私の核心って、何なのだろう
私の核心って、何なのだろう。そんなことを眠れないときに考えることがある。大体そういう時は雨がしとしと降っていて。たらふくアルコールを飲んで、沢山煙草も吸ったのに眠れない。部屋もアロマじゃ消しきれないぐらいどこか煙草臭くって。社会人になってから買いなおした、子あざらしの人形を胸に抱いてお布団の上をごろり、またごろりと転がることしかできなくて。エアコンの温度を変えようが、水を飲もうが眠れないとき、仕方がないので昔のことを考える。私の核心って、何なのだろうって。暗闇の中で、ポチポチとスマホを叩くのだ。私の核心って何なのだろうって。思っていることを吐き出すために。
私の核心って何なのだろう。そう考えたときに、真っ先に思い浮かぶのが死にたさだと思う。私はこれまでに何度か自殺未遂をしてきたし、自傷は毎日のようにする。自傷の流れでオーバードーズに近いことをしたことだってある。向精神薬と強いお酒を一緒に飲むとか。その根底にあるのは、やっぱり死にたさだ。どうしようもなく死にたくて、どうしようもなく消えたい。生きていたく無くて仕方がない。私が今も息をしているということが苦しくて仕方がなくて、生きているということがつらくて仕方がない。夢で自分が死ぬ夢を見ると安心する。それがどんなグロテスクな死にざまであっても。
例えば地雷で両足を吹き飛ばされて失血死したり。全身の血管を抜き出されて死んだり。あるいははたまた大好きな妹や幼馴染が憤怒の表情で首を絞めてきたりする夢であっても。まあ、最後のは泣きながらどうしてって絶叫するし、全力で抵抗してしまうけど。ごめんなさい、ごめんなさい。何でそこまで怒っているのかわかんないけど、私に悪いところがあったのなら謝るから。だからお願い、嫌いにならないで、と泣きながら。それでも夢なので大体力及ばず殺されるわけだけど、その時はちょっと安心してしまうのだ。何が原因でそこまで怒らせてしまったのかはわからないけれど、これで少しでも幼馴染や妹の気が晴れるのならって。最後は抵抗を放棄して。させたいようにさせてあげる。殴られるままにして。お腹の中を包丁でかき回されるがままにして。だってそれで死ねるのだから。それにそこまで怒らせたってことは、きっと私が悪いのだから、なんて。ちょっと安心しつつ眠りにつく。そしてたいていまだ自分が生きていることにがっかりするのだ。
何でそこまで死にたがるのかって、時々考えるけど。やっぱり真っ先に思い浮かんでしまうのは、かつて実家で暮らしていたころ毎日のように親に殴られていたからだと思う。実家を離れてもう10年近くたつのに、まだそんなことを言っているのかという気持ちにもなるけれど。親の怒鳴っていた内容を思い出しては、今の惨状を見るにつけ案外間違っていなかったのでは、という気持ちにもなるけれど。特に仕事が長続きせず、ミスばかり起こし、ミスをなくすための努力もせず向上心もない今の私とかを見ていると、特に。だって私を組み伏せて何度も殴りながら絶叫していた内容としては、なぜこんなにも成績が悪い、なぜもっと勉強しない、なぜおまえはそんなに怠惰なんだということに尽きたから。だから、きっと私が悪かったのだろうと思う。
でもそれでも思ってしまう。私の家は400年以上続く、地域でもそこそこ名の知れた家で。伝統とか文化とかを物凄く大事にする傾向があった。ちょっぴり男尊女卑の傾向もあって。それこそ女の人は男の人より先に家の門をくぐってはいけないとか、一番風呂は男の人のもの、お茶くみお給仕は女の人の役目みたいな。そんな可愛いもの枚挙にいとまがないけれど、いわば古風で、その古風を大事にする厳しめの家だった。だからこそ私たち姉妹は幼いころからお茶やお華、習字などのお稽古事はたくさんさせてもらったし、ゆくゆくは養子として本家に入って婿を取って本家を存続させるのだ、なんてことは繰り返し、繰り返し。それこそ繰り返し耳にタコができるくらい聞いてきた。だからこそ礼儀作法については他の家よりも厳しかったし、ある種立派な淑女を育てるためではないけれど、成績についてもやっぱり厳しかった。そんな家の中で、何をやらせても器用にそつなくこなし、何より言いつけに口答えしない妹と。何をやらせても不器用で呑み込みが悪く、そしてその癖やりたいことや権利ばかりは主張する私。その二人を比較すればそれは私は姉妹の可愛くないほうとか、出来の悪いほうと言われるのも当然のことだったかもしれない。そしてそれが嫌でますます反抗する悪循環だったわけだけど。
