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You are mine.  作者: 岸部碧
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万事休す

 食堂。庭園。書庫。鍛錬場。宿舎。

 思いつく場所を手当たり次第に探しているというのに、エリオットは一向に彼女を見つけられずにいた。

 行き違いになったのではと思い、現在二週目の真っ最中である。

 朝から一度も見ていないことで募っていた不満が、既に苛立ちへと姿を変えている。

 早足で庭園へと向かっていると、『守人の門』の警備をしていた兵がついといった様子で声をかけてきた。

「殿下! 先程からどうかなさいましたか?」

「フィオナが見つからん。お前達、知ってるか?」

「ハッ! フィオナ殿なら正午を過ぎた頃、ここをお通ししました!」

 苛立ちを隠すことも無く尋ねると、兵の一人がキビキビと答えてみせた。まさか答えが返ってくるとは思わなかったエリオットは、間の抜けた声を漏らして瞠目する。

 フィオナが暇を持て余して城下町へ赴く事はよくある。城下町はそれほど治安も悪くなく、彼女の実家もあるのだからそれは当然だとも言えた。

 しかし、彼女が城外へ出る時には必ず彼女自身が一応といった様子でエリオットまで言いに来て、門限を告げれば文句を言いながらもその通りに帰り、ちゃんと執務室に顔を見せに来る。たとえ急用で直接言いに来ることができなかったとしても、その際には必ず誰かに言伝を頼んで行く。だが、今日はそのような話は一度も聞いていない。

 門番兵二人もエリオットの反応が予想外で、怪訝そうに首を捻る。

 そんな彼らに、エリオットはそっと息を吐き出した。

「フィオナがどこへ行くか聞いたか?」

「いえ、何も……ああ、日没までに戻らなければと、言伝を頼まれました」

「言伝?」

 ぐっと眉間に皺を寄せたエリオットに、兵はびくりとその身を強張らせる。

 しかし彼の目が内容を促しているものだとわかると、僅かにおどおどしながらも重たい口を開いた。

「遅れてしまい申し訳ありませんが、必ず見つけ出すからと……その、レヴァイン伯爵令嬢に」

 その名前を聞いた瞬間、エリオットは駆け出した。

 自分の中の苛立ちが、焦燥へと変わっていくのがわかる。

 ――くそ、なんで一番に疑わなかった……!

 焦燥感をぶつけるように強く歯噛みし、城内を駆ける。フィオナを探し始めて随分時間は経っているが、まだ城内のどこかにはいる筈だ。

 侍女や兵士達が驚いた表情を見せる中、廊下を必死に駆け抜け、見つけた藤色の髪を持つ女の名を呼んだ。

「アイリス!!」

 びくっと細い肩を跳ね上げた彼女が、恐る恐るといった様子で振り返る。

 しかし息を切らしたエリオットを見つけるとどこか安堵したように息を吐き、恭しくお辞儀をしてみせた。

「先程ぶりですわね、殿下。どうなさいました?」

 朗らかに微笑む彼女にツカツカと歩み寄ると、エリオットは彼女の腕を強く掴んだ。短く悲鳴を上げようと力は緩めず、痛みに顔を歪ませるアイリスの顔を覗きこむ。

「アイリス。フィオナをどこへやった?」

「……何のことです?」

「とぼけるな。あいつに何を探させている。なんでそれを俺に黙っていた」

 低く唸るような声音にアイリスは一瞬その端正な顔を恐怖に歪ませたものの、すぐに憎らしそうに眉を顰めた。

 それを見て、エリオットは彼女を鋭く見据える。

 しかしそれを跳ね除けるように、アイリスはキッとその目に力を込めて彼を睨み付けた。

「勇者様なら、わたくしの愛猫を探しにロコの森へ行きましたわ!」

「何……!?」

「さすが勇者様はお優しい、快く引き受けてくださいました! 今もきっと、森の中を必死に探してくださっている事でしょう」

 バイオレットの瞳が見開く様を、アイリスは愉快そうに見つめては赤い唇を歪ませる。

「けれど、彼女はもう二度と貴方の前に現れないわ! たとえその目で見る事が叶っても、彼女の体はどうなっているかしら! 二度と、貴方は愛しい彼女に名を呼ばれる事なんてないのよ! あは、あははははは!」

