第6話:【初陣】完璧な緒戦と七色の協奏曲
「実戦」という言葉の重みに、私の心臓はドラムのように跳ねていた。
地下工房のモニターには、高度300メートルから急速に降下してくる3機の偵察ドローンが映し出されている。王立技術院の最新鋭機『スカイ・ハウンド』。私を王都から追い出した連中の、冷酷な「目」だ。
「リュック、やっぱり無茶よ! まだ彼女たちは目覚めてから5分も経ってないのよ!?」
「問題ない。管理者権限による初期同期は完了している。……チェロ、オルガ、コルネ。目標を排除しろ」
リュウガの声は、深海のように静かだった。
「了解いたしました、父様。……防衛プロトコル、開始ですわ」
長女チェロが重厚な斧を軽々と担ぎ、工房の外へと一歩踏み出した。その瞬間、私の耳に届いたのは「コツン」という足音ではなく、石畳が悲鳴を上げて砕ける硬質な破砕音だった。
彼女が普通に歩を進めるだけで、その足元には綺麗なクレーター状の亀裂が刻まれていく。見た目は可憐な美少女なのに、その一歩一歩に込められた物理的な質量は、教団の重装騎士数人分を優に超えているのだ。
その直後だった。
空を切り裂く轟音と共に、ドローンが機銃を掃射しながら急降下してきた。だが、チェロは動かない。彼女が斧の石突きを地面に突いた瞬間、空気が物理的な質量を持って歪んだ。
「跪きなさい!」
チェロの言葉一つで、ドローン3機の周囲の重力が10倍へと跳ね上がる。教団の結界魔法のように光が明滅することもない。ただ、そこにある物理法則が管理者権限によって書き換えられただけ。
技術院の誇る飛行メカニズムが、物理法則の「書き換え」の前に沈黙した。墜落ではない。目に見えない巨人の足に踏みつけられたように、ドローンたちは地面へと叩きつけられ、ひしゃげた。
「仕上げはボクの番だね! 燃えちゃえ!」
三女コルネが、フレンチブレイドに結い上げたロングヘアを揺らしながら躍り出る。彼女が振るった大剣から放たれたのは、魔法を超えた純粋な熱の爆発。
魔法陣を通じた不完全な燃焼ではない。分子運動を直接加速させるその攻撃は、一切の予兆なしに空間そのものを真っ赤に焼き尽くした。ドローンの装甲は溶け、内部回路は蒸発し、わずか2秒で3機の鉄屑はただの灰へと変わった。
「あらあら……。コルネちゃんが全部片付けてしまいましたのね。ざんね~ん、私、出番なしですわ(微笑)」
次女オルガが、白銀の長槍を抱えたまま、おっとりと首を傾げた。その背後で、燃え残りのドローンが爆発し、彼女の結い上げた金髪が美しくその光を受け止める。
「…………瞬殺。嘘でしょ?」
私はモニターの前で呆然と立ち尽くした。
技術院が数千マナを投じて開発した自律兵器が、私の作った――いや、リュウガの「魂」を宿した娘たちの前では、文字通りのゴミ屑だった。
「これが管理者権限の出力だ。お前の設計したハードウェアには、それだけの潜在能力があったということだ、エリー」
リュウガは当然の結果だというように頷いた。
「だが、今のは単なる偵察隊のようだ。次は本隊が、より大規模な物量で来る。まぁ、数日か。……残りの4体も目覚めさせるべきだな」
彼の言う通りだった。私は息を呑み、工房のさらに奥にある調整槽を見つめた。
未だ眠る、4人の娘たち。
っていうか、今みたいなレベルの戦闘兵器があと4体も!?
そ、そんなに必要かな……?
