4話:風邪と計画
11/1の振り替えにより11/2は土曜日にも関わらず学校がある日だが、熱を出して休んだ。秋になって朝晩は少し冷えるのに布団を掛けずにソファで寝ていれば風邪くらい引いて当然だ。母親は身の回りの事を手伝ってくれたが、明日から3日間は両親が珍しく、有給休暇を利用して旅行に行くので留守番だ。
翌日、午前10時にインターフォンが鳴った。宅配便でも来たかと思ったが、どうやら廣田さんが来たようだ。学校の配布物を取り出して待っている。
…そう言えば、本当は28日に渡す次の自然体験教室の保護者の承認書を担任が何度も渡し忘れて、土曜日に絶対配るから休むなよ!と言っていた気がする。それでどうせ、同じ通学路でクラスメイトを見かけたことがあるがきっと嫌がって廣田さんに押し付けたのだろう。気まずいので出たくないが、そう言う訳にもいかない。
「はい」
「あっ、リン!風邪、大丈夫〜?」
「大丈夫です。えっと〜、その配布プリント渡して貰えますか。」
長く話せば、またミスが出る。ただでさえ体力がない時に精神面まで削られたら困るので、半ば奪うようにプリントを取るとドアを閉める。
「えっ。リン…?ちょ、ちょっと待って!」
「閉まらないので阻まないでください。それとも、他に何か用がありますか?」
「なんで、敬語使うの!」
涙目になりながら少し怒っている。これまで一度も意見を強く言ってこなかったが、彼女も怒れるのか。と、感心してしまった。
「そ、それは…。貴方を傷付けるのを避けるためです。では、もう閉めても良いですか?」
「ねえ、リン!どう言う事!わかる様に説明してよ!リンが私と交わりたいなら、頑張るから!」
「えっ、ちょっ、廣田さん一旦家入っていいからそう言う事を外で言わないで。勘付かれかねないでしょ。」
渋々招き入れる。
「ちょっと、リン!どう言う事!」
「いや、だって、絶対に無理矢理したの嫌だったでしょ?私がこれ以上廣田さんを傷付けるくらいなら別れようと思って。ごめんなさい、廣田さん。あんな私で。だから、廣田さん、もう帰ってくれる?」
「ヤダ。美咲って呼んでくれないなら帰らない。」
「いや、私にそう呼ぶ資格なんてない。私はただのクズだから…。うわっ。」
私の事をギュと抱きしめてくれた。自分が熱だからか、彼女が少しひんやりとしているように感じる。抱きしめていると心地良い。
「そんな事ない。リンは私の特別だよ。モノトーンだった私の世界に鮮やかな色味をつけてくれたのは、リン。あなた以外にいないよ。」
「買い被りすぎ。私は結局、自分の欲望のままに生きてるだけ。それに、以前に話したけど、私、勉学に能がないだけでなく他も全て能がないみたいなの。こんな、未来に希望が持てない、お先真っ暗な人と組んでも良い事ないよ。」
「なら、一緒に堕ちちゃおっか。」
「えっ?」
「リンには詳しく教えてなかったっけ?私の世界がモノトーンだった理由。」
「理由?なん…で…なの…。」
「わっ。」
話している途中で疲れ過ぎて、唐突に私は彼女にもたれてしまい、彼女もバランスを崩して倒れてしまった。あの日の夜と同じく、上に乗っかってしまったが、熱による疲れで彼女の上で寝てしまった。
「あれ?寝ちゃった...。一言でいうならね、誰からも愛されてる実感がなくて、こんな人生を早くやめたかったのよ。起きている時に話したら、貴女が私の薄れた感情の代わりに悲しみそうだから、貴女が寝ている間に教えてあげるね。」
目が覚めると私は自分のベッドにいた。隣には彼女が床に座りながらベッドにもたれて居眠りしている。まだ寝ている彼女の頭を撫でながら、ぼんやりと考える。
…堕ちちゃおっかって、貴女はクラスで疎外感があるにせよ、勉学も運動も出来て、みんなから尊敬されてるじゃない。私とは釣り合わないでしょ。まあ、この私に都合良く居心地の良い関係は続くなら、続けたいけど、それは貴女にとって害が大きすぎる。それは、貴女の事が一番大切だからこそ、私が私を許せない。
「……ん?ああ、寝ちゃってたのか…。リン、おはよ。」
「おはよう、みさ…じゃなくて、廣田さん。」
「あ〜。まだ、やってる〜!いい加減にしないといくら私でも怒るよ!」
「もう既に、充分怒ってると思うけど?」
「とにかく、どんな理由だろうと私はリンの恋人だから!」
「でも…私といると、また私の思うがままにされちゃうよ?多分…。」
「それがなんなのよ!」
「へ?」
「そんなの何も問題ないじゃない!私だって、リンにしたい事をしたい時にするもの。私、昨日はリンが休んでいたから寂しかったんだよ?」
「でも、美咲は嫌だったでしょう…。それは私が耐えられない…。」
「そ、それは、私…、あの時はそこまで覚悟してなかったから…。で、でも、嫌じゃなかったし…今なら、何されても良いよ。」
「本当?でも、そんな誘い文句を今、言わないでよ。出来ないのに誘われたら、完全にお預けくらっちゃうじゃない。」
「とりあえず、もう二度とあんな寂しい事言わないの!私はリンの事が一番大事。」
「うっ、うん。」
「良かった。リン、何、泣いてるよ〜。」
「私から言っておいて変かも知れないけど、別れるのは少しだけ…ほんの少しだけ嫌だったのかな…。」
「本当は少しじゃないくせに〜。」
「う、うっさい。」
「恥ずかしがってるリン可愛い〜。」
「もう、寝る!」
「あら!もうお昼過ぎてるからお粥作ってくるね〜。」
「いやいや、それは流石に申し訳ない。それくらい自分で…」
起き上がろうとすると、美咲に寝かされた。
「ダーメ。さっきも、言ったでしょ、私もリンにしたい事を、するもん。」
「あ、ありがと。」
…こんな至尽せりの彼女からは離れられそうにないな。
しばらく待つと、お粥を持ってきた。
「リン〜。出来たよ〜。あ、そうだ。食べさせてあげよっか〜。ほら、あーん。」
「いや、それは大丈…む」
「わー。食べさせるの、楽しい〜。」
「はから、たいおうぶだって。(だから、大丈夫だって)」
「食べながら喋らないの!」
…いや、無理矢理食べさせたの美咲でしょ!
