないように、嫌われないように。二人はそんな人間じゃないと知りながらも、いつも不安でたまらなかった。

 それを知っていても一緒にいてくれる二人に感謝して、隣にいても恥ずかしくない人間になりたかった。

 それなのに、大切な彼女を一時の感情に任せて傷つけた。ずっと守ってくれた彼女を傷つけた。

 もう顔もあわせられない。優しい彼女は許してくれるだろう。だけど、自分自身が許せない。

 それを思うと胸が痛んで、涙が止め処なく溢れた。

 駆け込んだ時に擦れ違った魔術師たちが心配してくれているのは気配でわかるが、大丈夫だと声をかける事もできない。こんな涙声では更に心配させてしまうに決まっている。

 後日改めてお菓子を振舞うから、今は放っておいてほしい。こんな自分を気にする事なんてない。どうか情けない上司なんて忘れて、自分の研究に没頭して――


「――クラリッサ!!」


 怒声のように響いた声を、聞き間違える訳なんてなかった。ほぼ反射的に、クラリッサは顔をあげて閉じきった扉を見つめる。

 自分の事を『室長』と呼ぶ部下達が、微かにざわめいているのがわかる。しかしそれを気にする事もなく、誰かが少々荒々しく扉をノックしている。

 その正体なんて考えずともわかって、クラリッサはぎゅうっと自分の体を抱き締めた。

 怖い。彼女への恐怖ではなく、もう二度と笑みを見られないかもしれないという恐怖が心を支配する。

「おい、クラリッサ! 開けろ馬鹿!」

「っい、嫌よ! お願い、もう放っておいて……っ」

「そんなのできる訳ないだろ! いい加減にしろ泣き虫! お前が開けないなら蹴破るぞ!!」

「っ……だ、だめ……!」

 脅しだった。足を怪我しているフィオナにそんな事をさせられる訳がない。

 開けたくない思いは変わらないが、慌てて扉に駆け寄って、恐る恐る鍵を開ける。カチャリ、と音がした瞬間勢いよく扉を開け放たれて、悲鳴を上げるより早くぬくもりがクラリッサを包んだ。

 力強く抱き締めたフィオナを困惑した声で呼ぶ。しかし彼女は返事をせず、ただ腕の力を強めた。

「……ごめん、クラリッサ」

「っど、どうしてフィオナが」

「私はいつも、お前の気持ちを汲み取ってやれない。お前は私をいつも喜ばせてくれる、支えてくれる。大切なんだ。クラリッサとダレルがいたから、私は今まで頑張れた。これからだってそうだ。だけど私は馬鹿だから、お前が苦しんでいるのに気付けなかった。ごめん、本当にごめん」

 彼女のこんなに弱々しい声を初めて聞いた。無邪気に笑う姿なんて、今はどこにもない。

 僅かに震えた肩をクラリッサはそっと抱き返す。

「……謝るのは私の方よ。ごめんなさい、フィオナ。いつまでも弱いから、私はすぐに心配させてしまう」

「いいんだ、そんなの。私の方がもっとさせてる」

「ふふ、そうね。……でも、ずっとフィオナのように強くなりたいと思っていたのよ」

 手を引く彼女は眩しすぎて、隣を歩くには自分は弱すぎた。それでも絶対に手を繋いでいてくれた。

 胸の奥があたたかくなるのを感じながら、クラリッサは大切な彼女の頭を撫でた。

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