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夏が来て、雪が溶け、雨が降る

作者:

 真っ白な天井、真っ白なカーテン、真っ白なベッド。

 そう、ココは病院、数多くの病人がそこにはいて、騒ぐどころか話す事さえ躊躇う場所。


 ここにも一人仲間がいる、敷田空哉、持病の肺炎が悪化して世話になっている。

 大きい奥二重、ウルフヘアの色素の薄い髪の毛、そして健康的な小麦色の肌をした空哉。

 決してココにいるような人種ではない、明るく人の中心にいるような人物だ。


 空哉は陸上部の練習中、大会前という事で走り込んでいた時だった、いつもより乾燥していたその日、空哉は校庭に咳ごもりながら倒れた。



 空哉は不貞腐れながら階段を登る、本来ならば絶対安静の身だが、小学生の時、6年間“落ち着きが無い”と書かれ続けた空哉だ、消毒液臭い病院内で寝ているのはある種の拷問だった。

 屋上に出たが外は生憎の曇天、雨は降りそうに無いが、太陽は見えない中途半端な天気。

 空哉は若干落ち込みながらも柵に肘を付く、そしてその腕には点滴の痕。


「怒られるんだろうなぁ」


 分かっていても病室にはいたくない、説教と拘束で空哉は説教を選んだ。

 空哉は屋上から病室、街並み、更には山を眺めた、都会とも田舎ともつかない中途半端な街、ギリギリ“市”という称号を保っているような所だ。


 空哉のみの屋上、その静寂を破る豪快な音、屋上への金属製の扉が開く音だ。


「空哉!病室を抜け出しちゃダメだって言われたでしょ!」


 若干大人びた少女、空哉の幼馴染み兼監視役の湯平美夏。

 ポニーテールで健康的なピンクの頬、若干垂れている目だが、綺麗に通った鼻筋が幼さを無くしている美夏。

 美夏は怒りながら空哉に近寄る、空哉は聞いていないふりをし、そのまま屋上からの風景を眺め続けた。


「聞いてる空哉?あんたは病人で入院してるんだよ」


 空哉はダルそうに振り向く、そこには見慣れ、もう見たく無い顔がそこにいる。

 いつもいつも空哉に絡む美夏、空哉は慣れているから気にしていないが、内心うんざりしている。


「あんた点滴外して、絶対安静なのに外に出て、陸上続ける気あるの?」


「うるせぇな、あんな所にいたら治るものも治らねぇよ、それに陸上とは何も関係無いだろ」


「た、確かに陸上には関係ないけど………」


 言葉を濁す美夏、空哉はそれに全く気付いていない事に、美夏は内心安心した。

 空哉は美夏を振りきって階段に向かう、美夏も後ろから追うが、空哉は全く振り向かず、美夏を無視して歩き続けた。




 その後、空哉は医者と看護師に説教を喰らい、美夏の空哉に対する愚痴や不満を長々と一方的に話され、やっと解放された。

 空哉は夕方になり院内が静かになった頃、片手で点滴を引きずりながら病室を抜け出した。


 院内を宛てもなく歩き、徐々に見た事の無い風景へと変わる。

 多少は慌ただしい空哉の病室に比べ、人の声が殆ど無い院内。

 空哉は気まずい感じになりながらも、好奇心が背中を無理矢理押して前に進ませる。


 そして行き止まりの、そこにある部屋だけは何故か扉が開いていた、空哉は恐る恐る体を乗り出し、病室を覗いた。

 そこには個室に上半身だけを起こし、外を眺めているその後ろ姿だけでも寂しい女の子。

 空哉はもう少しよく見ようと、体を乗り出した時、斜めになった点滴が空哉の手からすり抜け、床を思いっきり叩いた。


「誰?」


 肩を震わせ、か細い声で問いかける女の子、空哉は居心地が悪くなり、点滴を立て直して帰ろうとしたが………


「行かないで」


