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3話 呪われた王子と、除霊ヒロイン


悪霊――

それは未練や怨みを残してこの世にとどまり、人に害をなす、“魂のなれの果て”。


心に深い苦しみや怨念を抱えたままその世に残留する魂は、

――時に人を殺すことさえある。


そして、前世の私は――

その“悪霊”によって命を落とした。


今、私の背筋を撫でているこの気配。

それは、あのときの悪霊よりも――


何倍も、濃くて、禍々しい。


血の気がすっと引いた。


誰かに取り憑いたら――それは、間違いなく命を奪う。


この感覚。絶対に間違えようがない。

前の世界でも、こういう“気配”には敏感だった


そして、転生してからは――それが、さらに鮮明になっている気さえする。


「リリアナ? 顔色が……大丈夫か?」


すぐ隣にいた兄が、わずかに身を寄せて声をかけてきた。

その穏やかな瞳が、心配そうに揺れている。


「……うん。大丈夫。ちょっと暑くなっちゃっただけ」


できるだけ自然に、笑みを浮かべる。


「少し、外の風に当たってくるね」


ドレスの裾を持ち上げ、人混みの向こうへ歩き出す。


「護衛を――」と兄が声を上げたが、立ち止まる余裕はなかった。


(それどころじゃない……)


胸の奥を、冷たい指先でなぞられるような、あの“気持ち悪い”感覚。

全身の神経が総毛立ち、肌が警鐘を鳴らしている。


このまま放っておけば、誰かが――死んでしまう。


ドレスの裾が、絨毯の上をさらさらと滑る。

すれ違う人々の香水が遠のき、視界も音も輪郭を失っていく。


意識の中で、余分な音も匂いも、すっと遠のいていく。

残ったのは――あの、禍々しい“それ”の気配だけだった。


♦︎♢♦︎

 


まるで、霧の中を歩いているような感覚だった。


見慣れているはずの回廊さえ、灯された燭台の光が頼りなく揺れて見える。


(……こっち、だ)


悪霊の気配は、歩を進めるごとに徐々に濃く、重くなっていく。

指先がひやりと冷え、吐息さえ白く見えそうな気がした。


誰かの悲鳴も、歓談の声も届かない――

音のない空間。


目の前に、ひとつ――

ぼんやりと浮かぶ影が、リリアナの顔を覗き込むように揺れた。


「……うぅ……どこ……わたしの……」


かすれた声とともに、冷たい空気が頬を撫でる。


けれど、リリアナは特に驚きもせず、そっと手を伸ばした。


「――ごめんね」


指先に、小さく金の光が灯る。

ふわりと風が吹いたように、霊がかき消え――空気が静かになる。


(……やっぱり。あれだけ強い悪霊が現れれば、周囲のものも引き寄せられるよね)


今、祓った霊以外にも、ここ一体には、生前の未練によって存在している幽霊や、悪霊が集まってきていた。

 

人の命を奪うほどの力はないけれど、不意に取り憑かれたりすれば、精神を弱らせるには十分だ。

 

床の隅にじっと沈んでいた小さな悪霊が、呻くように唸った。


「……ク……アアア……」


リリアナはそれに向かって、ゆっくりと片手をかざす。


「どうか安らかに」


その声とともに、指先から淡い光が零れた。


金の光が、すうっと広がっていく。

結界のように波紋が走り、触れた霊たちの気配が音もなく霧散した。


一陣の風が吹いたように、空気が澄む。


この世界に来てから、霊的な存在への感知力も、浄化の力も――

異常なほど“強くなっている”。


リリアナは静かに息を吐き、また足を進めた。


(この奥……物陰の向こう。そこに――)


