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クロスボウ父さん、異世界で育児中!  作者: あおいろぱりお


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1/3

第一話 クロスボウ父さん、異世界で子育てを始める!

 灰色の天井。蛍光灯の乾いた音。

 柳楽蓮やぎら・れん(30歳)の現実は、いつだっていろがない。


「柳楽ー。このデータ、また間違ってるぞ」

「あ、すいません。すぐ直します」

「はぁ……お前さ、入社して何年目? ほんと覇気がないよな」


 課長の言葉が、ジャブのように精神を削ってくる。

 蓮は曖昧な愛想笑いを浮かべて頭を下げる。反論する気力すらない。

 家に帰れば、冷え切ったワンルームが待っているだけだ。

 三ヶ月続いた彼女からは、昨晩『いい人だけど、つまんない』という致命的なLINEが届き、それきりだ。


 ――俺の人生、このままでいいのか?


 満員電車に揺られながら、蓮はガラスに映る自分を見る。

 猫背で、死んだ魚のような目をした男。

 ……違う。これは本当の俺じゃない。


 帰宅し、コンビニ弁当を流し込むと、蓮は儀式のようにPCの電源を入れた。

 モニターが光を放つ。その瞬間、彼の瞳に生気が戻る。


「……帰ろう。俺の本当の世界へ」


 ログイン画面。『Iron Verdictアイアン・ヴァーディクト』。

 このゲームの世界観は硬派だ。

 魔法といったファンタジー要素を廃し、世界中の「マイナー武器」にスポットを当てたバトロワゲー。しかし舞台は異世界だ。

 世界中の厨二心をくすぐる武器を使いながら広大な異世界を冒険できるこのゲームは俺の生きがいになっている。


 画面を開いてそこに立っているのは、砂埃にまみれた黒のダスターコート(カウボーイコート)を羽織った男。

 髪は無造作に伸び、目つきは鋭く、全身から「荒野のサバイバー」といった空気を漂わせている。

 そして背中には、無骨なクロスボウ。


「……うん。今日も最高にイカしてる」


 蓮はうっとりと自キャラを眺めた。

 キラキラした鎧? 派手なマント?

 そんなものは子供の着る服だ。

 この「着古したコート」と「枯れた雰囲気」にこそ、歴戦のアウトローの魂が宿るのだ。男の渋さとは、哀愁の数で決まる。


 蓮は【Silent Hawk(沈黙の鷹)】という、この渋い外見に負けない厨二全開のネームでログインした。


───◇──────◇──────◇──────◇───


 ネットの巨大掲示板やSNSでは、あるプレイヤーの話題で持ちきりだった。


『今の総合ランキング見たか? またあいつが1位だぞ』

『Silent Hawk(沈黙の鷹)な。マジで何者なんだよ』

『あいつの武器、クロスボウだぞ? ネタ武器でランカーとかチート疑うわ』

『いや、動画見たけどエイムが人間じゃない。偏差射撃の鬼だ』

『運営公認の変態だよ。戦場で出会ったら死ぬと思え』


 不遇武器でランキング1位。

 最強のプレイヤーとして恐れられ、崇められる存在。それが、この世界での柳楽蓮だった。


 このゲームにおいて、クロスボウは「産廃(産業廃棄物)」と呼ばれている。

 リロードが遅いし、何より【矢の回収】が必要だからだ。

 撃った矢を拾いに行かなければ弾切れになる。戦場でそんな隙を見せれば即死だ。


 だが、蓮はあえてそれを使う。

 なぜか?

 重度の「天邪鬼あまのじゃく」だからだ。


「みんなが『最強武器』とか使ってる中で、あえてゴミ武器で無双する。……それが一番クールだろうが!」


 いわゆる「逆張り精神」である。

 不便? 知るか。使いこなしている俺カッコイイ。

 その歪んだ情熱と執念だけで数千時間を費やし、彼はこのゴミ武器で頂点に君臨していた。


 そんなある日。蓮はアップデート情報を見て、叫んだ。


「来たッ……!!」


 新実装【ペットシステム】。そのラインナップにある「オオカミ」。

 蓮の脳内で、完璧な作戦が立案された。

 犬はボールを取ってくる。つまり、オオカミに矢を取ってこさせれば、弾切れの弱点を克服できるのでは?


「よし、課金だ。今月の食費を削ればいける!」


 蓮は震える指で決済ボタンを押し、銀色のオオカミを購入した。


「名前は……そうだな」


 入力欄が点滅する。

 かっこいい名前がいい。フェンリル? ヴァイス?

 いや、俺はハードボイルドな男だ。気取った名前なんて似合わない。シンプルこそ至高。


「……『ウルフ』で」


 そのまんまやないかい。

 誰かがツッコミを入れそうだが、蓮は大真面目だった。

 無骨な男は、ペットに安直な名前をつけるものなのだ(という偏見)。


 ───◇──────◇──────◇──────◇───


 数日後。全サーバー合同イベント「帝国 vs 王国」。

 蓮は意気揚々と戦場に降り立った。足元には、5万円(課金)の相棒、ウルフがいる。


「行くぞ、ウルフ。俺たちの連携を見せてやろう」


 ヒュンッ!