 空哉の足が止まった、そしてそのままバックして病室内を見る。

 声と同じようにか細い体、肌の色は真っ白で生きているようには思えない、しかし、大きな黒目がちな眼に小ぶりな口が空哉には可愛く思えた。


「ゴメンな、つい好奇心というか出来心というか……」


「良いよ、私は嬉しいから」


「いや、俺は覗いてたんだよ?」


「でも来てくれた、それが嬉しいの」


 空哉は頬を赤くしながら人指し指で掻いた、少女は大きな目を細めて笑い、細い腕で手招きをする。

 空哉は一度辺りを見回し、若干照れながら中に入った、促されるまま椅子に座る。

 近くで見ると更にか細い体、その体と個室という事から重病だというのは一瞬で分かった。


「お医者さん以外が来たのは久しぶり」


「友達とか家族とかは来ないの?」


「体弱いから学校に行けなくて、小学校も中学校も友達はいなかったし、高校はこんなだから行けないんだ。

 親は私の入院費を稼ぐためで忙しくて滅多に来れないから、人なんて来ないの」


 空哉はゴメンとも言えず、黙り込んでしまった、しかし女の子の顔は笑顔のまま、うつ向いている空哉を見ている。


「それで、貴方は誰?」


「俺?」


「他に誰がいるの?幽霊さん?」


「えっ!ここ幽霊いるの!?」


 椅子を倒してあからさまにうろたえ、辺りを見回す空哉、それを見て女の子は小さな声で笑っている。


「幽霊なんていないよ、貴方の名前を聞いただけ」


「俺は敷田空哉、君は?」


「私は谷瀬雪乃、よろしくね、空哉君」


「よろしく」


 空哉の顔から自然と笑みが溢れた、それにつられて雪乃の顔も笑顔になる。


 二人は空が茜色から紺色に変わるまで話続けた、空哉の陸上の事、最近見たテレビの話等どうでもいいような事ばかりを、物凄い楽しい事のように話した。


「もう戻らなきゃ、また怒られちゃうからね」


「もしかして病室から出ちゃいけないの?」


「そうだよ、俺は全然元気なのに大袈裟だよな?」


「でも安静にしてなきゃダメだよ」


「良いの良いの、じゃあまた明日も雪乃ちゃんのせいで怒られていいかな?」


「責任は取らないよ?」


「説教は慣れてるから」


「じゃあお説教をされて下さい」


「喜んで」


 空哉は軽くおどけて見せると、雪乃と共に声を上げて笑い、バイバイと一言言って病室を出た。


 戻る時の足取りは軽く、病室に戻って本日2度目の説教をされたが、空哉は上の空で雪乃の事ばかり考えていた。







 空哉はあれからほぼ毎日雪乃の所に通った、たまに検査終わりなどで会えないが、極力暇を見付けては会うようにしている。


 今日もそのつもりで病院内を歩いていた、いつもの通り慣れた廊下、そして空哉の主治医がいる診察室の前で空哉の足が止まった。

 診察室から漏れる空哉の母と主治医の話声、そして美夏のすすり泣く声。

 空哉は異様な空気に立ち止まってしまった、馬鹿でも分かる、今話しているのは空哉の事、それ以外はありえない。


「………空哉はどうにもならないんですか?」


「恐らくは、彼が思っているよりも深刻な状態でしょう」


「空哉はもう走れないの?」


「はい、既に肺が限界です、これ以上激しい運動をした場合、命に関わる発作が起こるかもしれません」


 その瞬間、空哉は無言で階段に向かった、雪乃の所に行くことを忘れ、目の前の現実を受け止める事を拒否して、ひたすら足を動かし続ける。


 屋上に着くと、点滴を乱暴に取り、地面に叩き付けるとその場に崩れ落ちた。

 それとほぼ同時に美夏も屋上にやってくる、美夏は空哉を見つけると、空哉の目の前に行って座り込む。


「何だよ?笑いに来たのか?」