それこそ、殴られない日なんてなかったんじゃないかってぐらい殴られていた。それこそ物心ついてからは、ずっと。いつからなんてもう覚えてもいないぐらい。でも小学校2年生の夏には公文の宿題の出来が悪すぎて、なんなのよ、これは!という悲鳴にも似た叫び声と共にママに殴られていたし、小学校4年生の時、中学受験の塾に入って初めての模試が悪すぎて。ふざけてんのか、なんてパパに思い切り殴られた思い出。このままの成績ではどこの中学にも行けないということで、そこからは勉強漬けだったことを覚えてる。せっかく入ってレギュラー入りも見えてきた少年野球部も辞めさせられて。女の子なのに可愛くない。本家の人が知ったらなんと言うか。髪の毛も短く切っちゃって、女の子らしくもないと。散々渋られながら入った少年野球部。まあ、髪の毛を短く切ったのはパパに引っ張られるのが嫌だったからだけど。そんな少年野球部もあっさり辞めさせられて。続けた所でプロになれるわけでもないのに何になるの。大体あなたそんなに上手くないでしょ。あなたに遊んでる暇なんてあると思っているの、なんて言葉と共に。
そこからは毎日勉強漬け。何をするにも時間を計られて。帰ってきたら50分の勉強と10分の休憩の繰り返し。10分の休憩時間も解けた問題の丸つけの時間だったから、大好きな小説を読めるわけもなく。学校から帰ってきたら夜11時までぶっ通し。パパが家にいない時はママが私の勉強を見て、パパが帰ってきてからはパパが勉強を見た。私の勉強机の後ろのベッドに腰掛けて。始まって30分だよ。どこまでできたの、といって私の進捗状況を見ては鼻で笑い。まだそこまでしか出来てないの。ちんたらしてんね。そうママは言って。50分が近づくといつも言っていた。まだ出来ないのー。早くしてよー。私暇じゃないんだけど。雑誌とか携帯とかを弄りながら。いつも緊張するのは丸つけの時間。満点取れて当たり前の問題集で間違えたりしていたら、また同じところ間違えてるよ。ほんと頭悪いね。才能だよ。なんでわかんないかな。また同じ説明しなきゃだめかな。そう言われるのは目に見えていたから。あるいはどうしてこんな出来が悪いのかなあとか言いながら髪の毛を掴んでガクガク揺さぶられたりして。
その時反抗的と取られる態度をとっては行けないのだけど。何なんだよ、お前!勉強見てもらってんのにさあ!そうママは叫び、手に持ってるものを投げつけるか、最悪そんな勉強嫌なら出てけよ、うちの子じゃねえよと叫んで私を家の外に放り出したから。腕が抜けそうな馬鹿力で。ごめんなさい、ごめんなさいと謝っても聞いてくれなくて。雨でも雪でも放り出された思い出。外はいっつも暗くって。開けてよお願いだからと泣いてお願いしても聞いてくれなくて。たまにドアが開いても不機嫌そうな顔で五月蝿い、近所迷惑だから辞めてくれると吐き捨てられるだけ。
言いつけを破れば家の中に引きずり込まれて、死ぬほど殴られるか次のご飯が出てこない事は身をもって学んでいたから。涙目でこくこく頷いて。自分の手を跡が残るぐらい噛んで声を噛み殺して泣いていた思い出。まさか通りすがりのサラリーマンに助けを求めるわけにもいかないから。だから仕方ないので門の勝手口の傍でお山座りして、パパの帰りを待つしかなかった。空がどんどん暗くなって、近所の家からは美味しそうな夕食の匂いとか、同年代の子の楽しそうな声とか。あるいはお風呂に入っているのかシャワーの音とともにただよってくるシャンプーの匂いとか。そんな匂いを嗅ぎながら軒先から垂れてくる雨垂れに当たらないよう身を引いて。それでも肩から先はずぶ濡れで、寒いやら素肌が透けてしまって恥ずかしかったことやら。そんな私を見て、まるで見てはいけないものを見てしまったかの様に顔を背けて足早に去っていくサラリーマン風の男性や、高校生ぐらいのお姉さん達。色んな事を覚えている。
それでもパパに勉強を見てもらう時に比べりゃまだマシだったけど。パパに勉強を見てもらうのは嫌だった。すぐ殴るから。初見の問題を間違える、殴られた。応用を効かさなかったから。2度目の問題を間違える。殴られた。前もやった所だから。ただ殴るんじゃなくて、ほんっと馬鹿だなあ、気狂いがよぉ、なんでわかんないかな。そんな事を叫びながら私を殴った。顔を真っ赤にして、机を何度もバンバン叩いて。窓ガラスがびりびり震えるくらいの大声で叫んで。