「どうするんだ、エリー?」
「……わ、わかったわ。こうなったら自棄よ! 私の最高傑作、全員揃えて技術院の老害どもをひっくり返してやるわ!」
私は再びタクトを執った。リュウガの血液データを介した、2度目のインストール作業。
「メインシステム、オーバーライド! 全機、オンライン!」
溢れ出す蒸気。
ポニーテールで無口でどこか影のある4番目の娘――ルーテ。
他の姉妹と同じく完璧な肉体を躍動させ、ツインテールで元気いっぱいに飛び出してきた5番目の娘――ユーフィ。
三つ編みと知的な戦術解析バイザーを装着した6番目の娘――ヴィオラ。
ロングヘアをなびかせながら優雅に登場し、そのまま指示を待たず、手近なモップを手に「お掃除完了です」と鉄扇を仰ぐ7番目の末娘――クララ。
金髪碧眼の、完璧な美少女たちが7人。
彼女たちが調整槽から一斉に踏み出した瞬間、工房の空気が目に見えないほど微細な振動を始めた。それは魔導兵器が放つ禍々しい魔力の揺らぎとは違う。
数十兆のナノマシンが極限まで組織化され、一つの生命として完璧に同期しているがゆえの、圧倒的な「存在密度」によるプレッシャーだ。可憐な少女の皮を被りながら、物理法則そのものを背負って立つような逃げ場のない圧迫感に、室内の酸素が希薄になったような錯覚さえ覚える。
彼女たちは揃って私とリュウガの前に整列し、軍隊のような統制と、家族のような親密さを込めて声を揃えた。
「「「「父様、母様! おはようございます!」」」」
「……あ、圧がすごいわ。そして、改めて確認したけど……全員、私より発育がいいじゃないのよぉぉ!!」
私の絶叫が工房に響く。
「母様、その叫び声による環境汚染を検知。除菌および消音を推奨します。……てぇてぇ、でございます」
末っ子のクララが、早くも私をいじり始めた。
それから数時間は、嵐のような騒がしさだった。
孤独だった地下工房は、一瞬にして賑やかな、というかやかましい「家」へと変貌を遂げた。
「母様、このスクラップの山は非合理的ですわ。私がカテゴリー別に再編しておきました」
長女チェロが、私が十年かけて溜め込んだ貴重な部品を、恐ろしい精度で整理整頓していく。彼女が数100キロはある魔導エンジンのブロックを、まるでお菓子の箱でも扱うように片手でひょいひょいと持ち上げ、ミリ単位の狂いもなく棚に並べていく光景は、見ていて脳がバグを起こしそうになる。
「あら、母様。そんなにカリカリしては美容に毒ですわ。はい、特製のハーブティーです」
次女オルガが、どこから用意したのか優雅な茶器でお茶を淹れる。その際、わざとらしく豊かな胸元が視界を遮り、私の精神を削ってくる。
「あーしも手伝うっしょ! この重いエンジン、片手で運べるよ、母様!」
五女ユーフィが、成人男性四人がかりで運ぶ魔導エンジンを軽々と持ち上げ、笑顔を振りまく。静止状態から一瞬で加速する彼女たちの動きは、もはや「走る」というより「座標を書き換えている」ようにしか見えない。背後で巻き起こる衝撃波が、私の白衣を激しくなびかせた。
私は頭を抱えた。
研究者としての喜びと、29歳独身女性としての敗北感が、私の脳内で不協和音を奏でている。
「エリー、感傷に浸っている暇はない。……これを見ろ」
リュウガが、工房の中央にホログラムの設計図を広げた。
それは、私のバギーをベースに、この地下工房の全設備を丸ごと積み込んだ巨大な移動要塞――『アーク』の基本骨格だった。
「今のバギーの牽引能力を150%向上させ、外殻にナノマシンの物理干渉装甲を施す。ヴィオラの演算能力を直結させた火器管制システムも組み込む必要がある」
「……本気なの? これを作るには、王都の工場一個分の設備が必要よ」
「俺の管理者権限と、七人のシスターズの出力があれば可能だ。……お前の『不合理な愛』を、俺が『論理』で実装してやる」
リュウガが私の手を取った。その力強い感触に、少しだけ心臓の鼓動が速くなる。
「……わかったわよ。やってやろうじゃない。技術院の連中が腰を抜かすような、最高の移動城塞を造り上げてやるわ!」
そこからさらに三日間、私たちは不眠不休で作業に没頭した。
リュウガがナノマシンの構成を指示し、私が魔導回路を編み上げ、シスターズたちが超人的な膂力で鉄を叩く。
重厚な鋼鉄の装甲を素手で曲げ、数トンの資材を投げ合って連携する彼女たちの姿は、もはや建設現場というよりは、物理法則を玩具にしている神々の宴だった。
けれど、平和な時間は長くは続かなかった。
リュウガの予想通りの展開になった。
「……父様、母様。広域マナセンサーに大規模な熱源反応」
六女ヴィオラが、三つ編みを後ろに取りまわして、バイザーを光らせて冷徹に告げた。
「高度200メートル、王都技術院本隊――機動兵装『ゴーレム・レギオン』12機。……本格的な襲撃が始まりますわ。ですが、この程度の戦力で私たちに挑むとは、なんとも愚かですわね」
工房の天井が、敵機の放つナノマシンのプレッシャーで軋む。
「いよいよ本番ね。……娘たち、リュック、準備はいい!?」
「「「「「「「了解、母様!」」」」」」」
私たちの不完全な、けれど最高のシンフォニーは、嵐の幕開けと共に、かつてない激動のフレーズへと突入しようとしていた。
『【解析】エリー様、本番前の緊張で膝が笑っていますが、リュウガ様と手が触れるたびにニヤけているのを全姉妹がニヤニヤ観察中です(・∀・)』
「ファーファ! 余計な分析はいいから迎撃準備に集中しなさーい!!」
ぜひご感想をお寄せください。
また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!