「違うよ、空哉聞いちゃったんでしょ?」


「あぁ聞いたよ、俺は2年で100mの選手に選ばれたんだぞ?それなのに走れないなんてありえないだろ?」


「でもね、これ以上無理したら死んじゃうかもしれないんだよ?それなら走らない――」


「お前に何が分かる!マネージャー風情のお前に俺の何が分かるって言うんだよ!?」


 声をあらげる空哉に今にも泣きそうになる美夏、それを見ても空哉の怒りは納まらない、むしろ増幅する一方。


「分からないよ、でも空哉の事が心配なの、だから今の状況を受け止めてよ」


 美夏は空哉の肩を掴んで引き寄せる、そして背中に手を回そうとしたが、空哉に思いっきり突き飛ばされ、そのまま尻餅を付くような状態となってしまった。


「お前の慰めなんていらないんだよ、うざいよ」


 美夏は呆気に取られて空哉を見上げる、空哉は点滴だけを残して屋上から去って行った。

 扉が閉まると自然に美夏の目から涙が流れ落ちる、虚ろな目で空哉が去って行った扉を見つめ、誰もいない屋上で悲しみを漏らす。


「何で、私の気持ちが伝わらないのかな、こんなに空哉の事を想ってるのに」









 あれから数日、空哉は親から走れなくなった事を聞かされ、怒りを隠しなが追い返した。

 数日経っているのに空哉はベッドから動いていない、魂が抜けたように外を見続けていた。


 そして空哉から忘れ去られた人物が、空哉の大部屋にゆっくりと入って来た。

 空哉を見つけるとゆっくりと歩き出す、足取りはおぼつかず、フラフラとしながら空哉に近付く、空哉は外を見ているために気付かない。

 肩で息をしながらベッドの柵に手を付いた、それでも空哉は全く気付かない、恐らく何かを見てるようで見ていない。


「空哉君、大丈夫?」


 雪乃のか細い声で空哉はやっと現実に引き戻された、空哉が見た雪乃の顔は、いつもよりも青白く汗が溜っている。


「何してるんだよ雪乃ちゃん!?」


「病室で大声出しちゃダメだよ」


 空哉は自分の口を手で覆い、小さい声で話し始めた。


「出てきたらダメなんだろ?」


「だって、空哉君が来てくれないから、心配になって来ちゃった」


「ご、ゴメン」


「謝らなくて良いよ、何ともなさそうだから安心した」


 空哉はベッドから降りて雪乃を支えた、雪乃は力無い笑顔で空哉を見上げる。

 その時空哉は自分の事ばかりを考え、全く雪乃の事を考えていなかった自分を悔やんだ。



 空哉は雪乃を支えながら病室まで行き、雪乃のベッドに雪乃を寝かした。

 空哉は椅子をベッドの横に置いて、空哉はそこに座った、ベッドでは雪乃が横になっている。


「ゴメンな本当に」


「良いのよ、空哉君元気そうだし」


 空哉は自分を恥じた、雪乃はこれほど弱っていても空哉を心配している。

 しかし空哉は大好きな陸上をできなくなっただけで、全てを失ったかのように落ち込んだ、雪乃の事など完全に忘れていた。


「俺さぁ、肺炎で入院してるんだ、陸上の練習中に調子に乗り過ぎて発作、校庭でぶっ倒れて気付いたらあのベッドで寝てた。

 俺陸上大好きで医者にはやり過ぎるな、って言われてたんだけど、走り出すと止まらないんだよな、誰よりも速く走るのって気持良いんだぞ。

 でもさぁ、やっぱり体ってものは正直だよ、走りすぎて肺はもうボロボロなんだって、もうまともに走れないんだよ、たった100m走っただけで死ぬかもしれないんだぞ、笑えるよな、やりたいことやったら死ぬんだぞ」


 空哉が笑顔で話しているが、雪乃は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 そして長い間の沈黙の後、先に口を開いたのは雪乃だった。