 恍惚すら浮かべて楽しげに笑う甲高い声を遮るように、二人きりの廊下に乾いた音が響いた。

 アイリスはただ瞠目し、一拍遅れて熱を生む頬にそろそろと触れる。

 エリオットはそんな彼女を鋭く睨みつけ、ただ一言、強く吐き捨てた。

「最低だな」

 その後一瞥もくれずに走り去っていく背中を見つめて、アイリスは下唇を噛む。

 殴られた頬よりも胸が痛い理由なんて、最早考えたくもない。

 口内に鉄の味が広がり始めた時、頬を熱い雫が濡らすのを感じた。

「……最低なのは、どっちよ」



  *



 穴を覗きこむいくつかの影に、フィオナは目を凝らす。逆光になって顔を識別することはできないが、明らかに人間だ。

 結局、自分が先に見つかってしまったらしい。間に合わなかったことへの申し訳なさと、無事に助かることへの安堵が彼女を包み、ついつい苦笑した。

「おい、怪我をしてるのか?」

「……ああ、足を挫いた。済まないが、手を貸してくれないか」

「よし、わかった。手を伸ばせ」

 地上には何人かいるらしく、その内の一人が穴の中へと手を差し伸べる。

 フィオナは彼の手を力強く掴み、なんとか片脚で立ち上がると、男は思いの外怪力の持ち主だったのか、軽々とフィオナを引き上げてしまった。

 穴から脱出を果たしたフィオナは、地面にへたり込んだまま引き上げてくれた男を改めて見た。

 やはりこんな場所だから小綺麗という訳にはいかないが、助けてくれるくらいには善人なのだろう。もしかすると、ならず者に紛れる為変装でもした治安部の者かもしれない。

 そう思いながらひとまず礼を言おうとすると、男の手が強く彼女の腕を掴んだ。

「へえ……兵にも勝る女って言うからどんなものかと思えば、なかなか上物だな。グリーンアイは高値が付きやすいし」

「ええ、やっぱ売るのかよ? 俺、結構好みなんだけど」

 おかしい。雲行きが怪しい。そう気付いた時にはもう遅く、フィオナは地面に押さえつけられた。

 打ち付けた背と後頭部の痛みに、顔を顰める。

 微かに呻き声を漏らす彼女の両腕を武骨な手で拘束してしまうと、フィオナを見下ろす男はニイッと口元を歪めた。

「お前に選ばせてやろうか? 悪趣味な親父に売られるか、俺達に飼われるか」

「なっ……」

「まあどっちにしろ、一回は遊ばせてもらうけど」

 下卑た笑みに見下ろされ、フィオナは男の腕を振り解こうともがくが力では叶わない。

 カラン、と放られた剣が音を立てる。

 投げてしまおうと足に力を入れれば、ズキリと捻った足首が悲鳴を上げた。

 ああ、やっぱり早く治しておくべきだった。そう後悔を滲ませながら詠唱を開始しようと開いた口は、強引に引き裂かれた服の切れ端を突っ込まれた。

「魔術なんてセコいもん使うなよ。まあ、詠唱できなきゃ無理か」

 してやったような顔で笑う男に無性に腹が立った。しかし、フィオナは文句をぶつける事すらできない。

 万事休す。考えたくも無い言葉が脳裏に浮かぶ。

 それでもなんとか抵抗しようと足を動かせど、その足も他の男が押さえつける。

 ――所詮、私は弱い。

 いくら引ったくりを捕らえたって、魔王を倒したって、いつだって結局は何もできないただの女だ。誰を救うことも、自分を救うことすらできはしない。

 不快感を誘う笑いと服が裂かれていくのを聞きながら、固く目を閉じた時だった。

「――フィオナ!」

 聞こえるはずの無い、声がした。

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