かすみ草の花嫁 第1話
「妻って?!女性同士でですか?!」
琴音が千鶴子に尋ねる。
「いえ、結婚と言っても籍は入れずに同棲をしていただけよ。香蘭ちゃんは知ってると思うけど」
千鶴子は香蘭に不敵な笑みを浮かべる。
「なんで私の方見て言うのですか?」
「あの千鶴子さんから見た和子様どんな方でした?」
琴音は香蘭の反応を無視して尋ねる。
「仕事熱心な方よ。日本と中国の間に板挟みになってましたが両国が納得できる方法を模索してたのよ。」
「もっと聞かせてくれますか?和子様の事。」
「そうね、何から話そうかしら?私が川島、お兄様と出会ったのは今から20年前の昭和5年私が16様の時よ。」
昭和5年。上海
港に一隻の船が到着した。日本からの客船だ。降りてくるのは着物や袴に身を包んだ日本人ばかり。三つ編みに緑色の振り袖に黄色い女袴の千鶴子はスーツ姿の長身の男に連れられて船を降りる。
「千鶴子ちゃん、あの車だよ。」
港には黒い車が停まっていた。
「はい」
千鶴子は車を確認すると表情1つ変えずに返事をする。
千鶴子は地方の地主の娘に産まれた。莫大な土地と畑があり農業で財を成した。使用人も多数いて裕福な暮らしをしていた。しかし母は身体が弱く千鶴子が産まれてすぐにこの世を去った。
千鶴子が女学校の3年生のとき学校から帰ると父が知らない女性を連れて来た。彼女は父の再婚相手だった。千鶴子と年の近い娘を2人連れて来てすぐに仲良くなった。
しかし父が野菜を街まで出荷しに行った時崖から落ちて帰らぬ人となった。それからだ。継母が千鶴子に冷たくなったのは。
千鶴子の部屋は姉達に取られ千鶴子は物置小屋へと追いやられた。好きだった洋服もぬいぐるみも全て姉達のものになった。千鶴子に残されたのはボロの着物だけ。畑は売り使用人は大半は解雇。畑を売ったお金で継母と姉達は街まで遊びに出かけて行きその間千鶴子は留守番をして家中の掃除や洗濯を任される。
ある日お金がなくなり継母は千鶴子を廓に売ろうとした。大陸に住む日本人の将校が千鶴子を欲しがり彼女はスーツの男に連れられ大陸へと連れて行かれた。
「お父様とお母様が生きていたら私、まだあのお屋敷にいられたかしら?」
千鶴子は持ってきた写真に目をやる。両親が結婚した時のものだ。若い頃の父と白無垢姿の若い女性、千鶴子の母だ。両親の写真は千鶴子が唯一日本から持って来たものだ。生きていた頃の母の写真はこれ1枚しかない。
「千鶴子ちゃん、着いたよ。」
車はお屋敷に停まる。男が後部座席の扉を開けると千鶴子は車を降りる。屋敷の中に入ると待っていたのは軍服の男だった。男は千鶴子に近づいてくる。
「君が千鶴子ちゃんだね?」
「はっはい。」
千鶴子は声を震わせながら答える。
「緊張してるのかい?」
「あっあの、お仕事って私は何をすれば良いのでしょうか?」
「怖がらなくていいよ。僕はただ下働きの女中が欲しかっただけだ。」