「私は心臓が悪いんだって、もうボロボロでいつ止まるか分からない、生きるタメには移植が必要なんだけど、移植に必要な心臓もお金も体力も無いからさ、いつ止まるか分からない心臓で生きてるんだよ。

 いつ死ぬかな?もしかしたらまだ生きられるかも?でもこんな事考えてる間に死んじゃうのかな?みたいな事考えてたら疲れちゃって、気付いたら1秒先に死ぬのも怖くなくなってた。

 でも空哉君が来たあの日からだよ、明日死ぬのが怖くなったのは、動けこのポンコツ、苦しくても痛くても辛くてもいいから動いてほしいと思ったんだよ」


 空哉の笑顔は崩れ去り、次第に目には涙が溜まり、ついには涙が頬を伝って手の甲に落ちた。


「最悪だ、俺は生きられる、雪乃ちゃんは危ないのに、俺は何も出来ない」


「大丈夫だよ空哉君、死ぬかもしれないし、死なないかもしれない、それにまだ死にたくないんだもん、死なないよ」


「雪乃ちゃん―――」


 空哉はの顔に圧迫感、細くて小さな何かに包まれている、それは雪乃の小さな胸と細い腕、それが空哉をそっと抱き締めた。

 空哉は必死に涙を堪えるが、涙は次から次へと流れ出す、抑えきれないのは涙だけではなく、声も漏れてきた。

 空哉は雪乃の背中から肩にかけてを抱き、寄りかかるような状態で泣き続ける。


 空哉が泣き終り、ゆっくりと雪乃から離れると、雪乃の笑みが視界に入った。


「雪乃ちゃん、今度デートしよう」


「でも私ココから出れないし、多分治らないし」


「だから変だけど、病院内でもデートは出来るだろ?」


「確かに変だね、でも嬉しい、調子が良い日に誘ってね」


「うん、だから頑張れよ」


「約束だからね」


 空哉と雪乃はお互いの小指を絡めた、二人は笑顔でお互いの顔を見つめる。







 美夏は今日も空哉の見舞いに来ていた、最近は落ち込んでいないで、美夏ともある程度は話すようになったが、邪険に扱われてるのには変わりない。


 美夏は病室にいなかった空哉を捜し回り、屋上やら中庭を歩き回っていた。

 休憩所の自販機で空哉を見付け、駆け寄ろうとしたその時、空哉は持っていたジュースを笑顔で女の子に手渡した。

 美夏に見せた事の無いような笑顔、そして隣のか細い女の子も笑顔。

 長い間空哉といた美夏だが、あんな笑顔を見たのは初めてだった。

 無邪気に笑い、一生懸命話す、そして相手の話に耳を傾ける、表情豊かに女の子と話している。

 美夏はその瞬間、女の子に対して激しい憎悪を抱いた、美夏が空哉に向けて欲しかった笑顔。

 その笑顔を何の苦もなく引き出した、それが悔しくて、羨ましくて、妬ましい、全てが混ざり合い、憎悪と化した。




 空哉が病室に帰ると美夏が椅子に座っていた、空哉は無視してベッドに横になると、美夏は怒りながら立ち上がった。


「何処に行ってたの?出歩いちゃいけないって言われたでしょ、本当に危機感が足りないんだから」


「うるせぇな、説教したいんなら帰れよ」


「はいはい、帰りますよ」


 美夏はそのまま病室から出ていった、いつもなら帰らないのだが、あっさりと帰って行った事に空哉は驚きを隠せなかった。



 美夏は空哉の病室を出ると、出口の方には向かわず、個室ばかりの病棟に向かう。


 あの後空哉と雪乃の跡をつけた美夏は、雪乃の病室を確認して引き換えした。


 そして美夏は“谷瀬雪乃”と書かれた病室の前にいる、その顔は空哉の前で見せるような笑顔は無く、無表情で冷たい印象を与える。

 美夏は軽く息を吐くと、病室の扉を2回ノックした。


「どうぞぉ」


 美夏は出来るだけ笑顔を作り扉を開いた、雪乃は首を傾げて美夏を見るが、美夏は笑顔でベッドにいる雪乃に近付いた。


「誰ですか?」