殴るだけじゃなくて髪を掴んで縦横無尽にガクガク引っ張り、勉強机の尖っている部分目掛けて何度も何度も叩きつけた。あるいは普通に殴るか蹴るかした。椅子から転げ落ちる勢いで。ある時同じ問題を間違えて、殴られそうになった私はごめんなさい!と叫びながら咄嗟に頭を庇ったら、大人を舐めるなと余分に殴られた。近くに落ちていた金属製の定規で。その時の皮膚が変なふうに引っ付いた傷跡はまだ残ってる。あるいはまた殴られると思った時に、もうやめてよ!もういや!もういやだ!と耐え切れず癇癪を起したことがある。そうしたら、誰の為にやってると思ってる、この恩知らずがと更に余分に殴られて。もう死ぬしかないと思って切った傷跡を見つかった時には何それ、きったなと鼻で笑われて。どうせ死ぬつもりもないくせに構ってちゃんみたいなことやめてくれる。こっちも一々付き合ってるほど暇じゃないんだけど、なんて言われたり。
そんな家。何をしたって殴られたし怒られた。食事を30分以内に終えなかったから怒られたし、お風呂を20分以内に上がらなかったから踏み込まれて殴られた。トイレで泣いていたら、そんなところに隠れて泣いて嫌味のつもり、と怒られた。箸の持ち方、食べ方の行儀がなってないと殴られた。勉強ペース遅れてるから今日の夕食無しね。食べてる余裕ないでしょとご飯が出てこなかった。足音がうるさいと殴られるので抜き足差し足で歩いていた。
一番嫌だったのは本家との会合の時。習字のコンクールで入賞できなかったり、お茶のお稽古で進級できなかったことをオブラードに包んだちくちく言葉で皮肉られ。それを張り付けた笑顔で頭を下げる両親の、なんと恐ろしかったことか。あとで恥をかかせてと死ぬほど殴られることになるから。もっといやだったのは本家でのお茶会や会食。万が一にでも粗相があって。退室を命じられた日にはどんな目にあわされるか分かったものじゃなかったから。
まあ、特別な日じゃなくても怒られたわけだけど。ニュースを見てコメントのセンスが無いと怒られたし、学校であった話をしていても何なの、その口の聞き方はと突然怒り出すこともあった。敬語にした方が良いのかなと思って敬語で話しかけていたら、親を馬鹿にしてるのかと何発も殴られた。ご機嫌取りにと丁寧に絵を描いて、いつもありがとうという手紙と共に届けたら、勉強もせずに何をやってる、どれだけの時間をかけたんだと怒られた。1時間と答えたら馬鹿がと死ぬほど殴られた。大好きな小説たちだって捨てられた。こんな無駄なものばかり読んでいるから頭が悪いんだとか言われて。米澤穂信に綾辻行人。大好きな小説たちを捨てられた。次から次へと何の価値のないゴミみたいに。西尾維新みたいなライトノベルは死ぬほど馬鹿にしながら捨てられた。亡くなったおばあちゃんからもらった子あざらしの人形さえ。やめて、やめてと泣きながら腕にしがみついたけどダメだった。
それでも小さな頃はいつか白馬に乗った王子様じゃないけれど、誰か助けてくれるって信じていた。だからスクールカウンセラーという制度が出来て、困ったことがあったら何でも相談して。学校のことでもお家の事でも何でもいいよという触れ込みで案内が来たとき、私はすぐさま駆け込んだ。頻繁に予約をとっては休み時間ごとにたくさん殴られて辛い事を訴えた。まるで無駄だったけど。大袈裟に言い過ぎじゃないと鼻で笑われ。親御さんなりにあなたのことが心配なんだよと言われ。あなたにも悪いところがあるんじゃないの、あまり親御さんを悪くいうのはダメだよ、家族なんだから仲良くしないと。親御さんとしっかり話し合ってみたら。殴らないでって思ってるならそう伝えないと。なんてそんな事を言われた。実家が大きな家で、外面は良かったから。そんなことはしないという先入観があったのかもしれないけれど。
まあ、そんな事したら殺される、死にたくない死にたくない死にたくないと大泣きし。若干呆れた様なカウンセラーがそれでもじゃあ担任の先生にも一応相談してみるねと言ってくれて。これで何とかなるはずと思っていたら担任の先生が三者面談の時にお宅の娘さんこんな事言ってますけど本当ですかと尋ねてきて。三者面談が終わり、家に帰った後。お前は虐待されているとでもいいたいのか、恥をかかせやがってと死ぬほど殴られた。ああ、ここで死ぬんだなって思うぐらい。
