マッチ棒と白い紙と
とりあえず初めに書いておこう。
……光明寺さん、ごめんなさい(←
5月という月は何かと中途半端な感じが否めない。暑い日が続くかと思いきや、朝晩は涼しくなったりする。暑いと思って薄手にしていると、帰ってくる頃には肌寒くて耐えられない、といったこともあるだろう。
そんな外の雰囲気など関係なく、サラリーマンのTと、その友人Uは、喫茶店でランチを終え、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。昼食時期も過ぎ、店内はあまり客がいない。
「まったく、Y子もY子の兄も何やってるんだか」
しばらくTの話に唖然としていたUだったが、店員がコーヒーのお替りを持ってくると、それを手にとって口にした。
「まあ、Y子のことだから、仕方がないな」
Y子というのは、TとUの高校時代のクラスメイトだった女性である。喫茶店に入った二人は、ランチが終了するまで彼女の話で盛り上がっていた。
「まあ、Y子のことはどうでもいいがな。結局、俺たちは結婚できるのかな」
Y子の話が出たのは、TとUの結婚についての話からだった。昔のクラスメイトで、適当な女友達は居なかったかと。それで出てきたのがY子だ。
「……そういえば、そのY子と食事に行ったときの話だが……」
「せっかく話を変えようと思ったのに、何故話をぶり返す」
話の方向転換に失敗したUは、何故かそばにあった砂糖をTのコーヒーに入れようとする。が、Tの手に阻まれてテロ失敗。
「いや、お前、クイズとかそういうの得意だったな、と思って」
「まあ、そういう類は好きだがな」
Uは比較的クイズ番組が好きで、クイズやなぞなぞ、パズルといったものが比較的得意だった。
「じゃあ、まずは肩慣らしから行こうか」
そういうと、Tはかばんをがさごそとあさり、紙を1枚取り出した。裏は何か印刷してあるが、会社の書類だろうか。
「Uよ、この紙だけを使って、直線を作るにはどうすればいいと思うか?」
「そうだな、普通はこうするかな」
そういうとUは、紙をまっすぐに折り始めた。
「ほれ、これで直線ができた」
「まあ、そうだな。じゃあ、その紙を使って、きれいな放物線を作るにはどうすればいいと思う?」
Tは直線が描かれた紙を指差す。
「うーん、放物線かあ……。あぁ、こうすればいいんだ」
Uはその紙を使って、見事にきれいな放物線を描いた。
「なるほど、やはりクイズやらは得意なようだな。じゃあ、本題に入ろうか」
再びTがかばんの中を漁り、別の裏紙を取り出す。
「おい、会社の書類でそんなことしてもいいのか?」
「ああ、これはメモ用の雑用紙だから、問題ない」
紙の次に取り出したのは、どうやらマッチ箱のようだ。その中には、マッチが4本入っている。
「Y子から出された問題なのだが、これらの道具を使って田んぼの『田』という字を……」
「ああ、そういうことか、それならこのマッチ棒をだな……」
「4つ作ってくれ」
マッチに伸ばしたUの手が止まる。
「……4つ?1つじゃなくて?」
「ああ、4つだ」
ぽかんとするU。1つなら出来たのに、とぶつぶつと呟く。
「……一応聞くが、マッチを折ったり切ったりするのはダメなんだよな」
「そうだな、マッチを折ったり切ったりはしてないな」
マッチ棒を見つめて考えるU。一体これでどうしろと……
「紙は何か意味があるのか?たとえばこれを折り曲げたり、ちぎったりするとか……」
「いや、紙はしいてあるだけだ。この上で『田』を4つつくってくれ、とのことらしい」
ふぅん、とテーブルを見つめるU。
「マッチ箱は?これを加工するのは……」
「いや、これもちぎったり折り曲げたりはしてないな」