「始めまして、敷田空哉の幼馴染みの湯平美夏です、いつも空哉がお世話になってます」


「空哉君の幼馴染みですか、始めまして、私は―――」


「谷瀬雪乃のちゃんでしょ?外に書いてあったわよ」


 美夏が作った笑顔で椅子に座ると、雪乃は心の底からの笑顔で美夏を見る、美夏はその笑顔が滑稽でたまらなかった。


「空哉が迷惑かけてないですか?」


「全然大丈夫ですよ、むしろ空哉君のお陰で毎日が楽しいくらいです、空哉君って優しいから本当に助かってます」


「ふーん、優しいんだ」


 雪乃と話して美夏の憎悪は膨らむ一方、雪乃は気付いていないが、美夏の笑顔は徐々に引き吊り始めてきた。


「空哉君は学校ではどんな感じなんですか?」


「無愛想よ、いつもイライラしてるし、すぐに怒るし、人の事なんて何も考えてないし」


 美夏の引きつった笑みが嫌な笑みに変わった、雪乃の中での空哉を悪いイメージにしようとする、雪乃は案の定顔を歪めた。


「空哉君も疲れてたんでしょうね、私の知ってる空哉とは全然違いますもん、多分何か嫌な事か辛い事があるんですよ」


「そ、そうかもね」


 美夏はスカートの裾を強く握った、何とか笑顔を作ろうとするが憎悪が前に出る。

 そして雪乃はついに、触れてはならない事、美夏の笑顔を崩してしまった。


「美夏さんって空哉君と付き合ってるんですか?」


 美夏の口角がピクリと動く、雪乃は窓の外を見ながら話しているため、美夏の顔の変化には全く気付いていない。


「違いわよ、私と空哉はただの幼馴染み」


「良かったぁ、………私、空哉君の事を好きになっちゃいました、幼馴染みなら応援してくれますよね?」


 美夏の顔から笑顔が消え、憎悪は憤怒と化して、雪乃に振りかかる。

 美夏は椅子を倒しながら立ち上がると、雪乃は窓から美夏に視線を移す、美夏の顔に笑顔は無く、憎悪に歪んでいる。


「どうしたんですか?美夏さん」


「あんたに何が分かるっていうの」


「えっ?」


「あんたの事なんて応援出来るわけないじゃない!いきなり空哉の前に現れて、私の苦労なんて何も知らないで好きとか言って、本当に最低な女ね!」


「す、すみません、そんなつもりで言ったんじゃないんです」


「知らないわよ!あんたさえいなければ、あんたが空哉に会わなければ………」


 美夏はそこで言葉を濁した、例え雪乃がいなくても、空哉は美夏の事を見てはくれない、それは前々から分かっていた事。


「あんたなんていなければ、あんたなんて死んじゃえば良いのよ!消えて無くなってしまえば良いのに!」


 美夏はそのまま走って病室を後にした、残された雪乃は呆然と、開かれた扉を眺め、悲しみの涙が頬を伝った。




 その夜、ナースステーションから医者の部屋に一本の電話が入った。

 仮眠を取っていた医者は眠い目をを擦りながら電話を取る、後ろから聞こえるナースステーションは慌ただしい。


「何だ?」


「438号室の谷瀬さんの容態が急変です!」


「分かった、今行く」


 医者は白衣を着て出ていった。







 空哉は昨日の美夏と雪乃のやり取りなど知らず、雪乃の病室に向かっていた。

 いつもと同じような廊下を通り、窓の外から見える景色も代わり映えしない。

 しかし、438号室だけはいつもと違った、何もないネームプレート、殺風景になった病室。


 空哉は走っていた、周りの人々が空哉の事を白い眼で見るが、気にせずに向かう。

 空哉が着いた先はナースステーション、息を切らして呼吸がしづらくなるのも気にせず、前のめりになる。


「438号室の、谷瀬さんは、どうなりました?」


 “谷瀬”という言葉を聞いて看護師の顔が曇った、空哉は泣きそうになるが、それをグッと飲み込んで、看護師の言葉に耳を傾ける。


