歌になりたい
池のほとりに私は車いすを止めて、ゆっくりと立ち上がる。この場所が私のいつものコンサート会場だった。
人は誰も聞いていない。もちろんだ、人は誰もいないのだから。
外に出ていることが知れたら、みんな私を止めるに違いない。当然だ。余命いくばくもない少女が、歩くことすらおぼつかない体を鞭打って外出するなど、まさに自殺行為だろう。
でも私は歌いたい。外で、声の響く場所で歌いたかった。
病院の裏手はちょっとした山になっている。そのふもとには小さな池があり、今日みたいな秋時の昼下がりには西日が木々と池をあたたかに照らしている。
お腹に息を吸い込んで、お気に入りのバラードを歌い始める。爽快な気分だった。
声はかすれている。けれど構わない。喉が鳴っている。胸がどくどくと脈打っている。森がざわついている。ボーカルとドラムとストリングス、十分な布陣だ。
亡くなった家族に語り掛ける曲だった。一音、一文字を確かめるように紡いでいく。
一曲目が終わると、風で山がざあっと音を立てた。私は得意になる。
二曲目を歌い始めた時、池の向こうに狸が一匹、ひょっこりと現れた。よくあることだった。時折、野次馬のように現れる気まぐれな観客。
その狸は水を飲みに来たわけでもなかろうに、私が歌っている間、しばらくそこにとどまっていた。
そうそう。私はこういう時、たまらなく幸せを感じる。
外で歌い始めたのは2年ほど前からだった。それまではずっと病室で一人で歌っていた。始めは退屈しのぎだったか、いつしか、毎日暇さえあれば歌うようになっていた。
「外で歌うのも気持ちいいですよ」そう教えてくれた看護師の高倉さんには感謝してもしきれない。
自然の中、池のほとりに初めて来たときの開放感。まだ覚えている。
四曲目を歌い始めた時、突然私は激しく咳きこんだ。両手が真っ赤になる。車いすに倒れこむ。もうダメかもしれないと思う。
「日向ちゃん……!」どこかから見ていたのだろう、高倉さんが駆け寄ってきて、私の手と口を拭いてくれた。
それでも。私は立ち上がる。必死に顔をあげて池の対岸を見る。目はまだ見えている。その目にまだ、小さな狸がそこにいるのが映る。だから私は歌いたいのだ。
そう、知らなかった。あの日まで。初めてこの場所で歌ったあの日まで。
誰かが聞いてくれているということがこれほど心を満たすなんて思っても見なかった。暗い病室で一人で歌う歌じゃない。世界に向けて歌う歌。そうだ、歌は誰かに聞かせるものだ。伝えるものだ。
最後の曲だ。自然を讃える歌。これがいい。
私はまた咳きこむ。高倉さんが私を支える。見上げると、池の向こうの狸はいなくなっている。
そりゃそうだ。それでもいい。誰かに聞こえていればいい。
私は歌い続けている。どこかの誰かの耳に入ればいい。誰かの中を駆け抜けたい。自分が響かせた声に乗って、山をかけめぐる。人をかけめぐる。
そうすればきっと、私はどこにでも行ける。
世界中を飛び回りたい。もう体なんかなくていい。声だけあればいい。歌いたい。世界を響かせたいんだ。
そう、私は歌になりたい。
歌になって、どこまでも行ってみたい。いっそ、虹の彼方にまで。




