字権
長蛇の列に並ぶこと3時間、やっとこさ私の順番が巡ってきた。私は窓口の女性にIDカードを提示する。
「霜月ミツルさんですね」
キーボードを慣れた手つきで操り、IDガードから私の情報を引き出したその女性が確認を取る。
「はい、間違いはありません」
「それでは地下三階の56号室へご案内いたします」
女性は窓口を離れ、私の隣に並びそして先に歩を進め、指定の場所へと案内を始める。彼女がいた窓口には次の対応係の女性が既に私の後ろに並んでいた男にIDカードの提示を求め受け取っていた。
女性の先導で私は共にエレベーターに乗り込み、数秒の降下を経て着いた地下三階に降り立つ。平安京のごとく正方形に設計された碁盤の目の廊下を歩き私は56号室にたどり着いた。
女性がカードキーを通しドアのロックが解除されると
「お入りください」と女性は私を促した。
「ようこそおいでくださいました。私が担当の筒井といいます」
六畳ほどのスペースにパソコンとその周辺機器一式が所狭しと設置されており、そこにいた四十代半ば頃の紳士が私に愛想良く話しかけてくる。
「よろしくお願い致します」
私は15度腰を折り挨拶をした。
「それでは私はこれで失礼いたします」
私を案内してくれた女性は部屋を出てまた窓口業務へ復帰するためもどっていった。
「それでは、おかけ下さい」
筒井の言葉に従い私は彼の前に置かれている椅子に座る。筒井とは台を挟んで向かい合う格好になる。
「早速始めましょうか」
「お願いいたします」
私は机に突っ伏すと筒井は読み取り機を私のうなじに押し当てる。ピッという機会音がし周辺機器が音を立てその機能を発揮し始める。
「どうぞ頭をおあげください」
私は頭を上げ視線を筒井へと送る。彼はパソコンの画面を見てこちらに目を向けない。
「霜月さん。今年はどういたしますか?」
私自身は今年は特に困ったことは起こらなかったので
「そのまま更新して頂きたいです」
と答えた。
「承知いたしました」
筒井がキーボードを滑らかに手際よく操作し、寸陰待つと、一枚の書類がラッピングされプリントアウトされた。
「これが今年の更新書類の原本です。第二窓口で手続きをしてきて下さい」
私はその書類を受け取ると地階へと戻り第二窓口へと向かう。やはりそこも長蛇の列でこれまた数時間暇な時を過ごさざるをえない。
いよいと私の番が回ってきて書類を窓口に渡し指定された部屋に足を進めノックをして入る。そこにはMRIのような機械が備えてあり白衣を着た男が私を待っていた。
「どうぞ横になってください」
私が横になるとその機械は起動し私の身体をスキャンする。
「お疲れさまでした。後は支払いを済ませてください」
機械が止まると男は私に声をかけ、私は指示のとおりに立ち上がってその部屋から身を出し会計窓口へと行く。
「霜月ミツル様ですね」
「はい」
私はIDカードをさし出して請求された金額を支払った。外に出るともう日が暮れかけている。一日の大半をこの役所で過ごした事になる。毎年の恒例行事であるけれどね。
事の始まりは詐欺公約で政権をとった政党の通した法律であった。
『全ての文字、言語を使用する権利は国家が管理するものであり、全ての国民はその対価を支払うことによってのみ文字及び言語を使用する権利を得ることが出来る』
単純に説明するとこんなところである。全ての国民のうなじには産まれてまもなくチップが埋められ、その人間ごとに使える文字、言語を管理されている。国に支払う金額ごとに五段階にそのグレードは分かれており、貧乏人は著しく制限された文字、言語しか使うことが許されない。
恐ろしいことにそのチップによって脳の言語分野はコントロールされているのだ。元はといえば財政破綻しかけたこの国が国民から税収とは違った形で金を集めるために、この通称『字権』を考え出したという。
役人たちは無駄遣いをやめることなく人の財布から金をふんだくる知恵ばかりを巡らせ利権は相も変わらず守られている。
その昔、教育格差が叫ばれた時代があったと言うが言葉まで制限されたことはなかった。行き過ぎた権利の主張を利用され、かえって雁字搦めの世知辛い世の中になってしまった。
今の時代、もはや成り上がる者など皆無である。文字や言語を制限された結果として見事に階級社会が実現されている。
ひょっとしてこれが為政者や権力者の狙いだったのではないかと私は気づいてはいるが打つ手もなく淡々と日々を過ごすしかない。