「谷瀬さんは昨日の夜、容態が急変してお亡くなりになりました」






 美夏は再び病院にいた、頭を冷やして考えれば、雪乃に酷い事を言った、その事を後悔していた。


 空哉の病室に行く前に必ず通る休憩所、始めて雪乃を見たのもココだった。

 そしてその休憩所には、頭を抱えてうなだれてる空哉がいる、それだけではない、空哉の肩は震え、顔からは滴が床に落ちている。

 美夏は何があったのか分からないが、慌てて空哉に近寄った。


「どうしたの空哉?」


「…………消えろ」


 鼻声でたまに漏れる声、美夏が空哉の泣いてるところを見たのは始めてだった、決して他人に弱みを見せない空哉が泣いている。


「何があったの?聞くだけなら私にも出来るでしょ?」


「……………死んだんだよ」


 美夏の胸が意味も無く痛む、嫌な予感、そして息を呑む事すら苦しく感じたが、次の言葉を無理矢理喉から引きずり出す。


「だ、誰が?」


「お前は知らねぇよ」


「入院してる人?」


「そうだよ」


 美夏の嫌な予感が徐々に現実味を帯てきた、否、否定する余地が無くなってきたのだ。


「もしかして、谷瀬、雪乃さん?」


「な、何でお前が、雪乃ちゃんの事を知ってるんだよ?」


「聞いてるのは私よ、亡くなったのって谷瀬雪乃さんなの?」


「…………そうだよ」


 美夏の目の前までもが真っ白になる、そして急激な速さでたどり着く一つの結論。

 雪乃は自分のせいで死んだ、雪乃は自分が殺した、雪乃に追い討ちをかけたのは自分。


「ゴメンなさい!」


「はぁ?」


 真っ赤な目で美夏を見る空哉、美夏が頭を下げているのが全く理解出来ない。


「昨日、私彼女に会ったの、その時彼女は空哉の事が好きだって言ったの、それでついカッとなって、彼女に死んじゃえば良いのよって言っちゃったの」


「何でそんな事した!」


 空哉は立ち上がると共に美夏の胸ぐらを掴んだ、空哉の眼は赤くなっているが、顔は怒りに歪んでいる。


「お前なら分かっただろ!個室にいる雪乃ちゃんが危ない事くらい、軽はずみで言ったじゃ許されないんだぞ!」


「ゴメンなさい」


 空哉はそのまま美夏を突き飛ばした、尻餅をつきながら空哉を見上げる美夏、空哉の顔は今まで見た事ないくらい怒りに歪んでいる。


「もう雪乃ちゃんはいないんだよ!お前が殺したんだ」


「………………」


「雪乃ちゃんは死ぬ必要なんてなかったんだよ、お前が死ねば良かったんだ」


 空哉は美夏に背中を向けて病室に向かった、残された美夏は涙を流す以外できなかった。




 初めて好きになった人を殺された空哉、初めから好きだった人を奪われ美夏、初めて好きと他言した故に死んだ雪乃。

 全てが叶わなかった恋、そして、全てを失った恋。
















      END

 最後の終り方が微妙になってしまってすみません、殆ど思い付きで書いた作品です、最後まで呼んでいただいてありがとうございました。


 感想などを頂けたらありがたいです、他の作品にもプラスになりますので、些細な事でもお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感動です。涙止まりせん。 こんな三角関係嫌ですね。主人公の気持ちがびんびんに伝わってきました。 これからも頑張って下さい。
[一言] 三人の気持ちが交差する描写がよく書けていて、三人の想いが痛いくらい伝わりました。 それだけにラストに繋がる彼女の亡くなる時の描写がなかった為か展開が急に感じてしまったのが少し残念でした。
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