「残りは自分で食べれるから!」
「えー。つまんなーい。」
しばらくの間、私が食べるのを横で見ていた美咲が、食べ終わるのを見計らって私が疲れで倒れる前にしようとしていた話を、いつの日か見た彼女が塾帰りの時や彼女の親と電話している時と同じ哀しそうな表情で、話し始めた。
「さっきも話したけど、私ね、花火大会の時に少し話したと思うけど、どこか敬遠されがちなの。」
・・・さっき?まあ、いいや。
「うん」
「それだけじゃなくてね。薄々、気がついているかもしれないけど、家だと完璧な成績を求められて、上手く覚えてないと罵倒されたり叩かれたりするの。もう、疲れたの。」
「…、うん。」
「…。 あの、リンってさ、私と心中してみない?」
「えっ、何、どういう話の流れ!?」
「……。いや、冗談だよ。ごめん、怖い事言って。忘れて。食べ終わったみたいだし片付けてくるね〜。」
…フーン。心中か。謝るってことは、少しは真面目な話だったんだよね。私が美咲と…?まあ、確かにお互いの同意の上だったら意外と悪くなかったりして。目的なく生きるのも疲れたし…。美咲と一緒なら、尚更に悪くないかも。
この部屋からキッチンは、そう遠くない。頑張って声を少し張り上げれば会話が出来る。キッチンの水の音と美咲が片付けてる物音が聞こえる。
「美咲ー!」
「リン〜?何〜?あと、少しだから、ちょっと待ってて〜。」
「私ね〜、美咲とならしても良いよ〜。さっきの提案。」
カラン。ガタッ。ドンッ。
…絶対、何か落として更に何か落ちたな。ピタゴラったな。
しばらくすると、美咲が戻ってきた。
「ちょっと、さっきのは冗談だってば〜。」
「本当に100%冗談なら、あそこまで動揺しないはずでしょ?」
「ウッ。いや、でも、まだ決めた訳じゃ…。」
「なら、私が決めちゃおうかな。美咲の代わりに。ただし、条件付きで。」
「いや…、リンは…、理由ないし…。」
「あれ?覚えてない?私、成績悪くて、やりたい事も目標すらなくて、お先真っ暗なんだよ?それに、私以外の家族は全員頭いいんだよね〜。自責で潰れない様にするのは大変がだから。あ、それで条件はただ一つだけ。」
「…で、その条件って?」
「私と美咲が二人でしたい事を全部やり終えたら実行するって事。」
「それだけ?うーん…。じゃあ、これから予定立てちゃう?これから、学校の年間行事予定表持ってくるね〜。」
…会話内容終わってる内容なのに、意外といつも通りだなぁ、彼女も私も。それどころか、彼女、ノリノリじゃん。彼女は私の人生において天使か、悪魔か…。いや、考えるまでもなく前者だな。たとえ、行きつく先が本当に心中だとしても。
「じゃあ、リン、なんかある〜?」
「初日の出を見に行きたい!」
「えっ、あ、あの、クリスマスとかにしないの?」
「ん?何を?」
「あっ、いや、その…」
「…!。ちょっ、そ、それは…。って、なに、自分で突然、言い出しておいて恥ずかしがってるのよ!」
「だって…、てっきり、リンなら、まずはそれかと…。それに、ちょっと思い出しちゃって…。」
「ど、どういう発想よ、まったく…。私が元気になったら覚悟しておきなよ。今日、できない分、まとめてやってあげるわ。ほら、とりあえず予定立てるよ。」
「…ひゃい。」
その後も何度か、美咲の煩悩発言が飛び出たが、それも含めた大まかな予定表を二人で計画し終え、夕方になると彼女は夕食を作って帰って行った。既に熱は引いていた。明後日からは自然体験合宿だ。