そんな家。そんな家が私の家だった。そんな家だったから死にたがるのかと思ったけれど。最近それは違うのではないかなと思うようになった。もっと、ほかにもっとあるだろうって。例えば子供のころ性被害を受けたこととか。
小学生のころ。あんな家になんかいたくもなくて。高学年になると、唯一遊びに行っていいと言われていた、一緒の塾の友達の家に勉強会の名目で入り浸っていた。努力の甲斐あって、私も友達も別々の志望校に合格して。合格パーティをやろうと言う話になって。いつもの様に上がったら無理矢理押し倒されて犯された。
お前急に可愛く見えてきたとか言われ。服を捲り上げられ、胸を揉みしだかれ舐められた。最初は冗談だと思っていたけれど、全然そんな事なくて。特にあの目が冗談な訳なくて。何度も叫んだ。お願いした。やめてやめてやめてやめてって。キスだけはされまいと頭をブンブン振り乱して。涙がポロポロ溢れて。必死に振り払おうとして。誰か、誰か助けてって叫んでも誰も助けてくれなくて。無理矢理塞がれた口が苦しくって。このまま死ぬんだって思ったら声すら出なくって。カヒュ、カヒュと掠れた様な悲鳴が漏れるばかり。いちどは跳ね除けて何とか這って逃げようとしたけれど、腰の辺りを掴んでズルズル無理矢理引きずり戻されて。何度も殴られて。頭がぼんやりしてきて。助けて、助けて。やめて、お願い。
そう願っているのに彼は卑猥な言葉を投げかけながら私の身体をまさぐるばかり。ヘラヘラ笑いながら。ちょっとだけじゃんとか、暴れんなってとか、半笑いで。そこには見知った彼の顔なんてどこにもなかった。2年間一緒の塾で机を並べていた彼も。模試の成績で勝ち負けを競って、私に負けて文字通り地団駄を踏んだり、逆に私に勝ってちょっとイラッとするぐらい煽り倒してきた彼も。学校で一緒に学級新聞を作ったり、図書館で席を並べて本を読んでいた彼も。どちらの方が一学期で沢山本を読めるか競い合っていた彼も。おすすめの本を紹介し合って、顔をキラキラさせて面白かった本について語る彼も。私の勧めた本を面白かったと微笑む彼も。私の知らない蘊蓄を楽しそうに語る彼も。私の好きな歴史の話を興味深そうに聞いてくれる彼も。感心した様にお前頭いいなと言ってくれた彼も。お前絵が上手いなと誉めてくれた彼も。小説とか詩とか書くんだ。凄いな。俺には絶対無理だと言ってくれた彼も。野球部には戻らんの?お前が居らんと寂しいわと言ってくれた彼も。そして、お前の家ヤバいな。大人になったら絶対出て行った方がいいぞと言ってくれた彼も。全部、嘘。
嫌いじゃなかったのに。ちょっといいなって思ってたのに。そして私は諦めた。ふつん、と諦めてしまった。私を押し倒して膨らみなんてまるでない胸をまさぐっているあいつも。私の胸の先端をじょりじょり舐められ、よだれがつうっと脇腹を垂れる感触も。振り払えやしないのに必死に暴れている私も、何だか全部馬鹿らしく思えてきて。笑ってしまうぐらいどうでも良くなってきて。好きにしなよって身体から力を抜いて。全てを諦めてしまったこととか。
そこからのことはほとんど覚えていない。覚えてるのはただただ、痛かったこと。入るべきでない場所に、本当に入らない場所に無理矢理ねじ込まれたあの痛み。そして内臓を押しつぶすかの様なあの圧迫感。口から内臓が飛び出すんじゃないかってぐらい痛くて苦しかった。それがゴリゴリと身体の中を削りながら動いて。あの形すら思い出せるほどの圧迫感と痛み。痛すぎると人間悲鳴すらあげられないんだと言う事を学んだ。後から後から溢れて流れていく涙の感触と、痛みだけは今でも思い出せるのに、他のことはまるで思い出せない。靄がかかったみたいに。呼吸が荒くなり、冷や汗がダラダラ流れても、他のことなんて思い出せない。覚えているのは、全てが終わって、ズキズキ痛む身体と。無理矢理ほじくり出そうとしたあの感覚。そしてぬるりとぬめったものがうち太ももを垂れていくあの感覚。咄嗟にハンカチで拭ってしまって。ベッタリついた半透明な白い液体。四つ葉のクローバーが刺繍された、お気に入りのハンカチが汚れたのがすごく嫌だったこと。ただそれだけ。あとは帰りの電車で、生臭いこの身体が臭わないか心配だったこととか。下着の布地部分に体液がついてしまって。これ、どうやって誤魔化そうだとか。あとはぐしゃぐしゃになった制服とかどうやってママに言い訳するか悩んでいた事だけ。ママもパパも、何一つ気づかなかったけれど。