ますます混乱するU。とりあえず、落ち着こうとコーヒーに口をつける。もうすでに湯気は立ってない。
「うーん、わからん……これマッチ棒じゃないといけないのか?例えば鉛筆とか……」
「あぁ、鉛筆でも出来るかな……」
「じゃあ、そうだなぁ、爪楊枝だったらどうだろうか?」
Uはテーブルの隅においてある爪楊枝を1本取り出す。
「爪楊枝だと難しいんじゃないかな」
Tも爪楊枝を手にとり、口にくわえる。と同時に、喫茶店のドアがチリンと鳴り、客が入ってきた。
「はぁ……本当にできるのか?」
「まあ、友達の長男R君でも分からなかったし、答えを聞いたときは納得がいかなかったさ」
「へぇ、R君がねぇ……」
この際R君が何者かはあえて伏せておこう。
コーヒーを一気に飲み、Uはマッチ棒をいろいろ並べてみる。
立体にしてみたり、遠くから見たり、1本だけ宙に浮かせたり。
「ダメだ、1つならできるんだが、4つなんてとてもできない」
「やはりUでもダメか」
ぬるくなったコーヒーを飲み干し、Tはコーヒーカップをコースターにゆっくり置いた。
「まあ、そうだろうな。実はこうやるんだ」
Tはそういうと、マッチ棒を1本手に取った。
さて、ここで読者の皆さんに問題である。といっても、Y子からの問題だが。
Tが取り出した道具で、『田』という字を4つ作って欲しい。
問題文にあるが、マッチ棒を折ったり切ったりしてはいけないし、紙やマッチ箱になんらかの加工をしてはならない。
Tが聞いても納得がいかないような解答なので、正攻法では行かないだろう。文章をよく読めば、もしかしたら「これか?」と思う答えが出てくるかもしれない。間違っていると思っても、自分なりの解答ができたら、先を読んで答えあわせと行こう。
ついでに、文中にもあった、「紙1枚で放物線を描く方法」と、「マッチ棒4本で『田』を1つ作る方法」も考えていただきたい。こちらは他のクイズ本などで紹介されているので、あえて解答は掲載しない。
解答はできただろうか?では、先を読んでいただきたい。
Tはまず、1本だけマッチ棒を手に取る。
「ほう、それで、それをどうするんだ?」
興味深く手に取ったマッチ棒を見つめるU。すると、おもむろにTはマッチ棒の薬頭(火がつく部分)をマッチ箱の側薬(マッチをする部分)にこすりつけ火をつけた。
「な……ちょっと待て」
制止するUの言葉に聞く耳持たず、Tはある程度燃えたマッチの火を吹き消すと、こげた部分で紙に「田」と書き始めた。途中で書けなくなると、もう1本のマッチの薬頭をマッチ箱の側薬にすりつけ、同様に火をつける。
こうして4本のマッチが炭になる頃には、紙の上に「田」の文字が4つ作られていた。
「おいおい、そんなのありかよ」
「ん、Y子はこうやっていたんだが?まあ、折ったり切ったりしてはダメといったが、燃やしてはダメとは言ってないしな。ちゃんと使う道具にマッチ箱も入っていたし」
Tは焼けたマッチ棒を灰皿に移し、マッチ箱と紙をくしゃくしゃと丸めてかばんにしまった。
「こんなの、パズルじゃないじゃないか」
やや切れ気味にUは言った。
「いや、別にパズル問題とは言ってないし……」
出題した側なのに、納得がいかないといった表情をしながら、Tはコーヒーの替わりにお冷を口にした。
ふと気が付くと、店員がじっとこちらを見ていた。
どうやらマッチ棒パズルには、「マッチ棒の特性を使ってはいけない」という暗黙のルールがあるそうです。つまり、マッチ棒を折ったり切ったり、縦に割ったり燃やしたり、というのは基本的にダメなのだとか。
まあ、ここではパズルとは言ってませんしね。
ただ、実際燃やしたマッチの炭できちんと文字が書けるかどうかは怪しいところですが……。