 遠距離から敵をヘッドショット。完璧なエイムだ。


「よし、今だ! 行けウルフ! フェッチ(矢の回収)!」


 蓮がコマンドを送る。

 銀色の疾風となり、ウルフが駆ける――はずだった。


「…………キャン!(蝶々だ!)」

「おい」


 ウルフは敵の死体を無視し、ひらひら舞うモンシロチョウを追いかけてクルクル回っている。

 そして飽きたのか、あろうことか戦場のど真ん中で片足を上げた。


「バカ野郎おおおおおおお!! そこでションベンすなァッ!!」


 蓮は絶叫した。

 AIがポンコツすぎる。野性味ゼロかこいつは。


「くっ、敵が来た! 逃げろウルフ! ……ああっ、そっちは地雷原だバカ!」


 結局、蓮は「ウルフが死なないように守りながら戦う」という、ただの接待プレイを強いられた。

 敵がウルフを狙うたびに、蓮は神速のエイムで敵を射抜く。


「手のかかる犬ほど可愛いって言うけどな……限度があるだろ!」


 文句を言いながらも、蓮はウルフを撫でてやった。

 ポンコツでも、自分の相棒だ。不思議と愛着が湧いてきている。


 そうして敵を全滅させ、勝利が確定した時だった。


『オギャア、オギャア……』


 ヘッドセットから、か細い声が聞こえた。

 燃え落ちた館の瓦礫の隙間。

 そこに、奇跡的に無傷のベッドがあった。


「ん? イベントムービーか?」


 覗き込むと、おくるみに包まれた金髪の赤ん坊がいた。

 炎の照り返しを受けて、透き通るような白い肌が輝いている。


「うわ、すっげ……今のグラフィックって、産毛まで見えるのかよ」


 蓮は感心しながら、「拾う」ボタンを押した。

 画面の中のアバターが、優しく赤ん坊を抱き上げる。


 背中にはクロスボウ。

 足元には、蝶々を追いかけているポンコツ狼。

 腕の中には、天使のような赤ん坊。


「……ふっ。なんだこの凸凹パーティ」


 蓮が自嘲気味に笑った、その瞬間。


 ブツン。

 世界が、唐突に終わった。


 ――は?

 モニターの光が消える。

 部屋の壁が消える。

 全身を包んだのは、エアコンの風ではなく――轟音を立てて吹き抜ける、本物の大気の奔流だった。


「……え」


 目を開ける。

 そこは、薄暗いワンルームのアパートではなかった。


 青。

 バカみたいに高い、青空。

 視力5.0くらいないと端が見えないレベルの、超・大草原。


「…………へ?」


 蓮は呆然と立ち尽くす。

 腕には、ずっしりと重い赤ん坊。

 足元には、キョトンとした顔のオオカミ。

 そして自分は、あのダスターコート姿の小汚い格好。


 状況を理解するのに、3秒。

 そして、蓮の口から歓喜の声が漏れた。


「ッ……キタアアアアアアアアアアッ!!!」


 絶叫が大草原に響き渡る。


「異世界だ! マジもんの異世界転移だこれ! うおおおおお空が青い! 空気がうまい! さらばブラック企業! さらばクソ課長!!」


 蓮は踊り出したいくらいだった。

 夢じゃない。この土の感触、風の匂い。

 憧れていた「自由」が、今ここにある。


「あー最高。俺、もう一生ここから帰らないわ……ん?」


 ふと、腕の中を見る。

 そこには、おくるみに包まれた金髪の赤ん坊がいた。

 さっきまでポリゴンだと思っていたその頬は、マシュマロみたいに柔らかくて、ほんのり温かい。


「あ……」


 赤ん坊が、パチリと目を開けた。

 宝石みたいな碧い瞳が、蓮の顔を映している。

 そして、蓮の指を、ちいさな手でぎゅっと握り返してきた。


「きゅう」


 ドクン。

 蓮の胸の奥で、何かが温かく溶けた。


「…………かわええ」


 思わず声が漏れた。

 なんだこれ。めちゃくちゃ小さい。壊れそうだ。

 こんなに小さいのに、懸命に息をして、俺を見ている。


「よしよし、怖くないぞー。俺がついているからなー」


 蓮の顔が、今まで見せたことがないほどデレデレに崩れる。

 やばい。尊い。守りたい。

 独身、彼女なし、子供なんて未知の生物だったはずなのに、溢れ出る父性が止まらない。


「決めた。俺はこの子と生きる。この大草原で、誰にも邪魔されずにスローライフを送るんだ!」


 蓮は高らかに宣言し、青空に向かって赤ん坊をあやした。

 足元では、銀色のオオカミが「こいつ何一人で盛り上がってんだ?」という顔で大あくびをしている。


 最強のボウガン使いによる、親バカ全開の異世界育児生活。

 その幕開けは、あまりにも唐突で、最高に澄み渡っていた。

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