足音を忍ばせるように廊下を曲がり、小さな扉の前で立ち止まる。


旧楽器庫――舞踏会では使われなくなった、昔の調度が眠る物置部屋。


「……ここ、だよね」


その奥。重く閉ざされた扉の前で、私は立ち止まった。


空気が変わった。

ひと呼吸するだけで、肺の中にまで澱みが染み込んでくるような――そんな圧。


扉に手をかけた瞬間、指先にピリ、と冷たい感覚が走った。


「っ!」


悪霊の気配は、間違いなく――この先だ。


意を決して足を踏み入れた、次の瞬間。


ふいに、ぐらりと足元が崩れた


「――きゃっ!?」


踏み外した。身体が宙に浮く。

反射的に手を伸ばしたけれど間に合わず、そのまま――床に倒れ込んだ。


どん、と衝撃。

驚きで動けない私のすぐそばで、吐息がふわりと肌に触れた。


「……っ!?」


驚きと戸惑いの中で、私は顔を上げた。


目の前にいたのは――この世のものとは思えないほど、美しい人だった。


♦︎♢♦︎


「綺麗……」


無意識のまま、声が漏れた。

その瞬間、周りの音が消え、時間が彼を中心に静止するのを感じた。


彼は、まるで夜そのものが人の形を取ったかのようだった。

漆黒の髪は星明かりすら飲み込む深い闇をたたえ、瞳は新月の夜に燃える紅い星のように輝いている。


――いや、違う。

そんなふうに見惚れている場合じゃなかった。

……だって今――彼を押し倒しているのだから。


状況を理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。


「……えっ?」


何が起きたのか理解する前に、目の前の男が静かに眉を上げ、私を見つめた。

その瞳は、吸い込まれるように鮮やかで、どこか冷たく、それでいて妙に色気がある。


「ふむ……ずいぶんと積極的だな?」


低く響く声に、背筋がぞくりとする。

冗談っぽく言いながらも、その言葉にはどこか挑発的な響きがあった。


私は慌てて彼の上から退こうとしたが、手が滑り、さらに彼の体に体重を預けてしまった。

結果として、彼の顔にさらに近づいてしまう。


「っ!」


至近距離にいる彼の顔が、あまりにも整っていて目が離せない。

黒髪がわずかに乱れ、赤い瞳が私を捕らえたまま離さない。

少しやつれた様に見えるのに、それが彼に危険な魅力を加えているのだから困る。


「……おい、どうするつもりだ?」


彼が意味深に口元をゆがめる。

冗談めいた口調だが、その声には確かな余裕と、私を試すような響きがあった。


「ひぇっ……ごっ、ごめんなさい!」


顔が熱くて、きっと真っ赤になっているに違いない。

私は急いで彼から距離を取ろうとするが、足がもつれてうまく立ち上がれない。


そんな私を見て、彼は小さく笑った。

口元に浮かぶ微笑みは優雅で余裕たっぷりだが、どこか危険な香りを漂わせている。


この人、えっちすぎるよぉ!!


「くっく、どうやら可愛いレディに襲われるとは、今日はついているらしい。」


「襲ってません!」


私はあながち間違いではない言葉に否定するが、彼のその瞳が楽しそうに細められるのを見て、思わず言葉を詰まらせた。


その目は、まるで私をからかうこと自体を楽しんでいるようだった。


「ち、違う! 違うんです!」


慌てて否定しようとするが、私の声は妙に裏返り、余計に怪しく聞こえたに違いない。

顔が熱く、きっと真っ赤になっているのが自分でもわかる。


「ほう、“違う”とな? では、これは一体どういう状況だ?」


男は唇をわずかに引き上げ、意味深に笑う。

その仕草だけで、私の鼓動は早まり、視線を逸らしたくなるほどだった。


「そ、それは……!」


言葉が出てこない。

正直に言えば、「悪霊を倒しに来ました!」と説明するしかないのだけど……。


信じてもらえるはずがなく、そんなことを言った暁には、アルトフェルド家の娘は頭がおかしいと、社交界中に広まってしまう。


ただ、人助けしに来ただけなのに、こんなに“えっち”な人を押し倒しているのー!?!


私の方が!!

なんでこんな状況になっているのか、知りたいわ!!


男は私の沈黙を楽しむように、喉を鳴らして笑った。


「くっく……面白い。久しぶりにこんなに笑ったな。

不思議なレディだな。魔法でもかけたのか?」


「なっ!! 私はただ――!」


「……ただ?」


彼の赤い瞳がじっと私を捉える。

その視線に、私は息を呑んだ。

まるで、心の奥底を覗かれているような気がする。


「……っ」


なんとか言葉を紡ぎ出そうとした、その瞬間。

彼がふいに身体を動かし、軽々と体勢を変え――私の身体ごと、ひょいと持ち上げた。


「――えっ?」


気づけば私は、彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。

片腕は背中に、もう一方の腕は膝の下に。

これは、まさか――


(お姫様抱っこ!?)


恥ずかしさと驚きで頭が真っ白になる。


「まあ、いい。これ以上この状態で君を楽しませるのも、俺の品位が問われるだろう?」


――楽しませる? 誰が!? なんで私が楽しんでる前提なの!?


「た、立てますからっ!」


慌てて言うと、彼はおかしそうに唇をゆがめ、そっと私を床に降ろす。

けれど足元がふらつき、立ち上がろうとした途端、またバランスを崩して倒れかけた。


その瞬間、彼の腕が再び伸びて、私の腰をしっかりと支えた。


「……気をつけることだな」


耳元で囁かれる低い声。

その近さに、私の思考は停止する。


――だめだ。この人、反則すぎる。


私が何も言えず固まっていると、彼は満足げに笑い、私の腰から手を離した。


「ふむ、悪くない。では、また会おう」


彼が振り返り、歩き出す。

その背中が視界から消えるまで、私はただ、ぼうっと立ち尽くしていた。


そして、小さく呟く。


「……漫画じゃなくて、現実でこんな人、いるの……?」


顔が熱い。心臓が鳴り止まない。

これが、前世で散々夢見た“ときめき”そのものだなんて――私はまだ、その影響から逃れられそうになかった。


「どうしよう、あの人……えっちすぎるよぉ」


……あれ、幽霊じゃないよね?


――あまりにも好みすぎる人が現れたのと、いつの間にか消えてしまった悪霊の存在故に、心の中でそんな疑問が浮かぶも、


あの人のすべてが、まるで呪いのように、私の心に焼きついて離れなかった。

読んで下さいありがとうございます!

やっとヒーロー登場しました〜

皆さんは強い女の子好きですか?

私は大好きです!

明日も19時更新予定です!

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