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スカッド  作者: SET
2/16

「駄目?」

「んー、なんか小手先の言い回しに聞こえるんだよね、この部分」

 プリンターで印刷してきた歌詞の一部分に、及川が傍線を書き足した。木戸も黙って頷いた。

「いろいろ考えたんだけどねぇ」

「考え過ぎ。いつもの沢崎らしさがない」

 与田の眉間には、珍しく皺が寄っている。あれから結局一睡もせずに新曲用の詞を書きあげたが、悩みに悩んで絞り出した詞は不評だった。私はうなだれてファミレスの冷たいテーブルに頬を押し付けた。

「わかった。言われた所を中心に修正してみる」

 沢崎らしさって、何だろう。

「じゃあ、次は与田の聴くか」

 木戸から順に、与田が作ってMP3形式で暫定圧縮した新曲候補が複数入ったプレイヤーを、個別に持参したヘッドホンやイヤホンで回し聴きした。少しふてくされていた私は粗探しに必死だったが、やはり与田の作曲センスはモノが違う。一曲目から、思いもしない所でのアルペジオが格好よくて聴き込んでしまい、最後のデモまで聴き終えると、スタジオに入るのが楽しみで仕方なくなっていた。そのためには、私が歌詞をある程度完成させなければならない。プレッシャーが増した。いつものように、文字数や、曲に収まる収まらないは気にしないでいいと言ってくれていることが、唯一の救いだった。

 打ち合わせが終わり、メンバーはそれぞれに散らばっていった。私は寝惚け眼を引っ張り上げながら、二日ぶりに家に帰る。ずっと電源を切っていた携帯の着信履歴には、母親からの着信が十件も溜まっていた。二十二にもなって、という叱責は聞き飽きたから、折り返してまでは掛けなかった。煩わしい、と思っているのはお互い様だろう。母は母で奇妙なバンドを続ける娘のことが煩わしければ、私は私で近所での評判が世界のすべての母親のことが煩わしい。

 一時期のバンドブームはとうに過ぎ、残ったのは釣り合わない需要と供給。聴く人がずいぶん減ったのに、ダラダラと続いているバンドは多い。だから、こんな地方バンドのこまごまとした収入では食べていけない。それでもどうにか音楽に集中できているのは自分が親と同居しているからだが、それも今月までだ。バンド活動をどこかで知り、わざわざライブハウスまで見に来た父親と家に帰ってから大喧嘩した際に「二月中にメジャーから声がかからなかったらやめる」と啖呵を切ってしまった。もちろんそんな予定は全くなく、今月まで実家に寄生した後は家を出るつもりだった。来月から住む予定の低家賃物件は既に予約済みで、バイトも入れる。作詞の実力は並以下の私が、バイトをやりながら他のバンドメンバーの納得するものを作れるのか。いつまでも親に甘えている状況よりは、何もかもがすっきりしそうではあるが、不安しかなかった。どんなに過激な歌詞を書こうと、私は一人のつまらない人間で、音楽では私の周りの世界すらも変えられなくて、バンドがなければただの家事手伝いだった。

 考えているうちに気持ちが塞いできて、私は自宅へ繋がる裏路地の手前で携帯を取り出した。履歴から先輩の電話番号を呼び出し、掛ける。

「あ、先輩、今大丈夫です?」

「んあ? 大丈夫だけど」

 低い声が耳元で響いた。

「寝起きですね。起こしちゃいましたか」

「や、今日はライブあっからどっちにしろ起きようと思ってた」

「知ってますよー。だから電話したんです。私も早く大きいとこでやりたいなぁ」

「ようやくメジャーの話が本格化してきただけで、認知度はまだまだだよ。今日も席埋まるかどうか……」

「先輩の歌なら、メジャーでも大丈夫ですよ」

「いつまでもインディーズくせぇ歌詞書いてんな、もっと聴き手を意識して書け……なんて事務所には言われてる」

「そんなこと気にしないでいいんです。先輩は私なんかと違って……」

「私なんか?」

 淀みなく続いていた会話が一旦、途切れた。あ、と思った時には先輩は硬い声を出していた。

「そういう言い方はやめろって、何回も言ってんだろ。お前はお前なりに一生懸命やってんだから、卑下する必要がどこにある」

 私は黙って聞いた。

「売れるか売れないかなんて紙一重だよ。俺らんとこはたまたま目に止まっただけで……。売れないからお前の音楽が間違ってるとか、そういうことにはならない」

 無意識に言った言葉だったが、無意識下でこのいつもの先輩の言葉が聞きたかったのかもしれない。耳に伝わって、素直に身体へしみ込んでくる言葉が、先程まで感じていた不安を和らげてくれた。

「ごめんなさい。最近ちょっと……弱気になってて。もう少し頑張ってみます。先輩も、今日のライブ、盛り上げてください」

「分かればいいんですよ。じゃ、また」

「はい」

 少し得意げに言った先輩の言葉に、私は小さく笑って電話を切った。お互いのバンドの結成は二年程度の違いだが、先輩は今年でもう二十八になる。先輩の説教は好きだ。真面目な話でも真面目になりきれなくて、短時間の説教もどきで終わってしまう。ここまでバンドを続けて来られたのは、その説教もどきのおかげでもあった。私は気合を入れ直し、裏路地に足を踏み入れた。

「ただいま」

 小さな声で帰宅を知らせ、自分の部屋に向かうが、途中で母親に捕まった。

「あんた……二日も連絡入れないで何してたのよ?」

「作詞」

「なにが作詞だか。親の脛かじって偉そうに。男の家にでも行ってたんじゃないの?」

「男なんていねぇよ。それに今月までに声かかんなかったらやめるって言ってんじゃん」

「その男みたいな喋り方をやめなさい!」

 私は首のあたりを掻いて、部屋へ歩き始めた。

「うるさい」

 そう吐き捨ててからドアを閉めた。床にバッグを放り投げ、ベッドの上に体を放り投げる。シーツから毛布まで白で統一されたベッドはスプリングを軋ませながら、私の体を受け止めた。母親が嫌いなわけではない。将来のことを心配してくれているのだろうとは思う。それでも私は両親に冷たく当たることしかできなかった。仕事にならなくても、見様見真似の拙い紛い物と評されても音楽を辞めるつもりのない私と、どうにか辞めさせてまともな企業に就職させたい両親の考え方とがあまりにも相容れないからだ。だが、友人の一人のように、両親と一切の会話を断ってしまうには、昔の私と両親の関係は良好にすぎた。言葉遣いは昔から注意されていたが、バンド活動が発覚する前にはよく一緒に買い物をして、食事をするくらいには、仲が良かった。だから私は母や父のことが嫌いになりきれない。

 髪を掻きむしりたくなったがどうにか堪え、靴下を脱いで毛布に潜り込んだ。二日ぶりの睡眠だったが、気持ちよく眠れそうになんてなかった。

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