あとは大学生に入ってからも性被害を受けたりだとか。それはサークルで飲んでいた時のこと。サークル対抗の競技会で、私たちのサークルはなかなかいい成績を収めた。そして行われた打ち上げ会。その打ち上げの席でつい飲み過ぎてしまって。まあ、要はお持ち帰りされてしまった。気づいた時には先輩の家。そこでのことはあまり思い出したくもないけれど。気づいたら押し倒されていてジーンズも半ば脱がされて。そういうことしたくないんです。やめてくださいって言ったのに。いいじゃんいいじゃんとか言いながらまさぐってきて。本当に無理なんです怖いんです帰りますって言ったのに帰してくれなくて。私の短く切った髪をもてあそんできたりとか、梳かしてみたりとか。そのいたわるような愛おしむような、無駄に手馴れた動きが堪らなく気持ち悪くって。もう本当に無理って言ってるじゃないですか帰るって言ってるじゃないですか何でやめてくれないんですかって言ってるのにやめてくれなくて。むしろ何故か怒っているような顔をしてきて。殴られこそしなかったけれど明らかに苛立っているのが透けて見えて。
もう本当に無理って思っていたら、そのままキスをされて、舌を入れられて口の中をなめ回されて。必死に口を閉じようとしたけれど無理だった。馬鹿みたいに感じるアルコールと煙草の香り。そしてそのまま、太ももの内側をまさぐり始めて。昔みたいに。ぞわぞわした感触に鳥肌が立って。もう本当に無理で。怖くって。固まってしまって。いやだあって泣いて。怖い、怖いよってえぐえぐ子供みたいに泣いてしまって。でも全然やめてくれなくって。むしろますます苛立った感じで、すぐ終わるから見たいなことを言って膝を押し開いてきて。いやだって言ってるのに。怖いって言っているのに。むしろますます怒った感じになるのが凄く怖くって。しょうがないって思ってあきらめた。何もしないことにした。覚えているのは、私にのしかかって馬鹿みたいに腰を振る男の横顔。あとはあ、はあと荒い息遣い。早く終わってってずっと目を閉じていて。ただそれだけ。それが二回目。
そうした二回の性被害が私の死にたさを支えているんじゃないかって思うこともある。言い方は悪いけれど、それなりの歴史を持つ家の人間として、ゆくゆくは婿を取る身として蝶よ花よと育てられてきて。なのに私はその期待を裏切った。2回も汚されて。1回目はともかく、2回目は私の落ち度で。もしそんな事実がばれたらどうなるか。きっと私は放逐される。もしくは家の恥として人知れず殺されるかのどちらかだ。海か山に殺されて捨てられる。多分山。本家のおじさんが山の管理が大変とか言っていたから。元が男だったか女だったかもわからぬ死体となって。どろどろに溶けて。もしくは野生動物のえさになって糞にまみれて死んでいく。そんなのは嫌だったから。だから人として死ねるうちに死んでおきたいんじゃないかって、思うこともあるのだ。
だから、私の本質って、核心って消えたさだと思うのだ。誰かに迷惑をかける前に消えたい。これ以上苦しい思いをする前に消えたい。人として死ねるうちに消えたい。正直、誰かに殺してほしいぐらい。さすがに乱暴されたくはないけれど。さすがに3回目は許されないから。誰か信頼できる人に殺してもらえないかなと思うことがある。大好きな幼馴染や、大好きな妹に介錯してもらいたいというのが正直なところだ。これ以上の苦しみを味わう前に。これ以上の辱めを受ける前に。介錯してくれるのなら、介錯自体がどれほど下手くそでも許せる気がする。どれだけ苦しくて、痛くても。それで終わりにできるのなら。大好きな人たちに与えてもらえる痛みなら、許せる気がするから。私は、大好きな人たちに看取って貰って消えていきたい。さながらシャボン玉のように。
でも大好きな人たちに罪を犯させるわけにはいかないから。自分で死ぬ能力もない無能、それが私。だから私は今日も生きている。ただそれだけのことだと思うのだ。そんなことを考えながら、煙草を燻らし、真っ黒な空をぼんやり眺めて生きている。朝焼けの日を見ながら、私に朝は来ないんだろうな、なんて思いながら。




